2005年2月25日

2004年度森泰吉郎記念研究振興基金「研究育成費」


研究成果報告書

-モバイル・分散環境に適応する社会モデルに関する研究 -

研究代表者: 天笠邦一
学籍番号: 80424082
 

 

 1. 実施研究概要  

1-1. 研究目的: 「社会における基礎集団としての『家族』におけるモバイル利用実態調査」

 本研究における目的は、申請書の段階では、「ケータイが急激な普及を果たしたこの10年を概観した上で整理し、モバイル・分散環境が一般化した社会に適応する社会モデルを模索すること」としていた。しかし、実際の研究に当たり、労力を集中させより確実で有意義な成果を得るために、テーマを絞り調査を実施すべきだと考えた。そこで、今年度は、社会の基本構成単位の中でもっともミクロであり、現在の社会システムの中で礎的存在であると考えられる「家族」における注目することとした。その上で、その家族におけるモバイル・分散環境の現状とその成り立ちを調査し、新たな社会システムを模索する上での基本データとすることを目指した。「家族・家庭」という社会集団・空間は、非常にプライベートな空間であり、可視化の過程において困難が生じやすいため、メディア研究の対象とはなりにくい。その意味で、新規性が高いことから研究としての価値も高いと考え、その見地からも「家族」にテーマを絞ることとした。

1-2. 研究手法: 「統計上には現れない個別具体性を重視した詳細なインタビュー」 

 本研究では、家族を「社会的構成物」として捉え研究を進めることとした。すなわち「家族」という社会集団は「いかなる時代・社会状況の中でも普遍の機能・価値を持つもの」ではなく「その時代の社会状況・法律・メディアと相互関係にあり、それらの変動によってその形の変化するものである」と本研究の前提では考える。
 以上のような前提に立った上で、モバイル・分散環境をもたらすメディアの代表例として「ケータイ」を挙げ、それがもたらした家族の変化を見ていくことを研究のテーマとしたい。しかし、ただ家族の変化といっても、外的な環境(法律・行政・経済状況)によってもたらされる変化と、内的な実践(日常生活における行動・行為)によってもたらされる変化の2つに種類は分けられる。そこで、ここでは…

 1.先行研究が少なく新規性が高いため、研究としての価値が高い。
 2.内的な実践における創発は外的な環境に多大な影響を与えていることも想定される。
  そこで まずは、一番レイヤーの低い部分を綿密に分析しておくことが必要不可欠である。 

以上の2点を鑑み、人々の日常生活における方法論を追う、エスノメソドロジー的視点に立った上で、ケータイという新たなメディアが受容されたことによる家族内での内的な実践の変化を追うこととしたい。
 具体的には、家庭内における参与観察などの手法も考えられるが、まずここでは、実現のしやすさを考え、調査協力者に対して、詳細な聞き取り調査(インタビュー)調査を実施し、研究の基礎データとすることとした。インタビューは、音声による記録の対象となり、録音された音声は、後に逐語で文字に起こされ分析の対象となった。また、インタビューの過程で、その内容を可視的にし、インタビュアーにとっても調査協力者にとっても、調査をより容易なものをするために、調査協力者の家族関係や、住居の間取りを図示してもらうなど工夫も取り入れた。

1-3. 調査実施規模・内容:

 以下の規模・内容で、詳細なインタビュー調査を実施した。

 ■ 調査対象者数: 21名

 - 内訳:
  中学生 1 名(男性1名)
  高校生 6 名(女性5名・男性6名)
  大学生 3 名(女性4名・男性1名)
  社会人 6 名(学生の母親5名・男性1名)

 ■ 調査対象者の居住地: 神奈川県下、横浜・藤沢周辺地域

 ■ インタビュー時間: 約1時間半/回

 ■ インタビュー実施場所: 街の喫茶店もしくは調査対象者の自宅

 ■ インタビュー内容:
 - ケータイの基本的な利用状況について
 - 日常のライフスタイルについて
 - 家族内でのケータイの利用状況について
 - “家”でのケータイ・メディア利用について


1-4. 会計状況:
 別添書類を参考の事。

 

 2. 本年度研究結果

20名強に及ぶインタビュー調査の結果、以下の3点が明らかになった。

  1. 『家族内情報網における母親のハブ化及び父親の断絶。それに対する子供の戦略的振る舞い。』
     家庭内におけるケータイを通したやり取りを緻密に追っていくと、両親の就業形態に関わらず、コミュニケーションが一度母親に集約される傾向が強かった。父親は、家族からケータイなどバーチャルなコミュニケーション環境で断絶されると、リアルな環境でも疎遠になっていく傾向があり、一般的に見た場合「家族の情緒的つながり」から父親が断絶されるという現象が、ケータイを用いたコミュニケーションの実践により、より可視的になっている。こう言った「母親中心の家族」像が一般的になるにつれ、子供たちは、アイデンティティの維持のための方法論として、ケータイを通した母親からの束縛を部分的に受け入れ家族への帰属を可視化すると同時に、自らの「自由」を戦略的・部分的に保持している。
  2. 『家族の情緒的つながりの強化と家族の情緒化の進展』
     近代的な制度・空間の中では、目的や専門性によって空間は分断されていた。その分断された空間の中でのルール・プラクティスに身を任せることで、人々は自らの居場所を確保してきた。(場合によっては、確保できずに大きな精神的負担となってきた。)しかし、そういった「場」の中に、「場」を超えて他人とコミュニケーションできるケータイというツールが入ってきたとき、その場であった不快な事柄を、場所を越えて、より自分が安定できる対象・空間とつながることで解消するという現象が一般的となりつつある。その不快な事柄の解消先として、「家族・家庭」が非常に多く見られた。このように、いつでもどこでも「家族」が、ストレスの解消先として利用可能になることで、家族の情緒的つながりは再生産・強化され、家族は情緒化しつつあると考えられる。
  3. 「家」における空間境界のケータイによるアドホック化。
     この50年間、「家」という空間は個人によって分断されてきた。nLDKという50年間変わらぬ分断の構造は、家族の関係性も変え、家族の個人化を強化してきたといえる。しかし、その構造の中に個人の分身とも考えられるケータイが入ってくることで、その戦略的利用(置き場所、利用形態etc. 例:母親が自分の寝室においてあるケータイを娘に自由に使わせ、メール・電話の対応もさせる)により、分断化された家族の再結合が図られるなどしている。これは、ケータイというパーソナルで移動可能なメディアが、「家」の中に設けられていた物理的な境界線を、アドホックにしている現象の一つとして考えられる。

 

 3. 研究成果・アウトプット
  1. 2004年度 テレコム社会科学学生賞 (http://www.taf.or.jp/award/telecom2.html)に論文 『携帯電話の家族内利用に関する研究-“ケータイ”が創発する家族の内的構成を焦点に-』 (リンク先,PDFファイル668KB) を大島(総合3年)・郷(環境3年)との連名で投稿中。(研究代表者がファーストオーサー)
  2. ハンガリー・ブダペストで開催される国際学会 "Seeing, Understanding, Learning in the Mobile Age" (04/27-04/31,2005) にて"The Emergence of Keitai Family: Inner Constructions of Today's Family from the Viewpoint of Keitai Use"というタイトルで論文発表予定。アブストラクト(PDFファイル,41KB)は受理済み。 3月中旬にfull paper (2500words) を提出予定。

 

 4. 謝辞

 本研究に対して、いつも貴重なアドバイス・指導をして下さった…

小檜山賢二 政策・メディア研究科 教授
加藤文俊 環境情報学部 助教授
岡部大介 政策・メディア研究科 講師
伊藤瑞子 政策・メディア研究科 助教授

 心より感謝を申し上げます。また、研究のサポート及び、議論の過程で様々な有意義な視点を提供してくださった…

ケータイラボの皆様
大島亮太君(総合政策学部3年)、郷大助君(環境情報学部3年)の両名

にも厚く御礼申し上げます。

以上