味ペン: 仮想筆先による触覚的「書き味」感覚提示の提案と試作

渡邊恵太

慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 博士課程

1. はじめに

今日,コンピュータ上において触覚的な情報提示することを目的としたさまざまな研究が行われている.それらの研究の多くは特殊なデバイスを利用し,振動モーターや力学的なフィードバックによって物理的に擬似的な触覚を提示するものである.

筆者らは,これまでに特殊なデバイスを一切使わずに,今日普及しているマウスと通常のディスプレイ上の視覚情報だけを利用しカーソルを振動させて表現したり,拡大縮小させたりすることで触覚的な感覚を提示できるVisualHapticsの開発を行った[1].本研究ではVisualHapticsの手法を応用し,今日一般的に流通している液晶一体型ペンタブレットを利用し「硬い,柔らかい」などのペンの触覚的書き味感覚を想起させるシステム「味ペン」の提案と試作を行った.

 

2. 筆記時の書き味

私たちは一般的に筆記用具を選ぶ際に「書き味」をひとつの基準にすることがある.書き味の定義は難しいが,ユーザがペンを紙などに接地した状態で動かす,なぞり行為から発生する人間の感覚である.そして,それはペンの重さや,紙とペンの接地部分の摩擦や,インクの種類,紙の種類によっても変化してくると考えられる.たとえば,筆とボールペンでは形状や材質は大きく異なり,それに伴い書き味も大きく異なってくる.さらに「書き味」は,描かれる対象の見え方に対しても大きく影響するということから,ペンを選択する基準にも影響しているといえる.

今日,コンピュータ上においては,ペンデバイスを用いることで,マウスなどに比べて「書きやすさ」は向上する.その一方で,「書き味」はそのデバイスの物理的な性質に依存している.

現在ペンタブレットデバイスでは,ソフトウェアでペンの種類を変えることにより「描かれた結果」は変化するが,書き味が変化することはない.ペンタブレットデバイスの書き味は,デバイス表面の素材を変えることで,物理的に変化させる手法があるがソフトウェアとして書き味を実現する手法には至っていない.

本システムはVisualHapticsをベースに,ソフトウェアによって触覚的な「書き味」の感覚を実現する点が特徴である.

 

3. 味ペン

3.1 仮想筆先

液晶一体型タブレットで,ドローイングを行う場合,画面内に用紙をメタファーにした2次元平面の領域があって画面の接点部分がインクとなり,画面をなぞることにより線が描画される仕組みになっている.味ペンはこの点が異なってくる.

味ペンでは,仮想の紙を画面から数センチの奥にあるものとしてとらえる.そして,ペンデバイスとディスプレイ装置の接点から「仮想的なペン先」を数センチの画像で表現する.つまり,ペンの柄の部分だけが画面の外(手前)であり,ペン先の筆部分は画面内に表現されることになる(図1).

system
図1 味ペンの仕組み

従来,ペンデバイスを利用する利点は画面に対して直接指示ができる点で使いやすく,わかりやすいというメリットがあった.直接ペンでアイコンなどのGUIをタッチするため,マウスの場合と異なりカーソルアイコンは表示されていない状態になっていることが多い.味ペンは画面を直接指示はするが,カーソルアイコンとなる筆先が表示される点が特徴である.この筆先カーソルアイコンを表示する点が本研究の重要な点である.

ものをつかむ際に人間は自分の手も同時に見ているというVisualHapticsでも取り入れた概念から,鉛筆などのペンを利用する際も同様に人間は,ペン(=手)と紙の接地する部分(=対象)を同時に見て筆記をしていると考えられる.したがって,味ペンの仕組みも同様に,ペンデバイスの先端から筆先アイコンが表示があったとしても,ペンデバイスに連動して位置移動する仮想筆先の先端から線の描画が始まれば,その描画が開始される先端をユーザは見ると考えた.

3.2 仮想筆先の変化による感触提示

味ペンは,仮想筆先を視覚的に変化させることで,書く感触,すなわち書き味を実現する.味ペンでは現在のところ大きく分けて,書道などで使われる,毛筆のようなやわらかさ,それより若干硬いような筆ペンなどの小筆,鉛筆などのやや硬いペンの3つの書き味を実現できる.

味ペン
図2 実際の利用状態

仮想筆先は現在小さな円形の画像の集合体から構成されている(図2).片側の円ほど小さくなり,筆の先を表し,同時に透明度も筆先ほど低い.その逆は筆の根元であり,透明度は高い.透明度が根元ほど高いのは筆の先端をユーザに意識させるためである.ユーザがペンをデバイスを動かすとそのポイントされたピクセルの位置に移動する.それぞれの円の距離の間隔は,ユーザがペンを動かす速度に応じて変化し,基本的に速く動かすと,円と間隔は広がる.このユーザの動かす速度に伴い変化する円の間隔によって異なる書き味感を提示する仕組みとなっている.具体的には

(筆の先端座標) += (マウス座標)-(筆の先端座標)/α

で書き味を変化させる.値αは筆の柔らかさに対応する.ユーザがペンを動かすと共に,この式に基づき筆の先端が決定し,その位置から描画が始まる.αの値を大きくすることでよりゆるやかな速度でポインティング位置を追従する.実際に描写される線は,現在ペンが画面に接地(マウスボタンをプレス状態)している時間が長いほど太さは増し,接地が離れると徐々に線は細くなる.ただし,追従する円形は接地が離れても動くため,ペンの動かす速さによって接地から離れたあとも描画対象に影響する.

4. おわりに

描画イメージ
図3 味ペンを利用し描画した線

味ペンを実際に利用して書いた画像はたとえば図3のようになる.これは,最もやわらかいペンとして設定したパラメータで書いたものである.実際にペンを画面に接地し,動かすとそれぞれの円形が追従しながら間隔が伸び,通常のペンデバイスとペイントソフトを利用して筆描写を選んだのとは異なるなめらかさのような書き味が得られた.それと同時に,描画対象も書き味が反映されたような印象を得られる.つまり,やわらかい筆ほど,丸みを帯びたやわらかい感じの印象となり,硬い筆では,角張った印象になる.数人に利用してもらい感想を聞いたところ,「本物の筆とは異なるが一般的なペイントソフトにはない感覚がある」という意見が得られた.

参考文献

[1] 渡邊恵太, 安村通晃, RUI: Realizable User Interface カーソルを用いた情報リアライゼーション. 第27回ヒューマンインタフェース学会研究会「VRの心理と生理」. ヒューマンインタフェース学会研究報告集, pp.35-38, March 2004.