高句麗研究から見る中国のナショナル・ヒストリーの創造

〜中国国家研究プロジェクト「東北工程」を中心に〜

 

政策・メディア研究科

修士2年 蒋崢

 

中国東北部から朝鮮半島にまたがる領土を持ち、7世紀に唐王朝によって滅ぼされた高句麗の帰属問題について、中国では1990年代後半以降に、「高句麗は古代中国の一つの地方民族政権である」という歴史認識に基づく研究が推進されるようになった。韓国や北朝鮮はいずれも従来から「高句麗は朝鮮史の一部」と主張してきたのであり、中国の見解に対し厳しく反発している。高句麗史がどちらの歴史に帰属するのかについて国境を越えた論争が起きている。

中国では、改革開放後の急速な経済発展冷戦構造の崩壊で、共産主義や反帝国主義等の政治的イデオロギーでは国家統合が困難になりつつある。また、国内外の影響による少数民族の独立・分離を図る運動がいっそう活発化した。中国政府にとって、国家統合の維持のためには、今日の国境内に存在した固有の民族のすべてが<中華民族>の一員であることを証明しなければならない。それは、多民族国家であるがゆえに「国家統一・民族団結・辺彊安定」を目標に、改めて一つの<中華民族>の「ヒストリー」を創造していくということである。

不安定な朝鮮半島の情勢に鑑み、将来的に朝鮮半島が統一され、韓国による影響力が中国東北地方に一気に押し寄せてきた場合、朝鮮族による独立・分離、また韓国への帰属意識が生まれることは充分に考えられる。あらゆる可能性に備え、東北地方は従来から中国の領土であり、朝鮮族の先祖である「高句麗民族」は中華民族の一つで、高句麗は古代中国の一つの地方民族政権であることを、先手を打って理論武装しなければならないということであろう

中国政府は、国家研究プロジェクト「東北工程」を推進し、<中華>への帰属論を通じ、<高句麗人=中華民族>という共通の歴史的・文化的記憶を抽出し、<中華>の境界内の政治的・文化的アイデンティティを確立し、中国のナショナル・ヒストリーを創造しているのである研究の目的は、東北工程」を事例に、中国におけるナショナル・ヒストリーの創造の実態を明らかにすることにある。