2005年度 森基金 報告書

センサデータ管理サーバの設計と実装

 

政策・メディア研究科 2

丸山大佑(80425557)

 

問題意識

ユビキタスコンピューティング環境におけるセンサ利用の課題

ユビキタスコンピューティング環境では,センサ構成が変化する環境でアプリケーションを利用することや,同じアプリケーションを異なる環境で利用することが想定される.しかし,アプリケーションとセンサの分離により,あらかじめセンサ構成を把握することは困難であるため,環境のセンサ構成に依存せずにアプリケーションがセンサデータを取得する必要がある.センサ構成を把握するということは,センサの種類や位置,機能など,センサやセンサデータに関するセンサデータ以外の情報であるセンサのメタ情報を把握することである.

センサとアプリケーションが分離している環境で,アプリケーションを利用すると次のような問題が考えられる.

センサのメタ情報の把握

環境に存在するどのセンサから必要なセンサデータを取得できるかが不明であるため,センサデータを取得するには,アプリケーションは個々のセンサのメタ情報を把握しなければならない.しかし,アプリケーション作成時には利用される環境のセンサ構成が不明であるため,要求を満たすために必要なデータと不必要なデータをアプリケーションが判別し,各センサと通信してデータを取得することは大きな負荷となる.

センサの多様性

アプリケーション構築時に,アプリケーションが利用される環境のセンサ構成は不明である.例えば,室内の温度管理を行うアプリケーションは,室内に分散している温度センサを利用する.しかし,アプリケーション構築時には,利用環境に温度センサが存在するかは不明である.また,温度センサが存在した場合でも,センサ毎に分解能や精度,通信手段などの機能が異なることが想定される.環境に存在するセンサが多様で,

各センサのメタ情報が異なるため,アプリケーションがセンサのメタ情報を把握することが困難である.

センサ構成の動的変化

それぞれの環境では複数のアプリケーションが動作していることが想定される.1つのアプリケーションのために環境にセンサの数を増やして,センサデータを取得する粒度を細かくした時,そのセンサを他のアプリケーションからも利用できることがある.しかし,後者のアプリケーションは増加したセンサのメタ情報を把握していないため,そのセンサを利用することはできない.また,ユーザの移動に伴ってユーザに付属するセンサが移動する場合,既存のアプリケーションではセンサの移動に伴って提供するサービスを変化させることは困難である.このように,動的にセンサが

増減,移動,変更することにより,アプリケーションがメタ情報を把握することは困難となる.

アプリケーション要求の抽象性

アプリケーションは環境に存在する多数のセンサによって取得したセンサデータの中から,目的に沿った一部のセンサデータを利用する.アプリケーションが必要なセンサデータを取得するために,センサのメタ情報を基にした抽象的な要求が生じる.その際,アプリケーションに必要なのは「テレビの周りの明るさ」というような情報であって,その情報がどのセンサで取得されたかということや,個々のセンサのメタ情報は必要ない.

アプリケーションはセンサデータを利用して,対象物のコンテキストの抽出やアクチュエータの制御を行なう.このため,対象物やアクチュエータの位置を基にした要求は特に重要である.

研究の目的

本研究では,センサとアプリケーションが分離しているユビキタスコンピューティング環境において,センサの多様性をアプリケーションが意識することなく,抽象的な要求によってセンサデータを利用できるセンサデータ取得ミドルウェアMARSを構築する.アプリケーションがユーザや機器,およびその周囲に関する環境情報を取得することに着目したシステムを構築し,センサの種類や付属する物というようなセンサのメタ情報を利用した環境情報の取得を実現する.また,環境のセンサ構成は動的に変化するため,その変化をアプリケーションから隠蔽する.これにより,アプリケーションは個々のセンサを意識せずにセンサデータを取得できる.

機能要件

以下に,本研究の目的を達成するために構築するミドルウェアMARSの機能要件を挙げる.

センサの多様性の吸収

ユビキタスコンピューティング環境には様々なセンサが存在する.利用するセンサの種類や機能,位置などのセンサの多様性をアプリケーションが全て把握するのは困難である.アプリケーションが個々のセンサを意識せずにセンサデータを取得できることでアプリケーションの負担を軽減できる.

センサ構成の変化への対応

センサが増減したり移動した場合でもセンサデータを提供するために,センサ構成の変化に対応してメタ情報を把握する必要がある.

アプリケーション要求の柔軟な記述力

アプリケーションのセンサデータの要求を容易にするため,メタ情報を利用し,要求を柔軟に記述できる必要がある.

 

センサの位置情報の把握

「ユーザの周囲」など,アプリケーションの位置に即した要求に対応するため,各センサのメタ情報の

1つである位置情報を把握する必要がある.

センサデータの提供

アプリケーションは取得したセンサデータを平均するなど,加工して利用することが想定される.MARSであらかじめ加工してから提供することで,アプリケーションの通信量や計算量を軽減することが可能である.

 

設計

アプリケーションが目的に沿ったセンサデータを利用するために,種類や位置などのセンサのメタ情報を基にした抽象的な要求が生じる.MARSでは,センサのメタ情報を利用することにより,センサの多様性を吸収する.また,メタ情報を利用してアプリケーション要求を記述する.

以下の要件を満たすようにMARSの設計を行なう.

センサのメタ情報の把握

センサの多様性に対応するため,環境に存在するセンサのメタ情報を把握する必要がある.MARSはメタ情報を把握することで各センサを管理し,アプリケーションの要求に対応するセンサの検索に利用する.アプリケーションが要求するセンサデータを取得するために,センサのメタ情報を利用した要求を受け付ける.

センサ構成の変化への対応センサ設置後のメタ情報の変化を把握することで,センサ構成の変化に対応する.

センシングの対象物の指定

センサはアプリケーションの要求するセンシングの対象物に関する環境情報や対象物の周囲の環境情報,また,室内などの空間の環境情報を取得する.アプリケーションはメタ情報の1つとしてセンシングの対象物を指定し,MARSに対してセンサデータを要求する.センシングの対象物とセンサを同じ基準の位置情報で扱うために,MARSはセンサの位置情報や種類などのメタ情報を管理するメタ情報データベースを持つ.

センサデータの加工

アプリケーションの要求するセンサデータは,どのセンサで取得されたセンサデータかということは重要ではないため,全てのセンサデータをそのまま提供する必要があるとは限らない.センサで取得したセンサデータは,アプリケーションの要求によって平均などの加工をして提供することが必要である.MARSはアプリケーションの要求に従ってセンサデータを加工し提供する.

実装

本研究で提案するMARSを実装し,研究室で開発しているアプリケーションu-Photoから利用した.u-Photoとは,写真のメタファを用いた環境情報スナップショットアプリケーションである.写真を撮影することにより,環境からMARSを利用してセンサデータを取得し記録することにより,あとからデータを参照することや,センサデータを活用して写っている機器の挙動を変化させられる.

 

ユーザが,新しい環境で機器を利用する場合,以前に利用していた環境と同様の設定を実現したい場合がある.この場合,以前利用していた機器の設定を,新しい環境に適用できれば,ユーザの負担は軽減する.これを設定の再現と呼ぶ.また,個別の機器の設定だけでなく,その環境の状況そのものを再現したい場合もある.例えば,部屋の温度を同じにしたい場合などが考えらえる.これを,周辺状況の再現と呼ぶ.

近年のコンピュータやセンサの高性能化,ネットワークインフラの普及により,既存のコンピュータだけでなく,人々が日常的に利用する家電や家具などのアクチュエーション機能や,小型センサモジュールのセンシング機能がネットワークを介して利用可能となった.このようなユビキタス環境では,ユーザの周辺に存在する機器の数は膨大になり,設定や周辺状況を再現するためには,それらを個々に設定する必要がある.

このような環境では,機器設定の一覧を用意し,再現することにより,1 度の操作により空間全体を設定可能であるため,ユーザの負担を軽減できる.本研究では再現の目標となる環境の記述を目標セットと呼ぶ.しかし,ユーザはさまざまな目的で空間を利用するため,目的に応じた目標セットを作成する作業がユーザの負担となっていた.本研究では,環境情報スナップショットの組み合わせを用いることで,ユーザの目標セットの作成コストを軽減することのできる,環境再現機構の構築を行った.

本研究では,あらかじめ取得した環境情報のスナップショットを用いて,ユーザが設定したい目標セットを作成することにより,ユーザの負担を軽減する.写真撮影のメタファで環境情報のスナップショットを行うu-Photo システムを採用し,カメラのスコープとシャッタのタイミングにより環境情報を取得する.機器が撮影されているどうかによって,ユーザの意図する再現対象が機器の設定なのか周辺状況なのかを判断する.また,u-Photo を組み合わせることにより,再現を行うための必要十分な目標セットを作成可能となる.本論分では,u-Photo による目標セット作成機構および,目標セットを元に環境再現を行うシステムSERS を実装した.SERS は,センサデータと機器の操作履歴の相関を学習し,Beyesian Network を構築することにより,目標セットをもとにユーザの意図する機器と周辺状況の再現を実現する.最後に,他の手法により環境再現を行った場合と比較し,ユーザの意図を考慮した上で,再現する環境をの定義を用意に行える点で本システムが有効であることを示した.

 

MARSを利用してu-Photoからセンサデータを取得し,環境の再現を行った.その成果は修士論文(http://www.ht.sfc.keio.ac.jp/~marudai/paper/master.pdf)にまとめた.