2005年度森基金活動報告書
古川園智樹 政策・メディア研究科博士課程 80449359 |
||||
研究テーマ多国間枠組みにおける日本外交の交渉戦略研究報告今年度私が行った研究は、国際政治システム(international political system)の特徴を複雑ネットワーク(Complex Network)理論を応用して明らかにし、その上で多国間枠組みにおける日本の交渉戦略を明らかにするものである。今年度は特に、その基礎段階として「同盟ネットワーク」の分析を行った。現在の国際政治学には、システム理論が大きな影響を与えている。特に、その中でも新現実主義(neorealism)は、国際政治システムはユニット(国家)と構造によって構成され、外交政策、国家体制の特徴、経済等に還元されないものであるとしている(Waltz 1979)。さらに、システムを構成している国家は、同時にシステムによって行動を制約されているとしている(Waltz 1979)。これらは、システム理論の「創発特性」や「ミクロ・マクロループ」を適用したものであると言えるだろう。中でも、Waltzは、国家の能力の分布、すなわち大国の数がいくつあるかによって、国際政治システムが決定されるとした。 近年「複雑ネットワーク」と呼ばれる一連の理論研究が進んでいる(注1)。これらの研究によって、ノード(ネットワークの要素)やリンク(ノード間の繋がり)の生成・除去など、ネットワークのモデル化がより厳密に行われるようになってきている。この複雑ネットワーク理論の研究の結果、異なった相互作用の構造の下では異なったシステムが生まれ、それらのシステムの特徴も異なるが明らかになった。例えば、Scale Free Network(注2)は、ランダムな攻撃には強いものの、ハブ(多くのリンクを持つノード)に対する集中攻撃には脆弱である一方、Random Network(注3)ではランダムな攻撃にはScale Free Networkより弱いものの、ハブに対する攻撃ではScale Free Networkより遥かに強靭であることが明らかになっている(Albert et al. 2000)。つまり、複雑ネットワーク理論は「相互作用の構造」や「構造の変化」を明らかにすることで、システム理論の発展に寄与したと言えるだろう。 国際政治学は、システム理論から大きな影響を受けている。しかし、システム理論の近年の飛躍である複雑ネットワーク理論の成果を取り込んでいるとは言いがたい。現在の研究は、こういったシステム理論の飛躍を国際政治学に適用し、国際政治学の理論を一層発展させることを目指している。 Waltzは、「相互作用」そのものは、ユニットレベルであり、システムの構造には含めないとしている。しかし、相互作用の構造はどうであろうか。相互作用の構造によって、システムの特徴が変化することが複雑ネットワーク理論によって明らかになった現在、相互作用の「構造」は、システムレベルとみなすことが可能であると言えよう。 多国間枠組みを巡る交渉は、国際政治システムの影響を受けながら行われている。一方で、その成立・不成立によって国家間の相互作用の構造が変化するために、多国間枠組みも国際政治システムに影響を与える。この国際政治システムと多国間枠組みの関係をどのように整理するのに、複雑ネットワーク理論が応用することが可能である。国家をノードとみなし、国家間の相互作用をリンクとみなすことで、国際政治システムは複数のネットワークから成り立っているシステムとみなすことができる。多国間枠組みを巡る交渉は、そうしたネットワークの一部を生成・消滅させようとする動きであったり、リンクの強度を変化させたりという、ネットワークの変化とみなすことができる。これはまさに複雑ネットワーク理論が研究している分野であり、その知見を有効に生かすことができるであろう。 国家同士の相互作用の種類には戦争、貿易、金融等様々なものがある。今年度は特に、国家にとって最も重要な安全保障の相互作用に着目して研究を行った。安全保障の相互作用ももちろん様々なものが考えられるが、現時点では国家間の同盟に着目し、研究成果を出している(古川園他 2006)。国家をノード、同盟をリンクとみなすことで、国家間には同盟ネットワークが成立しているとみなすことができる。その際に、ネットワークの特性を示す代表的な指標である「クラスタリング係数」と「平均経路長」の変化を見ることで、同盟ネットワークの特徴とその変化を明らかにした。ネットワークの分析の結果、第2次大戦を境に同盟ネットワークの特徴が大きく異なることを明らかにした。特に、第2次大戦終結以後のアメリカを中心とする同盟ネットワークは、クラスタリング係数が大きく平均経路長が小さいSmall World Network(注4)であることを明らかにした。実際に、2000年時点での米国を中心とする同盟ネットワーク(このネットワークには、防衛条約・中立条約・不可侵条約・協商の全てが含まれている)は、図1のようになっている。 以上の分析を行う際には、特にマルチエージェント・シミュレーションを積極的に活用している。マルチエージェント・シミュレーションは、多数の主体(エージェント)が相互作用する社会をモデリングして、シミュレーションを行う。この手法では、主体が相互作用する場を設定し、自律的行動にとって必要な情報、判断すべき問題、行動のレパートリーなど主体の行動に関するルールを設定すると、複雑な相互作用がコンピューターの中で自律的に展開し、その結果としてのシステム全体の状態が出現する。ノードをエージェントとみなすことで、複雑ネットワークはマルチエージェント・シミュレーションとして行うことが可能である(古川園他 2005)。今後はシミュレーションだけに頼らず、歴史資料やインタビュー等も積極的に活用したいと考えている。 (注)
(参考文献)
学会報告今年度の研究について以下の学会報告を行った(予定を含む)。
|
||||