小流域を基礎とする自然共生型都市モデルの研究

政策・メディア研究科後期博士課程3年 片桐由希子 yukiko77@sfc.keio.ac.jp

 

■研究課題

自然と共生する都市の再生は、安全で快適な生活環境を確保し、持続可能な社会を実現するための根幹的なテーマである。量、質ともに多様な都市域の緑地環境をその基盤とするには、市民レベル・地区スケールでの客観的な評価と水・緑の保全・創造の必要性の把握、地域の将来像の共有が不可欠である。
本研究は、自然共生型流域圏・都市再生のひとつのフレームワークとして、流域の原単位である小流域を基礎とした自然共生型都市とその緑地環境マネジメントのモデルを提案することを目的とする。
主な研究対象地は横浜市とし、市民活動や法制度等の社会的対応をふまえた検討を行う。

■今年度の成果

 本年度の研究作業内容は、図の研究全体のフローに示す3・4にあたる項目である。年度の前半では、横浜市の水と緑の基本計画の策定作業への協力と平行して、小流域を基礎とする緑地環境評価のフレームを整理した。後半では、小流域を基礎とした自然共生型流域圏・都市、その緑地環境マネジメントの方針を検討を行うことを目的としたシナリオ分析の手法の開発を行った。これらをもとに、一連の研究の集成に取り組んでおり、来年度に博士論文としてまとめる予定である。


図:研究のフロー

以下に、本年度の研究の概要と成果についてまとめた。

1) 生物生息可能性を指標とした小流域環境の評価の展開(学会発表:2)

【目的】
 ビオトープの組み合わせや水辺環境から指標生物の生物生息可能性を判定し、生物生息空間としての小流域の緑地環境の質を評価をする。
【対象地】
 神奈川県横浜市
【使用データ】
 <小流域図>  都市計画基礎調査 等高線データ等を基に作成、
 <植生図、水系図>  横浜市環境創造局作成のデータに基づく
【指標】
 ・ビオトープタイプの組合せによる生物生息の可能性
 ・小流域の雨水浸透量より算定した平常時流量のポテンシャル

  昨年度鎌倉を対象として開発した、ビオトープタイプの組み合わせによる潜在的な生育・生息可能性を含めた評価手法について、横浜市全域を対象とし、適用を試みた。横浜市では、ビオトープマップや生物に関する情報が整備されていない為、植生図と都市計画基礎調査の地形図データに整備された水域に関するデータを用いた。指標種については、豊かな谷戸環境の生態系を特徴づける指標種として、鎌倉と同じくヤマアカガエル、シュレーゲルアオガエルの2種のカエル類について、また小流域の水循環と水辺環境の豊かさを図る指標種として蛍を用いた。 これまでに開発をした評価手法では、地域の環境の特性や水循環のポテンシャルといった、環境基盤としての小流域を評価するものであった。今回、横浜で行った生物生息可能性の評価では、生物生息空間としての小流域の緑地環境の質を評価するものであり、環境基盤の評価と組み合わせることで、小流域の緑地環境像をより具体的にあらわすことが可能となった。 


図:横浜における小流域の生物生息可能性評価(指標種:カエル類・ゲンジボタル)

2) 小流域に基づく緑地(発表論文 査読澄:2 発表論文:2)

【目的】
 法規制による緑地の担保性評価の検討 シナリオの違いによる緑地環境の変化を可視化する
 小流域の緑地環境と現行制度との対応を評価する
 緑地環境の保全に向けての制度的な課題を明らかにする
【対象地】
 神奈川県横浜市
【使用データ】
 <小流域図>  都市計画基礎調査 等高線データ等を基に作成、
 <土地利用図> 都市計画基礎調査+緑覆データ、昭和20年代の地形図からのトレース
 <緑地保全に関する指定地区> 横浜市環境創造局作成のデータに基づく
【指標】
 ・雨水浸透量

今日の緑地計画では、水循環や生態系といった地域環境の総合的なマネジメントが求められている。地域環境の現況と施策や事業の効果が定量的な評価として示されることは、市民の理解と協力を得るために、重要であるが、小流域の緑地環境と保全施策の対応を評価する手法については十分に検討されていない。そこで、本研究では、小流域を基礎とした地域環境の保全・回復の展開に向けた知見を得ることを目的とし、横浜市域を対象に緑地保全施策運用のシナリオを作成し、その違いによる緑地環境の変化を雨水浸透量として評価し、現行の緑地保全施策の効果と今後の課題について分析した。
この結果次のことが言えた。1) 雨水浸透量を指標として、過去の流域の緑地環境と現在を比較することで、都市化の進行により、かつての豊かな緑地環境が維持された小流域が希少となった状況が明確に示された。2) 小流域の過去と現在、緑地保全施策の運用シナリオに基づいて予測した将来における雨水浸透量の変化を類型化することで、緑地環境の保全状況、将来の喪失の可能性を分析し、現行の緑地保全施策の効果と課題を明らかにした。
この手法により、小流域を緑地環境と変化の傾向、緑地保全施策とを結びつけて評価する単位として有効であることがいえた。地域環境のマネジメントを検討する際に、緑地環境が維持されてきた経緯や、将来の消失の可能性とその影響を共有することは重要であり、本研究の手法はこれに資するものである。今後の課題としては、地域環境の質的な要素となる植生や生物生息環境、安全な生活環境の確保としての洪水防止、もしくはヒートアイランドの抑制など、小流域間のネットワークの視点を考慮した評価手法を検討し、これらを組み合わせた、総合的な環境保全計画手法に展開することを目指す。

 
図:シナリオによる環境変化に基づく小流域の類型化

■国内外の発表等

[国内学会誌発表論文]

  1. 片桐由希子,大澤啓志, 山下英也,石川幹子:「ビオトープタイプの組成とカエル類生息からみた小流域の評価手法に関する研究」,ランドスケープ研究,68(5), 913-918,2006年
  2. 片桐由希子,山下英也,石川幹子: 「小流域を基礎とした緑地計画の検討手法に関する研究」, ランドスケープ研究,69(5), 2007年(予定)

[学会等における口頭発表等]

  1. 片桐由希子,大澤啓志,山下英也,石川幹子:「ビオトープタイプの組成とカエル類生息からみた小流域の評価手法に関する研究」,第20回日本造園学会全国大会,大阪, 2005年5月21日
  2. Katagiri, Yukiko., Satoshi, Osawa., Yamashita, Hideya. & Ishikawa, Mikiko “Evaluation method for the habitat potentialities by small watershed, in the southern part of the Tama hills, central Japan”, International Conference on Ecological Restoration in East Asia, Osaka, 2006-6 (poster session)
  3. Katagiri Yukiko, Yamashita Hideya, Ishikawa Mikiko: “Using small watershed units for sustainable and community-based landscape management”, The 11th Inter University Seminar On Asian MagacitiesMegacity, Chulalongkorn University, Bankok, 2006/08/25