2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書
政策・メディア研究科 修士課程1年 80425726
安田高法
1.研究の概要・目的
研究テーマ:「タイ北部農民の消費行動の分析 〜農村開発を問う〜」
本研究の課題は、現在農村開発プロジェクトが行われているタイ北部の農村内において、家計調査では見落とされてしまう時間的なコストなどを含めた消費行動の調査・分析を行い、より農民に近い立場から同プロジェクトの影響を捉え、農村開発のあり方を問い直す材料を探ることである。
近年、開発は概念を拡大し、所得の向上以外の意味が含まれるようになった。しかし現実的には、貧困とされる人々の多くに所得の向上が必要とされている。そこで、本研究では所得の向上を主な目的とした農村開発プロジェクトに焦点を当てることにより、この開発が農村・農民に対してどのような影響を及ぼしたかを調査し、彼らにとって所得が向上することの意味を問い直す。
本研究は所得の向上が消費可能性の拡大に繋がるまでのプロセスに注目する。そこで、最終的な消費に繋がる全てのプロセスを、彼らの意思を反映した消費行動として、調査・分析する。
2.調査の概要
本研究は、フィールドワークを主な手法として行った。調査は2004年8月11日から9月10日の期間に、主にタイ王国チェンマイ県サンパトン郡内の農村において行われた[1]。また、随時近郊のチェンマイ大学図書館や行政の役所などを訪問し、文献収集、資料収集を調査の一環として行った。
表1.調査概要
位置付け |
予備調査および本調査 |
調査期間 |
2004年8月11日〜9月10日 |
調査対象地域 |
タイ王国チェンマイ県(Changwat ChiangMai)サンパトン郡(Amphur Sanpatong)マクンワン行政区(Tambon Makhunwan)マクンワン村(Muban Makhunwan) |
調査内容 |
@村人へのインタビュー A村内有力者、富裕層へのインタビュー B行政担当者(郡役場、OTOP、ABTオフィス)へのインタビュー B資料収集 C文献資料収集(チェンマイ大学、チュラロンコン大学) |
表1は調査の概要を示したものである。まず、本調査の位置付けだが、主に修士課程全体の研究における予備的調査として行った。これには本格的な調査に入る前段階の調査対象村の選定、対象村の基礎的情報の調査などが含まれる。調査後半では予備調査と本調査を平行して行った。
調査対象村の選定について、研究計画に従い、所得向上を目的とした農村開発プロジェクトが実施されている農村を選定しようとしていたが、調査の過程で条件をより細かくすることにした。これについては次項3−1.調査対象村の選定で詳しく記すこととする。
3.調査報告
3−1.調査対象村の選定
本調査は、最終的に調査対象村をタイ王国チェンマイ県サンパトン郡マクンワン行政区マクンワン村に決定したが、調査対象村の選定も重要な過程であったため、触れておきたい。
まず、タイ北部チェンマイ県周辺を対象とすることを現地調査前に決定した。これまでの先行研究からタイ北部はタイ東北部と並んで、その他の地域と比べ、貧困が多く存在していることがわかっている。また、とくに北部は土地の細分化が進み、農家経営がとりわけ零細なものとなっている[2]。こうした点は、本研究が「貧困」を概念的な出発点としているため、重要である。そこで調査時にチェンマイ近郊に滞在し、そこを拠点として対象村まで足を運ぶこととした[3]。
調査以前では、とくに国家的な政策によって、所得向上を目的とした農村開発プロジェクトが実施されている農村を対象村にしようと考えていた。
本調査では、こうしたプロジェクトの一例として“One Tambon One Product”「一村一品運動」(以下OTOPと略す)を切り口とした。タイにおいてタクシン首相主導の元、2000年に新たな農村振興政策としてOTOPが始められた。OTOPは文字通り、1つの行政区(Tambon)に1つの特産品を作り販売するものである。なお、この政策の原型は大分県で行われた一村一品運動である[4]。
本調査では、まず、こうしたOTOPの製品・特産品を作る工場を数箇所視察した。具体的にはサンカムペン郡(Amphur
Sankampaeng)において家具、籐製品などの工場を計4箇所、サンパトン郡において“Sa-Paper”製品[5]、人形製品などの工場を計3箇所視察した。
この結果、実際には工場労働者として働く場合はむしろ稀であり、多くの人は出来高払いの内職や日雇いの一形態として従事していることがわかった。たとえば、“Sa-Paper”から製品を作る場合は、工場で十数人が従事するが、これ以外の多くの村人は、“Sa-Paper”を作る作業を内職として行っていた。とくに後者のケースでは、村人にとっては「仕事の一つ」でしかない場合が多い。ただし、これは農村開発の観点から見ると、より安定した雇用の創出として語ることができる。
しかし調査を進めていくと、OTOPのみを対象村選定の条件とするにふさわしくない事項が明らかになってきた。それはOTOPの名前が後付けされる場合が多くあることである。つまり、もともと村の中で小規模工業として存在した製品を行政区のOTOP製品として選ぶことが行われていた。このようなケースでは、政策を行った効果とそれ以前の活動の効果を切り離して判断することが難しくなる。
そこで、本調査では対象村選定の過程で、換金作物の導入を取り入れることを考えた。関(1995)によると、北部タイ近郊農村は既に農業では生活してゆけず、農業経営自体が農外所得なしでは成立し得なくなっている。このような傾向は、高利益を生み兼業化しやすいラムヤイ[6]果樹園経営を志向させている。ラムヤイは、タイではチェンマイ県、ランプーン県を中心に栽培されていたが、国内外での需要拡大により急激にその市場を広げている。そのため、チェンマイを中心とする北部では米作地からラムヤイ果樹園への転化が年々進行している[7]。
さらに、本調査におけるラムヤイ工場(ラムヤイを乾燥させる工場)経営者への聞き取り調査によると、収穫したラムヤイは、半分をタイ政府が買い上げて外国(中国など)へ輸出し、もう半分を仲買人の中国商人が買い上げるという。とくに前者はタイ政府の農業政策に下支えされたものである。
こうした予備調査に基づき、本調査ではOTOP、ラムヤイへの転化の二つを調査対象村選定の条件として扱うこととした。双方とも政府による近年の政策であり、農村生活に大きな影響を与えていることが判明したためである。そして、これら二つの条件に基づき、前掲のチェンマイ県サンパトン郡マクンワン行政区マクンワン村を調査対象村として選定した。とくにラムヤイへの転化に関しては、マクンワン村では10年程前より転化が進み、現在では水田を所有する農家は2・3世帯であるという。また、OTOPに関しては、同行政区内の隣村、ドンパサン村(Muban Dongpasang)において“Sa-Paper”製品がOTOPとして指定されており、この“Sa-Paper”を作る内職がマクンワン村においても広く行われていた。ただし、OTOPに関しては行政区(Tambon)レベルの政策であるため、そこを留意した。
3−2.行政区内・村内調査
以上のように調査対象村を選定した後、村内の調査へと移った。
生活経済圏の調査
まず留意したのは村人の生活経済圏である。本研究は、貧困と関連して消費行動の調査を行おうとするものであるため、村人の生活範囲、経済圏を調査する必要がある。これに関しては前述したOTOPの例のように、「村(Muban)」を越えて雇用を得るケースも多かった。日雇い労働として都市部で建設労働を行っている村人もいる。また、オートバイの保有率が増えている。
これらの事実は村人の生活経済圏が拡大していることを物語っている。本調査では調査対象をマクンワン村としたものの、実際には生活圏が村を越えていることが調査の初期段階で予想された。そこで、これ以後の調査も村レベルの調査を前提としたものの、行政区レベル、あるいは郡レベルから村を位置付けることにも同等の重きを置いた。
マクンワン行政区の概要
村レベルに留まらず、行政区レベル、あるいはその上のレベルでの調査も重要であるとの判断に基づき、マクンワン行政区における調査も行った。同行政区は、北部タイの中心地、チェンマイから国道108号線を南に約20km、さらに東に3、4km程入ったところに位置する。
表2はマクンワン行政区に属する5つの村の名称と男女別人口を示したものである。資料はマクンワン行政区において地方自治を担当するマクンワンタンボン自治体[8](ABT“オーボート−”、以下ABTと略す)提供の「マクンワンABT開発計画2005−2007」による[9]。
また、村による相違点について、クンコン村の村長の妻からの聞き取り調査によると、No.6ドンパサンとNo.7ドンパニウは他村と比べ、比較的裕福であると言う。土地を持っていること、仕事の種類が多くあることが理由として挙げられた。ただし、その他の点における村による相違点は、本調査においてはとくに確認できなかった。
表3は、マクンワン行政区所属の農民組織、マクンワン村所属の農民組織をそれぞれ示したものである。とくに「Funeral helping group(葬式互助組織)」は、ほぼ全ての村人が加入している。これは、当農村において、葬式の費用が約50000B(バーツ)と、高額の費用がかかるためであると考えられる。
以上は主にマクンワン行政区の概要であったが、村による根本的な相違は本調査においては確認されなかった。
表2.マクンワン行政区内の各村名称および人口
村番号 |
名前 |
人口(男) |
人口(女) |
計 |
1 |
サンサイ (SanSai) |
269 |
310 |
579 |
2 |
クンコン (Khun Khong) |
267 |
256 |
523 |
5 |
マクンワン (MaKhunWan) |
388 |
400 |
788 |
6 |
ドンパサン (DongPaSang) |
385 |
433 |
818 |
7 |
ドンパニウ (DongPaNgew) |
444 |
803 |
947 |
|
計 |
1753 |
1902 |
3655 |
出所)”Developing
Planning Strategies of ABT Makhunwan in the year of 2005-2007”
表3.マクンワン行政区およびマクンワン村の農民組織
マクンワン行政区の農民組織 |
|
マクンワン村の農民組織 |
人数 |
14のHand-Making Group |
|
Saving fund for production |
186 |
House Wife Group |
|
Solving the poverty problem fund |
135 |
Saving Money for Product Group |
|
Water supply group |
176 |
Water Supply Group |
|
Agricultural supporting group |
83 |
Elderly Group |
|
Keeping rice group |
58 |
|
|
Village fund of Makunwan |
158 |
|
|
Help villagers center |
230 |
|
|
Funeral helping group |
799 |
出所)マクンワン行政区の農民組織に関しては、ドンパサン村長からの聞き取り調査、
マクンワン村の農民組織に関しては、マクンワン村長所持の各グループ名簿から
注)グループ名や所属に関して、ドンパサン村長、マクンワン村長間やその他の人々の
話に異なる点があったが、ここではそれぞれからのインタビューを元にした。
村内経済構造の概要
ここではマクンワン村内でのインタビュー調査に基づいて、村内経済構造を概観する。
まず、マクンワン村における農業だが、10年程前まではほとんどが水田だったが、現在ではほぼ全ての農地がラムヤイ果樹園へと変わった[10]。村長の話では、現在でも水田を所有しているのは2・3世帯だと言う。転向の理由は@高付加価値、A水不足など気候的要素の2点を挙げる場合が多かった。その他の農業に関して、ラムヤイ以外はほぼ「家庭菜園」のみであった。また、畜産は、敷地内で鶏を飼う程度であった。
次に農外就労だが、前述のように“Sa-Paper”を作る内職がマクンワン村においても広く行われていた。また、その他日雇い労働として男性は建築日雇い、女性は内職が一般的であった。
ラムヤイ農業に関する先行研究として、関(1995)は、ラムヤイ農業の特性を二点指摘している。一つ目に、特殊な契約及び販売形態が一般的であることである。これは仲買人がラムヤイを買い付ける取引方法(マオ・スワン)で、契約が成立するとラムヤイ果実は仲買人の「所有」となる。農民側は土地を提供するのみであると言える。二つ目に、手間かからず、容易に農外労働と兼業できることである。関は、これら二点の特徴から、ラムヤイ経営が実質的に「脱農化(地主化)」であると論じている[11]。
実際の調査では、一点目に関してはこれとは異なり、マクンワン村では収穫されたラムヤイを村内の工場で買い取ることが一般的だった。ただし、二つ目に関しては、同様のことをインフォーマントのほとんどの人が言っていた。
こうした点から、以下の二点を予測することができる。まず、自営業者と被雇用者層(農村内雑業層)への分化が進んでいる。開発経済学における先行研究として、渡辺利夫は土地の細分化に伴い、零細農民が「下方分解」し土地なし層へ転落することを明らかにしたが[12]、今回のケースではこうした「下方分解」とは異なった形での農民層分解が生じていることが言える。次に、ラムヤイへの転化は貨幣経済のさらなる浸透をもたらしている。インタビューによると、ラムヤイに転化する以前、稲作を営んでいた時には収穫した米を自家消費にし、余った分を売っていた。ラムヤイは主食とはなり得ない換金作物であるため、食料消費分を得た所得から支出して購入しなければならない。ある村人は、「自分で食べられるので米を作る方が良い」と言っていた。
このような変化は、村内の格差が拡大していることをうかがわせる。農村内の格差構造に関しては今後の課題としたい。
3−3.インタビュー
本調査では、調査の手法として主に聞き取り調査を行った。表4はインタビューの概要である。インタビューは、調査対象村内で行うよりも、村外(行政区レベル、郡レベル)で行う方をより重視した。表5は、インタビュー結果から代表的な例を挙げたものである。
表4.インタビューの概要
調査対象村(マクンワン村)内でのインタビュー |
・村長に2回のインタビュー・・・主に村全体の概要について ・村人のべ10人へのインタビュー |
調査対象村外でのインタビュー |
・サンパトン郡役所 ・タンボン自治体(ABT)担当者に計3回のインタビュー ・行政区長(ガムナン)にインタビュー ・グループリーダー2人へのインタビュー ・村人のべ18人へのインタビュー |
表5.インタビュー事例
タンボン自治体(ABT)担当者へのインタビュー |
事例: ・大きな問題として、所得の低さ。 ・「所得向上のために雇用促進を図るが、村人は「寝たい、疲れた」と言ってやろうとしない。」 |
村内外有力者へのインタビュー |
事例1:行政区長 ・「(OTOPに関して)政府は販促の手助けをしてくれるが、お金のサポートはしてくれない。」 ・「みんな”Sa-Paper”とラムヤイの価格が上がってほしいと望んでいる」 ・「借金を抱えている人がいる。それは車や家具、その他の重要でないものを買うためにお金を使いすぎるからだ。そのため、月ごとに返済できず、借金の額は増えている。」 事例2:ラムヤイ工場経営者 ○48歳女性、夫婦で工場を経営 ・10年前から工場を始めた。 ・13人雇用。男性200B/日、女性120B/日。 ・所有するラムヤイ果樹園は6ライ。 ・村人からラムヤイを買い取る。買い取り価格は政府の買い取り価格による。 ・雨季にはラムヤイ、それ以外の季節はにんにくを乾燥させて売る。中国系商人と政府に売っている。 |
村人へのインタビュー |
事例1: ○49歳男性、48歳女性(夫婦) 仕事@:2-3ライのラムヤイ果樹園を所有。わずかな時期のみだが、その間は一日中の労働。 仕事A:”Sa-Paper”の紙を2人で作っている。2人で1日400−500B(25B/kg)ほど。簡単な仕事で満足している。月10日ほど。 仕事B:ラムヤイ収穫などの日雇い農業労働。月に2回ほど。120B−200B/日。 事例2: ○74歳女性 ・一人暮らし。結婚していない。 ・ひざや足に病気を抱え、歩くために杖が必要。 ・時々家の中でできる仕事(ラムヤイやにんにくの皮むきなど)・・・100B/日 ・隣人から寄付を受けている。また、野菜や電気、水をもらっている。 ・いつも「ツケ」で食べ、収入があったときに払っている。 |
今回の調査では、残念ながら本格的な調査まで行えなかったため、これらは次回のための事例として紹介した。ただし、たとえば村内外有力者へのインタビュー事例2と村人へのインタビューの事例2を比べてみても、同じ村に住んでいるとは思えないほど所得、生活に差が開いていることが調査の結果からわかった。
3−4.村外調査(文献・資料収集)
本調査では上に報告した対象行政区内・村内での聞き取り調査を主としたが、村外での現地調査として文献・資料の収集も重視した。これは主に日本においては現地の情報や資料が手に入りにくいためである。実際には様々な国際機関やタイの国家統計局(NSO)がインターネット上にサイトを開きデータを公開している。しかし、これは国家レベルのマクロな統計がほとんどである。
本調査では、とくにチェンマイ大学中央図書館および社会学部図書館において文献資料の収集を行った。これは農村内現地調査の合間に行った。また、文献資料収集に関しては、バンコクのチュラロンコン大学にても同様に行った。
また、サンパトン郡の役場やABTマクンワン、マクンワン村村長などから、有用な資料を手にすることができた。これにはサンパトン郡の開発計画、マクンワン行政区の開発計画なども含まれ、今後の調査研究において非常に有効に用いることができる。ただし、これについてはほぼ全てタイ語であり、現在現地通訳者に翻訳を依頼しているところである。よってこれらの資料の情報は、一部を除いて本報告に含めることができなかった。下の表6に、収集した資料のリスト(大学にて収集した文献資料は除く)と簡単な内容を示しておく。
表6.取得資料リスト
標題 |
入手経路 |
内容 |
Developing Planning Strategies of ABT MaKhunWan in the year of 2005-2007 |
ABTマクンワン |
タンボンの基礎データとそれに基づく次期三ヵ年の開発計画 |
General condition and basic information of Amphur Sanpatong |
サンパトン郡 |
サンパトン郡の概要 |
Developing Plan of Amphur San Pathong 2004 |
サンパトン郡 |
サンパトン郡の基礎データとそれに基づく開発計画 |
Community Developing Plan of Muban Makhunwan |
マクンワン村の村長 |
村に関する選択形式の質問表と、2005−2007年度の開発計画 |
poopulation data of tambon Makhunwan |
マクンワン村の村長 |
マクンワン行政区の人口データと公衆衛生データ |
Questionaire on poverty of each household in the year of 2004 -mainly to improve his/her living condition |
ABTマクンワン |
マクンワン行政区の貧困世帯を対象とした回答済み質問表。 |
4.調査日程
フィールドワークは大まかに表7のような日程で行われた。
表7.調査日程
日付 |
調査内容 |
8月11日 |
日本発、チェンマイ着。 |
8月12日〜18日 |
調査対象村の選定、チェンマイ大学にて文献資料調査。 |
8月19日〜9月9日 |
調査対象村、行政区にて予備調査。 チェンマイ大学、現地郡役所、タンボン自治体にて文献資料調査。 |
9月10日 |
チェンマイ発、バンコク着。 チュラロンコン大学にて文献資料調査。 バンコク発、日本着(翌朝)。 |
5.研究・調査へのフィードバック
今回の調査は前述のように予備的な調査として行ったため、ここでまとまった調査結果を報告することはできない。ただし、次回の調査に繋げることが目的だったため、ここで今後の研究・調査へのフィードバックを行いたい。
まず、今回の調査から浮かび上がってきたのは、「農業」「農村」あるいは「農民」という枠組を再検討する必要性である。まず、ラムヤイ栽培の特性は、「農業」「農村」という枠組が妥当であるかを再度考えなければならない。ラムヤイ栽培にかける時間が少なく、その他の日雇い労働や内職にかける時間が多いのだとすると、村を「農村」としたり、「農業」を行っていることが意味を持たなくなってくる。また、同様のことが「農民」に対しても言える。今回の調査では彼ら自身は自分のアイデンティティを「農民」として持っているように見受けられたが、実際は「日雇い労働者」と言う方が適切な場合もある。これに関しては今後の調査が待たれる。
また、調査対象の単位に関しても再考が求められる。今回は従来通り「村」を単位としたが、果たしてそれがどれだけ妥当であるかを検討しなければならない。タイの場合、「村」よりも「行政区」の方が村人の生活をよく表すということも十分にあり得ることがわかった。
さらに、研究計画に対して、本調査以前の段階では、対象を「農民」としていたが、村内の格差拡大に伴って、こうした枠組みでは不十分であることを認識させられた。とくに村人へのインタビュー事例2に見られるように、日雇い労働者層の中でも高齢者や単身者の暮らしが難しくなってきているように見受けられた。次年度の調査ではこうした人々を対象に、本格的な調査として消費行動の分析を行っていきたい。
7.参考文献
佐藤康之(1993)「北タイ農民における生産・生活様式の相違について −チェンマイ県サンパトーン郡マックムルン区トンケーオ村の事例−」、『人文科学研究(新潟大学人文学部)』84巻
自治体国際化協会(1998)「タイの行政制度 −地方の行政を中心に−」、『CLAIR REPORT』160巻
関泰子(1995)「進行する兼業化とラムヤイ農業 −変容する北部タイ農村社会−」『アジア研究』第41巻2号、アジア政経学会
高梨和紘(2004)「小口融資と農村零細工業振興−タイOTOPの事例」、平成15年度文部科学省科学研究費補助金特別推進研究(COE形成基礎研究費)(研究課題番号11CE2002)研究報告書
渡辺利夫(1996)『開発経済学 −経済学と現代アジア 第2版』、日本評論社
[1] タイの行政区分は、県(Changwat)、郡(Amphur)、区(行政区)(Tambon)、村(Muban)という順になっている。「Tambon」は先行研究において「区」、「行政区」、「町」など様々に訳されており、統一された訳語が存在しない。本報告書では、重富(2003)の訳語に従い、区分としての「Tambon」を示す場合は「行政区」と訳し、固有の「行政区」を示す場合は「○○区」のように訳すこととする。
[2] (佐藤、1993)
[3] 具体的にはチェンマイ県ハンドン郡(Amphur HangDong)に滞在した。チェンマイ市街から車で30分ほどのところである。チェンマイはタイで第2の都市であると表現されるが、市街から少し離れると森や畑・田ばかりになる。
[4] (高梨、2004)
[5] “Sa-Paper”は桑の樹皮で作った紙のことである。これを使った手工芸品がOTOP製品として作られていた。
[6] 別名ロンガン(龍眼)。中国を原産とする果物。
[7] (関、1995)
[8] タンボン自治体は、1995年のタンボン自治体法制定により、法人格を持つに至ったものである。これによって、それまで県自治体が行ってきた開発計画や予算の策定、徴税、事業の承認権などの権限を、タンボン自治体が有するようになった(自治体国際化協会、1998)
[9] 人口に関しては、その他の資料や村長、村人の聞き取りがそれぞれ完全に一致しなかったものの、大きく異なることはなかったため、今回はこの資料を採用した。
[10] 農地を転向した時期に関する答えは5年前、10年程前、16年前などばらつきがあった。
[11] (関、1995)
[12] (渡辺、1996)