2005年度 森基金研究活動報告書

政策メディア研究科修士課程一年

PSプログラム ネットワークコミュニティ所属

80524678 齊藤淳子

研究課題名:生活習慣改善におけるモチベーション維持の支援

1.研究課題 

 生活習慣病は年々増加傾向にあり、生活習慣予防に重点をおいた生涯にわたる健康づくりは、現在の保健医療分野における最大の課題となっている。しかし生活習慣の予防は、生活習慣を改善するという本人の行動によるところが大きく、例えば感染症予防のように政策主導による対策では立ち行かない問題である。加えて生活習慣病はsilent diseaseと呼ばれるように自覚症状のない期間が数年・数十年と長く、個人の自助努力だけで生活習慣を改善しそれを維持することは非常に困難であるといえる。

 そのため生活習慣改善という主体的な行動変容を正しく動機づけて、モチベーションを長期に渡り維持するのに必要となる支援体制について考察していくというのが、本研究の当初の課題であった。

2.研究背景・目的

 生活習慣病予防に関するこれまでの取り組みでは、個人レベルに働きかけて支援することは困難であった。十分な啓蒙活動が行われ知識を得ても、それだけで生活習慣を改善するという行動を動機付け、長期に渡りモチベーションを維持し続けることには結びつかない。このように、予防の必要性が叫ばれていても継続して生活習慣の改善を支援する体制は整っていないのが現状である。そこで、生活習慣の改善の一つともいえる禁煙を、継続して効果的に支援した禁煙マラソンに焦点をあてることにした。

 本研究では、生活習慣の改善という行動変容が正しく動機付けされ、そのモチベーションが維持されるにはいかなる支援体制が有効であるかを検討することを目的とする。

3.活動報告

今年度は主に先行研究文献調査と事例に関する知見を深め、関係者の話を伺った。また、喫煙者(生活習慣改善という行動変容に結びついていない人)にも聞き取りを行った。

・     日本疾病管理研究会への参加

疾病管理とは…健康 ・予防 ・医療 ・介護を統合するマネジメント手法をさす。

WHOは21世紀の医療保健福祉に関する報告書で、「予防・健康増進プログラムの多様化」をあげ、疾病管理の必要性を指摘している。

・     禁煙マラソン市民公開講座への参加

インターネット禁煙マラソンとは…インターネットのメールを利用した禁煙法である。メーリングリストやメールマガジンのシステムを利用することで、大勢の仲間のアドバイスや励ましを受けて自分にあった方法で禁煙をすることができるという特徴をもつ。生活習慣改善の一つとも言える禁煙を、継続して効果的に支援した禁煙マラソンの取り組みについて学習。禁煙マラソン主宰者・参加者(禁煙成功者)から話を伺った。

・     第24回全国禁煙アドバイザー育成講習会(in東京)

禁煙支援のアプローチ方法に関する学習と、禁煙マラソン参加者から経験談を伺った。

・     第12回日本未病システム学会学術総会への参加

・     喫煙者に対し、生活習慣改善(禁煙行動)に対する考えと、行動変容の困難さに関する聞き取りを行った。

キーワード:ヘルスプロモーション、生活習慣、セルフヘルプ(自助)グループ、コミュニティソリューション

ヘルスプロモーションとは、1986年のWHOオタワ憲章では、人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるようにするプロセスであると定義されている。ヘルスプロモーションを進めるにあたっては次の5点が大切だとされている。1.特定の病気を持っている人々に焦点を当てるのではなく、日常生活を営んでいるすべての人々に目を向けなければいけない。2.健康を規定している条件や要因に向けて行われるべきである。3.相互に補完的な多種類のアプローチ、あるいは方法を必要としている。4.個人あるいはグループによる効果的かつ具体的な住民参画を求めている。保健・医療関係者の役割発揮が大切。禁煙マラソンは、まさにこのようなヘルスプロモーションの要件を満たした活動であるといえる。

セルフヘルプグループとは、同じ悩みや問題を持つ人達が寄り集まって、専門職とは異なるアプローチにより、相互に助け合い問題解決などを目的として継続的な活動を行っているグループのことをいう。代表的なものに、匿名アルコール依存症のグループ・薬物依存症のグループ・摂食障害者のグループなどがある。禁煙マラソンもこの一つであるといえる。禁煙マラソンは常に高い禁煙成功率を達成しており、禁煙行動を継続するというモチベーション維持を効果的に支援することに成功したといえる。

ネットコミュニティに関して…通常、匿名のネットコミュニティは荒れると言われるが、禁煙マラソンが荒れない理由に関する考察

匿名ということで悪意のあるメールやサイトを荒らす不適切なメールが含まれたりするおそれはあるが、禁煙マラソンの主宰者は、申し込み時に同意確認をしたガイドラインや注意事項に従わない不適切なメールを送信した人に対して、警告したり登録を抹消したりすることができるというルールを定めている。ある商品の評価や自由な意見交換をしあうというようなネットコミュニティとは異なり、禁煙マラソン自体への意見なども禁止するというように、禁煙マラソンは禁煙を支援するということのみに明確に目標をしぼっているコミュニティである。

禁煙マラソンは、禁煙にチャレンジするランナー(参加者)と、その人達をメールによるアドバイスや応援によって支援する先輩ランナー(禁煙マラソン卒業生)と、専門的な質問や相談に対応する有志の医療スタッフ、そして運営スタッフ・主宰者というメンバーによって成り立っている。それぞれの役割(ロール)がはっきりしているが階層型の組織ではない。登録の抹消のような主宰者がとるリーダーシップも、権限をふりかざしたものとは違い、メンバーに承認されたルールに基づくロールであるといえる。絶対的権限によって運営されていない組織ではルールやロールを皆が尊重・遵守することでコミュニティが成立すると言われているが、禁煙マラソンはルールとロールがうまく機能している。

禁煙マラソンの基本はメーリングリストを介してのコミュニケーションであるが、参加者は禁煙に伴う感情の変化や自分の弱さを匿名にすることで気兼ねなく話すことができ、それにより参加者同士が互いに励ましあったり辛さを共有しあったりと、かえって活発なコミュニケーションが行われるという現象がおきている。

また先輩ランナーも自分の素性を明らかにして敬意を払われたり感謝されたりすることで満足を得るという動機ではなく、参加者を励ますことで自らが禁煙を継続することへの力になったり、自分の体験が重要な情報としてコミュニティに貢献するというプロセスに関わることができることでモチベーションを保っていると考えられる。

このような理由で、禁煙マラソンは匿名性故の強みを発揮して成り立っていると考えられる。

 

具体的に支援体制を整えるには…もし料金を課すシステムにするなら、料金は安すぎると信用が得られず、高すぎるとせっかく禁煙マラソンに関心をもっても参加を断念することにもなりかねない。これだけ払ったのだから頑張ろうとモチベーションを維持するためには、ある程度の金額であるほうがよい気がする。

 これまで禁煙マラソンというコミュニティでやりとりされてきた禁煙に関する情報や問題解決の体験は、コミュニティの共有財産として蓄積されてきたといえる。これらを、禁煙という問題に対するソリューションとして料金を課して提供する事業とすれば、禁煙に力を入れてイメージアップや健康増進を図りたいと考えている企業や官公庁といった組織も顧客として幅広く取りこむことや、他の組織(例えば禁煙補助剤の製薬会社等)との何らかの共同事業も可能になるのではないかと考える。

4.研究費の使途について

研究をすすめるにあたり必要となる関連文献・資料の購入、PC周辺機材の購入、交通費等に活用した。