2004年度森泰吉郎記念研究振興基金報告書

『地域環境資源管理のローカルイニシアティブの研究』

渡辺悟史

政策・メディア研究科修士課程1

 

研究課題

 本研究の課題は、現代の中山間地域の住民が生活環境の何を解決すべき問題ととらえているのか、その課題の特定の仕方の背景にはどのような社会的現実や歴史経験の構築があるのかを検討することにある。具体的には、住民自身の生活史および生活環境についての語りを収集・分析していくことになる。このことを通じて@「今後農村はどうあるべきか」というビジョンの競合が激しい農業政策、農業資源管理や地域政策の基礎研究とすること、A戦後日本の急激な社会変動はどのように経験されたのかという日本近現代史の経験史的理解を得ることを目的としている。本助成によってこの研究課題の背景的知識の整理と神奈川県XM集落における予備的フィールドワークが可能となった。また成果の一部はハノイで開催された国際ワークショップ”Human Security and East Asia”にて”Depopulation as the rural problem in postwar Japan”として発表を行った。以下それぞれの概要を示す。

 

研究背景の整理

近代化のさまざまな側面で農村部は重要な位置を占める。貯蓄や労働力の源泉として経済発展をささえる部門とみなされるときもあれば、保守勢力の票田とされるときもある。ときとして理想的社会のモデルとされれば、根絶すべき因習や貧困、非効率に満ちた世界として語られるときもある。近代化のなかで「農村はどうあるべきか」というビジョンはさまざまであり、常に競合してきた。 

 社会が一定の近代化を遂げた現代においてもこの状況は変わっていない。新農業基本法など政府が政策基調における農村の位置づけ直しを行っていく中で、さまざまなビジョンや言説が生産されてきている。そして「農村はどうあるべきか」というビジョン、言い換えれば政策課題の特定の仕方は「農村の歴史をどうみるか」という近現代史の評価を背景に成立しており、その競合は著しい。以上の観点から、農業経済学、マルクス主義系農村社会学、環境社会学、内発的発展論、文化人類学などを検討した。その上で、国民経済のパフォーマンスの維持という視角を廃し、「解放」とも「抑圧の強化」としても語れず、また統計データでは現れない世界に迫るためにフィールドワークを用いることにした。またさまざまな政策課題が集中するといわれる中山間地域をフィールドとした。

 

フィールドワーク

中山間地域において住民は、政策(農地改革、農村の民主化、農地法、生活改善、農業基本法、所得倍増計画、農業構造調整、減反、価格支持、自由化)、構造変動(兼業化、人口減少、高齢化、混住化、家族経済の変容)、実践(作物の転換、転職、協業化、地域振興、女性起業、グリーンツーリズム)それぞれをバラバラに生きているのではなく、ひとつの人生・生活のなかでこれらを経験している。試みられるべきは、この経験の語りを出発点として実際の住民が、どのように社会や歴史の中に自身を位置づけながらどのような歴史経験を構築しているのかを明らかにし、その共通性、競合を検討することである。

フィールドワークは予備調査として神奈川県XM集落でインフォーマント6人に2〜3時間のインタビューおよび4人に合計12時間程度のグループインタビューを行った。今後ケースを増やすかどうかは検討中である。調査項目には生計手段、農業経営、地域振興、女性起業、日々の暮らしといった生活環境にかんして、子供時代、学歴、就職、結婚など生活史にかんするものが含まれている。

本研究の視角にかんする範囲で現在までで得られた知見は、農地管理や耕作放棄の選択は、@家族との社会および経済関係、A集落との社会および経済関係と密接にかかわっており、単に経済的利害のみでなされるものではないということである。また、それらは他の生活の局面ときりはなして論じることはできない。ここでは生活を構成する要素がどのような連関となっているのかさらなる調査が必要とされる。

 

Depopulation as the rural problem in postwar Japan

 この研究発表では、戦後日本の農村部で進んだ構造変動を統計的に跡付けた上で、国政レベルでの農業政策の基調やその競合を概観した。その目的は、タイやベトナムなどの開発途上地域の研究者が、経済発展と農村部の関係を考えるときに、参照できるケースを紹介することであった。幸いにも好評であった。