2004年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

震災時における応急対応訓練用ゲームの開発

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科修士課程1年 三平洵


本研究の目的

本ゲームはコンピュータによる被災状況シミュレーターとロールプレーイングゲームからなる。
前者は、地震直後の各種被害をベースとして、その後の被災者の移動や避難所への集結・外部救援隊やボランティアの到着による混乱、余震による二次被害発生など、時々刻々変化する被災地状況を3日程度までをシミュレーションする。後者は、被災状況を不完全情報として、都または区市の災害対策本部要員として参加する研修生(プレーヤー)に提示することにより、彼らが関係部局と連絡・調整しながら「必要な」@情報収集、A被災者支援、B復旧などの対応措置を「遅滞なく」、時々刻々に投入していくロールプレイゲームである。ゲームでは、投入した対策を被災シミュレーターとインターラクティブに連動させ、被災地状況を変化させるので、参加者は対応の効果を体験的に自己評価できる。本ゲームは、地震発生直後の3日間を対象として、火災に伴う延焼阻止、被災者の救護・搬送、避難誘導などの応急対応と被害状況との関連を動態的に記述したゲーミングシミュレータを開発し、災害対策本部要員の地震発生直後の緊急対応能力の向上に資することを目的とする。

本研究の成果

1.はじめに

本研究はゲーミングシミュレータのプロトタイプシステムを開発し、実際の行政を対象とした実証実験のための予備実験を行なうこととした。そこで、地震発生直後の3日間を対象として、火災に伴う延焼阻止、被災者の救護・搬送、避難誘導などの応急対応と被害状況との関連を動態的に記述したゲーミングシミュレータを開発する。昨年度の基本設計を受けて、今年度はゲーミングシミュレータの詳細設計およびプロトタイプモデルの開発を行い、シミュレーターの検証を行った。

@ 防災関係機関調査: 地震発生後3日間の応急対応に関連する防災関係機関として、警察、消防、自衛隊、医療機関、ライフライン、鉄道会社などへヒアリング調査を実施し、各防災機関の応急対応の行動計画を把握しモデルの詳細設計を行った。なお訪問した機関は、都立広尾病院・東京都建設局・東急電鉄・東京メトロ・JR東日本・東京都墨田区役所である。

A プロトタイプの開発:ゲームのプロトタイプとして、シミュレーターの稼働環境・全体システムの構築、被害シミュレーター、被災者挙動モデル、防災機関対応モデル、およびゲーミングのための入力シート・画面、被害状況の表示画面等を開発した。

B モデルの検証:モデルの検証に必要な東京23区のデータを収集し、予備実証実験によりモデルの検証を行った。

2.プロトタイプに組み込んだモデルについて

本研究ではゲーミングシミュレータに組み込む為に、地震が発生した際に活動を行う各機関についてエージェントモデル化を行った。具体的には地区応急対応センター、救護所、遺体安置所、消防、警察、自衛隊の6機関について、各機関の災害現場活動をエージェントモデルとして設計する必要がある。本研究報告ではその中で「救護所エージェントモデル」について、その構造を記述する。
○エージェントの機能
エージェントとは、特定の属性と知識ベースとそれらを組み合わせた行動ルールを持ち、外部環境から与えられる情報を知識ベースに取り込むとともに、行動ルールに照らして行動を起こしすことによって外部環境に働きかける1つの行動単位である。したがって、以下ではエージェントの機能を、@属性、A行動オプション、B知識ベース、C行動ルールの順で説明する。
Agent図

○救護所エージェントモデル

4.5 救護所エージェント

@ エージェントの属性
ア) 所属区                  i
イ) 区内通しNo(救護所ID)         k
ウ) 医療救護班数(1班4〜7人)       Xk班
エ) 薬品在庫 7点セット(500人分/セット) YSセット
       4点セット(500人分/セット) YFセット

A 行動オプション
ア) トリアージ(判定/死亡、後方搬送、手当)
イ) 手当て
ウ) 死亡通知(地区災害対策センターへ)
エ) 後方医療施設への搬送要請(地区災害対策センターへ)
オ) 医薬品補給要請(地区災害対策センターへ)
カ) 医療救護班応援要請(地区災害対策センターへ)
キ) 記録及び通報(傷害別待機患者数、手当済数、救命不可数、要後方搬送数)

B 行動ルール
ア) 搬送されてきた負傷者数(重傷、中軽傷のみの区別)を判定し処置する。
イ) P1(t)☆、P2(t)☆、P3(t)☆を1時間毎に記録する。
ウ) 待機者数の算定と応援要請ルール
1時間毎に待機者を算定し、それに基づいて応援要請を行なう。
各60時分t☆(60、120、180分…)の待機者数は、
i. 要処置A待機者(WA(t☆))
(ΣH(t)×0.7)−((t☆−1/60)×(2人/時間)×Xチーム)≧0
ii. 要処置B待機者(WB(t☆))
(ΣH(t)×0.25+ΣL(t)×0.4)−((t☆−1/60)×(6人/時間)×Xチーム)≧0
iii. 要処置C待機者(WC(t☆))
(ΣL(t)×0.6)−((t☆−1/60)×(12人/時間)×Xチーム)≧0
但し、 本式は各医療班が処置ABCを同時に行ない得るとしているため、やや過小評価となっている。以上を元に応援要請のRuleとしては、

i. WA(t☆)≧2X → つまり、重傷者を1時間以上待機させることが予想される場合
ii. WB(t☆)≧6X → 処置B患者を1時間以上待機させる事が予想される場合
iii. WC(t☆)≧12X → 処置C患者を2時間以上待機させる事が予想される場合
エ) 要請班数は、@の時(WA(t☆)−2X)/2≧1
        Aの時(WB(t☆)−6X)/6≧1
        Bの時(WC(t☆)−12X)/12≧1

C 医薬品の消費量計算と要請ルール
1時間毎に消費量及び残量を計算し、残量がこの1時間の消費量の2倍を下回ったら、2倍分を注文する。
ア) 消費量(重傷者と中軽傷者は同時処置可能とする)
この1時間((t☆−1)−t☆)の手当患者数 処置A QA(t☆)人
                   処置B QB(t☆)人
                   処置C QC(t☆)人
イ) 薬品消費量は従って
7点セット QA人分
4点セット (QB+QC/2)人分(処置Cは半分で済むものとする)
ウ) 残量は
7点セット YS(t☆)=YS(t☆−1)−QA
  4点セット YF(t☆)=YF(t☆−1)−(QB+QC/2)
エ) 注文量は
If  YS(t☆)≦2QA→7点セットを2QA人分
If  YF(t☆) +YS(t☆)≦(QB+QC/2)→4点セットを2(QB+QC/2)人分
オ) QA(t☆)、QB(t☆) 、QC(t☆)の計算
i. QA(t☆)=WA(t☆)+(ΣH(t)×0.7)≦2X
ii. QB(t☆)=WB(t☆)+(ΣH(t)×0.25+ΣL(t)×0.4)≦6X
iii. QC(t☆)=WC(t☆)+(ΣL(t)×0.6)≦12X

D 地区災害対策センターへの報告及び搬送要請
ア) t☆−1→t☆間の処置後状態報告
P1(t☆)=ΣH(t)×0.05+QA(t☆)×0.3
P2(t☆)=Σ(H(t)×0.25+L(t)×0.05)+QA(t☆)×0.7
P3(t☆)=ΣL(t)×0.35+QC(t☆)×0.3
イ) 搬送要請
搬送待機者数(H(t☆))
(H(t☆))=ΣP2(t☆)−災害対策本部指令による搬送済人数

救護所エージェントモデル

3.データの収集

3−1.防災関係機関調査

2003年6月以降、東京都にて防災関係機関に対する実態調査を行った。警察(警視庁)、消防(東京消防庁)、自衛隊、医療機関(東京都健康局)、ライフライン各社(東京ガス、東京都水道局)、鉄道会社(JR東日本横浜支社)に関しては2003年度までに調査を完了しており、2004年度は道路関係(東京都建設局)、医療機関(都立広尾病院)、鉄道会社(東急電鉄・東京メトロ・JR東日本本社)である。 必要なデータについては各防災関係機関調査を行った際に資料を提供していただいた他、東京23区全区に対して地域防災計画の提供を呼びかけた。各区の最新の地域防災計画は、現在21区所有している。ヒアリング結果要約は以下のとおりである。
○道路補修−東京都建設局(2004年6月16日、東京都建設局(東京・新宿))
平時から建設業協会を通じて、建設会社に対して災害時に補修を行う道路を決定している。一社あたりの道路補修距離は会社の規模にもよるが、平均して2kmとされている。東京都建設局では道路補修状況を把握した上で、補修が完了した地区から補修が遅れている地区に対し、移動命令を指示する様にしている。この調査により、道路補修行動が明確となりゲーム上で行われる指示は初動で地区を指定する形から、対応後の転戦命令へ変更が行われた。
○医療機関−都立広尾病院(2004年6月25日、東京都立広尾病院(東京・広尾))
災害発生から3時間後までは医療情報の収集伝達が、3時間後から6時間後までは避難所の設置、医療救護班の派遣、医薬品・医療資材の確保が、6時間後から12時間後までは負傷者の搬送、保健活動が行なわれる。この調査により、医療機関の行動が明確となり医療情報の伝達についてまず医師・医薬品情報を中心にモデル化することとした。また避難所については別Agentとすることとした。
○鉄道会社−東急電鉄(2004年11月10日、東京急行電鉄本社(東京・渋谷))、東京メトロ(2004年11月24日、東京メトロ本社(東京・上野))、JR東日本(2005年1月25日、JR東日本本社(東京・新宿))
各鉄道会社共に基本的な対策方法は同じである。異なる点は私鉄各社が対策を本社や鉄道指令室に設置された災害対策本部で対策を行うのに対し、事業規模が大きいJR東日本に関しては12支社で別々に対策業務を行う形態を取っている。主要業務としては不通路線の復旧の他に、乗客の避難誘導・振替輸送・被害調査などを行なう。

3−2.東京23区別データ

東京都総務局総合防災部などの協力を得て、以下の資料を収集し、シミュレーターの初期値、地域特性、パラメーターなどのデータを作成した。
<収集資料>
『東京都地域防災計画』(平成15年修正)  東京都防災会議
『千代田区地域防災計画』(平成12年修正) 千代田区防災会議
『中央区地域防災計画』(平成14年修正)  中央区防災会議
『港区地域防災計画』(平成10年修正)   港区防災会議
『新宿区地域防災計画』(平成13年修正)  新宿区防災会議
『文京区地域防災計画』(平成15年修正)  文京区防災会議
『台東区地域防災計画』(平成10年修正)  台東区防災会議
『墨田区地域防災計画』(平成10年修正)  墨田区防災会議
『江東区地域防災計画』(平成14年修正)  江東区防災会議
『品川区地域防災計画』(平成10年修正)  品川区防災会議
『目黒区地域防災計画』(平成15年修正)  目黒区防災会議
『大田区地域防災計画』(平成10年修正)  大田区防災会議
『世田谷区地域防災計画』(平成9年修正)  世田谷区防災会議
『渋谷区地域防災計画』(平成14年修正)  渋谷区防災会議
『中野区地域防災計画』(平成14年修正)  中野区防災会議
『杉並区地域防災計画』(平成13年修正)  杉並区防災会議
『豊島区地域防災計画』(平成14年修正)  豊島区防災会議
『北区地域防災計画』(平成10年修正)   北区防災会議
『荒川区地域防災計画』(平成10年修正)  荒川区防災会議
『板橋区地域防災計画』(平成14年修正)  板橋区防災会議
『練馬区地域防災計画』(平成14年修正)  練馬区防災会議
『足立区地域防災計画』(平成15年修正)  足立区防災会議
『葛飾区地域防災計画』(平成14年修正)  葛飾区防災会議
『江戸川区地域防災計画』(平成15年修正) 江戸川区防災会議
『第53回東京都統計年鑑』(平成13年)  東京都
『東京都の医療施設』(平成13年)     東京都健康局
『医師・歯科医師・薬剤師調査 東京都集計結果報告』(平成12年)東京都衛生局

4.予備実験の実施・ゲーミングシミュレータの公開

サーバー上にゲーミングシミュレーターを構築し、インターネット上でゲームの予備実験を行った。
なお各ゲーム画面について以下に公開する。
建物被害−救出活動
火災被害−消火活動
人的被害−医療活動
食料・毛布などの支援品調達
○第2回予備実験(2004年6月4日)
VEQRES/SAITAI Version1.0 の第1回予備実験を、2004年2月23日、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)において、開発に関係したメンバーにより下記の条件で実施した。その結果を踏まえて、2000年6月4日、慶應義塾大学SFCにおいて第2回の実験を行った。ケース設定は第1回予備実験と同様とした。プレーヤーについては、本部長室、健康局、財務局に、新たに福祉局、生活部局、建設・港湾局の3局を加えて6局で行った。研修参加者は、ある程度の防災の知識があるが、このゲームへの参加は初めてである学生12名とした(6部局×各2プレーヤー)。これは、初めてゲームに参加する者がどの程度理解できるかを知るためである。
 予備実験の問題点として、詳細なユーザーマニュアルの必要性、プレーヤー同士の要請と回答の明確化、プレーヤーの作成した応急対応策のシミュレーターへの入力時間の短縮、ユーザーインターフェイスの更なる改良などが挙げられた。なお実験を行ったケースについて、以下に記述する。

a) 実験ケース
震源・規模   区部直下・M7.2、震源深さ20km〜30km、
震源域40km×20km程度
発生季節・日時 冬・平日夕方18時(関係職員は全て在庁とする)
風速      北北西6m/sec
経過時間    発災から6時間まで。
対象地域範囲  東京都23区内のみ

b) 被害の概要
人的被害 死者     約6,700人
       重傷者   約15,000人
       中・軽傷者 約121,000人
建物被害 全壊     約41,000棟
       半壊     約73,000棟
火災    総出火件数 627件
       内拡大件数 121件
       総焼失棟数 324,000棟
○第3回予備実験(2004年7月20日)
 第2回予備実験の問題点を改良し、各プレーヤーのゲーム実施マニュアルを整備して、2004年7月20日、SFCにおいて、東京消防庁職員2名、藤沢市消防局職員2名を招き、第2回目に参加した学生を一部加えて第3回目の予備実験を行った(参加者12名)。今回の目的は、専門家の意見を反映するためである。ケースの設定その他は第2回目までと同様とした。
 参加した専門家からの意見は以下の通りである。
ア) 最初に各地の震度が地図で見られるようにする。
イ) 一般に被害状況はGISを使って地図で表示してほしい。
ウ) 経過時間の表示は対策を入力する時だけではなく、常に動いている時計を表示した方が、臨場感がでる。
エ) 実際、救護班は自衛隊にもあるから、救護班の設定で「自衛隊救護班」、「日赤、国立病院救護班」の2つに分けた方が現実的である。
オ) ステージが次に移ると、前のステージの状況が見られなくなり、要請が重複してしまう可能性があるので、ステージ毎の被害と実施した対策の記録が常に見られるようにしておくべきである。
カ) 対策の効果がみえにくい。前のステージにやったことがどのぐらいの効果があったのか(ex:新たに何人が搬送されたか、火災面積がどのぐらい小さくなったかなど)を表示するべきである。
キ) シミュレーターで計算されていなくても、いろいろな、イベント(出来事)のシナリオがある程度あった方が、より臨場感のあるゲームが出来ると思う。例えば、電車が脱線してけが人が多数発生とか、毒劇物が流出して中毒患者が集中して発生したなどというテロップが画面上に電光掲示板のように流れてくるなど。
○2004年度最終予備実験(2005年2月25日)
 第3回予備実験の問題点を改良する為にさらに数回の予備実験を経て、2005年2月25日に2004年度最終予備実験を行った。以前からの改良点は、各プレーヤーのゲーム実施マニュアルを改良し、さらにシステムの改良、ゲーム上の演出家の追加などである(参加者8名)。今回の目的は、シミュレーターの検証とゲーム性の改良である。ケースの設定その他は前回までと同様とした。最終予備実験で挙げられた問題点は@シミュレーターに用いられているパラメーターの信憑性検証Aゲーム性の向上B進行スピードなどであった。

5.投稿発表論文

2004年11月5日〜7日に静岡県静岡市で行われた第15回地域安全学会に「災害対策本部要員の応急対応訓練用ゲームの開発」で一般論文投稿を行った。これは2004年度地域安全学会梗概集p19-22に掲載されている。なお本論文は梶秀樹(慶應義塾大学総合政策学部教授)、松村克己(株式会社システム科学研究所)、高梨義也(慶應義塾大学SFC研究所)、坂原晋太郎(慶應義塾大学総合政策学部)との連名投稿である。

6.今後の課題

本年度中に行えなかったモデルの改良・追加を行い、東京都を対象としたゲーミングシミュレータのプロトタイプシステムを完成して、2004年4月中に東京都や各行政区の実際の防災行政担当者を対象とした実証実験を行なう予定である。 今後新たに開発が必要なモデルとしては、直接被害に関しては水道・ガスの被害と被災者の避難所への避難を関係付けるためのモデルが残されている。また、2日目以降の状況の変化に関するものとして、避難所生活者の日常生活物資需要モデル、ボランティアの到着と配分、外部からの支援状況の記述などを開発しなければならない。さらに、シミュレーターの構造には関係しないが、ゲーミングの実行に関わるものとしてプレーヤーのパフォーマンス(対応度)評価モデルの開発も残されている。