流域圏プランニングを基礎とする自然共生型都市再生モデルの研究

政策・メディア研究科後期博士課程2年 片桐由希子 yukiko77@sfc.keio.ac.jp

 

■研究課題

自然共生型都市の再生には、流域の水循環と生態系の回復を機軸とした展開が求められる。本研究は、小流域を基本単位に据えることで、都市・地区スケールに立脚した流域圏プランニングの枠組みを設定し、その中で、自然共生型都市としての構成を検討するものである。コモンデータ(各機関により作成・公開されたGISデータ)を活用し、小流域の環境の機能、ポテンシャルの評価を行う。

■今年度の成果

 昨年度までに開発した、小流域図の作成、二時期の土地利用による環境特性の類型化、水循環の指標による緑地環境の総合的な評価手法(発表論文:3)を起点に、対象地を変えての手法の適用と新たな評価手法の開発をおこなった。
 具体的な項目は、水循環の指標による緑地環境評価の応用(@)、生物生息の指標による緑地環境評価の手法(A)、法制度と緑地環境の変遷に関する分析(B)がある。加えてABの結果から、小流域により緑地環境の質を保全するための社会的な対応の不足について具体的に示すフレームが示されたことが成果として挙げられる。また、流域による緑地環境マネジメントの概要について、国際ワークショップやORFなどで展示発表を行い、広く意見交換を行った。
 また、7月に横浜会議の政策研究発表会(7月9日(土)13時〜17時、フォーラムよこはま) に、「流域を単位とした緑地環境の解析と自然共生型流域圏の実現に向けたシナリオの作成手法に関する研究」として発表を行い、小流域の緑地環境に対して、上位スケールの流域との連携を考慮した、客観的な評価基準と環境回復のガイドラインを作成しについて発表した。

 今後の研究課題としては、小流域の視点からの緑地環境マネジメントの体制を検討するために、小流域の緑地環境の量・質の変遷と社会的な対応(法制度・計画・市民の活動状況)との関係性について調査し、課題を抽出する。さらに、これまでの検討項目に基づいて緑地環境マネジメント支援ツールとしての体系化を図り、活用法を提示することが本研究の最終的な目標である。


図:研究のフロー

 
図:小流域による環境評価の総合化

以下に、本年度の研究の概要と成果についてまとめた。

@水循環の指標による緑地環境評価の手法(発表論文:1)

【目的】
 地域の水源や環境を支える丘陵地域の緑地環境について、小流域の環境の特性、質、ポテンシャルを可視化し、現行制度を踏まえた緑地マネジメントの展開を考察する。
【対象地】
 岐阜県各務原市、北部丘陵地域
【使用データ】
 <小流域図>地形図(1/5,000)、国土数値地図の標高データ、雨水排水区を基に作成、
 <土地利用>現況:都市計画基礎調査(2000)、過去:地形図(1920,1970)をもとに作成(平成16年度・石川研究室
 <植生図>空中写真に基づいて作成(平成16年度の作業・石川研究室)
【指標】
 3時期の土地の変遷による類型/植生比率/雨水浸透率とその変化率[小流域・二次流域

 上水の供給源を地下水とする各務原市では、都市の後背部に広がる丘陵地域の自然環境が、市民生活や農業を支える上で重要な役割を担っている。横浜の帷子川流域を対象に行った水循環の指標による緑地環境評価の応用し、地下水を涵養する雨水浸透量の変化を指標に、丘陵部の緑地環境の特性とポテンシャルを評価し、課題を考察した。
 当該地の小流域は、大正、高度成長期後と現代の土地利用の変遷により、山林の開発、維持、農村地域の維持などの6つの環境類型に分けられた。これに、植生図の情報を指標として加えることで、山林の管理の相違と緑地環境の質の変化とその時期、例えば地域の特色であったアカマツ林の減衰、落葉二次林への遷移等を明らかに捉えることができた。これらの地域の特性を、雨水浸透量の変化として定量的に示すことで、地域の生活環境を支えるために必要とされる緑地の量とその環境を維持するための方策を検討するための基準を得ることができた。

 

A生物生息可能性を指標とした小流域の緑地環境の評価(発表論文★査読中:2)

【目的】
 ビオトープマップを用いて小流域の生物生息可能性を評価し、地域の特性に応じた環境マネジメントの方針を検討する。
【対象地】
 神奈川県鎌倉市
【使用データ】
 <小流域図、地形区分図>  都市計画基礎調査 等高線データ等を基に作成、
 <土地利用>  鎌倉市ビオトープマップより作成(2002、石川研究室)
【指標】
 ・ビオトープタイプの組合せによる生物生息の可能性、
 ・谷戸の地形的な特徴と自然的な土地の被覆状況による類型化

 生物生息環境として緑地の保全・回復を図るためには、潜在的な生育・生息可能性を含めた評価図が不可欠である。本研究は、ビオトープマップと小流域とを組み合わせることで、生物生息環境としての地域の緑地環境の特性と環境回復の方針に関する情報を得ることを目的とした。生物に関するデータが豊富な鎌倉市を研究対象とし、豊かな谷戸環境の生態系を特徴づける指標種である、ヤマアカガエル、シュレーゲルアオガエルの2種のカエル類について分析した。
 指標種の生息適地と生息場所である小流域を明示することで、対象地における生物生息環境の希少性を図化・可視化し、広域的な視野からこれを核とした保全回復策の検討を可能とした。また、生物が不在を小流域に欠落する環境から示したが、これもビオトープマップ単独では得られない情報である。以上は、ビオトープマップを、地域の環境を理解するための情報として提供する際のフレームとして活用されるものである。今後の課題とてしては、個体分散の視点からの小流域の配置関係、上位集水域単位の階層性を考慮した評価手法の開発が挙げられる。

B緑地環境と担保性に関する分析(発表論文:4)

【目的】
 小流域のフレームを用い、法規制の適用状況と緑地の保全の実態について調査する。
【対象地】
 鎌倉市滑川流域
【使用データ】
 <小流域図、地形区分図>都市計画基礎調査 等高線データ等を基に作成
 <土地利用>現況:都市計画基礎調査(2000)、地形図(1954)を基に作成
 <緑地保全に関する指定区域>1967〜2000年までの変化をトレース
【指標】
 ・2時期の土地利用による類型化
 ・緑地保全関連法規制とa.谷戸丘陵部の樹林地の変遷、b谷戸平地部の建蔽状況の変遷

古都鎌倉の歴史的風土の枢要部を構成する緑として、中央の平地を取り囲む谷戸と自然環境に対し、重点的な保全策が取られてきた地域に対し、地区ごとの緑地環境の特性と法制度による担保の実効性について調査、課題の抽出を行った。樹林地を主とする谷戸の丘陵部と農地、宅地を主とする谷底部に分け、地域指定の適用状況と開発の動向について分析した結果、現行の法規制の限界として、市街化の傾向は、規制の強弱を如実に反映すること、谷戸全体、丘陵部と平地部が一体となった緑地環境の保全が困難であることが明らかになった。

■国内外の発表等

  1. Katagiri, Yukiko., Yamashita, Hideya. & Ishikawa, Mikiko."Using small watershed units for sustainable and community-based landscape management: A Case Study of Kakamigahara City",Proceedings of International Symposium on City Planning 2005, Korea Planners Association, 89-102, Jeju, 2005-10, Jeju, KOREA
  2. 片桐由希子・大澤哲志・山下英也・石川幹子(2004): ビオトープタイプの組成とカエル類生息からみた小流域の評価手法に関する研究, 日本造園学会誌 ランドスケープ研究,69(5),(査読中)
  3. 片桐由希子・山下英也・石川幹子(2005):流域の水循環に視点をおいた小流域の緑地環境の変化に関する研究,日本造園学会誌ランドスケープ研究,68(5), 913-918
  4. 山下英也・片桐由希子・石川幹子(2005): 小流域を単位とした緑地保全地域の分析に関する研究―鎌倉市滑川を事例として―,日本都市計画学会学術研究論文集,40-3,865-870