2006年2月28日

2005年度森泰吉郎記念研究振興基金「修士:研究育成費」


研究成果報告書

-エスノグラフィを用いたメディア設計手法の研究 家族を繋ぐモバイルメディア設計を例に -

研究代表者: 天笠邦一
学籍番号: 80424082
連絡先: kz@sfc.keio.ac.jp

 

 1. 実施研究概要  

1-1.研究目的:「家族/家族内におけるメディア消費の個別具体的記述・解釈」

本研究では、当初、以下の2項目をその研究目標・目的とした。

  1. 日常に紛れなかなか認知されることのない、家族・家庭空間内でのケータイ利用の実態を、個別具体的で詳細なレベルの調査を行い記述・解釈にする。
  2. その家族・家庭空間内のケータイ利用の実態に基づいて、家族の活動をサポートするケータイアプリケーションを作成した上でフィールドテストを行い、その評価・改善を実施する。更にそのプロセスの再検討を行う。

しかし、調査を進めていく中で、1のプロセスにより多くの時間・コストがかかることが明らかになり、2まで実施する事が出来なかった。よって以下では、1を本研究の主目的とし、その概要を詳述する。2の目的に関しては、今後の課題と考え、最後に2の課題を実施する上での提案をまとめることで、本報告書の結びに代えたい。

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1-2. 研究手法: 「半構造化インタビュー・参与観察」 

 日本においてケータイは、この10年の間に爆発的な普及を果たした。今やその数は約9000万契約(TCA調べ)にも及ぶ。年齢別普及率を見ても、パソコン/インターネットなど同時期に普及を始めたメディアを10代を除く全ての世代で上回っており、幅広い層に浸透した、我々の日常生活になくてはならないメディアであることが伺える。ケータイは、基礎的な社会インフラとなっていると考えられる。
 しかし、以上のような大きな社会的影響が想定されるにも関わらず、ケータイを扱った社会科学的な研究の数は少ない。理由として考えられるのが、ケータイが我々の日常の中に溶け込んだメディアであるということだ。日常の中で特に意識されることなく利用されるケータイは、研究の対象として認知される事が少ない。しかも、ケータイは、非常にパーソナルな意味合いが強いメディアである。多様化が進み、他人の日常に対する想像力を失いつつある今日においては、他者のケータイの利用シーンを想定することも難しい。更に言えば、ケータイの利用者は、ケータイを利用している現場と、ケータイを介してつながっている相手との2つの文脈に同時に参与せねばならない。ケータイは、そのモバイル性ゆえ、その利用に際して非常に複雑な文脈を作り出す。従来から日本における社会科学的な研究で多く用いられてきた量的、仮説検証的な手法では、こういった複雑な文脈や想像力の壁を越え、ケータイ利用の現実を捉えきれないと考える。
 以上の問題意識から、本研究では、個別具体性を重視した仮説探索的な質的調査を行うこととした。具体的にな手法としては、質的な調査手法として、インタビューと短期間の参与観察を行った。インタビューは、時間的な制約を考え、ある程度のガイドラインは設けつつも、そこから自由に話題を発展させる半構造化インタビューを採用することとした。

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1-3. 調査実施概要・内容

■ 実施概要

・実施期間: 2005年7月〜11月
・調査対象者: 11家族(27名-関東郊外地区居住者-東京,神奈川,埼玉,千葉,群馬)

家族名 核or 拡大家族 収入(万円) 就労状況 家族構成(自己申告)
SM家 600 夫(妻内職) ○父○母+子3名(大学・○中学・小学生)
YK家 620 自営業 ○父○母+子3名(社会人・大学・○中学生)
YO家 950 夫(妻育休) ○父○母+子3名(小学生・幼児2名)
IT家 1000 共働き ○父○母+子2名(大学・高校生)
IF家 1700 夫(妻パート) ○父○母+子2名(高校・○中学生)
T家 拡大 300 妻(パート)+祖母 ○母+子2名(○高校・○中学生)+祖母
M家 拡大 400 自営業 ○父○母+子3名(小学生2名・幼児)+祖父
K家 拡大 800 夫(妻パート) ○父○母+子3名(専門学校・社会人・○高校生)
OK家 二世帯 650 夫(妻育休) ○父○母+子1名(幼児)
OY家 二世帯 900 共働き ○父○母+子3名(小学生・幼児2名)
SK家 二世帯 回答拒否 共働き 父○母+子2名(○中学・小学生)+ペット

※ 家族の中で被験者となったメンバーには、その前に○印を記載した。被験者は、「核家族か否か」「収入状況」「就労状況」を軸に選定。

■ 調査内容

  1. 各被験家庭での半構造化インタビュー(平均約1時間半/人)被験者には 家族関係図(図2-1)・間取図(図2-2)の執筆を依頼。 調査の流れを掴み易くする為、目安として回答記入用紙を用意。 以下、主な質問事項。
    1. 家族構成・家庭について(所得, 歴史, 各自の活動, 生活)
    2. 被験者の生活様式・基本的メディア利用状況について
    3. 家族の基本的プロフィールと関係・その中でのやり取り
    4. メディア利用・間取図及び家での活動について。
    5. パーソナル・コンストラクトインタビュー(詳しくは以下)
      [Livingstone, Sonia M., 1992, "The meaning of domestic techinologies: A personal construct analysis of familial gender relations," Silverstone, Roger and Eric Hirsch, Consuming Technologies, Routledge, 113-130.]
  2. 家を被験者に案内して貰いながら家庭内の様子をビデオで撮影。
  3. 家庭内の短期間の参与観察(家を訪ねてから退出するまで)

■ 分析手法

 調査から得られた音声・映像データは、逐語に起こされ分析の対象となった。分析は、逐語データを調査者によって分節化し、そこから概念化を図るコーディングと呼ばれる手法を用いて行われた。

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1-4. 会計状況: 別添書類を参考の事。

 

 2. 本年度研究結果

以上の調査の結果、以下の2点が明らかになった。

  1. 『家庭空間を超えて拡大する家族関係』
     家族のメンバーの間では、日常の用件、すなわち家事や家族関係のマネージメントと深く結びついた事務的なケータイを介したやりとりが頻繁に行われる傾向があった。この表面的には、事務的なやりとりは、家族のメンバー間で、互いの関係性を同定しあう情緒的意味を持つ。その結果、従来は家庭空間という物理的ハコの中で同定されていた家族の関係性が、全時間・場所的に広がりつつあると考える。このことは、家族関係と他の社会関係の相対化を促す一方で、家族関係のハブとなる家族メンバーの個としての負担を増やす結果にもつながっている。また、社会の中で、アイデンティティの危機に陥ったとき、家族が即効性のあるセイフティネットとして機能する可能性も示唆している。
  2. 『家族関係の動的調整の場としての家庭』
     従来、家族は個人化の傾向を強め、家庭空間の変化(LDKの構造、電話のコードレス化、テレビの遍在)は、その傾向を促す結果となっているといわれてきた。しかし、ケータイにより家族のつながりが全時間・場所的に拡大したことで、家庭空間は、その家族としての関係性と個人としての関係性を調整する場として、立ち現れることとなった。そのような、「個人」と「家族」の関係性の調整は、多くの場合、家庭内に存在する空間的・時間的資源を用いて行われる。しかし、家族形態や間取り、就労形態など様々な条件から空間的・時間的資源を用いた調整が難しい場合、ケータイなどパーソナルなメディアを用いた文化的・仮想的調整が、大きな役割を果たしていることが、調査の結果明らかとなった。

 

 3. 今後に向けて

 以上の調査結果より、今後のモバイルメディアのあり方について一つの提案を行い結びに代えたい。調査結果の中で、注目したいのが、家族関係のマネージメントのハブとなるメンバーの負担の増加である。特に、親と児童や幼児との間のマネージメントは、親の社会的責任も現在強調されているため、大きくなりがちである。今後普及が予測される(2006年から義務化される)ケータイのGPS機能や、NTT DoCoMoから発売予定の「安心/安全ケータイ」などは、その傾向を益々強めることが予想される。これは、現在ただでさえ大きくなりがちな親の負担を強めるという意味で、改善を要する項目であると考える。
 その改善策として挙げられるのは、親による子のマネージメントを行う上で、緩衝材となる中間支援組織の構築である。この問題は、ケータイというメディアが本来的に持つ特性から生まれるものであり、純粋にメディアそのものを改善することでは、解決は難しいと考える。よって、親による子のマネージメントに纏わる社会的システムそのものを見直し、改善する必要があると考える。具体的には、家族以外の第三者(NPOや企業など)が中間支援組織としては、活躍しうるだろう。具体的にどのようなシステムの設計を行うべきかは、今後の研究の課題である。

 

 4. 研究成果・アウトプット

■ 発表

  1. 天笠邦一 (2005) 『携帯電話(ケータイ)利用の観点からみた現代家族の内的構成に関する研究』  情報通信学会 平成17年度学会大会 05年6月25, 26日@情報セキュリティ大学院大学、横浜
  2. AMAGASA, K., (2005) "The Emergence of Keitai Family: Inner Constructions of Today's Family from the Viewpoint of Keitai Use", "Seeing, Understanding, Learning in the Mobile Age" @Budapest Hungary, 04/28-30/2005

■ 論文

  1. 天笠邦一 (2006) 『家庭におけるケータイ消費のエスノグラフィ ――メディアを介した相互行為による空間・関係性の創発』慶應義塾大学 政策・メディア研究科修士論文

 

 4. 謝辞

本研究に対して、いつも貴重なアドバイス・指導をして下さった

小檜山賢二 政策・メディア研究科 教授
加藤文俊 環境情報学部 助教授
岡部大介 政策・メディア研究科 講師
伊藤瑞子 政策・メディア研究科 助教授

心より感謝を申し上げます。また、研究のサポート及び、議論の過程で様々な有意義な視点を提供してくださった…

ケータイラボの皆様
小檜山賢二研究室の皆様

にも厚く御礼申し上げます。

以上