2005年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成報告書
研究課題名:巡回する展覧会におけるアート・マネジメント・・・パブリシティの手法と効果に関する実証研究
―建築デザイン展「ジャン・プルーヴェ展」を通じて―
研究代表者:和田 菜穂子
所属:政策・メディア研究科 博士課程3年
研究課題:現在、美術館、博物館、その他ギャラリーにおいて、数多くの展覧会が同時に開催されている。人々はどのようにそれらの情報を手に入れ、その中から興味のあるものを取捨選択し、足を運んでいるのだろうか?本研究では一昨年、神奈川県立近代美術館にて開催され、今年度も引き続き日本を巡回した「ジャン・プルーヴェ展」を事例として取り上げた。筆者は一昨年、神奈川県立近代美術館で非常勤学芸員として勤務し、実際に広報担当として関わってきた経緯をもつ。そして今年度は、巡回していく展覧会を一昨年の結果をもとに展開していった。本研究は、アンケート調査による来場者分析などから、効果的なパブリシティの手法を新たに構築し、巡回先の広報活動に実験的に取り入れ、入場者数の増加に反映させていく実証研究であった。
1.
研究の背景と目的
我が国では近年、特に森美術館などではいわゆるファイン・アートの展示だけでなく、コンテンポラリー・アートから、建築・デザインなど、幅広いジャンルでの展覧会を開催している。つまり世の中のニーズを汲み取り、もしくは新たなブームを作り出している「文化発信装置」といえる。また、森美術館は民間の美術館であるため、夜間営業を取り入れるなど、従来の美術館とは異なった戦略の元、新しい都市型の美術館のあり方を提示している。
一方、今まで赤字運営をしてきた公立美術館も、国立美術館・博物館の独立行政法人化、都立美術館の財団法人化などから、公的予算が大幅に削減され、いかに魅力的な展覧会を開催し集客力を高め、独自に運営していくマネージメント力をつけることができるかが今後の鍵を握っている。
本研究は、慶応義塾大学デザイン・ミュージアム・ファクトリー・コンソーシアム(三宅理一代表)が主催となって進めている「ジャン・プルーヴェ展」を事例として、集客装置(美術館)を持たずに日本を1年間巡回していく展覧会のマネージメントについて、実務と研究を兼ねて進めていった。集客するために最も重要なのは展覧会の内容そのものであるが、その次に重要と思われるパブリシティの効果について、手法開発を行い構築しながらその検証を行った。
2.
研究方法と内容
(1)
展覧会企画の組織形態
本展覧会は、「慶応義塾大学デザイン・ミュージアム・ファクトリー・コンソーシアム」(以下、慶応DMFとする)と、ドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアム(以下、VDMとする)、フランクフルト建築ミュージアム(以下、DAMとする)との共同主催によるものであり、日本巡回にあたり慶応DMFが主体となって、各日本のミュージアムとの橋渡しをする役割をもっていた。それぞれ日本国内で行われる巡回先ごとに実行委員会を組織し、予算、運営方法、企画内容も異なる。つまり巡回先の会場ごとに組織する実行委員会によってスポンサー企業、自治団体も異なるため、展示内容、展示方法も会場に適した企画に変更したのである。またそれぞれの巡回先で地方の大学に呼びかけ、会場設営、会場運営のボランティアスタッフを募った。
「ジャン・プルーヴェ展」日本巡回展覧会データ
【鎌倉展】
<会場>神奈川県立近代美術館鎌倉
<会期>2004年10月30日−2005年1月16日(60日間)
<観覧料>一般1000円、20歳未満と学生850円、65歳以上500円
<主催>神奈川県立近代美術館、慶應義塾大学デザイン・ミュージアム・ファクトリー・コンソーシアム、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム、ドイツ建築博物館
<共催>日仏工業技術会
<協力>慶應義塾大学三宅研究室、東海大学岩岡研究室、東京理科大学山名研究室
<関連イベント@>
国際シンポジウム「プルーヴェに住む」
日時:2004年10月31日
場所:日仏会館
パネリスト:カトリーヌ・プルーヴェ、カトリーヌ・コレ、進来廉(建築家)、三宅理一(慶應義塾大学教授)、松村秀一(東京大学助教授)、岩岡竜夫(東海大学教授)他
<関連イベントA>
ギャラリーツアー&レクチャー
第1回:11月7日 岡部憲明(建築家)
第2回:11月14日 青木淳(建築家)
第3回:11月28日 二川幸夫(写真家)
【仙台展】
<会場>せんだいメディアテーク
<会期>2005年8月6日−2005年8月24日(19日間)
<観覧料>一般600円、大学生400円、高校生以下無料
<主催>ジャン・プルーヴェ展仙台実行委員会、慶應義塾大学デザイン・ミュージアム・ファクトリー・コンソーシアム、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム、ドイツ建築博物館
<協力>東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻
<関連イベント>
シンポジウム「都市戦略としてのデザインの可能性」
日時:2005年8月6日
場所:せんだいメディアテーク
パネリスト:庄子晃子(東北工業大学教授)、三宅理一(慶應義塾大学教授)、小野田泰明(東北大学助教授)、佐藤 泰(せんだいメディアテーク)、平田実(NPO法人ミューズポリス)
【東京】
<会場>D−秋葉原テンポラリー
<会期>2005年9月6日−2005年10月23日(48日間)
<観覧料>一般1000円、学生800円、中高校生・65歳以上500円、小学生無料
<主催>D-秋葉原実行委員会、慶應義塾大学デザイン・ミュージアム・ファクトリー・コンソーシアム、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム、ドイツ建築博物館、秋葉原再開発協議会
<協力>慶應義塾大学三宅研究室、東海大学岩岡研究室
<関連イベント>
ギャラリーツアー&レクチャー「プルーヴェとものづくり」
第1回:2005年10月1日 手塚貴晴(武蔵工業大学助教授)
第2回:2005年10月15日 松村秀一(東京大学助教授)
【名古屋】
<会場>産業技術記念館
<会期>2005年11月4日−2006年1月22日(64日間)
<観覧料>一般(大学生以上)500円、中高生300円、小学生200円、65歳以上無料
<主催>産業技術記念館、慶應義塾大学デザイン・ミュージアム・ファクトリー・コンソーシアム、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム、ドイツ建築博物館、中日新聞
<協力>名古屋市立大学佐藤光彦研究室、東海大学岩岡研究室
<関連イベント>
シンポジウム「プルーヴェとシトロエン」
日時:11月19日
パネリスト:ジャン・アングルベール(建築家・リエージュ大学名誉教授)、岩岡竜夫(建築家・東海大学教授)、後藤武(建築家・中部大学助教授)、佐々木睦郎(構造家・法政大学教授)、手塚貴晴(建築家・武蔵工業大学助教授)、三宅理一(慶応義塾大学教授)、永長和久(トヨタ自動車第2トヨタデザイン部)
*サブタイトルの差異
鎌倉展、仙台展、名古屋展:「モノづくり」から建築家=エンジニアへ・・・
東京展:「機械仕掛けのモダン・デザイン」
*ボランティアなどの学生の協力体制
[設営・撤去]
ヴィトラ・デザイン・ミュージアムのスタッフ、運送会社(ヤマト運輸、名鉄運輸など)、慶應DMFのスタッフ、地元の大学生など
仙台メディアテークでの設営の様子
仙台展の報告書より抜粋
「ジャン・プルーヴェ仙台展の開催に当たり、僕たち仙台建築都市学生会議の多くのメンバーが、この展覧会の設営、撤収作業に関わった。・・・・(中略)今回の作業の特徴は現地からきたドイツ人技術者との共同作業でもあった。彼らの気さくな態度や作業中の集中力は国や文化を超えて、何かをつくり上げることの楽しさや厳しさ、そしてその喜びを僕たちに教えてくれたような気がする。」(小池宏明・仙台建築都市学生会議代表)
[運営]
美術館のスタッフ、慶應DMFのスタッフ他
[受付・監視]
地元の大学生、公募でのボランティアスタッフなど
D-秋葉原テンポラリーでの受付の様子
アンケート自由回答より抜粋
「とてもよい経験をさせていただきありがとうございます。企画・運営の方々とも直接お話が出来たりと、充実した時間を過ごすことが出来ました。これからも教育普及関係でお話があればぜひ活動したり、見学したりさせてください。」(20代・男子学生)
(2)
来場者分析(アンケート調査結果)
ジャン・プルーヴェ展を見終わった後に、実際のプルーヴェのテーブルと椅子に腰掛けて、カタログを見たりするコーナーに、アンケートを記入できるように用紙とボックスを用意した。
@ 過去に行ったその他の建築・デザインに関する展覧会との比較
ジャン・プルーヴェ展のアンケート回答者は男女半々であった。
ジャン・プルーヴェ展アンケート回答者の半数以上は20代であった。
ジャン・プルーヴェ展アンケート回答者の4割は学生であった。
ジャン・プルーヴェ展アンケート回答者の6割はひとりで来ている。
ジャン・プルーヴェ展アンケート回答者のほとんどはジャン・プルーヴェの存在を知らなかった。知っていたとしても名前くらいしか知らなかったようだ。全く知らなかった人は3割強である。認知度の低さが目立つ。
ジャン・プルーヴェ展アンケート回答者は、実物の展示に対して高く評価している。映像、キャプション(解説パネル)に関しては評価が著しく低い。実物の展示もそうであるが、模型の展示も評価が高く、建築展においては、実物の展示がやはり迫力があり、効果的であるといえよう。
A ジャン・プルーヴェ展巡回先の比較
鎌倉展・・・調査期間:2004/12/4-2005/1/9、回収数:329
仙台展・・・実施せず
東京展・・・調査期間:2005/9/6-2005/10/23、回収数:
名古屋展・・・調査期間:2005/11/4-2006/1/22、回収数:
<アンケート項目>:性別、年齢、職業、住まい、来館の動機、展覧会を知った媒体、交通機関、同伴者、展覧会5段階評価(内容、展示、模型、DVD、照明、動線など)、最近行った展覧会、今後期待することなど、その他東京展に関してはボランティアへ独自にアンケート調査を行った
名古屋では男子の回答率の高さが目立つ
秋葉原では20代の回答率の高さが目立つ
全体として会社員、大学生の回答率が高い
鎌倉ではプルーヴェを目的として来場している人が半数以上を占める
鎌倉ではクチコミが多く、秋葉原ではインタネット、名古屋ではポスターが有効な手段であった
秋葉原ではひとりで来場している人が多い。鎌倉は友人と、名古屋では家族とが多い。
名古屋ではプルーヴェの認知度は低い
5段階評価の平均値をみると、秋葉原は廃校を利用しているので、施設としての評価は低くなっている。またボランティアによる受付・監視の評価も低い。名古屋でも受付・監視はボランティアスタッフによるものであったが、評価は高い。一番最初に行われた鎌倉館はプロの展示デザイナー(ドイツ人)によるものであり、評価は高い。DVDは鎌倉では字幕をつけていなかったため、かなり低い評価であったが、その後字幕をつけたため、評価が上がった。全体として実際の家具展示、建築模型の評価が高い。
B 秋葉原のボランティアスタッフへのアンケート調査
女性の方が多い 30代、40代の参加もあった。
学生以外の参加(会社員、その他)も多かった
クチコミでの効果が大きい はじめてが大半
思っていた通りで、充実していた 無償でもいい(もらいすぎ)という意見も多かった
(3)
実際に行ったパブリシティとその効果
宣伝広告(パブリシティ)は展覧会を広く一般に認知させる上でとても重要である、そのやり方ひとつで展覧会の成功を大きく左右するものである。神奈川県立近代美術館では公立の美術館であるため、全体の中での広告宣伝費が決まっており、PR活動も突出するような実験的なことはできなかった。しかし今年度予定している巡回展では、従来のものとは少し異なる手法でPR活動を行うことができる。しかし広告宣伝費の予算がなかったため、ポスター、ちらし以外の大々的な戦略はできなかった。本研究では、限られた予算の中で展開したパブリシティに関する実験がどのような形で広まったのか、アンケートを通じて実証をおこなった。
<パブリシティの種類と実際の発信件数>
文字(紙)媒体・・・新聞(12件)、雑誌(34件)、ミニコミ誌(3件)、行政の公報
メディア媒体・・・テレビ(10件)、ラジオ(2件)
インターネット媒体・・・ホームページ(29件)、メーリングリスト、掲示板
その他・・・ちらし、ポスター(駅、学校、カフェ、ショップなど)
人媒体・・・・クチコミ(最も効果的であった)
イベント・・・・シンポジウム、ワークショップなどを通じて
ジャン・プルーヴェ展アンケート回答者は、ポスター、ホームページ、クチコミなどでこの展覧会を知った。新聞、テレビ、雑誌などから情報を得たわけではない。おそらく主催に新聞社が入っていないためと思われる。
3.
結論
本研究は巡回する建築に関する展覧会に関する実証研究であった。大学というアカデミックな組織が主体となって、どのように巡回先と連絡をとり協力して実現に至ったのか、そしてどのように実際に運営したのか、またどのように告知して広めていったのかを実証した。限られた予算であったため、広報に関してはポスター、ちらし等によるものが主であり、廃校を使っての会場構成が話題となって、テレビなどのマスコミにとりあげられることはあったが、新聞社などが主催者としてつかなかったため、いわゆる大型海外展のような駅ポスター、CMなどの告知方法はとることができなかった。しかし地元の大学などの協力を得て、学生間のクチコミによる戦略が功を奏したといえる。ボランティアにとったアンケートによると、お金をもらえると思わなかったという回答も得ている。実際にアート業界のボランティアは無給によるものが多い。公募によるボランティアは社会人も多く、志が高い人が休日を利用してボランティア活動に参加している例が多かった。このように人資源による高い協力体制が展覧会運営の成功の鍵を握っているといえよう。今後美術館業界において、ボランティアの育成、地域間を越えた大学間ネットワーク、地元企業などのネットワークづくりが重要な要素であることが明らかとなった。これらの経験は今後行っていく研究活動および実践の土台となり、アート・マネージメントおよびミュージアム・マネージメントの手法を確立していく礎となるであろう。