2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究報告書

 

企業におけるデザインの位置づけと手法についての研究

 

政策・メディア研究科 修士課程1

床井 礼来

 

 

研究概要

本研究は企業におけるデザインの位置づけと手法について調査・分析し、効果的なデザイン手法の開発することを目的とする。主にデザイナーの立場からみた商品開発におけるデザインの役割と実際についてインタビューを中心に調査する。またデザイン教育やデザイン論などの観点からも調査し、それらの結果と分析に基づいて新しいデザイン手法を開発する。その成果は、私が修士課程を通じて研究する、新しい乗り物としての電気自動車のデザインに応用する。今後の普及のために電気自動車にしかなしえないデザイン、実用化をにらみ現実的ですぐにも売り出せるようなデザインを提案したいと考えている。そのために本研究では商用化製品デザインの現場の調査からデザインのあり方とその手法を開発するものである。

 

研究背景・目的

■デザインの重要性

日本の製造業が直面する問題として、中国や韓国などの製造業に技術的な追随を許しており、人件費等の生産コストが低い他アジア諸国に比べて不利な状況となっていることがある。また経済的原理によって世界的にプラットフォームの共通化やモジュール化が進んでいる。自動車やパーソナルコンピュータ、携帯電話など、中身の機構は共通で外見のデザインだけが違うといったことが急速に進んで、新商品の開発スピードも格段に速まっている。以上のどちらにしても、他競合と差別化を図っていくためには、ハードではなく、スタイリングデザインなどソフトの商品企画を行うしかないのである。そのために緻密に設計された商品の魅力を引き出すデザインは欠かせない、きわめて重要な存在となっている。

実際には主に「インハウスデザイナー」と呼ばれる企業内のデザイナーの手によって、商品のコンセプトメイキングからそれを形に起こしていくという作業になる。それらは技術的、物理的なパッケージレイアウトに始まり、冗長性や感性に訴える美しさなどにいたるまで何段階かのフェーズがある。その内、主に実際の形状やテクスチュア、色がどのように決定されるのかというフェーズに焦点を当てたい。デザインは経験やセンスによるものと考えられがちであるが、それだけではない、マーケティング戦略として効果のあるデザインを行うためにはどのような手法、組織体制、環境づくりがのぞましいのだろうか。現場を実際的に調査することで、より効果的な手法の開発をしたい。そして私が修士課程において研究する電気自動車のデザインにその結果を反映させたいと考えている。

 

■電気自動車の普及のためのデザイン

そもそも電気自動車のデザインに本研究成果を生かしたい理由は、大きくは電気自動車の普及のためである。交通社会が抱える、環境問題、エネルギー問題、事故問題、渋滞問題を根本的に解決するような存在として、普及が望まれている。しかし実際には普及に至っていない。そこには現在の交通社会を担う内燃機関自動車のすでにある利便性やエコカーの生産コスト、インフラなどさまざま問題があるが、電気自動車そのものの商品としての魅力がこれまで研究されてこなかった点も大きい。

私はデザインの面から電気自動車の商品価値を上げ、交通社会の抱える問題を解決すべく、普及へつなげたいと考えている。電気自動車は電池とモーターで駆動する自動車であり、これまでの内燃機関自動車とはまったく構造も駆動する仕組みも異なっている。これまでの電気自動車のデザインはいまだ内燃機関自動車のデザインの踏襲であり、電気駆動にコンバートしただけにとどまっている傾向があった。私は電気自動車にしかなしえないようなデザインを開発することによりその魅力を引き出したいと考える。

 

研究内容

実際の調査、分析項目は以下である。

     デザインプロセスについての一般的調査

     電気自動車研究室におけるEliicaの開発プロセスについて

 

■デザインプロセスの一般的調査

― 商品が作られるまでの過程

まず商品としてのものが作り出される過程、そしてその中でのデザイン決定の方法、またデザイン手法について自動車の開発を例に文献やインタビューを通じて調査した。特に、日産自動車、パナソニックデザイン社についてはデザインからの改革ということをテーマに詳しく調査した。

ものづくりの過程の例として自動車における開発期間、開発費用について調べた。結果としては、全く一からのアイデアで作るとすれば、コンセプトモデルに始まり、デザイン決定の段階を3段階くらい経て、実用モデルにいたるまで平均して約3年かかる。その費用は100億円規模である。

デザインの決定について最終には経営者の判断による。もちろんそれまでのデザインを担当する部署内で議論、吟味された結果としての案が出されるわけだ。しかし、最終的な決定は経営者が行う。その理由は100億円規模の開発を行い、それを商品として売り出したときの責任を取れるのは経営者でしかありえないからだ。

一般的に経営者に提示されるまでにいたるデザイン案はデザイン担当部署の中でのコンペ形式が多いようである。スケッチ、レンダリングなど2Dの選考過程を経て、最終的に2案程度が実物大のクレイモデルとして作られ、最終決定がされる。各選考過程に毎回経営者たちの判断が入っている。

 

― デザインを生み出す手法はあるのか

次にデザインの手法は確立されているのかということについては、結論から言えば確立されているとはいえないし、確立されるべきものでもない。今回調査において「デザイン部門」と呼ばれるところは形として先行商品を作っているところであるので非常に機密性が高く、直接の突っ込んだ内容の取材は難しいということがあった。もし、インタビューできたとしても過去の例しか話を聞くことはできない。雑誌に載っているのとほぼ同じ内容ということもあり、本当の現場がつかめたとは言い切れない。

開発プロセス、技術という意味での手法はある。たとえば、まずコンセプトを吟味し、そこからスケッチでアイデアを展開し、レンダリングによる2Dでの検討、その後、実際の3Dモデル作成といった一連の流れである。これについてはほぼ確立しており、大体がこのような流れによるものであるとわかった。

では、コンセプトから形にするというデザインがまさに生み出されるといった段階ではどのような手法が用いられているのであろうか。やはり最も重要な点はデザイナーなどの人材の弛みない努力によって結局はよいデザインが生まれているといえる。しかしながらより効果的なデザインが生まれるようにしようとする試みが数々行われている。日産自動車の例をあげると、まずは人材、開発のマネジメントである。日産自動車中村史郎氏のインタビュー記事(NIKKEI DESIGN誌)によれば、個人の能力には格差はなく、むしろそのマネジメント如何で結果が変わってくるという。いかにうまく人材を配置し、マネジメントしてそれを結果に結び付けていくかということが重要であるということだ。また日産自動車ではデザイナーとて採用する人材の裾野を広げる試みを行っている。それまで特定の美術大学の学生や専門学校の学生に限っていた募集範囲を管理できる範囲で広げているという。より多くの美術大学やそれ以外の4年制大学の中から可能性のある研究室の学生にも範囲を広げて、人材の強化を図っているという。

またパーシブドクオリティー部門を設立し、感性品質を高めることを重点においた商品、デザイン開発を行っている。これは感性工学と違い、人間の手によって人間が品質のチェックを徹底して行っていこうとするものである。感性工学では人間の感性と形の関係をプログラム化しデザインを作成、支援しようとするものである。時代とともにも変化する人間の感性についてお客様の視点に立って厳しい目でその品質を管理、よりよいものへと作り上げていこうとしてるのだ。

このように企業内でもいかによりよいデザインを生み出すかのための弛みない努力と試みが行われている。またそれを奨励するような経営者、開発全体を統括する人間の深い理解も重要であるということがわかった。

 

■電気自動車研究室におけるEliicaの開発プロセスについて

さらに開発の中でのデザインプロセスについて、全体から展望したいと考え、組織の内部から実態調査を行った。所属する電気自動車研究室で約1年半に渡って開発された電気自動車Eliicaの開発事例である。デザインだけにとどまらず開発プロセスの中でどのような形をとっていくのが効果的なのかを探っていくべく調査した。企業の事例からも、人材そのものだけでなく、むしろそのマネジメントによって結果がかなり左右されるということがわかった。よって、開発全体を見渡すことによりより効果的なデザイン開発体制がないかを探ったものである。主に行ったことのは以下の3点である。

・中心開発者インタビュー

・開発会議についてのアンケート

なお、このインタビュー、アンケートの作成については畑村洋太郎氏『失敗学のすすめ』(講談社)を参考にした。

 

―中心開発者インタビュー

中心的な開発者に対して11でインタビューを行ったあえて「失敗」という観点から開発を振り返ってもらうことでその問題点を探った。成功したと思ったところは意識して触れずにインタビューを行った。

開発された電気自動車Eliicaは時速400kmを目指した高速タイプの1号車と0.8Gの高加速度タイプの2号車が同時に開発された。1号車が元々目標としていた時速400kmを達成できず時速370kmどまりであったこと、内装まで作りこまれている2号車の室内の広さが想定していたよりも狭かったなどの問題点があった。また、以上のような事態が、評価すべき点までも評価しないような、失敗であったという雰囲気があったことが背景にある。そこで、2台ともの開発がひと段落した時にインタビューをおこなった。プロジェクト責任者、技術開発責任者、デザイナー、駆動技術担当者、車体設計担当者5名に1時間半程度のインタビューを行った。

インタビューの内容としては以下について質問に解答していただきながら振り返ってもらうようにお話していただいた。

―結果と全体的な印象や感想として

l         プロジェクト全体の感想

Ø         純粋な感想

Ø         総じて成功だったか、失敗だったか

l         印象としてのEliica1stプロトタイプ

Ø         完成してみて一言で言うとどんな車ですか?

Ø         買いますか?買わないならどうなったら買いますか?

―具体的な指摘から経緯、対処を探る

l         失敗と成功の具体的な指摘とその経緯

Ø         失敗だった点は具体的にどこか

Ø         そうなった経緯

Ø         どうしてそうなったのか推定原因

Ø         失敗に際し、またはその前にした対処

Ø         失敗が結局どのようなものだったのかの総括

 

以上のようなインタビューを行った結果、いくつかの問題点が浮かび上がってきた。

まずは1号車の400km/hを達成できなかったことと正当な評価についての関係である。ひとつの目標が達成できなかったという事実がそのほかのことにまで与えてしまう影響である。その点のマネジメントが不足していたと思われる。もっと、実際には素晴らしい成果を上げているEliicaよいところもみつめ、次の課題を前向きにみつけることが必要だと感じた。

次に、定期的な開発ミーティングの位置づけに問題があることが明らかになった。議論の場か決定の場か、トップの一存で決定か全員で決定かということに関してのあいまいな位置づけが様々なコミュニケーション不足を生んでいた。時と場合によって位置づけが微妙に変化するのは確かに仕方のないことでもあるが、初めの前提や意識の統一が実際には完全には一致していなかったように思われた。

今回の最大の失敗は目標が達成できなかったことよりも、プロジェクト内にある微妙なズレにあった。理念やコンセプト、車の位置づけや目的、開発方法、決定方法、評価など、研究室にあつまる様々な分野の人々の言葉そのものの理解の範囲がずれていたように思った。。それについてもっと意識できていればよかったのであるが、その違いを認識せずに開発が進んでしまったことが問題であった。コミュニケーション不足によるものである。以上のような問題点が実際に11でインタビューすることにより浮かび上がってきた。

 

―開発会議についてのアンケート

 インタビューを通じて、開発体制やそのミーティングの中に潜むずれについてひとつの問題点を見出した。そこで、定期的に行われてきた開発ミーティングに参加していたメンバー全員にアンケート調査を行い、みなが感じている問題点や意識のズレを分析しようとしたものである。

今回の開発ミーティングは毎週1回スタッフ全員が集合し、1時間半程度、2003年2月ごろから現在まで継続して開発の最後まで行われてきた。メンバーは教員、スタッフ、学生合わせて25名前後で推移していた。

アンケートでは以下の項目についてを調査する目的で作成した。

1.ミーティングスケジュールは適切だったか

2.集まるメンバーは適切だったか

3.進行は適切だったか

4.内容は適切に設定されたか

5.適切に議論は行われたか

6.適切に情報が伝えられたか

7.資料/設備は適切だったか

8.モチベーションは維持されたか

まずアンケートの分析結果として、開発の段階によってミーティングの性格は変わるのに、ミーティングの形式やメンバーがずっと変化しなかったということにひとつの問題点と再考すべき点がある。開発段階によって、ミーティングの位置づけは次のように変わると思われる。

Ø         開発初期・・・メンバー全体での意思統一とコンセプトの決定

Ø         開発中期・・・より実務的な打ち合わせと決定、承認

Ø         開発終期・・・進捗情報の報告、評価、今後の方向性

それぞれの時期に応じて頻度メンバー、人数を変える必要性が合ったように感じる。しかしながら一方で、全体の流れをつかむためのミーティングはメンバーの全体が必要性を感じていたという結果もあった。そこから分析結果とあわせて提案として以下の点を挙げた。

l         開発段階に応じたミーティング体制変更

開発時期に応じてミーティング体系、頻度を初期、中期、終期の3つに分けて変える。

l         全体把握のための全体開発ミーティング

現在のエリーカミーティングのような全体開発ミーティングは少なくとも月に2回は開発を通じて行われる。

l         部門分けされたミーティング

各部門ごとに、今まで非公式に行われてきた打ち合わせをミーティングと位置づけると共に、全員の役割分担も明確化する。

l         全体設計、調整ミーティング

開発中期には実務者同士の集まりによる、「全体設計、調整」ミーティングを設置する。現在のエリーカミーティングのような決定の場というよりも、議論して車体設計に関する調整を行う場。
具体的には、専門家数名で構成され、技術的な車体設計の総合調整を行うものである。

l         学生対策

学生は技術的な専門情報を欲しており、意見を言える場も欲している。その場を各部門ごとの小規模のミーティングに当てる。その内容は修士学生の論文へ発展も期待できる。

l         明確な部門分けの理由

今回の実務者は実質1部門一人であった。それが負担を増加させると共に、いざというときのフォロー体制や議論が未熟なまま全体に報告されていた部分は否めない。また、電気自動車という最新の技術を扱う分野である限り、専門家による専門的な議論は避けられないし、必要である。さらに学生も含めて分担を明確にすることにより、学生の責任感や参加感もさらに増す。

■開発初期

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


■開発中期

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


■開発終期

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


以上のような提案を開発グループに対して内部から行った。現在はこの提案の一部を受けて体制が変化しつつあるが現在もまだ模索中である。ただし、よいデザインを生み出すためにはよい開発体制、特にコミュニケーションの取れた関係が不可欠であるということが今回の一連の調査の結果としてわかった。そのために、どのような体制を作っていくかということは大変重要な問題であり、またそれこそが手法ともいえる。デザインの位置づけと手法はまさに開発体制そのものと言っても過言ではない。つねによいものが生み出されるような体制を考えることが大事であるということを実感している。