2004年度森基金 研究活動報告書

政策・メディア科修士2年
所属:ネットワークコミュニティ
学籍番号80331138
氏名:石神夏希 
テーマ:アートNPOの関係性マネジメントー日本の「劇団」運営

1.研究課題と意義

 助成金申請時には、以下のように研究課題を設定していた。

本研究は、現状に即した「アートマネジメント」概念の確立が未だなされていない日本の芸術文化政策に対して、「アーティスト(創造活動の主体)」と「ファン(支持者、観客、支援者)」とで形成されるコミュニティを存在基盤とするマネジメント手法を「関係性マネジメント」と名づけ、@現代演劇界の先鋭的な事例研究から、A具体的な手法の分析を通して、その有効性を分析する。 「創造」と「興行」の両面を欠かしては成立し得ないジャンルである舞台芸術、ことに「劇団」という、アーティストであると同時にマネジメントの主体でもある組織に焦点を当てることで、市場や公共政策に頼ることのできない、日本の芸術文化のマネジメントの今後の展望を考察する。

 

 問題意識や小劇場演劇界のかかえる課題に対する認識に大きな変化は無いが、劇団運営に対する実地調査を経て、上記の場合でいえば「アーティスト」と「ファン」ないしは地域住民など芸術活動を取り巻く人々との関係性を基盤としながら、それをいかにコントロールしていくか、という具体策や手法に焦点を当てることとした。
 このことから、 研究課題と意義を以下のように設定した。

 本研究は、日本の現代演劇のジャンルのひとつである「小劇場演劇」について、集団的なアーティストである「劇団」の創造活動および運営活動を考察することで、劇団に対する支援体制の在り方を検討・提案することを目的とする。また、これにより、芸術創造活動が社会のなかでどのように位置づけられるべきであるか、ということに対して示唆を与えることを目指す。
 演劇・劇団は、産業・組織・職業としてある種の「弱さ」を抱えているが、この「弱さ」を逆手にとって強みに変えていくことで、社会的・文化的イノベーションをもたらす可能性を展望する。またその際に直面する課題を抽出し、これに対する解決策を提案する。
  日本の小劇場演劇についての先行研究は数が非常に限られている。また、劇団の規模や表現形式といった基準ではなく、「弱さを抱えつつ、それを活かしている存在」という観点からの先行研究は見られない。また、多くの劇団はプロフェッショナルでもなくアマチュアでもない、中間的かつ"揺らぎ"のある立場におかれている。こうした中間層に対応するジャンル・呼称は見当たらず、曖昧で説明しづらい存在である。
  先行研究が行われていないのはもちろん、こうした捉えづらい、ゆえに一般的にも認識されづらい存在に、多くの人に伝わる呼称・説明を与えることは、劇団の持つ可能性を充分に発揮していくために重要であると考えられる。

 

 

2.研究手法

 本研究は、筆者自身が1999年から2005年現在まで6年の間、劇団運営にかかわり、さまざまな劇団・劇場・支援団体等との出会い・意見交換・共同作業のなかから得た知見を出発点とし、修士論文の問題意識に焦点を当てたフィールドワークを行った。フィールドワークで訪れた都市は、青森・仙台・東京・神奈川・北九州の五都市である。
 また、事例調査については2004年9月〜12月の間に、劇団主宰者ないし制作者、および劇団員に対してフォーマル・インタビューを行った。事例分析では、できる限り発言者の言葉をそのまま引用し、これら発言を最大限尊重して考察を行うことを心がけた。劇団については、特に5つの団体に対してインタビューを行った。
 制作担当者ないしは主宰者ないしは両方に対する2〜3時間ほどのインタビューおよび、東京以外の地域で活動する複数の劇団制作担当者、劇場関係者から話を聞いた。また主宰者の許可が下りたケースに限って、事務所・稽古場を見学した。
 このほか劇場等文化施設に対して、東京近県の施設での公演実施・見学等に加え、仙台市を2度訪れ、公共文化施設への見学および先鋭的な取り組みを行っている演劇製作施設職員4名(同席)に対し、4時間ほどのインタビューを行った。
 劇団・施設名については、広報が重要な意味を持つ公演活動団体であることを配慮し、ここには挙げない(論文中は団体名・ヒアリング対象者ともに実名記載)。 しかし、いずれも全国ツアーあるいは海外公演を多数行っており、10年以上〜26年のキャリアを持つ、小劇場演劇界では知名度も高いと考えられる劇団である。

 

3.今年度の成果

概要を述べると、以下の3つに大別される。

●日本各地で先鋭的な活動を行っている演劇人たちに対するヒアリングを行うことができた。フィールドワークに基づく小劇場演劇界の先行研究は、1999年に出版された佐藤郁哉『現代演劇のフィールドワーク』(東京大学出版会)が実質的に唯一のものであるといえるが、5年以上の年月を経て大きく変化した小劇場演劇界の第一線で活躍する人々の活動を、当事者たちの声を含めてすくいとることは、希少性の高い研究であるといえる。


●演劇人たちへのヒアリングと並行して、自分が所属し、学部時代から6年間に渡って活動を続けてきた劇団http://pepin.jpの運営・参与観察を行ってきた。これにより、自らも当事者として小劇場演劇の現場にかかわり、劇団運営や公演活動の上での問題点を抽出・考察することができた。また、公演活動においては自主企画ではなく、劇場や市営文化施設との提携を行うことで、作品づくりとは異なる立場から小劇場演劇の問題に関わる人々との共同作業・意見交換という貴重な経験を得た。こうした活動を行うことで、他の演劇人たちへのヒアリングについても独自の視点を盛り込むことができたと考えられる。


●文献調査とフィールドワークを踏まえ、修士論文『小劇場演劇のアーティスト―共有的な創造活動と支援体制』を執筆した。論文要旨を以下に転載する。

【論文要旨】

 本研究は、日本の現代演劇のジャンルのひとつである「小劇場演劇」の創造活動組織―「劇団」を対象とする。劇団の創造活動を職業や趣味活動ではなく、社会的・文化的ミッションと捉えたうえで、劇団に対する支援体制の在り方を提案する。
 日本の小劇場演劇は多様に展開されており、その様は国際的に見ても「演劇の百貨店」と呼ばれるほど盛んである。だが、小劇場演劇は市場が小さく、国家的保護も受けていない。こうした背景により、運営基盤が脆弱で表現の実験性が高い小劇場演劇の劇団は、ビジネス化によって継続的・発展的な活動を行おうとしてきた。しかし、サブカルチャー的な市場の構造や、演劇が「プロ」―職業として成立していないことによって、多くの劇団は外部からの経済的支援に頼らざるを得ず、「自律と依存のパラドックス」(佐藤、1999年)を抱え込んできた。 最近、小劇場演劇の劇団が持つ脆弱さや不安定さといった「弱さ」を逆に活かし、自らの強みに変えて、「自律と依存のジレンマ」を解消するケースが見られるようになった。このような創造活動は、社会的・文化的イノベーションをもたらし、波及させていく可能性があると考えられる。こうした観点から、劇団の事例分析を行った。
 まず、実験事例として、筆者自身が6年間に渡って運営した劇団http://pepin.jpのケースを分析した。この参与観察により、劇団が「弱さ」を強みに変えていける可能性を示した。また、劇団の「弱さ」を強みに変えていくためには、(A)「セミ・オープンネス」と「質の向上」という本来両立しないものの両立 (B)多様な経路から支援リソースを調達すること C)さまざまな段階で評価を受ける仕組みづくり、という3つの課題を解決することが重要であるとわかった。 これを踏まえ、先鋭的な取り組みを行っている4つの劇団の事例を検討することによって、彼らがどのように課題を解決しているか検討した。
 その結果、(1)ミッション・ステイトメント―芸術を、手段ではなく目的として捉え、アーティストの創造活動そのものが果たしうる社会的使命を明らかにする、(2)支援をコミュニケーションツールとして捉え、支援者の共感・帰属意識を引き出す、(3)プロセスを開示し、創造活動への参加を可能にしていく仕組みづくりを行う、という3点によって、劇団が「弱さ」を強みに変え、新たな社会的価値を生み出す可能性があるとわかった。
 また、劇団の取り組みを支えるものとして、公共文化施設の存在が重要であることがわかった。創造活動のプロセスを支える《場》としての公共文化施設は、芸術を取り巻くさまざまなアクターをつなぐミドルウェアとしての役割を果たす。そして、こうした《場》において演劇が、人々の間に総合的編集的な関係性を生み出す"コモンズ"となり得ることを示した。

キーワード:1.演劇 2.コモンズ 3.芸術創造活動 4.支援 5.プロセス

 

以上のような調査は、各地への調査旅行・企画公演のためにたびたび行われる劇場での打ち合わせ・準備・実施に必要な個人的経費(交通費)など、研究助成金を受けることで可能になった。演劇に対する研究においては特に、実際に劇場や製作現場まで足を運び、その空間・時間・プロセスを、様々な人と共有・体験しなければ、形骸的な調査・研究になることは避けられない。こうした理由から、特に劇場や文化施設、各地の劇団の稽古場などを訪れ、その製作現場や作品を見た・体験したことを、修士論文に盛り込むことを心がけた。

 

4.今後の展望

 本研究によって小劇場演劇界に対する考察を加えながら、自らかかわる劇団活動も行ってきたことは、多くの制約もあった一方で、劇団活動に研究で得た視点や問題解決手法を取り込み、実験的に行っていくことを可能にした。これにより、修士論文執筆という成果とは別に、業界の一端を担う者として実践を通して小劇場演劇の世界に研究活動を還元していくことができたのではないかと考えている。また実際に、こうした劇団活動が新たな評価を受け、劇場文化施設から企画公演を提案され、実施した。
 また、論文完成後の2005年3月には、横浜市の新しい文化施設BankART Studio NYKでの一ヵ月半滞在型公演を行う企画を提案された。この施設は、フィールドワークから得た知見であり、修士論文の中でも今後の展望として挙げた、「作品製作プロセスを支える場」という新しい形の文化施設の先進的な一例である。従来、演劇を対象とした文化施設は、作品発表という短期的・限定的な目的や対象に向けられた劇場が大半であった。昨今、こうした作品発表とは別に、アーティストが社会の中で作品製作を行い、そのプロセスをより広い人々に開いていくという動きが生まれている。自らの劇団活動がこうした企画に実際に取り組む機会を得たことは、研究成果のひとつであると考えている。また、こうした企画に今後も積極的に携わっていくことを通して、本研究で得た知見を、実践的に小劇場演劇界に還元していくことを目指したい。

 

以上

■本研究の主な参考文献

・ アサヒビール株式会社『アサヒビールメセナデータブック』2003年
・ 伊藤裕夫「地域公共劇場の成立条件」、財団法人舞台芸術財団演劇人会議『演劇人』017号
・ ウィリアム・J・ボウモル&ウィリアム・G・ボウエン『舞台芸術 芸術と経済のジレンマ』芸団協出版部、1994年
・ 衛紀生、本杉省三編著『地域に生きる劇場』芸団協出版部、2000年
・ 岡崎香『シアタードロップス 小劇場の友』青山出版社、2001年
・ 金子郁容、松岡正剛、下河辺淳『ボランタリー経済の誕生 自発する経済とコミュニティ』1998年
・ 川俣正『アートレス マイノリティとしての現代美術』アートフィルム社、2001年
・ 京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター『舞台芸術 02』、2002年
・ 熊倉敬聡『脱芸術/脱資本主義論 来るべき<幸福学>のために』
・ 熊倉敬聡『美学特殊C』慶應義塾大学出版部、2003年
・ 佐藤郁哉『現代演劇のフィールドワーク』東京大学出版会、1999年
・ 社団法人日本芸能実演家団体協議会『芸能活動と組織−芸術団体実態調査報告書−』2001年
・ ドキュメント2000プロジェクト実行委員会『社会とアートのえんむすび1996−2000   つなぎ手たちの実践』トランスアート、2001年
・ 西堂行人『小劇場は死滅したか 現代演劇の星座』れんが書房、1996年
・ 林容子『進化するアート・マネジメント』レイライン、2004年
・ 『パフォーミング・アーツ・マガジン バッカス』創刊準備号、2003年5月
・ 平田オリザ『芸術立国論』集英社、2001年 ・ 『PT パブリックシアター』創刊号、1997年4月
・ 文化政策提言ネットワーク編『指定管理者制度で何が変わるのか』水曜社、2004年