統計的手法と認知脳科学的手法による絵画の解析とその応用
慶應義塾大学 政策・メディア研究科/SFC研究所 福本麻子

1.背景
近年,人間の複雑で高度な創作活動である文章や音楽,絵画から,さまざまな統計的な特徴量を抽出する研究がある. 我々はこれまで絵画の色彩情報に着目して統計的解析を行っており,印象派/後期印象派の画家がパレット上で使った色(パレットカラー)とその使用量がZipfの法則に従っていることを確認した[3].さらに,文章,音楽,絵画など異なる表現メディアにおいて,Zipfの法則が内在することに着目した.本提案では,Zipfの法則を一つの指標として用いて,絵画・文章・音楽などのメディアを相互に掛け合わせた新しい作品の表現/鑑賞手法の実現を目的とする

1.1 さまざまなメディアにおける統計的特徴量の共通点
社会心理学者のG.K.Zipf は新聞(ニューヨークタイムズ)文学作品(ユリシーズなど)を問わず,単語の出現頻度と順位にはある一定の法則が働く(Zipf の法則)を発見した(図1(a)).Zanetteらは音楽における音符の出現頻度を解析し,いわゆる無調和音楽は従わないが,ドビュッシー,モーツアルトなど調和のとれた音楽はZipf の法則に従うことを発見した(図1(b)).我々は絵画の色彩を解析し,印象派/後期印象派の色彩はZipfの法則に従う傾向があった(図1(c))[2].さらに,こうした音楽・絵画などの統計的特徴量の分布には,さまざまな特徴が存在することが確認できた.たとえば,印象派絵画の色の出現頻度と出現順位の分布の傾きには,各流派,各アーティストごとの特徴がみられた.また,印象派の絵画の傾きと,同時代の音楽であるドビュッシーの音楽の分布は近似していた(図1(b)(c) 参照).このように,統計的特徴を利用することで,文章・音楽・絵画などのメディアを相互に掛け合わせた,新しい表現を実現できる可能性があると考えた.

a)(左)Zipfが解析した文学作品,ユリシーズの出現頻度と出現順位の分布

b)(真ん中)Zanetteが解析したドビュッシーの音符の出現頻度と出現順位の分布

(c) 申請者が解析したモネ“日傘を差す女”(1874)の各色の出現頻度と出現順位の分布

1 文章,音楽,絵画におけるZipf分布

 
2 絵画,音楽,文章を融合させたメディアプレイヤーの提案

2.1 絵画と文章の融合
ここでは,絵画と文章の融合の一例として,絵画の特徴的な色彩(パレットカラー)を利用して文章に色をつけたり,人間に心地よいとされるZipf則に従った新しいテクスチャを製作する例を示す.文章の単語の出現頻度と絵画の色彩の出現頻度が共にZipfの法則に従うことを利用し,文章の構造に絵画のパレットカラーを割り当てテクスチャ・パターンを作成する(図2,手法の詳細は[3] 参照).

Van Gogh 1890 “Starring Night” (a)絵画よりパレットカラーを抽出

Episode 1 Telemachus STATELY, PLUMP BUCK MULLIGAN CAME FROM THE STAIRHEAD, bearing a bowl of lather on which a mirror and a razor lay crossed. A yellow dressing gown, ungirdled, was sustained gently-behind him by the mild morning air. He held the bowl aloft and intoned: Introibo ad altare Dei. Halted, he peered down the dark winding stairs and called up coarsely: Come up, Kinch. Come up, you fearful jesuit. Solemnly he came forward and mounted the round gunrest. He faced about and blessed gravely thrice the tower, the surrounding country and the awaking mountains. Then, catching sight of Stephen Dedalus, he bent towards him and made rapid crosses in the air, gurgling in his throat and shaking his head. Stephen Dedalus, displeased and sleepy, leaned his arms on the top of the staircase and looked coldly at the shaking gurgling face that blessed him, equine in its length, and at the light untonsured hair, grained and hued like pale oak. Buck Mulligan peeped an instant

b)単語の出現頻度順にパレットカラーで着色

(c)1単語=■に変換し,テクスチャーパターンを生成

図2 絵画と文章を融合させたテクスチャ制作手順

2.2 絵画と音楽の融合
絵画と文章の融合の一例として,絵画のパレットカラーをMIDI形式の音楽の各音符に割り当てた表現手法を提案している.例えば,同じ印象派のドビュッシーの音楽(月の光)とゴッホの絵画(Starring Night)を組み合わせてみると (a)MIDI形式の音楽の各音符に図2(a)のパレットカラーを割り当てる.

(b)音楽の進行に合わせて,各音符に対応した色が絵画上に表示する.

4 まとめ

本提案では文章,音楽,絵画など異なる表現メディアにおいて, Zipfの法則を一つの指標として用いて,絵画・文章・音楽などのメディアを相互に掛け合わせた新しい作品の表現/鑑賞手法のユニークな提案を行なった.本研究は,ACM Applied Perception of Graphics(APGV2005),WISS2005,Interaction2005などで発表を行なった.

参考文献

[1]Zipf,George Kingsley, Human Behavior and the Principle of Least Effort,Cambridge MA:Addison Wesley,1949

[2] Zanette, D. H. and Montemurro, M. A.: Dynamics of text generationwith realistic Zipf’s distribution, Journal of quantitative Linguistics,2004.

[3] 福本麻子,蔡東生,安村通晃:統計的手法による印象派絵画の解析;ヒューマンインターフェース学会論文誌vol7 No.2, pp.89-97 (May 2005) 

[4] Bak, Per, How nature works, Springer-Verlag, 1996.