2005年度森基金研究成果報告書

【研究課題名】日本の航空自由化の研究

 

 政策・メディア研究科修士課程2年 木地山洋平 

1.研究の概要

本年度は、昨年度実施した文献調査やインタビュー等の研究活動を踏まえ、「1990年代の日本の民間航空旅客輸送事業における規制改革をめぐる政策決定過程に見られた特徴的構造」を明らかにした。本年度はまた修士過程在籍2年目であるため、その成果を修士論文として執筆した。

 

2.活動の概要

1)慶應義塾大学商学部中条潮教授、一橋大学商学部山内弘隆教授、事業社へのインタビュー

2)文献調査

3)修士論文の執筆

 

3.研究の背景

 運輸省は、1970年代前半から86年にかけて、航空産業を自立させ事業社の安定的な経営基盤を確保するために規制政策(4547体制)を実施した。同政策は、日本航空、全日本空輸、日本エアシステムの3社に限り事業免許を付与し、相互に競争が起こらないよう3社の事業区分を調整するものであった。その結果、国内と国際のネットワークの拡充、事業社の経営効率の向上など、日本の航空産業の成長に貢献した。

 航空輸送事業を取り巻く環境の変化に伴い、運輸省は86年に規制政策の廃止、つまり規制改革の実施に踏み切った。86年の改革では3社の事業分野の棲み分けが解消されたものの、事業社間の競争には発展しなかった。その理由は、需給調整規制と運賃規制という二つの規制(法令等による規制)が運輸省の中でずっと既得権益として存在し続けていたからであった。

90年代に入ると、その二つの規制にもとうとうメスが入った。96年には幅運賃制度が導入され運賃規制が改革され、98年には35年ぶりに航空業界への新規参入が認められた。そして2000年には改正航空法が施行された。これによって二つの規制は撤廃され、法的解釈に従えば航空産業の規制改革は達成されたこととなる。

 以上述べてきたとおり、航空産業の規制改革は90年代以降に大きく動いた。

 

4.研究の目的と手法

 1994年から2000年の期間における日本の民間航空旅客輸送事業の規制改革を対象とし、その期間の政策決定にどのような特徴的構造が存在したか、なぜそのような特徴的構造が存在したかを明らかにする。そのため、その期間の航空政策の決定過程を政策過程分析する。

 

5.研究対象期間の設定

 研究対象期間を1994年から2000年に設定した理由は、@航空の規制改革では、86年と94年の二つの審議会の答申を受けてから具体的な政策が決定されていること(表1参照)、A86年から94年の政策決定過程は先行研究で明らかにされているが、94年の答申以降の諸政策の決定過程は先行研究では明らかにされていないところにある。

 

<表1>国内航空分野における規制改革

70年代〜86

4547体制(規制政策)(※)

1986年 運輸政策審議会答申

86年〜94

規制改革の名を借りた権益再配分

1994年 航空審議会答申

94年〜2000

規制改革

                          <出典>筆者作成

 

※「4547体制」= @航空会社数を3社(JALANAJAS)に限定し、3社の事業分野を棲み分けした

          A運賃を運輸省の許認可事項にし、破滅的な運賃競争を避けさせた

 

6.規制の定義

1994年から2000年の改革において対象となった規制は「法令等による規制」であった。

そもそも日本の航空政策に課せられてきた規制は「法令等による規制」、「制度的な関与による規制」の二つに集約されるが、「制度的な関与による規制」は86年に廃止されている。「法令等による規制(社会的規制と経済的規制)」は86年以降も維持され、それが90年代に改革された。

 

<図1> 公的規制の体系

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


7.規制改革の過程と内容

 

1994年から2000年における大きな政策決定は次の4つ。

 

96

幅運賃制度の導入(一定の範囲内であれば事業社は自由に運賃を設定してよいことになった。)

98

新規参入の認可(当時35年ぶりに2つの会社が業界に参入し、新規参入などありえないとされてきたそれまでの慣習をくつがえした。)

99

需給調整規制の撤廃(路線免許制が廃止され、事業免許を保有してさえいれば新規路線への参入は自由に行ってよいことになった。)

2000

改正航空法の施行(運賃の設定、変更が届け出だけで可能となった。)

 

8.結論

(1)1994年から2000年の規制改革に見られた特徴的構造

運輸省は、問題がイシュー化して初めてその問題に対処するといったその場限りの対応、受け身の政策決定を行ってきた。その結果、段階的に規制改革が進められてきた。

 

(2)特徴的構造が生じた3つの要因

@     規制改革がそのように進められた最大の理由は、改革推進の速度が増す中で「羽田空港の発着枠不足」がネックとなっていたからである。発着枠とは、「空港に航空機が離発着できる容量」のことである。当時から現在までの羽田空港の現状は次の通りである。

 

<図2>羽田空港利用者数の推移

                                                       <出典>筆者作成

 

<図3>羽田空港利用者の割合

 

        <1985年>              <1990年>                <1995年>

        

 

       <2000年>                <2004年>

       

                                                    <出典>筆者作成

 

時代が進むにつれて旅客数そのものが増加する中でも、羽田空港を利用する人の割合は常に全体の60%弱を占めてきた

空港の発着枠には限界があり、とりわけ羽田空港の場合、利用を希望する航空機の数が増える一方で発着枠の容量は既に限界に達していた

 

以上から、規制改革の下での航空輸送事業が「羽田空港一極集中型」であったことが理解できる。

 

A     運輸省の目的が以下の通りであったことも、特徴的構造を生み出す要因であった。

 

参入規制・新規参入

運賃規制

羽田への参入を適正にコントロールし、市場の混乱を避けることが優先されるべき

新規参入も時期尚早

既存社間で破滅的な運賃競争が生じ、市場が混乱することは避けなければならない

 

 競争の導入を目的として積極的に進められてきたというよりも、そうしたくともそうできなかった運輸省の意識を変えるだけの環境の変化が94年から2000年の間でなされた。そして、それが97年の羽田空港の発着枠増加であった。

 

B     運輸省が改革に着手した94年から羽田空港発着枠が増加した97年までの政策決定をめぐるアクター間の駆け引きもまた特徴的構造を生み出す要因であった。中でも、規制改革の進め方について運輸省と直接交渉を行うことができた規制緩和小委員会(以下、規制緩和小委)の役割が大きかった。規制緩和小委は運輸省との交渉過程で、利用者に公開されてこなかった発着枠の問題や競争が生まれない航空産業の実態を世に示した。それを新聞各紙が取り上げたことにより規制改革の問題は世論に浸透し、国内で改革の必要性を主張する声が強くなった。

 (青=改革推進派、赤=現状維持派)

 

年代:94年〜95

<図494年〜95年のアクター関係図                               <出典>筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


年代:96年〜97

<図5 96年〜97年のアクター図                                 <出典>筆者作成

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


9.参考文献(一部抜粋)

<新聞>

     『朝日新聞』データベース『聞蔵 DNA for Libraries

     『日本経済新聞』データベース『日経テレコン21

     『日経産業新聞』データベース『日経テレコン21

     『読売新聞』データベース『ヨミダス文書館』

 

<航空輸送事業の規制改革に関するもの(図書)>

     榊原胖夫『航空輸送の経済』晃洋書房、1999

     藤井彌太郎・中条潮『現代交通政策』財団法人東京大学出版会、1992

     同『自由化時代の交通政策 現代交通政策U』財団法人東京大学出版会、2001

 

<航空輸送事業の規制改革に関するもの(雑誌)>

     梅ア壽『我が国航空企業の競争力向上のための方策について』航空政策研究会、19947

     中条潮『規制改革―行革委の考え方』航空政策研究会、19978

     藤井彌太郎『国内航空分野における需給調整規制廃止に向けて必要となる環境整備方策等の在り方について』航空政策研究会、19985

     山内弘隆『混雑空港におけるスロット配分ルールについて』航空政策研究会、199812

 

<政府刊行物>

     総務庁編『規制緩和白書』1997年版〜2000年版、大蔵省印刷局

 

WEBサイト>

     国土交通省航空局 次のURLを参照。<http://www.milt.go.jp/koku/koku.html>

     同上『航空事業の現状と課題(資料編)』 次のURLを参照。

<http://www.mlit.go.jp/koku/04_outline/08_shingikai/09_surokon/h160220_img/04.pdf >

     同上『当面の羽田空港の望ましい利用のあり方について』 次のURLを参照。

<http://www.mlit.go.jp/koku/04_outline/08_shingikai/09_surokon/img/houkoku.pdf>

     宿利政史(国土交通省航空局次長)『航空の課題と展望』2004226日 次のURLを参照。

< http://www.jterc.or.jp/16jyohoka/nagoya_shukuri.pdf >