第一章 問題の所在
現代中国における「リスク」は何なのだろうか? それはどこに存在するのだろうか? また、中国は自身のリスクをどう認識しているのだろうか? どのような解決を試みているのだろうか? そのリスクをどのように語っているのだろうか?
本研究は中国におけるリスクをその言説を通じて発見し、対処法の作成を試みるものである。
大澤幸生『チャンス発見の情報技術』(東京電機大学出版局 2003年)
『ビジネスチャンス発見の技術』(岩波ブックサーチャー 2004年)
リスク or チャンスとは・・・
【問題意識】
現在中国は、どのようなキーワードによって語られ、どのような文脈でその用語は出現するのであろうか? また中国は、自らをどのようなキーワードによって語り、どのような文脈でその用語を使用しているのだろうか? 社会科学における用語の定義は、柔軟に行われるべきである。例えば、「民主主義」が政治体制によって、別個の形態をとっているのと同様に、「共産主義」・「共産党」という用語も、日本における意味と中国における意味、またアメリカにおける意味はある程度の共通性とともに、ある程度の差異やその国特有の特徴があるはずである。同時に、「共産党」の1945年における位置づけと、1989年における位置づけ、そして現在における位置づけとでは、自ずとその含意は異なるであろう。
中国は「急激」な発展をとげ、社会構造も大きく変化しており、それゆえ過渡期と呼ばれている。他方で、そのような急激な発展についていけない層もあり、それが社会的リスクとなりつつある。中国政府は、そういった社会の変化に柔軟に対応しながら、政策の変更やリスクの対処をするはずである。
中国は共産党一党独裁のもとに国家を統治する。政権の変更はなく、そのため統治の正統性を過去との連続性に求める。党の綱領や政治思想を重視し、過去の政策や綱領との継続性を重要視する。そのため、安易に政策の変更や過去の否定をすることは難しい。しかし過去においては、その自らが語った言説に拘るあまり、「失敗」した過去を持つ。そのため、中国は同じ言葉を用いて語りながらも、その言葉を使うコンテクストを変え、それによって自らの発言意図や政策をコントロールしているのである。
そうであるならば、同じキーワードを用いた言説であっても、その定義の「柔軟性」を考慮しないでは、現実の急激な変化に解釈が追いつかなくなる危険性を孕んでいる。既存の定義体系では、もはや定義することは難しくなりつつあるのである。本研究は、すでに多様であり、さらに変化していくであろう「中国」を、柔軟に、かつ明示的に捉え、新たな定義体系を構築することを目指す。そのため既存のツリー型の定義体系ではなく、ウェブ型の定義体系による言説分析を試みている。
こういった新しい定義体系を「オントロジー」と呼び、ある分野を記述・表現する際に使用される「用語・概念・キーワード」について、「その分野における定義」を行い、体系化・図式化する。
*【ツリー型 定義体系】 |
【ウェブ型 定義体系】
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「ウェブ型」の関係図では、基本的に、「A1」という中心はあり、A1→B1→C1という方向性の定義もある。しかし、すべてが「A1」によって規定されるわけではない。「B1」は、<A1→B1>という関係性が基本であることは確かであるが、<A1→B2→B1>という関係性、または<B7→B8→B1>という関係性も可能になる。また、「C16」は、「B1とB8」によって混成概念と捉えることも可能である。このように、「ツリー型」に比べて自由度や柔軟性が高く、そのためより多様な定義が可能であり、また、多義的な概念を構築することができるようになるだろう。
そして、こういったウェブ型の定義体系は、ツリー型のように何かを「頂点」とする関係や、何かを「中心」とする関係ではない関係図である。もちろん、それでも「中心的な役割」となるものは存在しうるし、必要に応じて「頂点・中心」を設定し、ある関係性を表現することも可能だ。ある意味で、ツリー型の定義体系も横のつながりのないウェブであるとも見ることができる。しかし、それはあくまでも名目的・一過性、かつ結果論的な中心、関係図にすぎないのである。
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中国言説 オントロジー像
中国言説に関するオントロジー像の作成にあたっては、現在、小島朋之著「中国の動向」を分析対象としている。「中国の動向」は、1983年以降毎月、「人民日報」を代表とする中国の新聞に記載されている記事を素材としながら、中国の政治社会について分析したものである。また、定点観測による研究成果の積み重ねという点も加味し、現代中国を言説から分析するに最適であると考えた。
2002年度 オントロジー像
2003年度 オントロジー像
展望
「中国の動向」はあくまでも日本人研究者による中国分析であり、それを素材としたとしても中国の言説を直接的に分析したことにはならない。そこで本プロジェクトでは、「人民日報」社説および政府系シンクタンクが定期的に発行する研究論文(世界知識・国際問題研究・中国共産党・中国政治・中国外交・国際政治 各誌)を素材としながら、21世紀における中国の言説のオントロジー像を作成する。こういった中国言説の「マッピング」と時間軸による比較を通してリスクの所在を特定するために、比較対照として、1990年代やそれ以前の中国言説の分析も必要であると考えている。
しかし、現在のところ、言説データの処理に利用している慶應義塾大学福井弘道研究室鈴木維一郎講師開発「オントロジーメディアブラウザ」は、中国語の解析に対応していないため、中国語のテキストデータ処理には、以下のような手順を用いる。
オントロジーメディアブラウザは、名詞をキーワードとして認定し、一つの文の中におけるキーワード間の関係性を表す。そこで、テキストから名詞を抜き出して文ごとにカテゴライズする。これらを一つの文章として扱い、関係性を表す「リンクグラフ」を作成する
そのうえで、各リンクグラフを統合することで、オントロジー化を行う。
新しい情勢を見分け、 新しい発展を実現する
人民日報社説(1998年12月31日第一版) |
| 【リンクグラフ】
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