心筋細胞モデルを用いたin silicoによる
Krチャネル抑制実験の解析
政策・メディア研究科 バイオインフォマティクス専攻
80331166 石鍋 沙耶花
心臓を構成する心筋細胞は, 心臓から単離しても, 自らがペースメーカーとなり拍動しつづける機能(自動能)も持つ. 心臓の自動能について基本的な理解が確立したのは1950年代であり, 比較的最近のことである. 心筋細胞のイオン機序については,
H&Hの発表を機に, 急速に理解が進んできた. その背景として, 分子生物学やパッチクランプ実験の発展があげられる. また, 実験データを用いて, 心筋細胞の電気活動を再構築するという研究が活発になっている. 90年代からは, 動物種別や様々なレベルのモデルが発表されている.
私は, 本学の環境情報学部在学中, 心筋細胞電気生理学モデルであるKyoto modelをE-CELL Systemに構築してきた. 構築の過程で, 自動能の維持を決定つける要因について興味を持った. そこで本研究では, 洞房結節におけるKrチャネルを解析することによって, 自動能の形成に関するイオンチャネルの機序を, オリジナルに論ずることを目的とする.
まず, 洞房結節の活動電位に, 各チャネルがどのような影響を与えているのか考慮するため, Kyoto modelで表現されているイオンチャネルについて, 活性を設定し, 観察した. 次に, ターゲットとなるKrチャネルについて活性と活動電位の関係を調べた. その結果, わずかな活性値の違いで, 活動電位に分岐があることが判明した.
私は学部時代から心筋細胞モデルであるKyoto modelをE-CELL Systemに構築してきた. 移植の過程では, パラメータの小さな違いが活動電位に反映されて自動能が再現できない状態を何回も経験した. イオンチャネルの相互作用の複雑性を感じながらも, およそ十数種類のイオンチャネルという限られた要素によって, 心筋細胞の自動能が再現できることに, 生命の不思議を感じていた. また, 心室筋と洞房結節という全く異なる性質を持つ細胞には同じイオンチャネルが存在し, その発現量の違いで性質が変わるという生命の合理性とでも言えるようなシステムにも魅力を感じた.
洞房結節の活動電位において、再分極相を形成するのがKrチャネルである。Krチャネルを解析することによって, 自動能の形成に関するイオンチャネルの機序を, オリジナルに論ずることを目的とする。
本章では, シミュレーション実験について述べる. 本セクションの前半では, 実験に用いた心筋細胞電気生理学モデルのKyoto
model, シミュレーションソフト『E-CELL
System』, モデリングの概要と分岐解析について説明する. 後半では, シミュレーション実験方法について具体的に述べる.
洞房結節の活動電位と各イオン電流モデル構造
イオン電流には内向きと外向き電流が存在する. 洞房結節における活動電位と各イオンチャネル電流の関係を, 外向き内向きに分けて図に示した. 縦軸の大きさは電流により異なる.
図 1 活動電位とイオン電流
シミュレーションにはKyoto model洞房結節細胞モデルを用いた.
a.
目的
Krノックアウト実験のコントロールを取る. 各チャネルに対するモデルの耐性を調べる.
b.
方法
コンダクタンスは通りやすさの指標を表すもので, チャネルの発現量に比例するものである. その値を調節することで各イオン電流量を設定した.各チャネルの透過係数にあたるパラメータを0%から200%まで50%刻みで活性量を変えた.シミュレーションは計算結果が完全に安定した後のデータを用いるために, 300秒行った. データの比較においては, 任意の0.79秒(約2周期分)のデータを用いた.
c.
パラメータ一覧
シミュレーション実験で用いた, 各イオンチャネルのパラメータは下記の通りである.
表 1 パラメータ一覧
1.1.3.
Kr抑制実験
a.
目的
自律的な活動電位の形成に必須であるKrチャネルの活性が心筋細胞の電気生理学的な現象に及ぼす影響を見る.
b.
方法
正常状態のモデルとKrの活性を変化させたモデルの膜電位を比較した. シミュレーションにおける初期値は, Kyoto modelで用いられている初期値を使用した. Kyoto model では, Krチャネルの式は, 式1のようにあらわされている.
Kr ionic current = (FF*AF + FS*AS) * IN * gKr * R * CF (式1)
FF: fast coefficient AF: fast active gate open probability FS: slow coefficient coefficient AS: slow active gate open probability IN: inactive gate open probability gKr: conductance R: permeability ratio CF: diffusion formula
Krチャネルのコンダクタンスに関する係数gKrは, Krチャネルの数に比例している. 活性イオンチャネル分子数の増減は, gKrの増減によって表現し, 各活性状態についてシミュレーションを行った. シミュレーションが安定状態に達した, シミュレーション開始後180秒から300秒の120秒間のデータを解析に用いた. 活性の影響を詳細に考察する為に, モデル中の定数以外の全変数の時系列を記録した.
2.1. 影響
各チャネルの活性と膜電位の相関をシミュレーションにより確認した. 膜電位への影響を比較するため, 各段階での膜電位について, 任意の0.79秒(約2周期分)のデータを用いて比較を行った. ここでは代表的にL型CaチャネルとT型Caチャネルの結果についてのせる
図2左図がL型Caチャネル、右図がT型Caチャネルの活性の変化と膜電位の様子を示したもの
2.2.
Krチャネル抑制の影響
Krチャネルコンダクタンスを100%から0%まで5%刻みでダウンレギュレートすると, 55%では自律的な活動電位が保たれるが, 50%では, 活動電位が停止するという分岐現象がみられた. (Figure1)
図3 Krチャネルの活性変化による膜電位への影響 各グラフについて, 点線が正常状態(Krコンダクタンス100%)の膜電位を表す. 実線がダウンレギュレート後の膜電位である. (A) Krコンダクタンス=55%(縦軸:膜電位(mV) 横軸:時間(ms)) (B) Krコンダクタンス=50%(縦軸:膜電位(mV) 横軸:時間(ms)) |
生体実験の定量的なデータを用いて, モデルの分岐現象を検証した. モデルは分岐を再現しただけはなく, Krチャネルブロックの効果として生体実験で示されている, 活動電位延長効果も再現した.(table1)
表2 0. 1μmol/L E-4031投与時の活動電位パラメータとモデルの比較
A: 自律的な活動電位を示す洞房結節細胞(n=5); B: 0. 1 µmol/L E-4031の投与後, 自律的な活動電位が消失した心筋細胞(n=5) (A,B[3])C:in silicoにおける, gKr=53. 07%の洞房結節細胞D: in silicoにおける, gKr=53. 06%の洞房結節細胞
DDR:拡張期脱分極速度MDP:最大拡張期電位,APA:活動電位振幅,APD100:100%再分極での, 活動電位持続時間
Krの活性を徐々に抑制していくと,
活動電位は分岐点を境に消失する.
(図3)これは, バイファケーションダイアグラムを見ると明らかである.
抑制の幅を小さくした際も,
電位のとる値の範囲が徐々に狭まり,
分岐点に差しかかった後は,
活動電位が停止する.
活動電位へ必須の要素は他にも存在し,
それらを含めてこの分岐現象について考察しなければならない.
Krチャネル抑制の影響
Krチャネル活性とKr電流量は比例的ではなく, 脱分極相においては, Krチャネルは他のチャネルの影響を大きく受けることが示唆される.
Krの抑制による膜電位への変化は,
他チャネルの挙動に影響し,
それらが膜電位を通じてKrチャネルにフィードバックされるため, 活性と電流量は膜電位に大きく影響を受ける. 再分極相でのKr電流量が, チャネル活性の減少と伴に比例的に漸減するのに対し,
脱分極相における変化は微小である.
Krチャネル式を参照すると,
この式の持つ変数の中で,
電位の変化に対して最も影響を受けるのはゲートの開確率である.
ゲーティング機構はチャネルの特性を表現する指標となるので,
挙動を考察する必要がある.
今学期の外部発表
筆頭ポスター発表
· 石鍋沙耶花,内藤泰宏,冨田勝 “洞房結節における遅延整流Kチャネルのin silico抑制実験と解析” 第27回日本分子生物学会年会(2004年12月)