2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

日本人中国語学習者のフィラー使用の考察

―遠隔接触場面を中心にー

   

黄佳瑩 (80425453)

政策・メディア研究科 

言語とトランスカルチャープログラム

修士一年 

 

 

1.序論

 

1.1 研究動機

 通信技術の進歩につれ、遠隔システムが様々な領域で利用され、言語学習上でも活用されるようになってきた。そして、非母語話者と母語話者との、画面を通したリアルタイムの会話が異文化コミュニケーション手段の一つとして注目され、研究の必要性が高まってきた。そこで、中 国語学習者(日本人)と中国語母語話者(台湾人)との画面を通した会話を観察しているうちに、中国語学習者が「えー」「うーん」といった語句(本稿では 「フィラー」と呼ぶ)を頻繁に使用していることに気付いた。本稿ではこの頻繁なフィラーの使用が異文化コミュニケーションの特徴の一つであり、会話におい て大きな役割を果たしているのではないかという仮説を立て、中国語学習者によるフィラーの使用について考察したいと思う。

 

1.2 研究テーマの定義

 本稿でよく用いられる用語を定義する。

 

「フィラー」(fillers)とは「それ自身命題内容を持たず、かつ他の発話と狭義の応答関係・接続関係を持たない、発話の一部を埋める言葉」(山根、2001)と定義される。「フィラー」は、これまで「間投詞」(杉山、1943)や「言いよどみ」(小出、1983)、「無意味語」(山下、1990)、「談話管理標識」(川上、1992)などとして研究されてきた。日本語の「アノー」「エート」、中国語の「那」「那個」、と英語の「well」「oh」などがフィラーの例として挙げられる。

 

 「接触場面」とは「母語場面ではなく、外国人が参加し、母語話者と接触を持つ場面」(鎌田修、2002)である。これまでは対面式の接触場面(本稿では「対面接触場面」と呼ぶ)が主に研究されてきたが、本研究では遠隔システムつまり画面を通した「遠隔接触場面」における学習者のフィラーに注目し、考察する。

 

1.3 先行研究 

 フィラーは心理学や言語学、認知科学、医学などの分野で研究されてきたが、ここ

では本研究に関わる言語学についての先行研究を紹介する。

 

 山根智恵(2002)はフィラーの音声面を分析し、その存在意義、機能、役割を考察し、フィラーは「話し手の情報処理能力の表出機能」、「テクスト構成に関わる機能」、「対人関係に関わる機能」を持つと指摘する。尾崎(1981)は日本語教育の観点より、英語圏の日本語学習者が会話中に英語の間投詞ではなく、日本語の「あの」「まあ」のようなフィラーを使用すれば、より日本語らしい日本語に結びつくと指摘している。

 

1.4先行研究の問題点

 フィ ラーの定義や役割、重要性などに触れる英語、日本語の研究は少なくないが、中国語の研究資料はわずかであり、中国語によるフィラーの種類が明らかにされな い現状である。また、フィラーを焦点とする母語話者同士の談話分析は多く行われてきたが、学習者のフィラーの使用の実況、接触場面(特に遠隔接触場面)に おけるフィラーの役割に関する研究はほとんど行われていない。

 

1.5 研究内容と目的

本 研究はこれまで注目されていなかった中国語フィラーを体系的に整理し、それに基づいて遠隔接触場面における学習者のフィラーの使用に焦点を置き、その使用 の種類と役割を分析する。そして、母語話者と学習者のフィラー使用上の差異を分析し、フィラー使用上の特徴を挙げる。また、フィラー使用の側面から遠隔接 触場面と対面接触場面の差異を分析し、その原因を考察する。

 

前 述の先行研究で指摘されているように、フィラーは円滑なコミュニケーションに重要な役割を果たしており、会話技術の一つとされている。しかし、重要とされ ているにもかかわらず、中国語による接触場面のフィラー研究が少ないため、筆者は以下の目的を持って談話分析の手法を用いた調査および分析により本研究を 進めたいと思う。

 

1)中国語フィラーの分析枠組の確立

) 中国語学習者が使用するフィラーの特徴の解明

3)中国語学習者のフィラー使用の側面から見た、遠隔接触場面の特徴の考察

 

上述した考察により、中国語教育の改善に貢献することが本研究の意義である。また、日本人学習者がよく使用するフィラーの種類を考察することによって、日本人学習者のフィラー使用の特徴を分析し、今後の中国語会話教育に資する資料を提供する。

 

 

2.中国語フィラーに関する考察

 

2.1 中国語フィラーの定義と種類

山根1997)と野村1996)らのフィラーに対する定義を参考にし、本論文ではフィラーを「その挿入は命題内容を変えることがなく、かつ他の発話単位とは独立している」発話と定義する。

 

中国語フィラーを大きくPause FillerVerbal Filler二つに大別する。Pause Fillerは有声休止であり、音声現象に近い、「」「」「」(「A」「EN」「O」)といったことばをさす。音声に対応した漢字のある型と対応した漢字のない型の二つに分類し、以下にPINYINで表記する。このようなことばは元来一定の意味を持たず、フィラーとして適用される範囲は広く、主に話し手の躊躇、不確定という心理状態を表すことが多い。

 

Verbal Fillerとは元々意味を持っているが、フィラーとして発話に使われるとき、元来の意味よりも発話を構成する機能を果たす語句である。元来意味を持っているため、フィラーとして使用する際に、使い分けがPause Fillerより限定され、より精確に相手に捉えられるのである。本稿では元来の語意によって大きく指示詞型、肯定・否定詞型、解釈型、自問自答型の四つに分類する。表1に中国語フィラーの分類をまとめる。

<表1 種類による中国語フィラーの分類>

類別

分類

代表例

Pause Filler

1.対応した漢字のある型

2.対応した漢字のない型

1.A() EN()O()E()

2.EI

Verbal

Filler

1.指示詞型

2.肯定・否定詞型

3.自問自答型

4.解釈型

1.那個、這個

2.

3.什麼、怎麼說呢、該怎麼講呀

4.就是

 

2.2 中国語フィラーの役割

 フィラーは会話に頻繁に使用され、多くの役割を果たしており、フィラーの役割に対する分析が必要である。以下に、大きく談話境界の標識、心的態度の表明、情報処理の合図の三つに分類する。

1.談話境界の標識

 発話の開始、終了、区切りなどを示し、談話境界の発話頭、発話末をマークするといった発話を構成する役割を果たすフィラーを指す。

(1)    発話開始の標識:発話を開始しようとする、あるいは返答しようとするといった発話権の取得に関連するフィラーである。「A」(ア)「」(アノ)の使用は代表的である。(例1を参照)

<例1>A 我想起來他的名字了 彼の名前を思い出した)

(2)    発話終了の標識:話し手が伝えたいことを終わらせる合図、発話権の譲渡に働きかけるフィラーを指す。「」(ハイ)とEN(ウーン)の使用は代表的である。(例2を参照)

<例2>我想是這樣吧 對呀 (私はそうだと思うよ ハイ)

 

2.心的態度の表明:

フィラーを用いて話し手の心理状況を表明する役割を果たすことである。

(1) 自分の発話に対する感情の表明:主に自分が提供した情報の曖昧性を表明する。それによって、明示しなくても相手が話し手の感情を察することができる。主に 推量後と伴う不確実さの表明及び話す内容が他人の悪口といった言いにくい場合での躊躇の表明が多い。(例3を参照)

<例3>那個 那個 EN 怎麼説呢 我不太喜歡他耶 (エート アノー ウーン ナンテイウンダロウ 私、あまりその子が好きではないな)⇒躊躇

(2)相手の発話に対する受け止め方の表明:相手の発話を受け止めた合図であり、その発話に対する興味、理解、同意あるいは質疑といった発話意図を示すことである。頷く、頭を振るといった身振りが伴う点が特徴である。(例4を参照)

<例4>EN 我想也是 (ウーン 私もそう思う)⇒同意

 

3、情報処理の合図:

 話し手は適切な返答を考え付くまでの間、脳内では情報処理が行なわれるが、その時間を稼ぐために発するフィラーである。

(1)    情報処理が困難であることの標識:表現しようとすることをまとめる、あるいは心中の情報をうまく処理できず言い淀んで流暢に話せないときに出現するフィラーをさす。(例5を参照)

<例5>聽說他 那個 那個 什麼 游泳隊的

(彼はアノ アノ ナンダロウ 水泳部と聞いたよ)

(2)換言修正の標識:話し手が自らの発話の不適切な部分に気付き、適切な情報を取り出す情報処理をし、他の言葉で換言修正しようとする場合、出現するフィラーである。(例6を参照)

<例6>這件外套EN 大衣是誰的(このジャケット ウーン コートは誰の)

 

3.学習者のフィラー使用

 

3.1調査対象と手順

日本人中国語学習者6名と台湾人中国語母語話者3名の一対一の談話を調査対象とする。学習者は中国語学習歴がおよそ二年のSFC学部生であり、母語話者はSFCの大学院生である。

 

本調査では、「Eyeball Chat」及び「Skype」と いうテレビ会議システムを利用する。この遠隔システムにて、学習者と母語話者がおよそ30分間の会話を行い、それをデータとする。また対照資料として、遠 隔場面ではなく、対面場面の会話もデータとして取り上げる。具体的な調査方法としては、その会話の内容を録画・録音し、その録画のデータを整理し、書き起 こした文字化資料に基づいて学習者と母語話者にインタビューを行う。文字化資料及びインタビューの内容に基づいて談話分析を行い、フィラー使用の特徴と会話への影響を発見することが目標である。

 

3.2 データ

  本研究は、遠隔接触場面における約30分間のデータを六つ、及び対面接触場面における約30分間のデータを六つ取り上げ、分析する。会話は日台の学生交流 という形で行われ、両者が関心を持つトピックを用いた。また、本稿では十二個のデータを「遠隔1、2、3、4、5、6」、と「対面1、2、3、4、5、 6」と名付ける。

 

<表2 データの紹介>

 

遠隔1

遠隔2

遠隔3

遠隔4

遠隔5

遠隔6

参加者

NS1 /NSS1

NS2/NNS1

NS3/NNS2

NS4/NNS2

NS5/NNS3

NS6/NNS6

トピック

旅行

休日

旅行

趣味

スポーツ

旅行

 

 

対面1

対面2

対面3

対面4

対面5

対面6

参加者

NS1 /NSS1

NS2/NNS1

NS3/NNS2

NS4/NNS2

NS5/NNS3

NS6/NNS6

トピック

夏休み

旅行

休日

旅行

中国語学習

旅行

 

3.3 分類の枠組み

会話は中国語で行われるが、母語の影響により会話には日本語のフィラーも現れたため、前述したPause FillerとVerbal Fillerの他に、Japanese Filler加えた三種類に大別する。この分析の枠組みによってフィラー使用の実態を捉え、中国語フィラーの使用能力、フィラー教育の必要性を分析することができると考える。本研究で考察の対象とするフィラーの種類を下記の<表3>に整理する。

<表3 フィラーの種類>

Pause Filler

A() EN()O()E()EI

Verbal Filler

指示詞型、肯定・否定型、自問自答型、解釈型

Japanese Filler

エート、コソア類、コー、マー、モー、ナント類、チョット

 

3.4 学習者のフィラー使用特徴の考察

3.4.1 フィラーの出現数

下記の<表4>には、フィラーの出現数の研究データがまとめてある。

三つのデータの合計では、学習者が発するフィラーの出現数は1691例である。発話数の合計は1423回であり、一発話あたりフィラーが平均1.19回出現するという、フィラー頻出の結果が出た。中でも、音声現象に近似するPause Fillerは著しく頻繁に現れる傾向があり、1558例で全体の92.13%にのぼる。次に、97例のVerbal Fillerが全体の5.74%を占める。最後に、36例のJapanese Fillerで、全体の2.13%を占める。

<表4 フィラーの出現数>

 

遠隔1

対面1

遠隔2

対面2

遠隔3

対面3

遠隔4

対面4

遠隔5

対面5

遠隔6

対面6

総計

Pause Filler

246

82

90

71

102

70

154

102

258

123

155

105

1558

Verbal Filler

9

5

4

2

6

5

11

27

12

3

3

10

97

Japanese Filler

4

1

2

0

7

1

3

5

8

1

1

3

36

総計

259

88

96

73

115

76

168

134

278

127

159

118

1691

 

3.4.2 種類別の出現数

フィラーを指導する必要性の有無を判断するため、学習者のフィラー使用種類の実態を考察しなければならない。それによって、フィラー使用の全体像が把握できる。したがって、フィラー使用種類の詳細を下記の<表5>にまとめる。Pause Fillerの使用が90%を超えるという結果から分かるように、学習者のフィラー使用はPause Fillerに極めて偏る傾向がある。その中でも、「EN」の使用率がとりわけ高く、996例の58.9%にのぼり、続いては「A」221例の13.07%である。それに対し、Verbal Fillerの使用は少なく、5.74%にすぎない。すなわち、全体的に学習者のフィラー使用は頻繁であるが、常用しているフィラーの種類は限られていることがうかがえる。

 

<表5 フィラー種類>

(1)Pause Filler

 

A()

E()

O()

EN()

EI

総計

出現数

221

131

90

996

120

1558

出現率

13.07%

7.75%

5.32%

58.9%

7.1%

92.13%

(2)Verbal Filler

 

指示詞型

(計68回)

肯定否定型

(11)

自問自答型

(17)

解釋型

(計1回)

総計

 

這個

那個

什麼

怎麼說呢

 

出現数

2

29

11

26

11

12

5

1

97

出現率

0.12%

1.71%

0.65%

1.53%

0.65%

0.71%

0.3%

0.06%

5.74%

(3) Japanese Filler

 

エート

ハイ

ナント類

マー

総計

出現数

4

6

23

3

36

出現率

0.24%

0.35%

1.36%

0.18%

2.13%

 

3.4.3 使用種類と役割の分析

<表5>と談話データに基づき、第四章に述べた母語話者のフィラー使用と照らし合わせながら、学習者のフィラー使用の特徴を考察する。自然に身に付いたフィラーは指導する必要性がないと考えられるため、母語話者のフィラー使用と比較し、学習者がすでに使用できるフィラー及びそうでないフィラーの種類を明らかにすることが重要である。以下に学習者のフィラー使用特徴と母語話者の相違に関する考察の結果をまとめる。

 

1.Pause Filler:

(1)使用実態

 学習者は言いよどんだ際、あるいは発話権を取得しようとする際にPause Fillerを使用する例が多く観察できた。インタビューによると、実験対象者はPause Fillerを日本語の「ウーン」、「アー」、「オー」などのままで使用しているという。これは、日本語と中国語のPause Fillerの発音はあまり区別がつかず、使い方も似ているため、自然に使用していると考えられる。したがって、特に積極的に使用させるような指導の必要がないと考えられる。

 

(2)分析

心的態度の表明を果たすPause Fillerに関して、学習者は母語話者と同様に自然に使い分けている。母語話者との差異は、使用の回数である。特に、同意と理解を示す場合、日本人学習者は繰り返してPause Fillerを使用する例が多く存在するが、母語話者の談話にはあまりこの状況がなかった。そして、談話境界の標識と情報処理の合図としての役割を果たす場合では、母語話者は<例7>のようにVerbal FillerとPause Fillerを同時に使用するのが普通であるのに対し、学習者は<例8>のようにPause Fillerのみの使用が多いのである。すなわち、Pause Fillerに偏る傾向がみられ、過度な使用を注意すべきと考えられる。

<例7>那本書的名字是 是 EN 那個 那個 什麼 EI A 紅樓夢

(あの本の題名は ウーン アノ アノ ナンダッケ ア 紅樓夢)

<例8>NNS4:他 EN EN EI EN EN EN

(NNS4:彼は ウーン ウーン エー ウーン ウーン ウーン 彼)

 

2. Verbal Filler:

(1)使用実態

 「Verbal Filler」は97例で全体の5.74%に過ぎず、出現率が低い。この97例のうち、指示詞型が68例を占め、続いて17例の自問自答型、11例の肯定否定型、1例の解釈型である。使用された回数が少ないことに加え、種類も豊富ではないという傾向が見られる。

 

(2)分析

比較的に自然に使用できるのは指示詞型以外に全体的にVerbal Fillerの使用が少ない。もちろん、癖によって母語話者もそれぞれの特定のフィラーのみを多く使うのは通常の現象である。しかし今回の調査では、学習者全員が使用していない、あるいは特定の何人かの調査対象者により一回、二回だけVerbal Fillerが使用されるという結果が得られた。ここからは、学習者がVerbal Fillerの使用を身につけていないことが推察される。また、役割に関しては学習者の談話データには情報処理の標識として指示詞型フィラーを用いた例及び、肯定否定型には「」の11例があり、同意の表明及び発話終了の合図としての役割を果たした例が多数である。母語話者に比べて使用する状況は限定されている。

 

すなわち、Verbal Fillerの種類の少なさと限定された状況のみの使用が注意すべきポイントである。学習者は指示詞型以外のVerbal Fillerに対する認識が不足しており、上手に使用できず、Filled PauseとJapanese Fillerで代用する傾向が見られる。そのため、適切なフィラーを指導する必要があると考えられる。

 

3. Japanese Filler

(1) 使用実態

Japanese Fillerの出現率は全体の2.13%である。その内、自問自答型フィラーとも言える「ナント類」は36例の中の23例を占めた。

 

(2)分析

単語を思い出せず、長く言いよどんでいる場合、または発話以外の行動をとる場合にJapanese Fillerがよく使用されている傾向が見られる。インタビューによると、Japanese Fillerは相手に対して発するのではなく、独り言であるため思わず口が滑ったのだということが分かる。しかし、中国語による会話で日本語を用いることは不自然に聞こえ、中国語能力を低く評価される恐れがあるため、できるだけ避けた方がよいと考える。(例9を参照)

<例9>NNS5:誰 E EI ナンダロウ E E 我我忘了名字  

(誰かな エー エー ナンダロウ エー エー 名前忘れちゃった)

 

3.5 学習者のフィラー使用特徴による影響

 以上の分析より、Verbal Fillerに対する知識が不足しているため、Japanese FillerPause Fillerでの代用と、Pause Fillerの高い使用頻度という学習者の特徴が判明した。この特徴は接触場面の会話にどのような影響を及ぼすかについての分析を以下にまとめる。

 

(1)正確にフィラーを捉えることが困難である

Pause Fillerの適用範囲が広く、文脈によって判断するのはやや困難である。どのような状況でも「EN」を使っていれば、相手は話し手が発話権を保持したいのか、譲渡したいのか、それとも同意を示したいのか、考えているのかを判断しにくくなる。

(2)会話が流暢ではないと思われる

Pause Fillerは音声現象に近く、意味のあることばとは多少違って、頻繁に長く使うと会話が停頓していると感じられ、会話の中断が多いと思われて、言語能力が低く判断される恐れがある。

(3)発話意欲が消極的だと思われる

Pause Fillerの常用は学習者が積極的に会話しようとする意欲が低下し、思い出せない単語を思い出そうと努力していないと思われる。そのため、母語話者はいらいらするようになり、発話権を取ったり、話題を変えたりすることが少なくない。

 

 すなわち、コミュニケーションに悪い影響を及ぼす傾向が見られ、この問題を改善する必要性を示唆する。筆者は学習者が多様なVerbal Fillerを使用することにより、多少改善できるのではないかと考える。インタビューから母語話者も同意見であることが観察される。まず、Verbal Fillerは使用範囲が限定されており、比較的にフィラーが捉えやすくなる。次に、Verbal Fillerは元来が意味のあることばであるため、情報処理の困難があっても会話が中断せずに積極的に話そうとするイメージにつながると考えられる。

 

 

 

 

4.遠隔接触場面の考察

 観察によると、遠隔接触場面及び対面接触場面におけるフィラーの種類と果たしたす役割には大きな相違点が見られない。しかし、出現回数には差異がみられる。そのため、ここではフィラーの出現頻度より、対面接触場面及び遠隔接触場面の相違を分析し、その原因を考察する。

 

4.1 出現頻度

 本研究の調査による学習者の遠隔接触場面と対面接触場面別のフィラーの総出現数と出現頻度を<表6>に整理する。ここで、出現頻度は一発話のフィラー出現数とする。

<表6 遠隔と接触場面別のフィラー出現頻度>

 

遠隔

対面

フィラー出現数

1075

616

発話数

710

713

フィラー出現頻度

1.51

0.86

 

 <表6>から分かるように対面接触場面におけるフィラーの出現頻度数は遠隔接触場面の約半分にすぎない。言い換えれば、遠隔接触場面ではフィラーが非常に頻繁に使用されているる傾向が見られる。これは遠隔接触場面におけるコミュニケーションの特徴の一つだと考えられる。

 

4.2 考察

 遠隔接触場面と対面接触場面の調査を実施する時期も対象も同一であり、会話に出現したフィラーの回数は大きな違いがないはずであるが、なぜ遠隔接触場面ではフィラーがそれほど頻繁に使用されるのだろうか。その原因は、両方の外在要素の違いが学習者の心理、会話の進行に影響を及ぼしているからだと考えられる。

 

  まずは緊張感による情報処理時間の増大である。音声、映像はほぼリアルタイムであるとは言えるが、音声と映像のわずかな遅滞と雑音は、現在の技術ではまだ 完全に克服できない問題である。そのため、遠隔接触場面において学習者にとって音声が聞き取れないことが多くなり、さらに画面を通じた会話に慣れていない 可能性があり、学習者の緊張感が高まるのである。それによって発話するために必要となる時間が長くなり、情報処理の合図としてのフィラーが頻繁に使用され ると考えられる。

 

次 に、部分的な映像による身振り使用回避を挙げることができる。遠隔接触場面では相手の顔と上半身しか映らないため、自分の動作が相手によく見えないのでは ないかという不安感が生ずやすいため、身振りの使用を避けることが考えられる。そのため、同意や、質疑、理解などを示す場合、頷き、頭の横振りといった身 振りの代わりに、心的態度の表明としてのフィラーを使用することが少なくない。

 

最 後に、表情の判断が困難であるために発話開始、終了を表明する必要性が増加することが挙げられる。遠隔接触場合は画面では相手の細かい表情を観察すること が難しくなる。その結果、その場の雰囲気も伝わりにくくなって相手が発話を終了したいのか、続けて発話したいのかを判断しにくくなり、円滑な発話交替が難 しくなると考えられる。そのため、発言開始、終了を知らせるための発話境界を表明するフィラーの使用が多くなると考えられる。以上の要素が存在しているた め、遠隔接触場面ではフィラー使用の必要性が高いと考えられる。

 

<表8 遠隔・対面の要素比較>

外在要素

遠隔接触場面

対面接触場面

影響

雑音、遅れ

あり

なし

情報処理に必要な時間の増大

映像

顔、(部分の上半身)

全体

身振りの使用の回避

画像

表情が判断しにくい

表情が判断しやすい

話者交替の困難

 

5.まとめ   

本研究の調査から、学習者のフィラー使用のパターンが母語話者より単純であり、90%以上は音声現象のようなPause Fillerであることが判明した。これはVerbal Fillerに対する認識が不足しているためPause Fillerを過度に使用するからだと考えられる。そして、全体的にフィラーは学習者の会話で重要な役割を果たし、特に遠隔接触場面では頻繁に使用される。雑音や、遅れ、不完全な映像などの外在要素の影響が存在しているため、フィラーの出現頻度は対面接触場面の約二倍にのぼる。

 

す なわち、現状としてフィラーは学習者の会話で、特に遠隔接触場面では重要な役割を担うと考えられるが、重要で使用頻度が高いにもかかわらず、使用できる種 類が少なくパターンが単純である。それによって、会話が停頓していると思われがちで、学習者の言語能力が低く評価される可能性があり、母語話者をいらいら させ不快な印象を与えるという問題点が生じる。この問題を解決するため、Verbal Fillerを指導する必要性があると考えられる。適度に多様なフィラーを使用して考える時間を稼ぐ、発話権の交替を促進させるという会話技術の指導によって、より円滑なコミュニケーションに貢献できると思われる。

 

 

 

 

 

 

<参考文献>

1.木暮律子(1999)「会話教育における聞き手行動の指導試案―学習者のぞったいとあいづち指導の実践より」

2.島津明、川森雅仁、小暮潔(1993)「対話の分析―間投詞的応答に着目して」研究報告『自然言語処理』1993年度

3.砂岡和子(2002)「連結北京・台湾・漢城的国際遠隔教育報告」『早稲田大学CCDL中国語国際遠隔教育シンポジウム論文集』1-14頁

4.野村美穂子(1996)「大学の講義ぶおける文科系の日本語と理科系の日本語―「フィラー」に注目してー」

5.堀口淳子(1997)『日本語教育と会話分析』くろしお出版

6.宮崎里司(2001)「パソコンテレビ会議システムを利用した日本語教育の試み」『留学生教育』5号、91−107頁

7.森庸子(1996)「London-Lund Corpusにおけるpausesとsilence fillers―その頻度の言語心理学的分析」

8.山根智恵(2001)『日本語におけるフィラーの考察』くろしお出版

9.劉秀敏(1998)「停頓現象與語言之生」

10.曾淑娟,劉怡芬(2002),「現代漢語口語對話語料庫標註系統説明」

 

 

 

 

山根智恵(2002)『日本語の談話におけるフィラー』p.38参照

「反復」「ポーズ」「のばし」もフィラーとされるが、ここでは「フィラー語」定義によるフィラーのみを取り上げる。

山根(1997)はフィラーを「それ自身命題内容を持たず、かつ他の発話と狭義の応答関係・接続関係を持たない、発話の一部分を埋める言葉」と定義する。

野村(1996)は「本来の語彙的な意味から離れて用いられ、それを削除しても発話全体の命題的な意味が変わらないような語句」と定義する。

曾淑娟,劉怡芬(2002),「現代漢語口語對話語料庫標註系統説明」,p10~12,p38を参考した。

発話頭は一発話の開始を指し、発話末は一発話の最後を指す。

山根智恵(2002)『日本語の談話におけるフィラー』における用語を参考した。

以下では日本人中国語学習者を学習者と略称する。

以下では台湾人中国語母語話者を母語話者と略称する。

本調査のテレビ会議システムは「Eyeball Chat」と「Skype」というソフトを使用した。前者は画像と音声の同時受信ができるソフトだが、音が時々途切れる。後者は音声のみのソフトだが、比較的に音声が安定している。また、会話は慶應大学湘南キャンパスの研究室及び教室で行われ、録画した場所は慶応大学湘南キャンパスの研究室である。

 

Verbal Fillerの詳細は同稿<表1>参照のこと。

「コソア」は「コノ(―)」「ソノ(―)」「アノ(―)」も含まれ、「ナント」は「ナントイウカ」「ナンテイウカ」「ナンダロウ」「ナンダッケ」「ドウダロウ」なども含まれる。

出現率を「一種類のフィラー回数/全部のフィラー回数(1691回)」とする。

フィラー出現頻度は「フィラー出現数/発話数」