2005年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金 報告書

中国携帯電話利用法とその社会的影響に関する質的研究

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程

華金玲 (はなきんれい) E-Mail:hana@sfc.keio.ac.jp


当初の目的

本研究では、当初中国における携帯電話利用法とその社会的影響に関する質的研究を目指したが、研究上の諸都合によりそのの前段階での基礎作りに多くの時間が取られた。

つまり、質的研究に入る前段階における本研究のスケールについて再度整理する必要があった。
それは、中国の携帯電話利用実態を地域的に絞って考察したときに、地域ごとの特徴が予想よりはるかに大きいことがあったため、対象となる地域が中国の中でどのようなポジショニングをし、地理的にどんな特性があり、また当該地域では携帯電話以外の通信メディアがどのような普及の特徴があるのか、といったバックグラウンドの研究が必要不可欠であることを見直した。


作業内容とアプローチ

上記目的を達成するために、調査対象となる地域の全国におけるポジショニングをすることが第一ステップとなり、中国全国における31地域の携帯電話の普及状況を近隣する地域間の近接性(地域間のつながり)から試みた。

 その結果、集積パターンを検出する空間的自己相関概念(Spatial Autocorrelation)を用いて以下の4つの集積クラスターが検出された。

   ・ クラスター1:周辺と共に普及している地域
   ・ クラスター2:周辺とは一定の普及傾向(共に普及していると共に普及していない)が見られない地域
   ・ クラスター3:周辺と共に低い普及率となっている地域
   ・ クラスター4:周辺より極端に普及している地域

 なお、このようなクラスターの形成がこれまで10年間という時間軸を見るときに、時間的な変遷が見られる。
 2005年末、特に北京と天津、そして上海周辺の海沿い地帯(山東省以外)では携帯電話普及の高いクラスターが見られているが、このような集積パターンが中国の経済発展地域を中心となっている。しかし、このような集積が決して不変ではなかった。

 すなわち、1995年に北京より東北に位置する黒龍江省が局地的な発展を遂げたあとに、その普及が2000年の時点で吉林省、遼寧省へと波及し、東北三省間で連続的な普及効果が現れている。この波及効果が2005年末時点で北京周辺と海沿いへと変わってきたという特徴が時間の変遷から読み取れるということである。

 上記以外にも多くの特徴が見られているが、2006年2月現在いくつかの視点から考察を加えている。


     クラスター1       クラスター4      

 クラスター2   クラスター3 

図1中国携帯電話の空間的集積クラスター(左から2005年、2000年、1995年)

 

§空間的自己相関概念(Spatial Autocorrelation)について

 事象の集積について、空間情報科学や地理学などでは、空間的に近接したものがより遠くでの事象よりも密接な関係にあるという解釈を行なう。図1の分析結果に用いる分析手法である、空間的自己相関は、ある一つの変数について変数の空間的連続性・非連続性に着目した概念である。上記では、携帯電話普及の地域が空間的に集積する特性(空間的集積性:spatial clustering)を考察した。

ここで用いる空間的自己相関指標として1)Moran’s I統計量と、2) Local Moran’s I統計量がある。  


1 Moran’s I統計量

連続的な変数を用いる代表的な空間的自己相関指標と知られているものに、Moran’s IとGeary’s C統計量がある。Moran’s I は空間的自己共分散を標準化した統計量であり、Moran (1948)によって提案され、古典的な相関係数と同様に‐1から1までの値をとる。1に近くなるほど空間パターンにクラスターが存在し(正の空間的自己相関)、-1に近くなるほど変数がランダムになっていることを示唆する。

あるいは

n:地域数

:Xiの平均値

:地域 と地域 間の地理的な近さを示す空間的重み行列(spatial weight matrix)

地域 と地域 間の変数の類似性

 

:地域 の属性値

:地域 の属性値

 ≠

の定義については、張長平[2001,105,106]が様々な方法が提案されている。地域が互いに近接しているかを0と1で表現する2進的重み係数(binary weight)や、隣接する地域が共有する境界線などの方法がある。  


2 Local Moran’s I統計量

Moran’s I統計量はある一定の対象地域全体としての空間的事象の空間的自己相関の検出には有効であるが、局所的なクラスターの発見には不向きである。これに対して、Anselinは[Anselin 1995]局地的に特異的な空間的連続性・非連続性をみる分析指標としてローカルな空間的指標(Local  indicators of spatial Autocorrelation-LISA)を提案し、以下のように定義している。

LISAの検定において個々の局地的な点(地域)を把握するのにいくつかの近隣重み係数が提案されている[張長平2001 152,153,154]が、本研究では、三角形不規則ネットワーク(Triangulated Irregular Network,TIN)としてのドローネ三角形網を用いた。ドローネ三角形網はベクトルベースの位相データモデルである。不規則に分布する各点を母点をとして、平面を三角形にする方法の一つであり、ドローネ三角形網は最近隣の点同士を空間的に結ぶ網(ネットワーク)である。

 


まとめ・今後の課題

上記では、携帯電話の空間的集積をクラスターリングしたが、その他の通信メディアの考察も行なっている。これらの結果を論文としてまとめている。


本年度の研究成果

§査読付き論文:2本

1.華金玲,小檜山賢二 ,「中国電気通信業における消費者主導の政策転換―大連市小霊通(PHS)利用調査結果をもとに」,日中社会学研究学会誌,
       vol.13,August,2005,p.198~215(日本語論文)

2.華金玲,古谷知之,小檜山賢二,「中国情報通信インフラの空間的構造分析」,中国通信学会通信管理研究会2005年『通信戦略とイノベーション学
       術シンポジウム論文集』,October,2005,p.220~225(中国語論文)

§口頭発表:3件

1.華金玲,古谷知之,小檜山賢二,「我国電信基礎建設的空間結構探討」,2005年中国通信学会通信発展戦略研究会,2005.10.18(中国・北京)

2.華金玲,古谷知之,小檜山賢二,「中国における携帯電話普及の地域間格差に関する研究」,2005年人文地理学会大会, 2005.11.14(日本・九州大学)

3.華金玲,「中国移動通信事業運営による携帯電話普及への影響」,2005年日本比較経営学会東部会,2005.12.3(日本・東京都駒澤大学)


参考文献

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張長平・村山祐司1999.「K階近隣測度によるローカルな空間的自己相関分析」『地理情報システム学会講演論文集』 8 105-110

張長平2001.『空間データ分析』古今書院

中谷友樹・谷村晋・二瓶直子・堀越洋一 2004. 『保健医療のためのGIS』古今書院.

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