2005年度森基金 研究成果報告書

作製手法の共有を実現する空間表現流通機構の開発

慶應義塾大学
政策・メディア研究科
後期博士課程2年
80449058, niya
伊藤昌毅

概要

本稿では,位置情報を伴う地理データ,行動履歴データを解析し視覚化するソフトウェアであるmPATHフレームワークを,複数の計算機上で連携させ動作させる手法について議論する.分散環境で動作させる場合,分散された情報から必要な情報だけを収集する機能や,適切なアクセスコントロールが必要となる.mPATHフレームワークのデータ形式に,従来からのベクトル形式に加えラスター形式を採用し動的な変換を実現することで,要件を満たした分散環境での動作を実現した.

はじめに

ユビキタスコンピューティング環境を実現する重要な技術の一つが,継続的な人間活動を認識し,環境やサービスの最適化や情報提示につなげるセンシング技術である.モバイル機器やセンサ技術の発展により,屋内,屋外を問わず人の行動情報の取得や記録が実現しつつある.こうした技術の進展に伴い,蓄積された行動履歴の有効な利用が広く議論されるようになっている.その際,行動がなされたり情報が生まれた「位置,場所」は情報を整理するための重要な鍵となる.

従来,地理空間に基づく情報整理や解析は,企業や行政,研究者といった専門家を対象としたGIS(地理情報システム)によって行われており,データの地理的な解析手法の開発や,データ共有のための表現形式やネットワークプロトコルの開発などが行われてきた.既存のGISでは,専門家によって取得,編集され整理された情報が対象であり,限られた専門家がこうした情報を取り扱い,得られた知見は最終的に出力される地図や意志決定を通して一般に広められていた.

現在,GPS技術を利用したカーナビゲーションや携帯電話向けコンテンツの普及,テキスト解析技術でWebページを位置情報に対応付けるGoogle Maps,さらにセンサネットワークの研究開発などの研究開発が盛んである.これらの研究開発では,デジタル情報を地理座標と対応付け保持,整理しており,実世界との関連性を軸に情報を処理することで地理的な情報の検索や解析,様々な情報同士の融合を実現し,新しいアプリケーションの開発可能性を拡げている.

位置情報に基づいた情報共有

本研究では,個人が,位置情報を付加された情報を発信すること,また,多くの位置情報が付加された情報を,自分なりの方法で解釈,編集して地理空間を表現することを目指し,それぞれの表現をwebなどにより共有することを目標とする.地図に代表される空間を表現したメディアに個人的な情報を取り込み流通させることで,情報共有のための私的なメディアとしても地図を活用できるようになる.

地図に基づく情報共有のためのソフトウェアアーキテクチャ

情報流通のためのプラットフォーム

位置情報が付加されたデータを生成する機器としては,個人が身につけた携帯電話やカメラなどのセンサ,環境に埋め込まれたセンサなどが考えられる.また,インターネットを通じて位置情報付きの情報サービスや位置情報の変換機能などの提供が考えられる.Google LocalやGeocordingサービスなどがその例である.生成された情報は,手元の携帯機器や公共空間に置かれた大画面端末などに表示されることだろう.下図に描いたようなさまざまな機器の間で,情報が生成され,合成,変換され最終的に地図などの形で出力されると考えられる.


図: 情報流通プラットフォーム

ソフトウェアに必要な機能

前述したようなプラットフォームで,位置情報が付加された情報が流通し形成されるサービスを実現するためには,単純なクライアント・サーバ型アーキテクチャではなく,以下の機能を備えたソフトウェアがプラットフォームとして稼動することが必要になる.

これまでのmPATHフレームワーク

mPATHフレームワークは,行動履歴や地理情報を取り扱うソフトウェアの開発環境である.モジュール化されたシステム構成を特徴とし,必要機能のモジュールを追加するだけでさまざまなアプリケーションの開発に必要な地理情報や位置情報処理機能を実現できる.mPATHフレームワークでは,ビジュアルプログラミングインタフェースによる対話的な行動履歴解析,視覚化モジュールの合成を実現している.図に,mPATHフレームワークの画面例を示す.mPATHフレームワークでは,右側に並べられたアイコンを選択し,左側の画面でアイコン同士を接続することにより,行動履歴の解析,視覚化を行う. mPATHフレームワーク本体の開発は2003年度より続けられており,その基本機能は2003年度森基金報告書のページに詳しい.

図: mPATHフレームワーク

mPATHフレームワークにおけるデータ形式

mPATHフレームワークにおけるモジュール間で交換されるデータ形式には,大きくラスター形式とベクトル形式とが考えられる.それぞれの特徴を以下に示す.

これまでのmPATHフレームワークでは,データの編集可能性に着目しベクトル型のデータのみをデータ形式に用いていた.これによって,mPATHフレームワーク内での地理的な情報解析を可能にしていた.

分散環境でのmPATHフレームワーク

本年度は,mPATHフレームワークを複数の計算機上で動作させ,複数機器にわたるモジュールの連携による位置情報,行動履歴情報の解析や視覚化を実現した.図に示した概要のように,モバイル機器や公共端末,ネットワークサービスを提供するサーバなどを想定した複数の機器上でビジュアルプログラミングによりモジュールを接続し,データやデータの解析機能,視覚化機能などが分散している環境におけるサービスの生成を実現した.


分散環境におけるmPATHフレームワークの概要

データパスへの機能拡張

mPATHフレームワークを分散環境で動作させるにあたって,データの交換形式を拡張し従来からのベクトル形式に加えラスター形式での情報交換を可能とした.データを外部に出力する際に,可読性の高いベクトル形式では想定以上のデータを出力してしまう可能性がある.今回,データの提供者がベクトル形式による提供からスター形式による提供かを設定できるようにし,アクセスコントロール機能を実現した.

mPATHフレームワークでのモジュール間は,pull型によるデータ交換が行われている.すなわち,データの最終的な到達地に当たるモジュールがデータを要求し,その要求が上流に伝わる形でデータが送られる.この際の情報交換手法は,単一のソフトウェアとして動作していた際の手法をほぼ踏襲している.そのため,分散環境においても十分な情報集約機能を持つ.

モジュール間でのデータ交換に当たって,下流モジュールから上流モジュールへデータを要求する際に必要なデータ形式を同時に通知するようにした.また,レンダリングを行うモジュールを転送可能とし,レンダリングを行う場所を動的に決定できるようにした.下図では,最下流のモジュールはラスター形式を要求している.ベクトル形式からラスター形式への変換は可能であるが逆は困難なため,経路上の一箇所でラスター形式へ変換するレンダリング作業を行う必要がある.残り二つではベクトル形式を要求しているため,この場合上流から3番目のモジュールでレンダリングが行われることになる. レンダリングモジュールは,データ源とともに置かれ,経路が設定された後に必要な箇所へ移動しそこで動作する.もしもデータがラスター形式での要求しか受け付けなかった場合,ベクトル形式での要求には何も返さない.


mPATH Viewでの例

mPATH Viewは,2004年度に開発したハンディデバイスを用いた地図,行動履歴閲覧システムである.本システムを,閲覧機器とサーバ機器とに分けて動作させることを考え,具体的に説明する.


行動履歴解析技術を応用した共同研究

mPATHフレームワークの開発をはじめとする行動履歴の取得,解析,視覚化技術の開発は,フレームワーク自体の改良に加えそれを利用したさまざまなプロジェクトの実現を促している.以下で紹介するプロジェクトの中において,mPATHフレームワークが利用されたり,またその際に明らかになった機能の不足部分を議論することでフレームワーク自体の改良につながっている.

移動軌跡の共有による散策支援システム「ふらっと」の開発

博士課程1年,安村研究室所属の児玉哲彦氏の研究課題に関して,主にシステム構築の側面から共同研究を行っている.本年度は,携帯電話を利用した屋外での移動軌跡共有システムの構築,および屋内空間であるOpen Research Forum会場を対象とし,小型PCであるVaio TypeUを利用したシステムの開発を行った.本研究では,利用者の移動軌跡を収集し,同じ場所に差し掛かったり同じ目的を持ったような人に,他人の軌跡や訪問場所を通知することで場所の人気や行動パターンなどを知らせ,散策を支援している.本研究で必要とする行動履歴の収集や地図などを用いた視覚化などのソフトウェア機能は,mPATHフレームワークとしてこれまで開発してきたソフトウェアの応用領域であり,mPATHフレームワークによりこうしたソフトウェアの開発が容易になることを実証した.さらに追加的な機能に関する議論を通じてフレームワーク自体への要求も発生しており,今後の改良点を見つけるべく議論を続けている.

図: 携帯電話にて動作するふらっと 図: ORFでの実験時のふらっと

小型センサデバイスを利用した行動記録システム「モノがたりアルバム」の開発

COE-RAの由良,図子,小川によるコラボレーション研究の成果として,ORFにおいて実証実験を行った「モノがたりアルバム」の開発,実験に協力した.モノがたりアルバムはRF-IDタグリーダ,小型センサノードを内蔵したデバイスを持ちながら店舗を回り,興味を持った物品を記録しながら散策するシステムである.記録したものを後から見直すことにより,行動の回想や共有を支援している.現状の本システムでは,あえてモノに焦点を当て視覚化しているが,位置情報や位置による関連性などを考慮することにより多角的な視点からの行動の視覚化などが実現できる.本年度は,ORFの後にデータ構造や通信手法などの観点からシステムの統合について検討を始めた.

足跡を利用したナビゲーションシステム「あしナビ」の開発

徳田研究室修士課程の山崎俊作を中心として,床に表示した足跡によるナビゲーションシステムの開発が始まっており,2005年度ORFにその初期段階のシステム「あしナビ」を展示した.あしナビでは,行動履歴をmPATHフレームワークが対象としていたものより時間的,空間的に細粒度で取得,利用しており, また緯度・経度とはことなる位置体系を必要とする屋内空間を対象としている. それぞれのソフトウェアの比較を通して,空間や行動の記述仕様に関する議論を深めた.

研究成果

本研究の成果として,本年度は以下の論文発表,学会発表を行った.今後も, これに加え国内,国際学会における発表や,論文誌への投稿を計画している.

査読付き論文

学会発表

おわりに

本稿では,複数の計算機器にまたがる環境で位置情報の付加されたデータを交換し,空間表現を生成する手法について述べた.mPATHフレームワークで取り扱うデータ形式を,ベクトル形式に加えラスター形式を追加し,経路上で適宜レンダリングしながらデータを交換することで,分散環境におけるmPATHフレームワークの動作を実現した.ラスター形式での情報交換は,情報を必要以上の解析にさらされる懸念を解消するアクセスコントロールとして機能する.

本稿ではまた,mPATHフレームワークの研究開発が促した共同研究を紹介した.室内空間や微細な行動履歴など,現状のフレームワークでは対応できない部分も含めて,さまざまな新しい挑戦が行われており,こうした経験を今後のソフトウェア開発に反映させる.

筆者は,来年度以降も慶應義塾大学において本研究を継続する予定であり,本 研究の今後の成果は,筆者の Webページにおいて発表する.