慶應義塾大学 SFC研究所

2004年度森泰吉郎記念研究振興基金

研究者育成費(修士課程) 研究成果報告書


東京から地方都市への認知距離の歪みについての研究

−映像が認知距離と移動する意思に与える影響−



太田 宏佑(慶應義塾大学 政策・メディア研究科)



研究要旨

本研究は、認知距離に関する研究である。認知距離とは、広い空間で人間が観念的に把握している距離である。人間の認知は固定されておらず、状況によって変わりうる。情報の付与により、認知距離および移動する意思に影響を与えられるかを試した。その手段としては、映像を用いた。映像の視聴は、訪問経験の代替となる効果があった。高めに歪んでいた認知距離は、映像を視聴することでより低めに補正された。そして、都市に対して移動する意思の態度を決めていない者に対して、態度を決めさせた。今後、情報通信技術を利用した映像配信が、人々の認知距離を変化させうる。また、地方都市についての情報提供のあり方に対して、距離という要素が重要な位置を占める可能性がある。認知距離および移動する意思の性質を明らかにできれば、認知距離に変化を与えることで移動する意思を喚起することができる。そうすれば、人々の移動を促すことができる。人々の移動は経済の動きを活発にし、社会を発展させうる。認知距離を有効に利用することで、社会を活性化することができる。

キーワード

認知距離 移動する意思 地方都市 交通網 映像


1. はじめに

 この研究は、人々が都市間という広い範囲を移動するとき、その距離をどのように認識しているか、そしてその認識が、移動しようとする意思にどのように影響しているか、といった、人々と情報との関わりについて解明する。

 そのために、交通網の例として鉄道を取り上げ、道のりと時間および費用について、人々の認知と実際とのずれやその要因について考察する。そして、人々が認知している距離が移動する意思とどのような関係にあるかを解明する。さらに、人々に距離に関する情報を与えることによって、移動する意思に影響を与えられるかを試行する。

 距離の認知と移動する意思との関係が解明できれば、距離が人々の移動を妨げている問題に対して、解決策を掲示しうる。また、新たな交通網を計画するときに、人々の距離に対する認知を、基準の一つとして採用できる。そうすることで、効果的な交通網を構築することが可能である。


2. 研究の背景

 人々は、物理的な距離に対して、対応する距離を認知の中に持っている。しかし、実際の距離と認知の距離とは、必ずしも一致しているとは限らない。実際の距離が人間の認知に投影される過程で、様々な条件により変化しうる。その条件としては、本人の性質や経験、移動対象に対する印象や、メディアから得られる情報などがある。

 そして、人々が移動するときには、認知の中にある距離が思い浮かぶ。よって、移動しようとする意思を決定する際には、移動する道のりに対応した認知の中にある距離が関係している可能性がある。

 また、人々の認知は不確かなものである。いったん形作られた認知も、様々な種類の情報を得ることで、変わり続けている。距離についての認知に関しても、何らかの情報を与えることで変化する可能性がある。そして、距離についての認知が変化すれば、移動しようとする意思にも変化が現れる。


3. 研究の目的と意義

 この研究は、人々に距離に関する何らかの情報を与えることで、認知距離および移動する意思を変化させられるかを試行することを目的とする。映像コンテンツを作成し、それを実際に人々に情報として与える。映像視聴前後の認知の変化を観察し、情報を与えたことによる影響を測る。

 認知距離は、人々のその距離に対する印象から形成され、それは人々がどのような情報を得ているかが影響している。社会においては特に昨今、情報化社会により、情報は様々な手段から得ることができる。それにより、人々の印象は修正され続ける。その中で、交通を提供する事業者にとって、どのような広報・宣伝活動を行うかは重要なことである。認知距離に対して、どのような要因が影響するかが明らかになることで、効果的な広報・宣伝活動を行える。

 そして、人間の移動と情報の移動との相乗効果は、社会の発展に貢献することができる。人間や情報の移動により、人と人とがつながること、触れ合いができることは、相互の理解を生む。相互の理解は、人の世界を広げ、可能性を広げる。可能性が広がれば、人は新しいことに挑戦していくことになり、それは社会の発展につながっていく。その流れを築くこと、手助けすること、きっかけを与えることは、意義が大きい。人間の移動と情報の移動との関連に注目することで、社会を発展させる手段を得ることができる。


4. 研究の方法

 この研究では、質問紙を用いて心理値の統計を収集し、各種分析を行っていくことで研究を進める。

4.1 調査の概要

 この調査は、地方都市についての映像を視聴させ、視聴する前後で認知の距離と居住意思・旅行意思とを問うものである。結果を分析することで、映像の視聴が認知距離および移動する意思に影響を与えうるかを検討する。

 今回の調査は、三回の質問紙を用いる。まず一回目の質問紙を配布し、対象の都市への認識している距離や移動する意思などの質問に答えてもらう。最初の質問紙は回収し、次に二つの集団に分けて4分の映像を放映する。集団を分けるのは、種類の異なる映像を見せて、映像の影響を精査するためである。なお、映像の内容は、東京から調査項目の都市にたどり着く過程を表したものである。映像を視聴した後、二回目の質問紙を配布し、都市に対する印象への映像による影響の程度を問う質問に回答してもらう。さらに、二週間程度の一定の期間を経た後に、三回目の質問紙により映像の影響の持続性を確認する質問に再び答えてもらう。二週間の期間を空けるのは、その期間の間に映像の影響がどれだけ残っているかを測定するためである。これにより、映像の効果が一時的なものかを検討することができる。

 今回の対象都市は、甲府・仙台・名古屋・水戸の4都市である。甲府と水戸とは、東京からほぼ等しい距離にあり、新幹線でない路線が直通しているという点でも共通している。仙台と名古屋とも、東京からほぼ等しい距離で、新幹線が直通しているという共通点がある。二つの集団に分かれた際には、片方の集団には甲府と仙台に関する映像を見せ、もう片方の集団には名古屋と水戸に関する映像を見せる。

 一回目の質問紙では、まず居住経験と訪問経験とをたずねる。訪問経験については、自動車で行ったか鉄道で行ったかも聞く。

 次に、対象の都市に対する態度を測定するために、都市への好きな度合いをたずねる。この質問には、5段階で回答する。また、将来の居住地として住んでみたいかと、旅行先として行ってみたいかを、それぞれ5段階で回答する。

 そして、東京から対象の都市までの距離をたずねる。最も早い鉄道で行くという条件のもとで、道のり・時間・費用の三つの尺度について、数直線上に印をつける方法で回答する。今回も、基準は示していない。ここでは、道のり・時間・費用のうち、最もはっきりと思い浮かんだものについても答える。

 さらに、上の質問で答えた距離について、どのような知識や経験から得た情報を参考にしたかをたずねる。学校の授業・行った経験・携帯電話やインターネット・ガイドブック・テレビ・電車や駅・友人や知人との話との項目別に、どのくらい参考にしたかということを回答する。

 二回目の質問紙では、まず映像にあった、東京から対象の都市へ行く方法について知っているかをたずねる。そして、映像で具体的に示された、対象の都市までの時間と費用とについて、思っていた値と比べて大きいか小さいかということを答える。また、映像を見たことで対象の都市への興味がどの程度深まったかを回答する。

 次いで、映像で見た都市への居住意思と旅行意思および道のりを、一回目と同様に再び答える。さらに、距離については印象もたずね、近い・短い・費用という印象にあてはまるかを5段階で答える。

 三回目の質問紙は二週間後である。ここではまず、この二週間の間に対象の都市に関して、何か情報に触れたかということをたずねる。情報は元から調べる気があったのか、触れたのは自分からだったのか偶然だったのか、媒体はどのようなものであったのかについて回答する。

 そして再び、対象の都市について、居住意思と旅行意思、東京からの道のり・時間・費用の具体的な値、近い・短い・費用の印象をたずねる。これらは、一回目および二回目の質問紙と同じ質問である。

 今回の調査は、2004年11月中旬から下旬にかけて行い、対象者は本学看護医療学部の学生である。事前に調査をすることを告知し、承諾をいただいた方に対して調査をお願いした。全部で64名(男性4名・女性60名)のご協力をいただいた。また、協力してくれた方々に対して、全員一律で500円の図書券を謝礼として進呈した。この調査は、調査期間が二週間に渡り、被験者はただ質問紙に答えるだけではなく、映像を視聴するという手間もかかる。そのために、協力いただけることに対して、謝礼を進呈することとした。

4.2 調査で映像を用いる背景

 この調査では、情報を与える手段として映像を用いる。認知距離には、経験が影響を与えている。経験の中で、視覚情報というのは重要な要素である。また、昨今のブロードバンドの普及により、インターネットを利用した映像配信がより簡単に行えるようになった。今後の情報社会の中で、インターネットは情報を得る手段としての存在として、大きくなっていくという社会環境がある。そのため、今回は距離について情報を与える手段として映像を採用した。

 映像の内容は、距離は移動過程と関係が深いという考えの下、東京を出てから目的地に着くまでの過程を表した。駅や列車の様子そして車窓など、実際に移動する際にも見ることができる様子を取り入れた。車窓については、山や川など沿線で特徴的なものを含ませた。また、映像の中では時間と費用について具体的な数値を示す。実際の移動でも、注目されるかは別にして、時間と費用の情報は具体的に得ることができる情報である。

 映像は、甲府・仙台・名古屋・水戸の4つの都市それぞれについて作成した。映像の長さは、どの都市も2分である。

 なお、映像を作成する際に、鉄道旅行を取り上げたテレビ番組(参考資料[5])の構成を参考にした。


5. 調査結果と考察

 実施した調査の結果をまとめ、考察を行う。

5.1 都市への好感度

 ここでは、対象の都市がどれだけ好きかという評価とについて集計する。まず、5段階の評価のうち、段階別の人数の割合を積み上げ型グラフにしたものを図1に示す。仙台が高めの数値を示しているが、どの都市も大きく差はない。

図1
図1 都市への好感度の評価別の人数の割合

 次に、この好感度と他の要素との関係を検討する。認知距離と誤認識距離について、実際の距離との比を取り、好感度との相関係数を計算した。また、居住意思および旅行意思との相関も計算した。グラフを図2に示す。無相関の検定を行うと、認知距離および誤認識距離との相関係数は有意でなく、居住意思および旅行意思との相関係数は有意水準1%で有意であった。よって、好感度と移動する意思の間には、一定の相関がある。

図2
図2 好感度と他の要素との相関

5.2 距離を想起するときに参考にした知識

 認知の距離を思い浮かべるときに、どのような知識や経験を参考にするかを測定する。図3に示すのは、都市ごとに何を参考にしたかを表したグラフである。なお、グラフの人数は「大いに参考にした」「少しは参考にした」の回答の合計である。

図3
図3 認知距離を想起するときの参考

 図3での、参考にした知識の項目の詳細は、左から順に次の通りである。

 学校…地理・歴史などの学校の授業での学び
 経験…実際に行った経験があること
 携帯…携帯電話やインターネットで得た情報
  本…観光ガイドブックや新聞・雑誌
テレビ…テレビ(ニュース・旅行番組・CM)
 電車…電車の中や駅の広告やパンフレット
 知人…友人や知人から聞いた話

 認知距離の参考となる知識は、都市ごとに大きな差はない。項目別に見ると、最も多いのは学校の授業で学んだ知識である。日本の学校では、社会の授業において全国の地誌を取り扱っており、それが地方都市の知識として定着していることが分かる。次いで、行った経験とテレビがある。対して、携帯電話やインターネットは少ない。距離の概念を構成する際に、情報通信技術はあまり関係がない。

5.3 映像に示された事実と認知との比較

 映像には、対象の都市までの行き方と、具体的な時間と費用とが示されていた。被験者たちが、この映像を見てそれらの事実をどう受け取ったかを分析する。

図4
図4 地方都市へ行く方法の認知度

 図4は、映像で示された地方都市に行く方法を知っていたかを集計したグラフである。「列車の名前だけ知っていた」というのは、列車の名前は聞いたことがあるが、その地方都市に行くものとは知らなかった、ということである。この選択肢の人数が多いことが特徴的である。これは、記憶の中で列車の名前だけが先行し、どこに行くかということを知らないことを示している。

図5
図5 都市までの実際の時間と費用の感じ方

 図5は、映像で示された具体的な時間と費用とを、思い浮かべたものと比べてどう感じたかを集計したグラフである。仙台および名古屋の費用が、想像よりも高かったと感じた人数が多かった。示した費用は定価であり、普段は学割を利用できる経験者から高いと感じられた可能性がある。甲府と水戸は、訪問経験者が少なかったか、路線が在来線のため新幹線よりも割安であったためにその傾向が小さかったと考察できる。時間については、示された値を小さいと感じる傾向が高かった。

図6
図6 映像による地方都市への興味の変化

 図6は、映像により対象の都市への興味がどの程度深まったかを集計したグラフである。7〜8割の被験者が多少は興味が深まっており、映像により興味を引くことができている。

5.4 道のり・時間・費用で思い浮かぶもの

 今回の調査では、東京から地方都市までの隔たりについて、道のり・時間・費用の三つの尺度を質問した。さらに、この三つのうちで最もはっきりと思い浮かんだものをたずねた。ここでは、二週間後の統計を用いて分析を行う。

 地方都市までの隔たりについて、道のり・時間・費用のうちでどの尺度の値が最もはっきりと思い浮かんだかを、図7は都市別に、図8は映像の視聴の有無で集計したものである。

図7
図7 最も思い浮かんだ尺度の都市別の集計

図8
図8 最も思い浮かんだ尺度の視聴別の集計

 全体の平均では、時間が約半分を占め、費用が4割弱、道のりが1割強である。隔たりとして思い浮かぶのは、主として時間と費用であり、道のりは意識に上りにくい。都市別には目立った差はない。甲府の時間と仙台の道のりが、他の都市よりも多い程度である。映像の視聴の有無でも、はっきりとした差はない。つまり、どの尺度が最も思い浮かぶかの要因は、個人特性にある。

5.5 二週間の間に触れた情報

 ここでは、映像を見てから、三回目の質問紙までに触れた情報について集計する。何かしらの情報に触れたかどうかをグラフにしたものを図9に示す。これを見ると、この期間に情報に触れた被験者は少なかったことが分かる。都市別では、名古屋は多く水戸は少ない。映像によって対象の地方都市への興味を深めることはできても、さらに行動を起こさせることは難しい。ただし、情報を調べる気になった被験者がある程度いるため、映像の一定の効果は認めることができる。

図9
図9 二週間の間に情報に触れたかどうか

5.6 映像視聴直後の認知の変化

 ここでは、映像を視聴する前と後の統計を分析し、映像が認知に対してどのような影響を与えたかを分析する。まず、視聴の直前と直後との統計を比較する。なお、誤認識距離とは、個人ごとの実際の距離と認知距離との差である。

 映像を視聴した回答の、対象の都市までの道のりの認知距離および誤認識距離について、一回目と二回目とで差を計算し、都市別に集計した。前後の変化の平均値と有意確率(両側検定)を示したのが表10で、上がったか下がったかの別で人数を集計したのが図11である。

表10 映像視聴前後の認知の道のりの変化
表10

図11
図11 映像視聴前後での認知の道のりの変化

 表10および図11によると、仙台と名古屋では前後でそれほど大きな変化はないものの、甲府と水戸では認知距離および誤認識距離ともに減少する傾向がある。誤認識距離については、有意水準10%で有意差もあった。この結果は、映像の効果が認知距離を短くし、さらに正しい値に近づけていることを意味する。

 次に、都市ごとに認知距離および誤認識距離と実際の距離との比を計算する。その比を全都市で平均し、前後の変化を見た表が表12である。この表を見ても、映像を見た後では認知距離および誤認識距離が減少しており、映像が認知距離に対して影響を与えている。また、標準偏差も減少していることから、ばらつきも映像によって抑えられていることが分かる。

表12 実際の距離との比の変化(全都市平均)
表12

 今度は、映像を視聴したことが、移動する意思に変化を与えるかを分析する。映像視聴前後での、居住意思および旅行意思の値の変化の平均と有意確率(両側検定)を、都市ごとに集計したのが表13である。そして図14は、映像の視聴前後で移動する意思がどう変化したかを、都市ごとに上がったか下がったかの人数の割合で表したグラフである。

表13 映像視聴前後での移動する意思の変化
表13

図14
図14 映像視聴前後での移動する意思の変化

 図13および図14から、映像の視聴は移動する意思に対しては、特定の方向への影響は与えてはいないことが分かる。しかし、都市によっては意思が変化した人数のほうが、意思が変化しない人数よりも多い。つまり、全体としては移動する意思を促進あるいは抑制しなくても、それぞれの個人に対しては何らかの影響がある。移動する意思が変化した人数は、訪問者の少ない甲府で多く、訪問者の多い名古屋で少なかった。すなわち、映像は都市に対して態度を定めていない被験者に対し、態度を決めさせる効果があった。ただし、水戸の変化は甲府に比べて少なかった。これは、水戸への都市に対する知識と興味が、甲府よりも小さかったためと考察する。

5.7 映像を視聴して二週間後の認知の変化

 今回の調査では、映像を視聴してから二週間後に、再び認知についての質問を行った。その二週間の変化の様子を分析する。

 二週間の期間を空けたのは、映像の効果を観察するためである。よって、この項では都市ごとの違いは考えない。映像を視聴したグループと、映像を視聴しないグループとのそれぞれで、全都市の回答を平均した統計を分析に用いる。認知距離および誤認識距離については、都市ごとに実際の距離と認知距離との比を計算してから、その比を用いて全都市の平均を計算する。

 今回の調査では、グループ1とグループ2は別の都市についての映像を視聴した。グループ1の映像を視聴した都市についての回答と、グループ2の映像を視聴した都市についての回答とを合わせて、映像を視聴したグループの回答とする。そして、両グループの映像を視聴していない都市についての回答を、映像を視聴していないグループの回答として扱う。

 まず、認知距離と誤認識距離について分析する。表15は、映像視聴の有無でグループ分けをした、認知距離と誤認識距離の変化の様子を示したものである。なお、2回目の質問では、時間と費用は具体的な値を示したので、質問は道のりのみとなっている。

表15 映像視聴の有無による認知距離および誤認識距離の変化
表15
※1回目は映像視聴前・2回目は映像視聴直後・3回目は映像視聴二週間後(以下同)
 変化した距離が正の値のとき、変化後の値のほうが大きい

 認知距離について見てみると、道のりは後の値のほうが小さくなり、時間と費用は後の値のほうが大きくなる。映像を視聴したグループのほうが、減り方が大きく、増え方は小さい。そして、誤認識距離も認知距離と同様の傾向を示している。道のりについては、直後に値が大きく減ったあと、再び増えているが、それでも最初に比べると減っている。これらの結果は、映像の効果が認知距離の小ささにつながっていることを示している。

 認知距離は、映像を見ていない都市についても変化があった。これは、映像によってある都市の印象が変化すると、被験者が思っている都市と都市との相対的な関係により、別の都市の印象も変化したためと考察する。

 次に、移動する意思の変化について分析する。なお、この移動する意思は5段階で回答したものである。表16は、映像視聴の有無でグループ分けをした、移動する意思の変化の様子を示したものである。この表によると、時間を追うごとに移動する意思が減っているのが分かる。しかし、減っている度合は僅かであり、有意差もないことから、ほとんど変化がないとも言える。また、映像を視聴したかどうかでもはっきりとした差は見られない。全体としては、映像は移動する意思を特定の方向へ向ける影響を与えていないことになる。

表16 映像視聴の有無による移動する意思の変化
表16

 しかし、今回の調査は二週間という短期間で行ったものである。短期的に見れば、映像を視聴したことが経験の代替となり、移動する意思の一部を満たした可能性もある。長期的に見れば、たとえば被験者が実際に旅行に行くことになった場合に、この調査で視聴した映像が影響を与えうる。

5.8 認知距離と移動意思との関係の推移

 今度は、認知距離と移動する意思との関係について、映像を視聴したことによる推移を分析する。この項の分析でも、認知距離については、都市ごとに実際の距離と認知距離との比を計算した値を用いる。また、前項と同様、映像を視聴したグループの回答とは、グループ1の映像を視聴した都市の回答と、グループ2の映像を視聴した都市の回答とを合わせたものとする。

図17
図17 認知距離と移動意思との相関の推移

 図17は、映像を視聴したグループの回答について、道のり・時間・費用の尺度別に、認知距離と移動する意思との相関係数の推移を表したグラフである。道のりについて、映像を視聴した直後は、旅行意思との相関が現れている。無相関の検定を行うと、この相関は有意水準5%で有意である。この相関は負の相関であり、認知の道のりが減少するほど、旅行意思が増加することを表す。ただし、二週間後は相関がなくなっている。この結果は、映像を視聴した直後は、映像が被験者に一定の影響を及ぼしていていたものの、二週間後には映像の影響が薄れ、回答が揺れるようになったことを示している。時間と費用については、二週間後の回答のほうが、若干ではあるものの相関が大きい。無相関の検定の結果、有意水準5%で有意であったのは、二週間後の費用と居住意思との相関係数のみである。

表18 映像を視聴した回答の誤認識距離と移動する意思の相関係数の推移
表18

 表18は、映像を視聴したグループの誤認識距離についてまとめたものである。映像視聴直後は、誤認識距離と移動する意思の相関がやや現れており、認知距離が正確なほど移動する意思が強い傾向がある。しかし、二週間後は相関が小さくなる。時間と費用については目立った変化はなかった。なお、無相関の検定を行うと、有意水準5%で有意な相関係数はなかった。

 続いて、認知距離の変化と移動する意思の変化との相関を、さらに詳しく分析する。図19は、認知距離の変化値と移動する意思の変化値との、相関係数を集計したグラフである。

図19
図19 距離と意思の変化値同士の相関係数

 道のりについては、1回目から2回目と2回目から3回目で、居住意思・旅行意思ともにわずかながら負の相関を示している。これは、認知距離が減少すると移動する意思が増加する、もしくはその逆を表している。ただし、この相関は有意水準5%では有意でない。また、時間は居住意思が正の相関を示しており、費用は居住意思・旅行意思ともに相関が小さい。この相関は、有意水準5%で有意である。

 これらの分析から分かったことは次の通りである。全体としては、映像の視聴は移動する意思自体には影響をそれほど与えない。しかし、認知距離の変化と移動する意思の変化との関係に注目すると、映像の視聴は一定の影響を与えている。つまり、映像を視聴することで、認知距離と移動する意思との関係が生じ始めている。映像の視聴は、被験者に認知距離と移動する意思との関係への、態度を決めさせる効果がある。


6. 調査結果のまとめ

 ここまで、距離に関する映像という情報を与えることで、人々の認知距離および移動する意思を変化させられるかを検討してきた。

 まず、都市への好感度は、移動する意思との関係があり、好感度が高いほど居住意思も旅行意思も高かった。好感度と認知距離との関係は、好感度が高いほど認知距離および誤認識距離が低い傾向はあるものの、ほぼ相関はない。

 認知距離を思い浮かべる際に参考とする知識は、学校の授業で学んだ知識が多い。日本の学校では、社会の授業で全国の地誌を教えるため、それが認知距離の形成にも影響している。対して、携帯電話やインターネットといった情報通信技術は、認知距離の参考にはなっていない。

 映像では地方都市へ行く方法を示した。列車名だけ知っていても、どこに行くか知らないという傾向が一部にあった。記憶の中で列車の名前だけが先行し、その行き先を知らないことを示している。映像で示した地方都市までの時間を、多くは思っていたよりも小さいと感じていた。費用については、都市によって傾向に差があり、これには示した費用が無割引の定価であったことが影響している可能性がある。また、どの都市も映像により多少は興味が深められ、映像により興味を引くことができている。ただし、興味を深めても、情報を追加で調べるなど、さらに行動を起こすことはあまりなかった。

 地方都市までの隔たりについて、道のり・時間・費用のうちで最もはっきりと思い浮かぶ尺度は、主として時間と費用であり、道のりは意識に上りにくい。この傾向は、都市別に見ても目立った差はなかった。

 映像視聴直後には、認知距離および誤認識距離を縮めることができた。また、認知距離のばらつきも減少した。移動する意思については、特定の方向への影響は与えてはいない。ただし、個人別には一定の影響があり、上下どちらかに変化させるという影響を与えていた。つまり、映像は都市に対して態度を定めていない被験者に対し、態度を決めさせる効果があった。

 映像視聴二週間後も、映像の影響は個人の認知に残っていた。さらに、映像を視聴した都市だけではなく、認知の中にある都市と都市との相互関係から、映像を視聴していない都市の認知距離にも影響を与えていた。ただし、時間と費用では、道のりのような影響はなかった。移動する意思も、二週間で特定の方向への大きな変化はなかった。

 認知距離と移動する意思との関係については、映像視聴直後に道のりの認知距離と旅行意思との相関が現れていた。時間と費用についても、移動する意思との相関係数に変化があった。全体としては移動する意思は特定の方向に変化しなくても、認知距離との関わりや個別の変化に注目すると、映像の影響があった。映像の視聴は、認知距離と移動する意思との関係への態度を決めさせるという影響を、一部で与えていた。

 映像という情報を与えることで、認知距離を減少させるという影響があり、移動する意思についてもその態度を決めさせるという影響があった。よって、情報を与えることで認知を変化させるという今回の試行は、成功であった。


7. 結論

 この研究では、情報を与えることで認知を変化させうるかの手段として、映像を用いた。そして、実際に認知を変化させることができた。昨今の情報通信技術の普及により、今後はインターネットで映像をより手軽に視聴できる環境が整ってくる。その中で、認知距離に影響を与える手段として、インターネットの役割は大きくなってくる。旅行の情報を得る手段として、インターネットは一定の役割を果たしている。一方で、距離という概念を構築するのには、インターネットはあまり関係がない。つまり、旅行に行くと決まればインターネットが使われるが、そこに至る過程では存在感がない。しかし、情報化社会により、今後は存在感を強めていける環境がある。インターネットを用いて、認知距離および移動する意思を変化させられる可能性は高まっていく。認知距離は不確かなものであり、日々の情報により修正され続けている。よって今後、距離を含めた都市についての情報を提供する際に、インターネットを生かした映像コンテンツを利用することができる。

 また、今回の調査で提供した映像の内容は、対象の地方都市までの移動する過程の情報であった。従来、地方都市に関する情報は、その都市がどのような都市であるかなど、都市そのものに関する情報が主であった。しかし結果が示すように、過程のみの情報によって、認知距離に影響を与えることができた。つまり、移動する過程の情報も、情報として効果を発揮している。これから先、地方都市についての情報提供のあり方として、移動する過程の情報を提供することも重要となる。

 人間が移動し情報が移動すると、人々が触れ合い、相互の理解が生まれる。相互の理解は人間の可能性を広げ、社会を発展させうる。その流れを築くきっかけを与えることは、意義の大きいことである。情報を与え、認知距離および移動する意思に変化を与えることは、まさにその流れを築くきっかけを与えることである。認知距離を有効に活用することで、社会を活性化させることができる。


○謝辞

 この研究を進めるに当たり、多くの方々からご指導・ご支援をいただきました。環境情報学部の有澤誠教授・石崎俊教授・渡辺利夫教授、看護医療学部の金子仁子教授・標美奈子専任講師・尾形珠恵助手・佐藤祐子助手・増田真也助教授・松井梢さん、調査にご回答の皆様、多くの関係者の方々に、厚く御礼を申し上げます。


○参考資料

  1. 長山泰久・矢守一彦『空間移動の心理学』(福村出版), 1992
  2. 古池弘隆・森本章倫「首都圏における都市間相互の認知距離に関する研究」(日本都市計画学会『都市計画論文集』31 P7−12), 1996
  3. 加藤孝義『空間感覚の心理学 左が好き?右が好き?』(新曜社), 1997
  4. 酒井正子「東北・北陸の都市間と東京との社会的距離に関する一考察」(『運輸と経済』第60巻第6号 P26−33), 2000
  5. NHK「列島縦断鉄道12000km最長片道切符の旅」, 2004

制作・著作 太田 宏佑(meruhen@sfc.keio.ac.jp)

慶應義塾大学 SFC研究所