研究課題名        バイオインフォマティックスによる遺伝暗号解析

氏名      鈴木治夫

所属      政策・メディア研究科・博士課程  3 年

 

要旨

 

タンパク質を構成するアミノ酸は, コドンと呼ばれる核酸塩基の3連子により指定される. ほとんどのアミノ酸には複数のコドンが対応し, 同一のアミノ酸を指定するコドンは同義コドンと呼ばれる. 同義コドンは, 1文字目と2文字目の塩基が共通で, 3文字目だけが異なる場合が多い. 各遺伝子の同義コドンの使用は必ずしも均等ではなく, 同義コドンの使用には遺伝子間で変動が認められる. 同義コドン使用を形成する要因として, ゲノムG+C組成を形成するゲノム規模での変異圧の偏り, G+C含量の種内変動を生じる遺伝子の水平伝播, G+T含量の種内変動を生じる複製鎖間の変異圧の違い, および高発現遺伝子に作用する翻訳段階の自然淘汰が提唱されている. しかしながら, 既存の統計解析は, 同義コドン使用の変動を覆い隠すバイアスの影響を受けるため, 結果の解釈には注意を要する. 本研究は, 各遺伝子の同義コドン使用の均等度を解析する新しい手法と, 遺伝子間の同義コドン使用の変動を解析する新しい手法を提唱する.

各遺伝子の同義コドン使用の均等度を測るために, Shannonの情報理論のエントロピーが用いられてきた. しかし, 既存の測度は, アミノ酸使用の3側面 (種類数, 相対度数, およびコドン縮重度) を考慮しないという問題点があった. 本研究は, これらの3側面を考慮する新しい測度として, 相対エントロピーの加重合計 (Ew) を提唱する. Ew, 各アミノ酸の同義コドン均等度 (相対エントロピー) , 各アミノ酸の相対度数により重み付けし, それらを合計した値と定義される. 既存の手法と比較してEw, アミノ酸使用バイアスの影響を受けにくく, ゲノムG+C組成の偏りの顕著な細菌においてG+C組成均等度と強い相関を示した.

一方, 遺伝子間の同義コドン使用の主たる変動傾向を同定するために, 多変量解析手法が利用されてきた. しかし, 既存の研究は, 適切に正規化されたコドン使用データを入力して多変量解析を実行しなかったため, 3種類のバイアス (配列長, アミノ酸組成, およびコドン縮重度) の影響を受けるという問題点があった. 本研究は, これらのバイアスを考慮し, 各コドンの度数を各アミノ酸における最大度数により除す正規化方法 (R4) を提唱する. 他の手法に対して, R4データの主成分分析 (PCA-R4) , 全てのバイアスの影響を回避し, より多くの特徴 (コドン3文字目のG+C含量, コドン3文字目のG+T含量, および遺伝子発現量) を同定し, これらの特徴の相対的寄与が種間で異なることを示した. 273種類の細菌ゲノムにおいて, PCA-R4は合計242個の特徴を検出したのに対し, 他の4種類の手法では合計16161個と少なかった.

新しい手法 (EwPCA-R4) , 同義コドン使用を覆い隠すバイアスの影響を回避し, 過去の研究結果と矛盾する結論に至る. さらに, これらの手法は, 同義コドン使用を形成する新規要因を発見し, 同義コドン使用に基づく水平伝播遺伝子・高発現遺伝子の予測精度を向上させることが期待される.

 

学会発表

 

Haruo Suzuki, Rintaro Saito, Masaru Tomita: Variation in the level of diversity of synonymous codon usage bias among bacteria. The 13th Annual International conference on Intelligent Systems for Molecular Biology (ISMB 2005), Renaissance Center Marriott, Detroit, Michigan, United States. June 25-29, 2005.

 

学術雑誌に発表した論文

 

"Comprehensive Software Suite for the Analysis of cDNAs" Kazuharu Arakawa, Haruo Suzuki, Kosuke Fujishima, Kenji Fujimoto, Sho Ueda, Motomu Matsui, Masaru Tomita, Genomes, Proteomics & Bioinformatics, in press.

 

"A problem in multivariate analysis of codon usage data and a possible solution" Haruo Suzuki, Rintaro Saito, Masaru Tomita, FEBS Letters 579, 6499-6504, (2005).

 

"The 'weighted sum of relative entropy': a new index for synonymous codon usage bias" Haruo Suzuki, Rintaro Saito, Masaru Tomita, Gene 335, 19-23, (2004).