2006年度森基金報告書

政策・メディア研究科 博士課程1年 上原和甫

学籍番号:80649076 ログイン名:masatosi

 

研究タイトル「移行期農村社会におけるヒューマンセキュリティ」

 

1.研究の概要                                   

 

本研究は、市場経済が浸透しつつある東南アジアの農村地域において、経済成長の恩恵を享受することができない人間集団がどのように生活を維持・向上させることができるのかを非市場メカニズムの機能に着目し検討するものである。ここで非市場メカニズムとは貨幣のみが単一のメディアとならない慣習的・私的な交換」を意味し、具体的には互助組織での交換や縁戚関係からの援助などを指す。

 

2.研究の背景と問題意識                             

 

本研究が現段階で対象としている地域はタイ東北部・北部そしてラオスのビエンチャン特別市周辺である。ビエンチャンはメコン河を挟んでタイに接しており、タイの開発政策の影響を強く受けている。そこで研究の背景としてはタイの国家経済社会開発計画(NESDB)を挙げる。

1961年より開始された国家経済社会開発計画が農村地域に及ぼした影響を説明する。1960年代からタイ政府は国内工業部門への食糧供給と外貨獲得を目的として農村部での近代的農法による商品作物栽培を奨励した。近代的農法は短期的には爆発的な収穫量の増大をもたらしたが、一方で、化学肥料・農薬・種子といった外部投入物を購入し、灌漑設備などのインフラを整える必要があるため、農民の家計にとって大きな負担となった。現金での支出がコンスタントに必要となる反面、収穫は自然環境などに左右されるため安定せず、結果として多く農民が借金を背負い、農地を失った。

また1970年代には新規開拓可能な土地がほぼ枯渇し、人口増加はそのまま一人当たりの農地面積の減少を意味するようになった。開墾余地の枯渇と人口増加、そして均分相続という三つの要因が重なり合って小農民・土地なし農民が増加した。この過程が所謂「農民層下方分解」である。

以上の過程を通じて農村部に堆積した小農民・土地なし農民の生活苦を鑑みて、タイ政府は1975年に農地改革局を設置し、農地改革法を制定した。これは私有地や公有地の再配分を意図した政策だったが、効果は非常に限定的であった。その理由は予算不足、地主層からの強い反発、軍部によるクーデターなどである。

タイは「アジアの奇跡」と称される急速な経済成長を達成したが、その一方で都市部と農村部、農村部内での不平等は拡大していった。特に小農民・土地なし農民の生活は相対的に悪化していったといえる。

土地なしの農民の生活実態とはどのようなものだろうか。著者がインタビューを行った土地なし農民の中には年間所得が100$程度の人がいた。単純計算で1日あたり27セントである。村人に尋ねるとその村の平均的な支出は1日あたり3$であった。著者の疑問は「何がこの不足分を補い、その土地なし農民の生活を維持しているのか」である。

 本研究の問題設定は、「農地や貨幣所得がほとんどない小農・土地なし農民がどのように生活を維持しているのか」であり、これを市場メカニズムと非市場メカニズム双方の機能に着目し明らかにする。

 

3.調査                                     

 

以上の問題設定をもとに調査を行った。調査対象地は現時点でタイ東北部コンケン県の3村、北部チェンマイ県の2村、ラオス中部ビエンチャン特別市周辺の村である。上記の3地域を選択した理由であるが、3つの地域はそれぞれ市場経済の浸透程度が異なっており、地域間のデータを総合することで一般性の高い議論が構築できると考えたからである。

調査の概要は以下の表を参照。

 

調査概要

調査時期

2004年8月から2006年9月までの間に計5回、1回あたり約1ヶ月

の調査を行った。

調査手法

半構造的インタビュー調査を1回につき約2時間程度行った。

調査拠点

タイ王国コンケン国立大学

対象地域

・タイ東北部コンケン県

ブンチン村、ノンウェンナンバオ村、ノンプリ村

・タイ北部チェンマイ県

マックムアン村、ドンパサン村

・ラオス中部ビエンチャン特別市周辺

調査対象者

小農・土地なし農民を含む村人(約70世帯)、村長、互助組織リーダー・参加者、NGO関係者、農業農協銀行職員、職業訓練所職員

質問項目

質問項目は基礎情報(性別、年齢、職歴、学歴、出身、家族構成、所得)を全インフォーマント共通として、インフォーマントの属性別に質問をつくった。

村のキーパーソンからは、村の詳細な情報(村の地図、近郊都市からの距離、地形、田畑や森林面積、世帯数、村の略歴、村の主な生業、村人の平均収入、村の住民組織の情報など)を得ることができた。村人に対しては、農業経営の状況や個人史、生計維持手段(互助組織への参加や縁戚関係からの援助などについて詳細な聞き取り)

 

以上の調査を通じて得たデータを現在分析している。

 

 

4.資金の使途                                   

 

森基金から提供された資金は当初調査経費に用いる予定だったが、政策COEから旅費が提供されたので、東南アジアの気候で故障したラップトップコンピューターをより頑丈なものに買い換えるために使用した。