序論

マイクロアレイ技術の進歩により、同時に数千の遺伝子発現パターンの計測が可能になり、莫大な発現プロファイルが得られた。 しかし、このようなデータを、代謝経路やシグナル伝達経路などの 表現型由来の要素に変換することは困難であり、 そのためにはコンピューテーショナルな手法の開発が必要である。 マイクロアレイ技術を利用することで、 外部環境の変化に伴い変わっていくmRNAの発現レベルの時系列データを取得することができる[2]。 これらを利用して定性的な解析が行われており、成果を得ている。 だが、マイクロアレイデータは発現強度を比較するもので、mRNAの絶対量な計測は不可能なため、 これらのデータを定量的データを要求するシミュレーションに応用することは困難だった。 そこで、遺伝子発現の定量的なシミュレーションを可能にする、 マイクロアレイデータを使用して大規模に遺伝子発現モデルを構築する手法 MicroArray-based Semi-Kinetic method(MASK法)が 冨田研究室の柚木克之氏、中山洋一氏によって開発された。

本研究はMASK法の検証を行うため、MASK法を用いて構築した酵母解糖系遺伝子発現モデルによる予測が実験的に取得された遺伝子発現プロファイルとどの程度合致するかを調べた。 具体的には構築した酵母解糖系遺伝子ネットワークモデルの各酵素をコードした遺伝子に対する制御項と、 生化学実験により測定された遺伝子発現の制御レベルを比較することで検証を行った。 さらに、Teusinkらによる酵母解糖系代謝モデル[3]と上で作成した酵母解糖系遺伝子ネットワークモデル を統合し、酵母解糖系統合モデルを構築した。 遺伝子発現が解糖系の代謝部分に及ぼす影響を見るため、 グルコース濃度がそれぞれvery low(0.01%),low(0.1%)、high(1%)の場合の 定常状態時の代謝物質の濃度を測定し、Teusinkらの酵母解糖系代謝モデルの挙動と比較した。測定はグルコース濃度が0.01%から0.1%は0.01きざみで、0.1%から1%は0.1きざみで、1%以上は0.5%きざみの計20パターン行った