2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

災害対応訓練ゲームの中核都市への適用

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程1年 三平洵


本研究の背景と目的

1995年に発生した阪神・淡路大震災や2004年に発生した新潟県中越地震では、情報収集の遅れや応急対応の不備など様々な形で地方自治体の災害対策本部に問題が生じた。一方で災害対策の現状を見てみると、必ずしも十分な防災対応が取られているとは言えない。そこで、文部科学省では近い将来に発生が予想される東海地震や東南海地震に備えるため、産官学連携による「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」の実施を決定し、筆者が現在所属している梶研究会では2002年度より3年間をかけて、実際に訓練を行える訓練環境として地方自治体の災害対策本部要員を対象とした災害対応訓練用ゲーム「VEQRES/SAITAI」の開発を行った。
ここで災害対応訓練用ゲーム「VEQRES/SAITAI」について説明する。本災害対応訓練用ゲームはコンピューターによる被災状況シミュレーターとロールプレイングゲームからなる。前者は、地震直後の各種被害をベースとして、その後の被災者の移動や避難所への集結・外部救援隊やボランティアの到着による混乱、余震による二次被害発生など、時々刻々変化する被災地状況を3日程度までをシミュレーションする。後者は、被災状況を不完全情報の形で、都または区市の災害対策本部要員として参加する研修生(プレイヤー)に提示することにより、彼らが関係部局と連絡・調整しながら「必要な」@情報収集、A被災者支援、B復旧などの対応措置を「遅滞なく」、時々刻々に投入していくロールプレイゲームである。ゲームでは、投入した対策を被災シミュレーターとインターラクティブに連動させ、被災地状況を変化させるので、参加者は対応の効果を体験的に自己評価できる。
現在、本災害対応訓練用ゲームにおける被災状況シミュレーターとロールプレイングゲーム環境は東京都をケースとしており、全国で圧倒的に多数を占める中核都市に適用することは出来ない。これは被災状況シミュレーター内に記述されている防災機関活動や、ロールプレイングゲーム環境である災害対策本部構造が都市により異なるためであり、本研究で中核都市での適用を行うことは、様々な都市でゲームを実施することが出来るゲーム汎用化へ深く寄与することになる。

本研究の成果

1.ゲームインターフェイスの改良

ゲームはシステム全般を統括する「System Operator」と、訓練を受ける「Player」およびゲーム実施中にPlayerに指示を行い、また全体の進行役となる「Facilitator」で構成される。昨年度までの巨大都市型ゲーミングのユーザーインターフェイス(被災状況の表示、対策の入力等)を改良、「System Operator」や多人数の「Player」に対応できるユーザーインターフェイスの再構築を行った。

オペレーションの概要は以下の通りである。
@) System Operatorがゲームにログインする。
その際に必要なのはTeam名である。Team名を確認することで、ゲーム実施が可能かを判断する。
A) System OperatorがSimulatorを起動する。
Simulator起動後はPlayerのログインが可能となる。
B) Playerがログインする
各部局別に分かれているPlayerは、それぞれ与えられているPCを用いてゲームにログインする。ログイン後は待機画面にてゲームが開始するのを待つことになる。
C) System OperatorはPlayerのログインを確認する。
ゲームを開始するに当たって、System OperatorはすべてのPlayerのログインが完了したかを確認する。ログインが完了するまではゲームを開始することは出来ない。
D) System Operatorがゲームを開始させる。
ゲームの開始ボタンを選択することで、ゲームが開始される。

VEQRES被害画面

2.必要データの収集

汎用システムを用いた検証実験を実施するために、神奈川県藤沢市を実験対象としてデータの収集及びデータの登録を行った。 以下に必要となったデータの一覧を記載する。

・被害モデル関係
津波被害率(2m、6m)、液状化面積率、夜間人口、昼間人口流出人口、流入人口
地区別世帯数
木造棟数(年代3分類)
RC造棟数(年代3分類)
S造棟数(年代3分類)
緊急輸送路
緊急輸送路総延長
地区内道路本数、総延長
通勤マトリックス

・消防Agent関係
消防署員数
消防車台数
消防署
出張所

・警察Agent関係
警察官数
派出所数

・自衛隊Agent関係
派遣部隊一覧
部隊別分隊数

・地区災対センターAgent関係
地区防災拠点職員数
物資(主食、副食、毛布、水)
避難所、広域避難所数

・救護所Agent関係
病院勤務医療班数
救護所数

・遺体安置所Agent関係
遺体安置所数

・ゲーミング関係必要データ
ボランティア数
民間輸送関係車両数
バキュームカー、給水車保有台数
民間保有物資数
車両積載可能量
道路補修班数
医薬品保有数(4点セット、7点セット)
給水物資保有数(給水タンク、ポリ容器)

3.中核都市版訓練マニュアルの作成

中核都市版のマニュアルは、訓練の進行を行うファシリテーター用と、訓練参加者であるプレイヤー用に分け作成した。なお更にプレイヤー用は6つの部局別に各自の任務・ゲーム手順について記載した。

VEQRESマニュアル表紙

VEQRESマニュアル中身

4.中核都市を対象とした実証実験の実施

本ゲームVEQRES/SAITAI(汎用版)の検証実験を、平成18年9月5・6日の二日間藤沢市防災センターにおいて、藤沢市職員48名により実施した。
VEQRES/SAITAIの大きな特徴の一つとして、「ステージ制の採用」がある。これは、被害状況の把握や部局内及び部局間での議論、対策の決定など、災害対策本部の各部局で必要な作業を決められた時間に限られた時間内で行う形態である。一連の作業手順は、以下のようにシミュレーター演算とプレイヤーの意思決定が交互に行われ、その繰り返しとなる。なお第2ステージ、第5ステージでは本部長を筆頭に各部局が現状説明を行う。
また、現状報告の後、プレス役から質問を受けて、それに対応する演出を追加した。 なおVEQRES/SAITAIでは、阪神・淡路大震災の結果から地震がいかなる時間帯に発生しても、災害対策本部は1時間で設置され、本部要員はそれまでに全員参集を完了し、任務を履行できる体制に入るものとし、訓練を行った。

訓練に参加するプレイヤーは事前に本ゲームに関する簡単な説明を受けた後、訓練開始前に個人に配布された「VEQRES/SAITAI(Ver2.0)プレイヤーマニュアル」を熟読することで、各部局の役割等を確認する。なおプレイヤーマニュアルは部局別に作成されており、プレイヤーには自分が担う部局用のマニュアルが渡される。本検証実験では18時に災害発生したという想定から、まず初めに19時の段階で判明している被害状況についてゲーム進行役が報告を行う。

訓練開始

本ゲームはステージ制を採用している。従って、シミュレーターの演算とプレイヤーの協議及び対策の決定が交互に繰り返されることでゲームは進行してゆく。プレイヤーの協議は取るべき対策によっては部局内に限らず部局間で行われることもある。

協議風景

なお各プレイヤーは対策の討議の際、被害全体の概要情報以外に現場防災機関から寄せられた詳細な被害情報をWebインターフェースで確認することが出来る。プレイヤーはVEQRES/SAITAIにログイン後、メニューから各種情報を確認する。 各種情報は被害別状況、地区別状況、対策情報に分かれており、プレイヤーの目的に応じて、情報の確認を行うことが出来る。

情報収集

5.結論

中核都市を対象とした実証実験を行うことにより、本研究の目標を達成することができた。
今後は中小都市への適用や、インターフェイスの改良による汎用性、利用性の向上を進めてゆく予定である。