バクテリアゲノム構造の大規模改変と生育にもたらす影響

 

政策・メディア研究科 博士課程3年 黒木あづさ

 

1. はじめに

 バクテリアは進化の過程で様々なゲノム再配列を繰り返している.特にゲノムDNAの逆位変異はゲノムDNA構造に大規模な変化を起こすが,大腸菌,サルモネラ菌,乳酸菌などでいくつかのゲノムDNA逆位変異株が報告されている.また,ゲノムDNA逆位変異を人工的に誘導し,逆位が可能でない領域が存在することが明らかとなってきた.一方,枯草菌では我々のグループで以前に28種類のゲノムDNA逆位変異株の構築が試みられ,一つの例外を除く全ての領域が逆位可能である事が示された.そこで本研究では,ゲノムDNAの二カ所に逆位変異を誘導してゲノムDNAをより大規模にモザイク化する実験を試みた.さらに構築した二重逆位変異株の胞子形成能,形質転換能,増殖速度の変化を調べ,先に構築された27種類の逆位変異株の結果と併せて,ゲノム構造に起因すると考えられる表現系の変化を見いだした.

 

2. 方法

 枯草菌のゲノム内相同組み換えを誘導しやすい性質を利用し,相同組み換えによる逆位変異誘導装置te-et を構築した.先に開発された,ne-eo と共に枯草菌ゲノムDNAに導入し,ゲノムDNAに大規模な逆位を二回誘導した.構築した逆位変異株からゲノムDNAを抽出し,パルスフィールドゲル電気泳動により詳細に解析してゲノムDNA構造の変化を調べた.次に構築した変異株の増殖速度,胞子形成能,形質転換能を測定し,先行研究で得られている逆位変異株と比較して,ゲノムDNA構造に起因した表現系の変化を見いだした.

 

3. 結果

 試みた二重逆位変異株は全て構築が可能であり,計4株を取得した.逆位誘導は先行研究の27株も含めると一つの例外を除いて全て可能であった事から,枯草菌ゲノムDNAは可塑性が高いことが確認された.また構築した逆位変異株の胞子形成能、形質転換能は極端に下がった物も見られたが保持されていた.しかしながら効率の変化が特定の領域や長さの変化などゲノムDNA構造に起因した変化は見いだされなかった.ところで構築した逆位変異株は,ゲノム中の逆位変異を誘導する領域により,ゲノムDNAoriterを軸とした左右の対称性が変化しないものと,対称性が崩れて片方のゲノム腕が長くなるDNA構造を持つものの二種類に分類できる.このうち後者の変異株について,増殖速度がゲノムDNAの左右の対称性が崩れるに従って遅くなる傾向が見られた.そこでこれら15株の増殖速度を詳細に測定し,ゲノムの左腕と右腕で長くなった方の腕長をx軸としてグラフにしたところ,ゲノムの長腕の長さに従い増殖速度が遅くなってゆく結果が得られた.また,片腕の長さが3.5Mを超えると,増殖は極端に阻害された.

 

4. 考察

 バクテリアにおいて増殖の早さを維持するためにはoriterのバランスが重要であろうといわれてきたが、その現象を実際に示す実験結果であると考える.増殖速度の変化には様々な要因が関与していると考えられるが,oriterを軸としたゲノムの非対称性の度合いが大きくなるに従って増殖速度が遅くなるという結果が,先に構築された逆位変異株と今回構築した二重逆位変異株に共通して見られた事や,ゲノム構造は違うがゲノムの非対称性が同じ程度の複数の変異株はほぼ同じ増殖速度であった事から,ゲノムの左腕と右腕の長さに違いが生じ,長腕ゲノムの複製が長くなった分だけ時間がかかるようになり,その分細胞の増殖速度が遅くなっているのではないかと考えられる.また,細胞分裂に伴うゲノム分配には,細胞内におけるoriterの空間的配置が決まっていることが明らかとなってきている.左腕と右腕のバランスが極端に非対称になった変異株で増殖が強く阻害されたのは,分裂時のゲノム分配の機構に弊害をもたらしている可能性も考えられる.

 ゲノムバランスの限界を超えた株は増殖が非常に遅くなり,取得が困難になってくることが示唆された.実験室内で選択されてきた様々な標準株において,増殖の良い株が優先的に選択されてきた事が考えられ,この事が現在知られるバクテリアのほとんどがoriterのゲノムバランスの良い株のみであるという事実を裏付けているとも考えられる.

 

本研究内容について論文投稿準備中です.

 

発表実績

ポスター発表

Azusa Kuroki, Masaru Tomita, Mitsuhiro Itaya. Phenotypes Associated with the B. subtilis Genome Structure Altered by Large-Scale Inversion Mutagenesis. 20th IUBMB International Congress of Biochemistry and Molecular Biology, June 18 - 23 in Kyoto, Japan (2006)

Azusa Kuroki, Masaru Tomita, Mitsuhiro Itaya. Asymmetry around the oriC-terC Axis of Genome Structure Reduces the Maximum Growth Rate of Bacillus Subtilis. The 21st Century COE Young Scientist Workshop 2006 in Shonan. September 18-20, 2006. (ベストポスター賞受賞)

口頭発表

黒木あづさ,戸田務,冨田勝,板谷光泰 「逆位変異誘導による枯草菌ゲノムの大規模モザイク化と表現型」 2006年度グラム陽性細菌のゲノム生物学研究会,東京, 9