Projecto de Interacción Multimodales ‐ マルチモーダル・インタラクション・プロジェクト


2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究報告書

「効果的なスペイン語教育システムのデザインとインターフェース設計」

政策メディア研究科・修士2年
上田真理子

概要

eラーニングの課題として、「多くの学習者にとって学習の継続が難しいこと」、そして「デジタル教材の作成方法が複雑であり、教師自ら作成する事が難しいこと」が挙げられる。さらに、昔からある第二言語教育の課題として、「学習者間の個人差が激しいため、各学習者のペースに併せた教育が難しいこと」、「デジタル教材や教師自体の数が少ないため、学習者に満足な教育内容を提供できないこと」が挙げられる。 本研究では、これらの問題を解決すべく、従来の対面教育とeラーニングを組み合わせて、教師と学習者の双方向コミュニケーションを支援する「ESTUDIO教材」システムを提案する。 ESTUDIO教材の特徴は「シンプルな教材作成手法」と「講義の中で活用しやすいeラーニングシステム」、そして「双方向のコミュニケーション支援」の三点である。第一点として、PukiWikiを用いたシンプルな教材作成手法を提供する。デジタル技術に詳しくない教師でも、基本的な文法を学ぶだけで容易にデジタル教材を作成することができる。第二点として、フリー・ライティングによる回答方法を採用することで、学習者が講義中に利用しやすいシステムを提供する。第三点として、学習者がデジタル教材内の問題を回答する際に、任意のコメントや修正メモ、教師に対しての要望などを書き込める機能を提供する。教師は、その内容に基づき、講義の進行を変更したり、呼びかけたりなどにより、学生個人をサポートすることで各学習者のペースに合わせた教育を行なうことができる。今回、「ESTUDIO教材」のプロトタイプを実装し初級スペイン語の講義において活用した上で、有効性の評価実験を行った。





活動内容


「ESTUDIO教材 拡張システムの評価と試作」




ESTUDIO教材とは

 本研究で開発した「ESTUDIO教材」とは、教師と学生がお互いコミュニケーションを促せる、初級スペイン語用のデジタル教材の制作支援システムである。ESTUDIO教材の目的は、教室というマス教育環境にいても、それぞれの学生が個人的に教師とコミュニケーションを図り、そのやり取りの中で、学生は自分に合った学習方法でスペイン語学習を進めるためのシステムである。 「ESTUDIO教材」の特徴は二つある。まず一つ目は、特にデジタル教材制作の経験のない教育者でも、さまざまな分野の情報を流用して、スペイン語の学習教材を制作できるものである。そして二つ目は、教師と学生は、フリー・ライティングでお互いに、質問したり、コメントやメモを書いたり、相手に表示したりすることができるところにある。


「呼びかけ」による外国語教育方法

 ESTUDIO教材の概念として、第2章2.7項「アルゼンチンの外国語教育の有効性」に述べたように、アルゼンチンの教育方針の実現を目標としている。つまり、ESTUDIO教材を利用した外国語教育は、「個人が学習して蓄えた外国語力で、いかに自分の伝えたいことをイメージして、円滑なコミュニケーションを実行できる能力の育成」を目指すものである。ところが、アルゼンチンの学生は、このような能力を開花するために、活発に意見を言い合ったり、議論したりして、コミュニケーション能力を身に付けていっている。しかし、日本人は、第2章2.1.1.1.項「従来の日本で行われている外国語教育の例と具体的な問題点」に述べたように、どうしても活発に意見を交換したり、発言したりして、自分をさらけ出すことはできないことが多い。 このような理由により、日本人の学生に、教室にいながらも、ESTUDIO教材を利用することによって、アルゼンチンの外国語教育を効果的に発揮できるのではないかと推論した。その方法はというと、教室にいながらも、学生は教師に、教師は学生に、個人的に「呼びかけて」学習内容のやり取りを行うことであった。このシステムを使うことによって、学生は他の学生に悟られることなく、教師とコミュニケーションを取って、学習内容を自分のペースで進めることができるのである。つまり、ESTUDIO教材の最大の見所は、学生が恥ずかしい思いをせずに、ほんの少しのタイムラグをおきながら、教師を呼びかけて、コミュニケーションを取るようになっているところである。また、教師は学生の呼びかけにより、できるだけ学生の要望や意見に柔軟に対応し、学生一人一人のレベルや、特性や、弱点を把握して、授業を進めなくてはならない。よって、ESTUDIO教材は、間接的なコミュニケーション、すなわち「呼びかけ」によるコミュニケーションの実現を目標とした。






評価実験の構成

「呼びかけ」によるコミュニケーションのコンセプトに基づいたESTUDIO教材を実装するに当たって3つの評価実験を行った。その構成は以下の図に示す。

ESTUDIO教材の評価実験の構成図









ESTUDIO教材の評価実験の構成



予備検証

予備検証のコンセプトは、アルゼンチンの授業の仕方(第2章2.7項の「アルゼンチンの外国語教育の有効性」を参照)をもとに、紙ベースで、初級スペイン語の学習を行うものである。教師の教育方法は、教室というマス環境にいても、教師と学生は密なコミュニケーションを築き、教師は学生の苦手意識や興味を理解し、その学生のレベルや能力に応じて、問題を作成したり、内容を変更したりする。その有効性を検証する。

  (1)実験内容

実験目的

・ 教師と学生の密なやり取りの中で、学生はスペイン語能力を上達するのかどうかをテスト、アンケートにより分析する。
・ 初級用の最適なスペイン語教育の内容とはどんなものか(市販の教科書との違い)を分析する。
・ ノートの書き込みにはどのような内容をやり取りしているのかを分析する。


実験方法

・ 紙ベースの授業を実際、学生に行って提案システムの予備的な評価をする。
・ 留意点として学生のレベル、能力、意欲、ペースに従い学習を行った。


評価方法

・ アンケート
・ 学習内容に関してのテスト


(2)分ったこと

・ 学習に対する充実度と学習内容に対する満足度が高かった
・ 教師と学生間のやり取りが多いほど、学習しているスペイン語能力が高かった。
・ 教師と学生間のやり取りが多いほど、学習に対する充実度と満足度が高かった。


(3)問題点

・ この紙ベースの学習をどのようにデジタル教材に転移すればいいか
・ 同じ機能を働かすには、教師と学生はデジタル教材を受け入れられるのか


(4)改善点

・ 紙ベースの学習をデジタル教材にするにはどのような機能が必要なのか
・ 教師も学生も負担が少ないデジタル教材でないといけない




ESTUDIO教材基本システムとその評価の概要

予備検証をもとに、デジタル教材の作成と、その評価実験について述べる。

(1)実験内容

実験目的

・ 教師が編集・更新・管理したESTUDIO教材で、学生が実際に使って、スペイン語学習効果をあげられるかどうかを検証する。
・ デジタル教材としての基本的な機能の検証と評価を行う。
・ デジタル教材に置き換えると、どのような機能が必要なのかを検証する。


実験方法

・ 宿題として、各授業で出てきた単語やフレーズを選択問題と聞き取り問題にして学習してもらい、リーディングとスペイン語能力が上達したかどうかをテストで評価する。


評価方法

・ アンケート評価

(2)分かったこと

・ すべてのテストの成績は5割を超えた。7割の成績を超えたのは73.3%。8割の成績を超えたのは43.3%。つまり、これで学習してもスペイン語は上達することがわかった。
・ デジタル教材で学習することに対しての満足度は高い。


(3)問題点

・ インターフェース(「ボタンを間違えて押してしまう」、「答え合わせが見にくい」など)。
・ どこが間違っているのか表示してほしい、と要望があった。


(4)改善点

・ 背景、答え合わせの表示の仕方を改良する。
・ 答え合わせをしたあと、間違った部分の正しい答えを表示する。






ESTUDIO教材 改良システムとその評価の概要

 基本システムをもとに、改良したシステムの評価について述べる。

(1)実験内容

実験目的

・ 教師による教材内容 の編集・運用・更新を行う。
・ 教師が学生に対して満足な教授法を提供するのを支援できるかどうかを検討する。


実験方法

・ 教育者には、基本的なホームページやWEB制作のセミナー(5回/各2時間)を事前に実施する。その後、学習教材に関してのセミナー(5回/各2時間)を実施する。評価実験としての5回分の教材とシラバスを作成し、平行してESTUDIO教材の効果的な使用法について相互に話し合ってもらう。その後、それぞれの先生に実際、授業を行ってもらう。


評価方法

・ 各教育者には毎回観察日記をつけてもらう。また授業を終えた後、教育者と学生にアンケートを実施する。


(2)分ったこと

・ 教育者は、学生の人数が多いと、デジタル教材を工夫して、授業で足りない部分を補うような問題練習を作成する。
・ 教師の方が教職生より、早く総合的にESTUDIO教材の利用方法に慣れた。
・ 教職生の方が教師より、早くESTUDIO教材での編集ルールや仕方を学習した。
・ 教職生の方が教師より、学習内容に工夫があった。


(3)問題点

教育者
・ デジタル教材は適宜更新を要求されるので忙しさが増す。
・ 教師が管理・運用・更新を委託しないかぎり、すべて行わなければいけないので、あまり問題を工夫したり、課題を増やしたりしなくなる。つまり、教える意欲が低減する。


学生
・ 問題を解いた後すぐに新しい問題を更新しないとモチベーションが低下する。

(4)改善点

・ 教育者が随時、教材内容を更新し提示問題を工夫することで学生の緊張感と相互刺激を保つように図った。すぐに反応できるように、フリーライティングのシステムを導入して、双方向のコミュニケーションを実現する必要がある。





ESTUDIO教材 拡張システムとその評価の概要

 改良システムをもとに実装した拡張システムと、その評価について述べる。

実験内容

実験目的

・ 教室というマス空間で、ESTUDIO教材を利用することで、授業効率と、学生の学習能力が向上するかどうかを評価する。
・ 実際に、教師と学生が「呼びかけ」の双方向学習をできるかどうかを評価する。


実験方法

・ 千葉商科大学・政策情報学科の初心者を対象としたスペイン語コースの学生とスペイン語の講師が被験者となった。教師は実際に行われている初級スペイン語の授業の中で、ESTUDIO教材を利用して授業を行うものであった。


評価方法

・ アンケート
・ テスト


分ったこと

学生
・ 普通の授業より、面白く学習できる。
・ 普通の授業より、学習内容に集中するので、覚える単語数が増える。
・ 学生のペースで学習が行える。
・ 周りの友達に悟られることなく、どんな質問でも教師に聞いて、返答してもらえる。
・ 苦手な部分を課題ですぐに出してもらえる。


教師
・ 学生が興味深く学習できる。
・ 問題作成が楽しくなる。
・ これまでできなかった静止画・音声・動画の問題を簡単に作成できる。
・ これまでできなかったデジタル教材の作成と管理が行える。

問題点

学生
・ コンピュータを利用するので、授業中にネットや、チャットなどで遊びやすくなる。
・ 環境設定に時間がかかったり、操作に慣れるまで戸惑ったりする。
・ フリー・ライティングは、マウスでは少し書き辛い。

教師
・ 環境設定に時間がかかったり、操作に慣れるまで戸惑ったりする。
・ フリー・ライティングは、マウスでは少し書き辛い。





考察と議論

 日本人は、外国の人と比べて、人前で話したり、意見を言ったりすることが苦手である。そして、発音が違ったり、文法的に誤りがあって笑われたりしないか、と恐れて発言が中々できない。しかし、学習意欲は高い。今回のアンケート項目からも、教室というマス空間での学習で学生は、「他の人が当てられている時、自分は暇だと思うけど、代わりには当てられたくはない。なぜなら、恥ずかしいし、答えに自信がないから。それでも、もっと学習はしたい」という考えや、「他の人が当てられている時、自分はそれほど暇だとは思わないけど、もっとたくさん練習したり、学習を進めたりしたい」という考えを持っていることが伺える。しかし、本研究で開発したESTUDIO教材を利用することで、学生は、学生自身のペースで学習を行うことができ、個人的な質問やコメントを、他の学生に知られることなく教師とやり取りができた。また、教師が課題を直接作成し、編集し、学生に表示できるので、タイムロスが非常に少なく、学生は忘れる前に学習問題を解いて、覚えることができた。よって、ESTUDIO教材は、マス環境での利用に効果的であると考察できた。

 デジタル教材の魅力の一つとして、学生を面白いコンテンツで引き付け、学習意欲を向上させる狙いがあるのだが、ESTUDIO教材は、学生を引き付けるだけではなく、教師も教えることに引き付ける性格を持っている。つまり、ESTUDIO教材を通して、教師が出す問題には、学習意欲の高い学生からはほとんどコメントや、質問などが記入されている。教師は、そのような学生の呼びかけに対して、答えなくてはならない。よって、ESTUDIO教材は、教師も教えることに対してやる気に出させ、応答させ、やり取りを行わなければならない、ということを活発化させることができた。唯一の大きな問題点として、多くの学校では、フリー・ライティングのペンより、マウスがあり、言葉が書きにくいのである。どうしたら言葉のやり取りをスムーズに行えるかが今後の課題となった。


以上