直線上に配置

自治体による国際協力とODA(政府開発援助)の利用

〜北九州市と埼玉県の事例を中心に〜


慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 修士課程2年
グローバルガバナンスプログラム所属
渡邊 礼

1、研究の概要

従来、ODAにおける国と自治体の連携と言えば、政府が決定した案件に対して自治体が海外から研修員を受け入れたり、自治体の有する人材を海外に派遣する など、自治体が国の業務を補完する形式が主であった。ところが近年、自治体側が国に対して働きかけたことを契機にODAにおける自治体と国の連携が実現 し、ODA資金を活用しながら自治体が国と共同で実施した国際協力の事例が見られるようになった。しかし、自治体の本来の役割は、地方自治法によれば地域 住民への公共の福祉であり、国際協力を行うことではない。それにも関わらず近年実施されるようになった国際協力の事例はどのような要因によって形成され、 またそこには自治体側の明確な戦略に基づく政策が存在したのだろうか。

本研究は、こうした問いに答えるために以下の3点について検討を試みた。第一に、そもそも自治体国際協力とは何かを明らかにするため、その歴史的背景や特 徴を抽出した。第二に、連携におけるもう一方のアクターである国側のODA政策と実施機関における自治体の取り扱い方を分析した。最後に、実際にODAに おいて国と自治体が連携した事例を取り上げ、そこに自治体側の明確な戦略に基づく政策が存在したのかどうかを検証した。


2、研究の意義

 近年見られる、国と自治体の連携が形成された要因に関する研究は大きく2つに分類することができる。ひとつには、吉田均[1]氏や国際協力事業団[2](現 国際協力機構)による研究である。これらは、@ODAの対象案件が以前のインフラ整備支援から環境問題や公衆衛生などへ変化してきたこと、A開発途上国に おける地方分権が進む中で地方行政のノウハウや地域振興に関する要望が増加しつつあること、BODA予算の縮小、C国民参加型ODAの推進などの要因によ り、国側が自治体との連携を積極的に推し進めていることを明らかにしている。

またひとつには、阿部貴美子[3]氏による研究が存在する。当研究では自治体に対しアンケート調査を実施し、自治体が国と連携する際の課題や問題点を洗い出し、それらに対して提言を行っている。

よって、これまでの研究では、国側が中心に分析され、自治体が分析される場合にも、包括的に取り扱われてきたと言える。しかし、自治体はそれぞれに固有の 歴史、産業、地理などを有しており、国際協力における国との連携においても、それぞれに異なった政策を有していることが考えられるため、自治体を包括的に 分析することには限界がある。また、自治体が本来の役割とは異なる国際協力を行っている以上、そこに自治体側の意図が存在する可能性があるため、先進的な 自治体の取り組みを個別的に分析し、自治体側の政策を検討する必要があり、そこに本研究の意義がある。


3、各章の内容

第一章 自治体の国際協力

まず、第一節では、自治体の国際協力の歴史的流れを整理した上で、自治省による自治体国際協力の定義づけを確認し、その基本的な性質を整理した。さらに、 自治体が実施する国際協力と国の実施する国際協力、即ちODAとを比較して自治体国際協力の特徴を明確にした。次に第二節では、地域益に貢献すべき自治体 が、なぜ国際協力を実施するようになったのかを明らかにするために要因分析を行った。最後に第三節では、国際協力において自治体が抱えている課題を整理し た

小結

自治体の国際協力は国際交流を背景として形成されてきた。そのため、総務省の定義においても地域同士が協力し合う「共生の精神」や「対等なパートナーシッ プ」などの概念が提示されている。また、自治体の本来の役割を鑑みて、自治体の国際協力には自地域の活性化など、国際協力が自地域の発展に役立つことが求 められており、この点がODAとの相違点であると言える。

さらに、自治体が国際協力を行う要因としては、国内における中央―地方関係の変化から自治体が自地域の発展に責任をもって取り組む必要があり、その手段と して国際協力を活用しようとしていることや、国側がODAの質的向上のために自治体の参加を要請していることなど、自治体を取り囲む環境の変化によって大 きな影響を受けていることを明らかにした。しかしながら、自治体は資金不足や地域益を明確に目指した政策を掲げられないなどの課題を抱えており、ODAに おける国との連携についても財源と主体性のバランスをどのようにとっていくのかが最大の課題であると言える。


第二章 ODA改革にみられる国の自治体との連携

第二章では、国側の政策を分析し政策の変遷を明らかにするとともに、ODAの実施機関である国際協力機構(JICA)と国際協力銀行(JBIC)が設置す る自治体との連携スキームを検証した。なぜなら、第一章で分析したとおり、自治体が国際協力を行うようになった要因には、国側の働きかけが強く影響したこ とが明らかであるためである。つまり、政府においてODAに関する改革論議が活発に行われ、ODAにおける自治体の参加についての議論が進められたこと が、自治体との連携の促進要因となったと考えられる。

小結

表1にまとめた通り、90年代前半においてはODA政策における自治体に関する認識が未成熟であったと言えるが、90年代後半になるとODA案件の「一括 委託」方式が提言されたり、自治体の協力活動に対して支援が言及されるなど、議論が急速に活発化していった。しかし、2000年に入るとそれまでの議論は 急速に収束し、沈静化したように見える。一方、ODA実施機関のJICAとJBICが設置している自治体との連携におけるスキームを見てみるとODA改革 論議が最大の盛り上がりを見せた90年代後半より、案件の形成段階における自治体との連携スキームが設置されてきており、政策面での盛り上がりが実施面に 反映された形となっている。


第三章 事例研究

第三章では、ODAにおける国と自治体の連携が行われた中で、自治体側が実際にどのような政策をもって取り組んでいたのか、そしてそこには明確な戦略性が あったのかどうかを検証するために事例研究を行った。分析対象として取り上げたのは、北九州市の「大連環境モデル地区整備計画調査」と埼玉県の「ネパール PHCプロジェクト」である。この2つの事例を選定した理由は以下3つある。第一が、両事例が自治体側から国に対して働きかけたことを契機に自治体と国の 連携が実現し、ODA資金を活用しながら国と共同で実施した事例であること。第二に、両自治体が都道府県及び政令指定都市レベルであること[4]。 第三に、多くの自治体ではODAを活用して国と連携した場合にも、その過程や内容を報告書として詳細にまとめることは未だ少ないが、両自治体の場合は分析 可能なだけの資料や報告書が存在していることである。両自治体は上記の第一、第三の理由から、全国の自治体の中でもODAを活用した国際協力に積極的に取 り組んでおり先進的な自治体であると言える。

北九州市「大連環境モデル地区整備計画調査」

 北九州市は、八幡製鉄所が建設されたことを背景に重化学工業を中心とした産業都市として発展した。しかし、その一方で住民の生活を脅かすほどの公害問題 にも直面した歴史的背景をもつ。さらに、70年代に入ると2度のオイルショックにより、鉄鋼業を中心として発展を遂げてきた北九州では産業が急速に衰退し ていった。このような、状況を打開するため、市民が一体となってこれまでに蓄積した産業技術を活用し、地域の活性化を図ることが模索されていった。この取 り組みの延長線上に位置付けられるのが「大連環境モデル地区整備計画調査」である。

埼玉県「ネパールPHCプロジェクト」

埼玉県は国内における保健所発祥であることをきっかけとして、1991年にWHOが共同で「埼玉公衆衛生世界サミット」を開催し、世界の公衆衛生の行動指 針となる「埼玉宣言」が採択した。「埼玉宣言」では、開発途上国に対する公衆衛生分野での協力の必要性が強く主張され、埼玉県は当会議の主催県として「埼 玉宣言」を受けた事業を実施することを国側に打診し、公衆衛生分野の国際協力である「ネパールPHCプロジェクト」の実施が決定した。

小結

両自治体の事例の形成過程と実施体制については、それほど大きな違いは見られない。しかし、連携を通じて得たメリットに関しては相違点が存在する。北九州 市の場合は国際協力に自地域の活性化や発展を求めており、そのために国との連携を行うという明確な国際協力政策を掲げていた【表2】。そのため、連携を通 じて得たメリットとしてビジネスチャンスの拡大という実利的な成果を得たと述べている【表3】。一方、埼玉県は途上国の発展に貢献するという純粋な国際協 力を志向しており、連携を通じて得たメリットに関しても「波及効果」として捉えるに留まっている。


第四章 結論

 これまでの分析を通じて、自治体を取り巻く環境の変化から自治体が国際協力に取り組み始めたこと、そして、国側もODAの質的向上のために自治体の協力 を要請し、自治体参加のスキームを整備していることを明らかにしてきた。よって、近年見られる国と自治体の連携事例は自治体以外のアクターの影響を強く受 けて形成されてきたと言うことができる。そして、そこに自治体側の明確な政策や戦略が存在するかについては自治体によって大きな差があることがわかった。 つまり、同じようにODAにおいて国と連携した自治体の中にも、明確な地域活性化政策としてODAを活用し国際協力を実施する自治体と、国際貢献の観点の みからODAにおける協力を実施した自治体が存在するのである。そして、興味深い点は似通った事例の形成過程と実施体制を有している2つの事例の間にも、 その政策の違いによって得られた成果が異なっている点である。翻って考えると、国側が自治体との連携におけるスキームをある程度整えている現在、自治体が 明確な戦略を持ち、積極的に国際協力における国との連携に取り組むことが可能であれば、国際協力を被援助地域の利益やODAの質的向上への貢献だけではな く自地域の利益へとつなげていくことができるのである。そして、自地域の特性を認識しそれを国際協力の場で活かしその目標を自地域の活性化へと位置付ける ことができれば、自治体の本来の役割との乖離も避けられるのである。


[1]吉田均『自治体の国際協力』(日本評論社、2001年1月)

[2]国際協力事業団『自治体の国際協力事業への参加 第1フェーズ報告書』(1998年10 月)、国際協力事業団『自治体の国際協力事業への参加 第2フェーズ報告書』(2000年11月)、国際協力事業団『地域おこしの経験を世界へ 途上国に 適用可能な地域活動』(2003年7月)

[3]阿部貴美子他「自治体による国際環境協力に関する研究」『国際開発研究』(1998年、第7巻)

[4]1995年に自治省から公布された「自治体国際協力推進大綱の策定に関する指針につい て」は、各都道府県及び政令指定都市に国際協力推進大綱の策定を求めた。これにより、いくつかの自治体を除く全国の都道府県、政令指定都市では、国際協力 に関する政策や仕組みが整っているといえる。しかし、市町村レベルでは、各自治体によって足並みがバラバラであり、事例を比較することが困難であるため、 青森県車力村や島根県横田町などの事例は取り扱わないこととした。

トップ アイコンBACK TO TOP

直線上に配置