2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書
膵島β細胞のインスリン分泌モデルの作成
政策・メディア研究科 バイオインフォマティクスクラスター BI
修士2年 青木直人

膵島β細胞のインスリン分泌


1 はじめに

生命科学の広範な知識,新しい実験技術による相互作用などの膨大な情報を統合・解析し,それが意味するものを探る必要性が出てきた.細胞シミュレーションソフトE-CELL simulation environmentにより生命情報を整理,統合し生命における問題の解明の手法とすることができる.その範疇の中に糖尿病シミュレーションが含まれ,さらに,インスリンが深く関わっているとされている.医学や生物学において新たな研究手法のひとつとしてシミュレーションの手法で解析を試みた.

2 糖尿病とは 糖尿病[Diabetes mellitus]

慢性の全身性の代謝障害を引き起こす疾患あり,高血糖,糖尿,体タンパク質の崩壊,ケトン体が貯留による消化器障害や神経症状(ケトーシス),血液のpH上昇による意識障害,血圧低下,痙攣,呼吸障害(アシドーシス)などを呈する.症状が遷延すると網膜,中枢神経などを中心とする血管の障害が進行するのが特徴である.血糖値を下げる働きを持つ,インスリン不足または作用不良が本性の主病因である.予備軍も含め,日本人口の約10%が糖尿病患者とされる.

3 膵島β細胞のシミュレーションをする意義,細胞の興奮,イオンチャネルについて

細胞内は動的な活動の連続で起きている.糖尿病についても遺伝学的研究や分子生物学的手法にて研究が行われているが,細胞における電気的活動と,細胞内で起きている化学反応を集合体として動的に捉える手法としてシミュレーションがより有効であり,現在でも,骨格筋,腎臓,肝臓,コンパートメントモデルなどさまざまな研究が行われている.今回,インスリンを分泌する細胞であり,糖尿病を解析するにあたって必要不可欠なファクターである膵島β細胞に着目した.
膵島β細胞におけるシミュレーションモデルは数多くある.膵島β細胞の細胞膜の電気活動を起こす(脱分極をする)一連の流れは広く知られているにも関わらず,細胞の興奮を引き起こす際の細胞内の他の動態については未だに議論されている点も多く,特に細胞が興奮状態になる(脱分極をする)ための駆動的要素,細胞が興奮するか否かの原因の究明についてはもっとも重要であるにもかかわらず,いまだに議論が終結していないのが現状であり,ここを探ることに本研究の意義もある.
よって,膵島β細胞を興奮させる原因的要素について,シミュレーションの手法を用いて考察を試みる.

4 目的

膵島β細胞は細胞内のATP濃度を増加させる事により,脱分極を引き起こす.本研究においては,上記の脱分極状態を引き起こすトリガーとなるべく細胞内ATP濃度の増減について明らかに考え方の相違する以下の2つの数理学的モデルに着目した.

・G. Magnus らによるモデル (以下, Magnus modelと省略)
→ミトコンドリア中心のモデル
・R. Bertramらによるモデル(以下,Bertram modelと省略)
→解糖系中心のモデル


しかし,実際の,膵島β細胞は,解糖系,ミトコンドリアの双方がダイナミックに動きながら脱分極を引き起こすため,これら2つのモデルでは脱分極の挙動を表現するには不十分であると考えられる.そこで本研究ではこれら2つのモデルを組み合わせる事で,解糖系,ミトコンドリアの双方が連動して動くモデルを作り脱分極の駆動力において新たなる生物学的知見を見出すことを目的とする.

結果


解糖系とミトコンドリアの酸化的リン酸化の双方が独自に振動ができるMagnusBertram modelを作成し,一方では解糖系におけるPFKが脱分極の決定の主要因になっている現象も得ることができた.R. Bertramのいう長周期的振動の波形をとったが,短周期振動のために作られたMagnus modelの物質量を長周期振動のモデリングのために作成したBertram modelのPFKが拾い,長周期的に律速し脱分極を表現した可能性がある.

移植後のMagnuBertram modelにおいては長周期短周期の複合的なバーストが見られなかった.Bertram modelでは短周期の脱分極の終結はカルシウム感受性カリウムイオンチャネル(I_K_Caチャネル)が直接,細胞内のカルシウムイオン濃度の上昇に伴いチャネルを開口させる事により,細胞は再分極状態になるとしているが,これらの現象は見られなかった事により,Bertram modelのように単純化された系でのみPFKにおける解糖経路の長周期短周期の複合的な振動が起きる可能性もあるが,これのみからBertram modelの長周期短周期の複合的振動を否定はできない.I_K_Caチャネルに対する研究を進める必要がある.


参考文献

[1]Magnus G, Keizer J.(1998) Model of beta-cell mitochondrial calcium handling and electrical activity. I. Cytoplasmic variables.Am J Physiol. Apr;274(4 Pt 1):C1158-73. [2]Magnus G, Keizer J.(1998) Model of beta-cell mitochondrial calcium handling and electrical activity. II. Mitochondrial variables.Am J Physiol. Apr;274(4 Pt 1):C1174-84. [3]Magnus G, Keizer J.(1997) Minimal model of beta-cell mitochondrial Ca2+ handling. Am J Physiol. Aug;273(2 Pt 1):C717-33. [4]Bertram R, Satin L, Zhang M, Smolen P, Sherman A.(2004) Calcium and glycolysis mediate multiple bursting modes in pancreatic islets. Biophys J. Nov;87(5):3074-87.


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