(研究題目57  長野県定時制高校の統廃合に伴う充実策へのニーズ調査)

 

タイトル

定時制高校改革への先駆的な実践研究

 

サブタイトル

オンライン上での新しい形態の「居場所」と「学び舎」の創出とその効果の検討

 

 

慶應義塾大学大学院  金子郁容研究室

 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程1 山中   司

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程1 松橋  崇史

 

慶應義塾大学 総合政策学部3 里村  明洋

慶應義塾大学 環境情報学部3 外山理沙子

 

 

研究概要

 

昨今、至る所で教育改革が叫ばれる中、公教育は多様なニーズを満たすことが求められている。自治体財政の悪化や政策的な議論とも絡み、新しい手法を取り入れて教育効果を上げることや、学校としてのアカウンタビリティを確立することが望まれている。その対応に顕著なリアル・ニーズがある分野として、不登校、就労、進学等、多様なニーズに対処することが求められている定時制高校を研究対象とした。言うまでもなく、そこでの知見は、一般の全日制学校にも参考になるはずである。

現在、長野県内の一部定時制高校の募集停止に伴い、既存校での多様な取り組みが始まっている。本研究では代替案として模索される充実策の一環として、e-Learningやコミュニケーション・チャンネルの提供等、ICTに関わる施策の有効性について、基本的ニーズの把握を行い、また、具体的な実践とそのアセスメントの可能性を探った。定時性課程のモデル実践校を選定し、協力していただけるモニター生徒や有志教員を募った結果、実験的な実施を次年度より行う下準備ができた。本研究では、基本モデルとして、「新たな居場所」としての電子会議室などのインターネットを利用したコミュニケーションの場の設置と運営、「新たな学び舎」としてのe-Learningを取り入れた学科内容の提示や自己学習のしくみの提供などのふたつの柱を想定し、定時制高校が、どのようなニーズをもち、ICTの導入がメリットを生み、ニーズを満たすのか、その効果の検討と課題の把握を行った。これまでは、ともするとIT利用ありきから導入が決定されてきた経緯があるが、本研究では基本ニーズの把握から調査を開始した。

 

 

研究目的

 

定時制高校を含む既存の高等学校は、多様で変化に富む生徒のニーズがあるとされ、現行制度ではそれらに十分対応しきれているとはいえない。高等学校での学習に対する不安や、不登校生徒への適切な対応など、改善の必要性はあきらかである。ソフト・ハードの双方から抜本的な検討を試み、新しい時代に相応しい高等学校の姿を新しい視点で行うことが期待される。

高等学校の中でも、とりわけ多様なニーズが存在する定時制高校は、その統廃合の動きとも相俟って、新しい取り組みがまさに今求められている分野であるといえる。本研究では、これからの新しい定時制高校のモデルを右図のように想定する(1)

 

「居場所」としての学校

対面で接触、教室での顔合わせ、先生との面談 

+ 電子会議室やメールなどによるネットワークを介してのコミュニケーション

 

「学び舎」としての学校

習熟度別授業、個別授業など 

+ e-Learning (Online)による教科指導・自己学習

 

テキスト ボックス:  
図1.   新しい定時制高校(「居場所」+「学び舎」)のモデル
これまでの定時制高校が担ってきた役割のうち、心理面と学習面とを分けて考えることにより、その双方に対して支援可能な分野のニーズを特定する。まずは、基本的なニーズを把握した。それと同時に、協力いただける実践校・モニターなどに対して、既存の教育システムにオンライン上の新しい試みを試験的に取り入れ、テスト運用を次年度より試みるための下準備を整えた。

 

 

研究内容

 

0. 文献調査

行政資料、統計データ等から、定時制過程をとりまく現状に関する情報を幅広く集め、分析・検討をした。その際、他県での先進的な事例調査も同時に行った。具体的には、スペシャルニーズに対するIT利用の先進事例として、教育特区に選定された岐阜県可児市の「ITなどを利用した学校復帰支援」に注目し、視察と平行して、具体的な行政関連の資料等から十分な情報収集を行った。

 

1. オンライン上での新たな試みへのニーズ把握とその分析

 

1-1. 長野県立長野高等学校定時制訪問 1 (6月〜7)

長野県教育委員会のご協力のもと、長野県立長野高等学校定時制過程を訪問し、その実態を把握すると共に、担当された荒井教頭へのインタビューを行った。この学校の定時制は統廃合を免れ、「うまくいっている」定時制の一つとされているが、その具体的な姿を実践的な面、理論的な示唆双方から得ることでき、大変有益な訪問をすることができた。

 

1-2. 長野県立長野高等学校定時性訪問 2 (9)

前回の訪問から、さらに具体的な生徒たちへのコミュニケーションの実態調査をするため、再度、長野県立長野高等学校を訪問し、観察と分析を行った。荒井教頭をはじめとして、他の諸先生方にもインタビューを実施し、「うまくいっている」高校の裏に潜む仕掛けに対する洞察を試みた。e-Learningに対する現場での声を拾い上げることも同時にでき、来年度以降本格的に導入される際の、現場との温度差を感じることで、実践への有益な示唆が得られた。

 

 

2. オンライン上での学習と、新たなコミュニケーションチャンネルにおける先駆的実践とその検討

 

2-1. 長野県定時制e-Learning検討会参加 (8月までに検討、9月よりテスト運用開始)

金子郁容教授(慶應義塾大学大学院教授、長野県教育委員)に同席する形で、長野県教育委員の先生方で行われた検討会に参加し、具体的な実践までのプランに関して意見交換会を持った。筆者は電子会議室の有効性を紹介し、来年度以降の具体的なイメージ、導入への実現性に関して提言を行った。

 

 

研究成果

 

既存の定時制高校の実態把握によって、そのニーズと検討課題から新たな提案を模索する際、多くの点で有益な視点が得られた。具体的なさらに、テスト運用によるインターネット上での電子コミュニティの創出が、これまで定時制高校で行われてきたコミュニケーションや教育のニーズとどう関わり、行政が提案する充実策として意義あるものとなりうるのか否か、それらを検討するための先駆的かつ示唆的な調査となった。同時に、理論的な意義として、コミュニケーション論の視点からどういった教育が「うまくいき」、そのためにはどのような具体的な工夫が必要なのか、そして、そのために、e-Learningというインフラが何を提供し、課題をのこすのか、現場サイドと政策サイド双方の主張、そして、それらの温度差やパラダイムの相違を実感することができ、理論・実践の双方から大変有益な視点を得ることができた。