平成18年度森基金による研究活動報告

「高齢者介護職員のメンタルヘルスと組織システムの研究」

 

政策・メディア研究科 博士課程3年 伴 英美子

 

テキスト ボックス: 本年度、森基金の助成を一部受け2つの調査研究を実施いたしました。本報告書では、以下の構成で研究活動をご報告いたします。

 

I.調査活動報告

Part.1 組織システムと従業員の態度の関連 事業者間比較研究

Part.2 メンタルヘルス及びキャリア開発プログラムの効果検証

(実証研究)

II.本年度の実績

 

 

 

研究計画 概要(研究計画書より抜粋)

高齢者介護サービスの質を高める為には職員のメンタルヘルス・意欲の向上が不可欠である。本調査では、@介護職員のメンタルヘルスやワーク・モティベーションに組織システムはどのような影響を及ぼしているか。A介護事業者職員のメンタルヘルス、ワーク・モティベーション向上の支援策として何が可能か、を検証する。具体的にはPart.:施設管理者への準構造化面接調査による、メンタルヘルス、モティベーション・マネジメントの成功・不成功事例の検証、Part.:メンタルヘルス及びキャリア開発プログラムの効果検証、を実施する。具体的・実践的提言を通じ、介護事業全体のサービスレベルを向上させることを目指す。


 

I.<調査活動報告>

 

Part.1 組織システムと従業員の態度の関連 事業者間比較調査(2)

<概要>

本調査の目的は、高齢者介護施設における組織システムと介護職員のメンタルヘルスやワーク・モティベーションの関連を明らかにすることである。関東の事業者13介護保険施設の介護・看護職員に対し、組織システムへの満足度に関する質問紙調査を実施、930部配布643部回収した。また、人的資源管理担当者に対し、組織システム運用上の特徴・課題・将来展望等についてのインタビュー調査を実施した。介護職員のメンタルヘルス及び意欲維持・向上に成功している事業者とそうでない事業者の組織システム運用状況を比較した。

 

調査スケジュール

     2005年12月〜 (従事者への質問紙調査の実施)

     2006年4月〜2006年6月(事業者質問紙・インタビュー調査の実施)

     2006年8月〜2006年12月(調査結果の分析、口頭発表)

 

調査結果の公表

Part.1の主要な成果は、産業・組織心理学会第22回大会口頭発表、日本心理学会第70回大会, ワークショップ「バーンアウト研究の新しい展開」の話題提供演題として発表された。下記は、産業・組織心理学会での発表論文に加筆修正を加えたものである。

 

「上司との面談機会が介護職員のメンタルヘルスに及ぼす効果」

 

目的

20004月の介護保険制度の施行以降、介護サービスの利用者・従事者数は増加の一途を辿っている。一方、介護職員の労働環境やメンタルヘルスが重要な課題となっており、組織的な対応が求められている。また、200510月、20064月の介護報酬の介護報酬のマイナス改訂により、人的資源管理においてもより難しい舵取りを求められている。

職務ストレスを低減させる要因としてソーシャル・サポートがある。ソーシャル・サポートとは「個人が職業生活を行う上で、周囲の人々からうける様々な支援」(House,1981)である。ソーシャル・サポートには直接効果と緩衝効果がある。直接効果はストレッサーの有無に関係なくストレス反応に直接及ぼす効果であり、緩衝効果とはストレッサーのもつ影響力をストレス反応へ結び付けない効果をいう(小牧,1994)。また、知覚サポート(利用可能性の認知)と実行サポート(実際の提供)では、知覚サポートの方が一層有効であるとされている(中村 , 1999)。送り手では同僚よりも上司からのサポートがストレッサーの認知を低減させ、ストレス反応への緩衝効果も高い。受け手と送り手の関係がソーシャル・サポートの効果に影響を及ぼすと考えられている(中村 , 2000)。

組織内において、ソーシャル・サポートの授受を促進するには、上司からソーシャル・サポートを受ける機会の創出、及びソーシャル・サポートの前提となる関係構築が有効と考える。その一つとして上司との公式な面談機会がある。特に上司による「目標把握」は職員のニーズや職業的な成長にとって有効なソーシャル・サポートの授受を促進する。以上より、面談の「本人の目標達成に向けての場」としての機能に着目した。但し「目標把握」は面談の機能として明確に規定されない場合は必ずしも達成されない。本調査では図1の理論モデル(浦,1992を改訂)に従い、面談機会の回数や機能が、上司との関係、ソーシャル・サポート、ストレッサー及びメンタルヘルスに如何なる影響を及ぼしているかを検証する。

 

方法

1.調査対象者

神奈川県及び近県の介護保険施設11法人の職員390名(回収288名, 73.8%)。その内、介護職員で欠損値のない205名。法人ごとの有効回答数は8〜48名。回答者の性別は男性87名42.4%、女性118名57.6%。年代では20代以下113名55.1%、30代53名25.9%、40代20名9.8%、50代以上19名9.23%。役職では27名15.3%が管理職であった。身分では180名87.8%が常勤。平均介護職経験年数は3.70年(S.D.=3.14)、平均勤続年数は3.00年(S.D.=2.70)であった。

手続き

経営者に協力依頼の後、調査用紙を郵送。一定期間留め置きの後、事業者ごとに回収した。調査用紙は無記名とし一部ずつ封筒に入れた状態で回収した。また経営者・人事担当者に質問紙及び準構造化面接調査を実施し、面談の機能や運用状況等に関する情報を収集した。調査期間は2005年12月〜2006年6月。


 



2.調査項目

フェースシート(性別、年齢)

過去1年間の面談機会(回数・時間)

上司との関係

上司との面談機会の豊富さとして「上司との面談(一対一で話し合う)の機会は充分にある」、上司による目標把握として「上司は私の目標や課題を把握している」を「1.NO」〜「5.YES」の5件法でたずねた。

ソーシャル・サポート

日本労働研究機構(2003)「ストレス緩和要因チェックリスト−ソーシャル・サポート」より4項目を使用した。上司からの知覚サポートについて「1.NO」〜「5.YES」の5件法でたずね、平均値を尺度の得点とした(α=.93)。

ストレッサー

先行研究で使用されているストレッサーを統廃合した27項目。ストレッサー体験頻度を「1.ない-5.いつもある」の5件法でたずねた。因子分析(主因子法, バリマックス回転,  固有値1)により「職場の人間関係」「ケア不全」「業務量過多」「利用者」の4因子が抽出された(α= .91, .89, .85, .76)。領域ごとの平均値を尺度の得点とした。

バーンアウト

メンタルヘルスの指標として、バーンアウト尺度のPines Burnout Measure(BM)日本語版(稲岡, 1995)を使用した。バーンアウト関連の体験頻度を「1. まったくない」〜「7. いつもある」の7件法でたずねた。Burnout Measureの得点は平均3.73、標準偏差1.22。燃え尽き度合い別では、健全群60(29.3%)、警戒群61(29.8%)、燃え尽き群49名(23.9%)、病理群35名(17.1%)だった。

 

結果

1.面談機会

面談回数 過去1年間における上司との面談回数は平均1.53回(S.D.=1.20)。度数別では面談回数1-2回に回答者中70.4%の者が該当した。また、面談時間総数の平均は1.16時間(S.D.=1.34)であった。

面談の機能 組織質問紙調査における「目標達成についての上司との公式な面談の機会」の質問項目には、「実施し、十分機能している」6法人、「実施しているが、十分活用されていない、機能していない」2法人、「実施していない」3法人との回答があった。

 

2.上司との関係(評価)

面談機会の豊富さへの評価は、「1.NO-2.7436.1%3.どちらでもない」5325.9%、「4.-5.YES7838.0%であった。平均3.01S.D.=1.23)。

上司による目標把握への評価は「1 NO-2.6029.3%、「3.どちらともいえない」6230.2%4.-5.YES8340.5%であった。平均3.08S.D.=1.17

 

3.施設間比較

面談回数、上司との関係(機会の豊富さ、上司による目標把握)、ソーシャル・サポート、ストレッサー及びメンタルヘルスについて施設ごとに一元配置の分散分析及びBonferroniの多重比較を行った。その結果、全ての項目で有意な差が認められた。平均値の検討より各領域得点の高低と、施設調査における面談の機能には関連があることが見出された(図2)。

そこで、所属施設の面談の3段階により職員を群分けし(面談なし群36,  目標達成機能なし群20, 機能あり群149名)、その領域得点について一元配置の分散分析と多重比較(Bonferroni)を実施した。

結果、面談回数(F2,176)=5.415 ,p<.01)、面談機会の豊富さ(F2,202)=6.668 ,p<.01)、目標把握(F2,202)11.275 ,p<.01)、で機能あり群が面談なし群、機能なし群より有意に高かった。上司サポート(F2,202)7.119  ,p<.01)、では機能あり群が面談なし群に対して10%水準の有意傾向にあり、機能なし群よりは有意に高かった。ストレッサーでは職場の人間関係(F2,202)=6.541 ,p<.01)で機能あり群のストレッサーが機能なし群より低かった。



 

4.相関分析

 面談機会、上司との関係、ソーシャル・サポート、ストレッサー及びメンタルヘルスについて相関分析を行った(表1)。

面談回数と時間には有意な相関があった。また、面談回数は面談機会の豊富さ、上司目標把握と有意な相関があった。面談回数と上司ソーシャル・サポートには10%水準の有意傾向しかなかったが、上司ソーシャル・サポートは、面談機会の豊富さ及び上司目標把握と0.4p<.01)以上の相関があった。また面談機会の豊富さと上司の目標把握には0.61p<.01)と高い相関があった。 つまり、面談回数は、ソーシャル・サポートに対して直接的な影響は少ないが、面談機会の豊富さ、上司目標把握への職員の評価を通じて、間接的にソーシャル・サポートの利用可能性への認知に影響を及ぼす事が示唆された。

 面談回数とストレッサー及びメンタルヘルスとの関連では、ケア不全に対し負の相関が有意傾向(p<.1)があった。また面談機会の豊富さと目標把握では、職場の人間関係、ケア不全、業務量過多、BMに対して1%水準で、利用者に対して5%水準で負の相関があった。面談のあり方はストレッサー及びメンタルヘルスに影響を及ぼす事が示された。

 

 

 



5.階層的重回帰分析

上司による目標把握の程度が高い程、有効なソーシャル・サポートが期待される。そこで、上司による目標把握について1YES2.どちらかというとYESと回答した者を高群(83名)、3.どちらでもない、 4.どちらかというとNO5.NOと回答した者(122名)を低群とし、ソーシャル・サポートの効果を検証した。まず上司目標把握高群と低群で、ストレッサー及びBMを比較した。一元配置の分散分析の結果、高群でストレッサー4項目中3項目(利用者以外)のストレッサー及びバーンアウト得点の平均が有意に低かった。

次に、階層的重回帰分析によりソーシャル・サポート効果の違いを検討した(表2)。BMを結果変数とし、第1段階でストレッサー、第2段階で上司サポート、第3段階で上司サポートとストレッサーの積を投入し、決定係数の増加分の有意性を検定した。第2段階での増加分が有意な場合は主効果(直接効果)が、第3段階での増加分が有意な場合は交互作用(緩衝効果)があると判断した。また、多重共線性を考慮し、ストレッサーは因子得点を使用した。その結果、上司サポートのメンタルヘルスへの主効果は低群でのみ認められた(ΔR.058, p< .01)。つまり上司目標把握が低い群においてはストレッサーの高低に関わらずソーシャル・サポートの直接効果があった。ストレッサーと上司サポートの交互作用では高群の職場の人間関係(ΔR.024, p< .05)業務量過多(ΔR.021, p< .1)で増加分が有意又は有意傾向であった。つまり高群においては、職場の人間関係及び業務量過多のストレッサーが高い場合においてソーシャル・サポートの緩衝効果があることが示された。

 


 





考察

 

先行研究では職種によりサポート効果に違いがあることが示されているが、介護職においてソーシャル・サポートについては有効であった。特に、高ストレス下でサポートがない場合、メンタルヘルスの悪化が深刻でありソーシャル・サポートは重要であった。

介護分野において、仕事の自律性は一定の範囲内(安全性、時間、プラン等)であることや職務の不確実性が高いことが上司のサポートが重要となると考える。

公式面談については、目標達成向けて上司と取り組む機会としての機能や回数が上司との関係の認知に関連していたことから、介護施設における、メンタルヘルス施策の一つとなりうると考える。また上司による目標把握の度合いはソーシャル・サポートの認知とバーンアウト低減効果の両方に影響した。目標把握低群では、低ストレッサー時でもバーンアウト得点が高かった。目標把握高群では低ストレッサー時はサポートの高低に関わらず、バーンアウトが低く保たれた。以上より、上司における目標把握は、低ストレッサー時において、上司サポートの補完機能を果たしている可能性が示唆された。

 

参考文献

             House, J. S. (1981). Work stress and social support. Massachusetts: Addison Wesley Publishing Company.稲岡文昭 (1995).『人間関係論 ナースのケア意欲とよりよいメンタルヘルスのために』 日本看護協会出版会

             小牧一裕(1994)「職務ストレッサーとメンタルヘルスへのソーシャルサポートの効果」『健康心理学研究』7(2),2-10

             中村圭子 浦光博(2000)「ソーシャル・サポートと信頼との相互関連についてー対人関係の継続性の視点から」『社会心理学研究』15(3), 151-163

            日本労働研究機構 (2003) 『組織の診断と活性化のための基盤尺度の研究開発 : HRMチェックリストの開発と利用・活用』日本労働研究機構

(1992).『支えあう人と人―ソーシャル・サポートの社会心理学―』サイエンス社

 

 


 

Part.2 実証研究

<概要>

本調査の目的は、「上司へのコーチング研修」、及び仕事の振り返りと目標設定を主な内容とした「上司部下面談」が、高齢者ケア従事者のソーシャル・サポート、ストレッサー、バーンアウトに及ぼす効果を検証することである。対象は医療保険の療養病床のリハビリテーション室勤務の管理職1名、部下(面談実施群7名と未実施群 7名)である。上司に対してはコーチング研修(5時間25分)を、面談実施群に対しては、仕事の振り返り、目標設定、問題意識について上司との面談(3045分)を実施した。事前評価と中間評価の比較、研修満足度調査、面談満足度調査、上司インタビューより、介入の効果を議論した。

 

調査スケジュール

     2005年12月〜 (従事者への質問紙調査の実施)

     2006年3月(事業者へのプレゼンテーション、提案)

     2006年8月〜2006年9月(プレ調査、調査設計)

     2006年10月 事前評価

     2006年10月 上司コーチング研修の実施

     2006年11月〜12月 上司部下面談の実施(前半)

     2006年12月 中間評価

     2007年1月 中間報告

     2007年1月〜2月 上司部下面談の実施(後半)

     2007年3月 事後評価

尚、本調査は継続である。

 

調査結果の公表

Part.2の主要な成果は、21世紀COEプログラムワークショップ「総合政策学のベストプラクティス」の第2セッションにて「高齢者ケア従事者のソーシャル・サポートとメンタルヘルスに対する上司コーチング研修と面談の効果 - パイロット・スタディ -」として発表された。また、同発表論文は『総合政策学ワーキングペーパーNo.114として、発刊された。http://coe21-policy.sfc.keio.ac.jp/ja/wp/list12.html

 

最後に、調査活動を支えていただきましたことを、ここに、深く御礼申し上げます。


 

II.<本年度の実績>

 

<口頭発表>

     伴英美子,「上司との面談機会が介護職員のメンタルヘルスに及ぼす効果」(第22回大会発表論文集P49-52)産業・組織心理学会第22回大会口頭発表, 於北海学園大学, 2006.9,

     伴英美子,「高齢者ケア従事者のソーシャル・サポートとメンタルヘルスに対する上司コーチング研修と面談の効果 - パイロット・スタディ -, 21世紀COEプログラムワークショップ「総合政策学のベストプラクティス」, 於慶応義塾大学, 2007.1

 

誌上発表

     伴英美子 (2007) 『総合政策学ワーキングペーパーNo.114 高齢者ケア従事者のソーシャル・サポートとメンタルヘルスに対する上司コーチング研修と面談の効果 - パイロット・スタディ -, 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

http://coe21-policy.sfc.keio.ac.jp/ja/wp/list12.html

 

ワークショップ

     増田真也 北岡和代 荻野佳代子 伴英美子 上野徳美,「バーンアウトプロセスにおける組織システムの影響」(第70回大会発表論文集W49)日本心理学会第70回大会, ワークショップ「バーンアウト研究の新しい展開」にて話題提供者として発表, 於九州大学,2006.11,

 

ポスターセッション

     伴英美子「高齢者介護サービスの組織システムと介護職員のメンタルヘルスに関する研究」21世紀COEプログラムワークショップ「総合政策学のベストプラクティス」, 於慶応義塾大学, 2007.1