2004
〜森基金 報告書〜



プロジェクトNo: 88
タイトル: 外国籍児童を取り巻く相互作用分析と異文化間教育
所属: 政策・メディア研究科 言語とトランスカルチャー 修士課程
名前: 石司えり, Eri SEKIJI
1. 本年度の研究成果 要旨

南米からの外国人児童が多数在籍する藤沢市の小学校で「身近な異文化を知ろう」プロジェクトを実施し、 地域に開かれた学校教育のあり方を探った。「相互的学び」「多言語との出会い」という考え方をもとにした授業実践では、 多数派である日本人児童が外国人児童の母語(スペイン語)や文化(ペルー)を学び、実際にペルーの小学校(La Union校)と ビデオレターを通して交流することで異文化間の理解(相互理解)が促進された。
また、教員ワークショップや研究会を企画・運営し、 大学がコーディネータとして地域に介在することで地域レベルの取り組みを展開した。

本年度、筆者は積極的に外部の研究会にも参加した。たとえば、群馬大学所澤潤教授他のプロジェクト「外国籍児童の教育」の一環で開催された研修会に参加し、現場(小学校)が抱える問題・課題について意見を交わし、情報を共有した。

2. 研究活動 「身近な異文化を知ろう」プロジェクト
2-1. プロジェクトの概要


藤沢市立湘南台小学校にて、異文化間教育授業実践プロジェクトを展開した。
総合的学習の時間を用いた授業実践を5年生の1クラスにて、計15回行った。
授業の目的は以下の通りである。
  • マジョリティ(日本人)がマイノリティ(外国人児童:今回はペルー人児童)の母語や母文化を 学ぶことで、
    @外国人児童のセルフ・エスティームの向上を目指し、A日本人児童がより「異」なるもの(異文化、異言語:独 Fremde) に対して
    寛容になるようにする。

  • →異文化間能力を育成する
    ここで、異文化間能力(intercultural competence)とは、自分と「異」なるもの と接したときに、
    自分と相手の相違点や多様性を認知し、相手を受容できる能力、また寛容性のことである。
    単なる言語運用能力やコミュニケーション能力にとどまらない、総合的な異文化対処能力をいう。

  • 伝統や表面的な文化紹介に終わるのではなく、日常レベル、個人の文化に注目する

  • 真の(オーセンティックな)インタラクションを促す
2-2. 授業の特徴

この授業実践には、主に5つの特色がある。
  1. 世界・日本の多言語・多文化状況を知る
  2. ペルー(アンデス)の文化を知る・体験する
  3. スペイン語(ペルー人児童の母語)を知る
  4. ビデオレター交換(ペルーの小学校ラ・ウニオン校と交流)
  5. 国際理解教育・開発教育の視点からの参加型アクティビティ




2-3. 観察とデータについて

できるだけ自然状態の「生」のインタラクションを観察したかったので ビデオ等撮影や音声録音という手段はとらなかった。

今まで集めたデータ、まとめた資料は以下のようなものがある。

・ 毎回の授業プラン及びメモ書き
・ 児童にとったアンケート(4回)
・ イベントの簡単な報告書(「みんなでペルーを踊ろう」など)
・ 担任の先生のコメント
・ 日本語教室の先生のコメント
・ 児童の言動のメモ書き
・ 日本語教室におけるインタラクションのメモ書き

”メモ書き”について
本来ならば、フィールドノーツを細部にわたって分析する必要があると思うが、 今回のプロジェクトでは筆者が完全なるインサイダーとなって
授業に参加しているため(司会・進行)、 同時進行でのメモは取りにくい。授業後に時間軸に沿ってメモをとり、自分が授業をやりながら
思ったこと、気づいたことをコメントの形式でメモしているが「フィールドノーツ」と呼ぶ には及ばない「メモ書き」になってしまっているのが
現状である。(学生1名の助けを借りて 授業後にメモ書きを記録している。)
そこで、会話分析やインタラクション分析といった分析方法をとるのではなく、 クラス全体の雰囲気がどう変化したかを知るための参考資料
という位置づけにする。

担任の先生や日本語教室の先生の意見なども取り入れながら授業を組み立てており、 連絡は頻繁にとっている。
このような通常のインタラクションの中に「意識変化」をみる素材がたくさんあると思うので、 気になる言動についてはメモしている。
3月に授業実践が終わるので、児童や先生を対象にしたフォローアップインタビューを 行う予定である。

2-4. 授業を通した児童の変化

総じてプラスの効果があったといえる。

a) 外国人児童の変化
セルフ・エスティームが向上した。
母語(スペイン語)の授業やペルーとの交流を通して、 自己肯定感が高まったといえる。

例 
  • ペルー人児童C
    教室の活動にはほとんどついていけない。日本語教室に来ることが多かった。
    →スペイン語の授業では自ら挙手して発言。
    スペイン語で書いた文章を嬉しそうに先生や友達に見せる。

  • アルゼンチン人児童E
    日本語教室の前を通るときに目をそらす。スペイン語に対するマイナスイメージがあった。
    →スペイン語の授業中よく発言した。
    日本語教室の前を通るとき挨拶をするようになった。
    両親も「子どもが元気になった」と喜んでいた。
b) 日本人児童の変化

クラスメートの母語を学び、実際にスペイン語を使ってペルーの小学生と交流することで、理解が促進された。

例 
  • 日本人児童O
    ペルー民族舞踊講習会に参加してから、スペイン語に対する興味を持った。
    踊りの練習中、ペルー人講師を見習って自然とスペイン語の単語を発していた。

  • 日本人児童P
    ペルー人児童Cに日本語で話しかけても返事をしないのを「無視している」と受け取っていたが、
    優しく接するようになった。(担任先生談)

  • 日本人児童Q
    ペルー人児童Cがきてからスペイン語を習いたかったから、「今、習えて嬉しい」。
    家で楽しそうに授業の話をする。(担任先生談)


3. 群馬の視察

 群馬県太田市にある小学校の日本語学級を視察し、研修会の中で外国人児童が抱える問題について 話し合った。
主なディスカッションポイントは
@ 外国人児童のモチベーションを向上させ、家庭での学習を定着させるにはどうしたらよいか
A 日本語も母語も中途半端な子どもに対して、どのような指導をしていけばよいか
B 日本語の表現力を高めるためにはどうしたらよいか
の3点であった。

  これらの問題・課題は湘南台小学校の日本語教室教員が抱えているものと同じであることから、 外国人児童生徒を抱える学校現場での課題だと言える。このような研修会を通して、 色々な立場の人が意見を交わし、情報を共有していくことは大変重要だと考える。
特にAの日本語も母語も完全でない子どもに対してどのような指導を行っていけばいいのかについては、 未だ具体的な解決策は見つかっていない。 言語習得論の専門家も含めて外国人児童の学習カリキュラムを考えていく必要がある。

4. 今後の展望

あと半年で卒業になるため、残りの日々で修士論文および学会での発表に力を入れたい。

プロジェクト全体の展望としては、今後も地域レベルでの異文化間教育実践を、 長期的に行っていくことが重要である。 教育現場に研究者が入り込み、一緒に取り組みを行っていくことは理論と実践の一体化という 面から考えても有効である。 地域レベルで異文化間教育を実践していく場合、特に地域に点在する人や機関をつなげて、 横のネットワークを構築し、協働していく必要がある。
今回藤沢のプロジェクトでは、大学がコーディネータ役となり地域の人的リソースを生かした実践を行ったが、 制度やカリキュラム改革など体系化されない限り、”その場限り”の実践に終わってしまう。 地域の特色や土着性を生かして学びの題材にしていくことは、多言語多文化共生社会の実現に向けた 地域づくりの一歩であると思うので、それをシステムの中に組み込むための政策を提言したい。