2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究者育成費 成果報告書
研究課題名「転写因子Fos/Jun活性化相互作用における選択的スプライシングの役割の同定」

政策・メディア研究科 修士課程1年
北川統之

1. 研究背景

大規模に解読されたゲノム配列情報が蓄えられ、また、プロテオームなどより表現型に近いレベルでの医療応用まで目指した研究が進むにつれ、遺伝子やタンパク質間のネットワークの解明に対する要求は高まってきている。しかし、そのために必要なタンパク質間相互作用(PPI)のデータの多くは、その正確な相互作用部位がわからず、また偽陽性が多いなどの問題も抱えている。

1.1 In vitro virus

In vitro virus (IVV)法[1]とは、mRNAとタンパク質とを対応づける技術であるmRNAディスプレイ法の一つである。IVVでは、baitタンパク質とpreyタンパク質をvitro内で共翻訳させることにより、複合体を形成するタンパク質を検出することが可能である。また、PCRを用いるために、微量のタンパク質の検出も可能であり、偽陽性が低いという利点も持っている。

大規模なPPIの解析においてはyeast two-hybrid (Y2H)方がよく用いられている。しかし、偽陽性も多く、それを見つけることが難しい。一方、IVVでは、タンデム・アフィニティー精製(TAP)法を、その欠点を補いつつ用いているため、より偽陽性が少ないという利点もある。また、Y2Hは一対一のPPIの検出を行うが、IVVでは複合体を形成するPPIの検出が可能である。多くの生体内の相互作用反応は複合体を形成することにより行われているため、このことはより生体内の現象に即した解析を可能とする。

1.2 Fos/Junタンパク質

今回の解析では、慶應義塾大学理工学部 柳川研究室 宮本悦子講師との共同研究によりIVVデータのうち現在までに十分な数の存在するマウス転写因子Fos/Junタンパク質をbaitとしたIVVデータを用いて解析を行った。Fos/Junタンパク質は、癌原遺伝子として同定されたc-fos, c-junからつくられ、炎症性疾患や癌におけるさまざまな細胞外のシグナルを遺伝子発現へつないでいる転写因子である。FosとJunはヘテロ二量体(ダイマー)を形成し、またJun同士はホモダイマーを形成することが知られており、Fos/Junによるダイマーは転写因子複合体AP-1の主な構成因子である。しかし、多様なシグナルを媒介するこのFos/Junを通してどのようなシグナルがどのような反応を引き起こすのかに関する詳細はわかっていない。

1.3 選択的スプライシング

我々はこのマウスFos/Jun転写因子のIVVデータを用い、選択的スプライシングがPPIに影響を与えることによってシグナル伝達の多様性に変化を与えていることをcomputationalに検証することを解析の目的とした。選択的スプライシングとは、高等真核生物の遺伝子に多く見られる現象で、1つの遺伝子がその構成要素のエクソンを様々な異なるパターンでつなぎ合わせることにより、多様なタンパク質として発現することができるようにすると考えられている。この現象が、プロテオームや表現型の多様性に対してヒト遺伝子が、ゲノム解読以前の予想以上に少なかったことの1つの理由とされている。

2. 手法

IVVによるPPIデータをcomputationalに解析するために、以下の手法を用いた。

2.1 選択的スプライシングデータベース

この解析のためには大規模な選択的スプライシングデータベースが必要であるため、まずその調査を行った。選択的スプライシングデータベースには、発現配列タグ(EST)をゲノム上に位置づけすることにより選択的スプライシングを発見したものや、実験的な検証に基づくものなどがある。ESTによる選択的スプライシングの抽出では、機能しているかどうか不明であるものも抽出されてしまう。今回の解析では、できるだけ大規模なデータが必要であり、また実験による検証も行えるためASD[2]を選択した。

2.2 既知PPIの検出

Fos/JunをbaitとするPPIデータが、複合体を形成するPPIも含めた既知PPIであるかどうかを確認するため、文献調査、およびBINDデータベース[3]を数珠つなぎに解析することによる調査を行った。

2.3 上流配列の解析

Fos/Junが主要な構成要素であるAP-1、およびその他の制御配列が各相互作用遺伝子の上流に存在するかどうかの解析を行った。上流配列の取得には、Ensembl[4]およびEnsMart[5]を用いた。保存された領域における制御配列の確認にはrVISTA[6]を用いた。

2.4 タンパク質立体構造情報

タンパク質となった場合に構造上のどの位置にあたるかは今回の解析において重要であるためEnsMartによるIDデータとPDB[7]を用いることにより調べた。

3. 結果および考察

マウスにおいて転写因子Fos/Jun活性化相互作用に影響を与えると想定される選択的スプライシング機構をもつ複数の遺伝子候補を目的どおり同定することができた。また、疾患に関係しているものが見られた。これらはcomputationalに解析した結果であるため、publicationに向けた実験的検証の準備を行っている。

その他の成果

Kitagawa N, Washio T, Kosugi S, Yamashita T, Higashi K, Yanagawa H, Higo K, Satoh K, Ohtomo Y, Sunako T, Murakami K, Matsubara K, Kawai J, Carninci P, Hayashizaki Y, Kikuchi S, Tomita M.
“Computational analysis suggests that alternative first exons are involved in tissue-specific transcription in rice (Oryza sativa)”
Bioinformatics. 2005 Jan 12; [Epub ahead of print]
PMID: 15647298
http://dx.doi.org/10.1093/bioinformatics/bti253

参考文献

1. Miyamoto-Sato, E., et al., Highly stable and efficient mRNA templates for mRNA-protein fusions and C-terminally labeled proteins. Nucleic Acids Res, 2003. 31(15): p. e78.
2. Thanaraj, T.A., et al., ASD: the Alternative Splicing Database. Nucleic Acids Res, 2004. 32(Database issue): p. D64-9.
3. Alfarano, C., et al., The Biomolecular Interaction Network Database and related tools 2005 update. Nucleic Acids Res, 2005. 33 Database Issue: p. D418-24.
4. Hubbard, T., et al., Ensembl 2005. Nucleic Acids Res, 2005. 33 Database Issue: p. D447-53.
5. Kasprzyk, A., et al., EnsMart: a generic system for fast and flexible access to biological data. Genome Res, 2004. 14(1): p. 160-9.
6. Loots, G.G. and I. Ovcharenko, rVISTA 2.0: evolutionary analysis of transcription factor binding sites. Nucleic Acids Res, 2004. 32(Web Server issue): p. W217-21.
7. Berman, H.M., et al., The Protein Data Bank. Nucleic Acids Res, 2000. 28(1): p. 235-42.