Design of Contents based on Ubiquitous Experience Circuit

政策・メディア研究科後期博士課程2年 徳久 悟 8044949

Abstract

 本研究では,コンテンツデザインの分野において経験中心のデザインメソッドを取りいれ,ユビキタス環境に適したコンテンツの開発を行う.筆者は,経験中心のデザインメソッドをExperience Circuitと定義する.Experience Circuitとは,3つの経験から構成される.入力行為としての経験,行為の結果としての出力としての経験,そして,これらの一連の流れの結果,実体・感情として主体が得る経験である.経験を中心にデザインを行うことは,それを体験するユーザの身体と記憶にコンテンツを刻みこむ力を得ると仮定する.外観・機能以上に,「ユーザの記憶に残るデザイン」をいかに行うかという昨今のデザイン上の問題意識の中で,この試みは有効なアプローチであると考える.本基金に対し,この経験中心の概念にユビキタスネットワークの概念を加えたUbiquitous Experience Circuitに基づくコンテンツを提案した.本稿では,その概要と成果について述べる.

1. Introduction

 経済産業省がコンテンツ時代の到来と述べているように,リアルスペース,サイバースペースを問わず,コンテンツは氾濫傾向にある.このような背景の中で,Donald NormanのEmotional Designにおける提案は,コンテンツ氾濫時代における,差異化の実現,付加価値の創出において有効なアプローチであると考える.その提案とは,デザインにおいては,機能や外観だけでなく,人の感覚に訴えかけ,記憶に残る,いわば経験中心のデザインを取り入れるべきであるというものである.すでに経済学の分野では,B・J・パインらやバーンド・H・シュミットらが,2000年以前よりマネジメント,マーケティングの中心に経験をすえ始めた.プロダクトデザインの分野においてもIDEOを中心として,経験中心主義のデザインを提唱している.しかし,Donald Normanが,実際にどのような手法で経験中心のデザインを取り入れるかについて具体的なメソッドを提示しなかったように,経験の重要性は声高に叫ばれつつも,現状では,その具体的なデザインメソッドは構築されるに至っていない.
 筆者は,このような状況に対し,経験中心の具体的なデザインメソッドであるExperience Circuitを仮説として打ち立てた.筆者はこれまでに,Experience Circuitに基づき様々なコンテンツを開発し,国内外で評価を得ることができた.これまでのExperience Circuitの概念をユビキタス環境へ適用すべく,その概念を拡張したUbiquitous Experience Circuitを構築し,その有効性について検証するコンテンツ開発を行うため,本基金への申請を行った.

2. Experience Circuit

 Experience Circuitにおける経験とは,以下の3つの経験で構成される.人と人,人とモノとのコミュニケーションを行うコンテンツの場合,入力として,人やモノ,環境からの情報を解釈する必要がある.この入力過程における主体の経験が第1の経験である.そして,情報の入力と同時性をもって,システムが処理を行い,人やモノ,環境に対して,フィードバックを行う.この出力過程における主体の経験が,第2の経験である.そして,最後にそれらの一連の体験を通じて主体が得る実体・感情としての第3の経験がある.第3の経験と第2の経験は,その質において異なる経験であると考える.すなわち,第2の出力としての経験が情報の直接的な認知であるのに対し,第3の経験は,記憶・感情と結びついた経験とする.ユーザがコンテンツに対して抱くイメージは,第3の経験によって定義されたイメージである.

3.これまでの成果

 Experience Circuitに基づいて筆者が開発した代表的なコンテンツを下記に挙げる.これらはExperience Circuitにおける入力行為において,身体との接触部位・感覚により,以下の4つにカテゴライズできる(表1).これらのコンテンツを実際に体験したユーザへの定性評価を行った結果,従来のコンテンツよりも記憶に残るコンテンツであるとの評価を得た.

表1 入力行為別カテゴリにおける作品群

suirin

SUIRIN // Touch

Siggrapah2005 emerging technologies 採択

SUIRIN は,日本古来の浮玉と,浮玉がもたらす空間をデジタルというフィルター拡張した,音と光のインタラクティブ・デザイン・ファニチャである.
ユーザが器の中の水に触れたり,器の中の浮玉を弄ぶことによって紡ぎだされる音は,サンプリングされ,加工された後,サラウンドスピーカーを通じて実空間に提示される.
Sensing   : 手の水への触れ方,水の流れ,音
Actuating : LED レベル,サラウンドサウンド
Experience : 水,音,光による癒し

zen

ZEN // Handle

ACM SIGCHI ACE2005 採択
ZEN のシステムは 1 つのメインモニターと 2 つのインタラクティブディスプレイで構成される.センサーを組み合わせて設計されたインタラクティブディスプレイは,表示されている映像を上下左右に自由に動かしたり,押したり引いたりすることで気になる場所を自由に拡大・縮小することができる.

Sensing   : モニターの 3 次元上の位置
Actuating : フレーミング,ズームイン・アウト
Experience : 恣意的な視聴行為

mysq

MYSQ(atMOSv2.1)// Move

* 表参道 KDDI デザイニングスタジオ3Fにて展示中
Siggrapah2003emerging technologies 採択
平成15年度文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門奨励賞受賞

MYSQ(ミスク)は第 3 世代携帯電話で視聴可能な自身のショート・プロモーションムービーを手軽に楽しみながら作成出来るコンテンツである
Sensing   : 体の動き方,動きの量
Actuating  : 映像エフェクト,仮想楽器
Experience : ダンスによる自己表現

wall

SmartWall// Atmosphere

*SFC メディアセンター地下ホワイエにて展示中
Smart Wa lはユビキタス環境下における建築のあり方をコンテンツデザインの観点から提言した新しいかたちのインテリジェント wall である.建築物でもあり,コンテンツでもある Smart Wallは,その場にいる人とともに空間を represent する.

Sensing   : 部屋の状態 ( 人の動きなど
Actuating  : 光,音
Experience : 場における atmosphere の再構築

 しかし,これらの分類およびコンテンツは,その3つの経験においていずれかの経験がネットワークと連携していない.例えばMYSQは,Sensing,Actuatingにおいて,ネットワークと連携していないが,Experienceにおいては,ネットワークと連携している.ユビキタス環境の根幹がネットワークにあるため,ユビキタス環境にExperience Circuitを適用する場合,その概念の拡張が不可欠である.

4.Ubiquitous Experience Circuit

Ubiquitous Experience Circuit

図1. Experience Circuitのユビキタス環境への拡張

 進行しつつあるユビキタス環境に対して,Experience Circuitを拡張して始めて,ユビキタス環境におけるコンテンツにおける経験を中心としたデザインが可能となると考える.それにより,未だ過渡期にあるユビキタス環境に適したコンテンツにおいてイニシアチブを得ることが可能であると考える.
 ここで,筆者は,これまでのExperience Circuitに基づく4つのカテゴリに属さない,3つの経験全てがネットワークと連携したコンテンツを提案する.すなわち,経験中心のデザインにネットワークの概念を付与し,Experience Circuitのユビキタス環境に向けての拡張を行う.この拡張後の概念はExperience Circuitの異なるレイヤーであり,Ubiquitous Experience Circuitと呼ぶ(図1).この概念を具現化すべくコンテンツOTOTONARIを開発した.OTOTONARIは,愛知万博において,6,7月に実施した実証実験用のコンテンツであり,大規模なユーザーの反応を得ることで,Experience Circuitの有効性を測る絶好の機会であった.以下では,OTOTONARI概要,OTOTONARIにおけるExperience Circuit,ゲームフローについて述べる.

 

4.1 OTOTONARI概要

map

図2.OTOTONARI エリア設定

 Ototonariでは,モバイルアドホックネットワークを利用して,実空間上のユーザの位置,近傍,密度情報に基づき,サウンドを生成する.そして,モバイルアドホックネットワーク上に存在する任意の端末を通じて,生成したサウンドの情報をその場に保存し,その場に存在するユーザだけでなく,時間を経てその場に存在するユーザとの共有を可能とする.
 Ototonariのゲームエリアは複数のサブエリアから構成され(図2),ユーザはサブエリアごとにユニークな楽器を演じ,ユーザ同士が近づくことで生成される楽器数が増加する.各ユーザが生成したサウンドはサブエリアごとにマージされ,その場に保存される.時間を経てゲームに参加したユーザは場に保存されたサウンドを試聴することができる.このように,Ototonariはヒトとヒトとのインタラクション,ヒトと環境のインタラクションにおいて従来のPergameと異なる.すなわち,ユーザ同士の協働作業による創造と,ユーザの位置特定に加えて,場への情報の保存による場の特殊化という点で従来にはないゲーム体験をユーザに提供している.

4.2 Experience Circuit

 OTOTONARIにおけるSensingとして,ユーザの位置,近接・密度情報が挙げられる.Actuatingとして,ユーザの位置,近接・密度情報に基づいたサウンド生成が挙げられる. Experienceとして,ゲームを通じての見知らぬ人とのコミュニケーションの促進が挙げられる.これら全ての経験はP2Pネットワークに基づいている.

4.3 ゲームフロー

flow

図3. ゲームフロー

 本論文で提案するPergameコンテンツototonariのゲームデザインについて述べる.Ototonariでは2種類のゲームが存在し,それぞれを「ターム1」と「ターム2」と呼ぶ.ターム別のゲームフローを図3に示す.ターム1では,ユーザは生成したサウンドの情報をゲームエリアに保存する.そして,時間を経た別の時点で行われるターム2において,ユーザは「2.きくじかん」にてその場に残された情報を取得し,その情報をもとに再構築されるサウンドを試聴する.ここで,その場に残された情報をもとにサウンド情報をアプリケーション内で再構築し,試聴する過程を,「リメイン」と呼ぶ.ターム1とターム2は,リメインなし,リメインありのタームであると換言することができる.

以下に各フェーズの内容を記す.
いどうのじかん:ユーザはゲームエリアの任意の場所へと分散する.
つくるじかん:ユーザの位置情報,ユーザ同士の近傍・密度情報に基づきサウンドを生成する.生成されたサウンドはリアルタイムで出力される.つくるじかんでは,他人と接近しない限りサウンド生成を不可能とすることで,コミュニケーションを取り易い状況を組み込んでいる.またサブエリアごとに自身のインスタルメントが異なるため,他人と共にサブエリアからサブエリアへ移動しつつ,生成させるサウンドの変化を楽しむことができる.なお,ototonariでは,0からサウンドを生成する手法ではなく,ユーザの位置情報,ユーザ同士の近傍,密度情報に基づいて予め作成された複数のサウンドサンプルをミックスするスタイルを採用した.これは音楽自体の完成度とゲームとしてのエンターテイメント性を考慮した上での仕様である.確かに,バーチャルインスタルメントのパラメータとしてユーザの位置情報を割り当てるという手法も可能であるが,音楽の変化の認識が不明瞭となる問題や,マルチプレイヤーでの生成の場合,複数のサウンドが重なりあうことによる不協和音の問題が生じる.よって,予め1つの楽曲として成立するサウンドサンプルを解体し,ユーザの実空間上での動きに応じて,再構築するという手法を採用した.
まぜるじかん:各ユーザが生成したサウンド情報を,任意のエリア全体としてのサウンド情報へと変化させる.
ゲームのじかん:ユーザにアプリケーション内のエージェントからミッションが課される.ミッションをクリアすることによって,生成されるサウンドに変化が生じる.ゲームのじかんでは,ユーザ同士がコミュニケーションを取りつつ協力してミッションをクリアすることを狙いとしている.
きくじかん:生成されたサウンドを試聴する.場に保存されたサウンドを試聴する.場に保存するサウンドを試聴することにより,ユーザのゲームにおける行動に影響を及ぼすことを狙いとしている.

5.Conclusion

 本申請では,Ubiquitous Experience Circuitに基づき,ユーザのコミュニケーションを促進するPergameコンテンツOototonariの開発を行った.評価実験におけるログデータ,アンケートから,本コンテンツにおいて採用した手法の有効性を確認した.

6.成果

 本助成に基づいて開発したPergameコンテンツOTOTONARIに関する論文を執筆した.
 まず,情報処理学会「情報処理技術のフロンティア特集」に「OTOTONARI:ユーザの協働行為と経験の保存に基づくPervasive Game」を投稿し,査読2回目の最中である(2006年2月現在).また,ACM SIGMOBBILE傘下の国際学会REALMAN2006に対し,「OTOTONARI:地域差を生み出すPervasive Game」を投稿し,査読中である(2006年2月現在).

REFERENCE

“Emotional Design: Why We Love (Or Hate) Everyday Things”, Donald A Norman, Basic Books, 2004.
“Where The Action Is: The Foundations Of Embodied Interaction”, Paul Dourish, Bradford Books, 2004.
“Digital Ground: Architecture, Pervasive Computing, and Environmental Knowing”, Malcolm McCullough, Mit Pr, 2004.
“Customer Experience Management: A Revolutionary Approach to Connecting With Your Customers”, Bernd H. Schmitt, John Wiley & Sons Inc, 2003.
“The Experience Economy: Work Is Theater & Every Business a Stage”, B. Joseph Pine, B. J., II Pine, James H. Gilmore, Harvard Business School Pr, 1999.

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