以上の過程を踏まえ、ABF1、GCR1、REB1とそれらから制御を受けるRAP1、PDC1、PGK1、ENO2、PYK1、ADH1を ネットワークの要素とする解糖系遺伝子ネットワークモデルを構築した。
次に酵母解糖系遺伝子ネットワークモデルと酵母解糖系代謝モデルを結合し、 酵母解糖系統合モデルを構築した。 MASK法ではmRNAの合成速度を求めることが可能だが、今回は制御遺伝子から被制御遺伝子に Rという制御係数が伝播し、そのRの変化によって代謝系モデル中の解糖系酵素のVmaxが変化するようにした。 遺伝子ネットワークモデルで算出された、解糖系酵素をコードする 遺伝子の制御係数が解糖系酵素のアクティビティの変化率として伝播する。 これにより、タンパク質の絶対量をモデルに含めることを避けた。
酵母解糖系遺伝子ネットワークモデルを用いて、各被制御遺伝子が 貧グルコース条件下である濃度0.03%(1.5mM)においてどのような制御を受けているかを取得した。 これは解糖系の酵素をコードしている遺伝子PGK1,ENO2,PDC1,PYK1,ADH1が対象である。 その後、Daran-Lapujadeら[1]によって測定された遺伝子発現の貧グルコース条件下における解糖系遺伝子の発現レベルのデータをグルコースが豊富に存在する条件での発現レベルを1として正規化し、これらを上で取得したRと比較し、その制御強度の誤差を算出した。MASK手法では、DNAマイクロアレイ技術が提供するデータは計測誤差が大きいため、許容する誤差の範囲を20%程度としている。 5遺伝子におけるRうちPGK1、PDC1はその範囲で収まっている。 ENO2は22.67499の誤差を提示した。PYK1、ADH1は許容できる誤差の範囲を超えている。
表1:モデルにおける制御計数Rと実験値の比較
酵母解糖系統合モデルを用いてシミュレーションを行い、 遺伝子発現の影響がどの程度、代謝物質の量や酵素活性に影響するかを比較するため、 遺伝子発現を備えていないTeusinkらの酵母解糖系代謝モデルと結果を比較した。
実際の酵母細胞が栄養源にエタノールを消費していても、グルコースを 消費していてもATPの濃度は、ほぼ一定に保たれているといって良い。 しかし、本モデルではATPを一定に保つ機構が実装されておらず、グルコース濃度を低下させると、ATPの濃度が実際の細胞内においてあり得ない範囲に低下するため、ATPの濃度を一定として、シミュレーションを行い、代謝物質の濃度と酵素活性を取得した。 また遺伝子発現部をもたない、酵母解糖系代謝モデルでも同様に実験を行い上の結果と比較した。
全てのグルコース濃度条件下で酵母解糖系統合モデルから得られた速度と、 酵母解糖系代謝モデルから得られた速度に大きな違いはみられなかった。 一方、代謝物質において、特に解糖系の後半の物質P3G,P2G,PEP,PYR,ACEの濃度に大きな差異が見られた。 P3G,P2G,PEP,PYR,ACEの濃度は、酵母解糖系代謝モデルの結果に比べ酵母解糖系統合モデルでは非常に高い値を示した。