2006年度森基金報告書

 

 

中国における環境NGOの役割と戦略

 

 

                     慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

                                  陶信元

 

 

研究の目的                                    

本論文では、近年中国の環境NGOの活動が活発化している要因として、環境NGOの主体性に着目し、支持基盤の拡大をはじめとしたその発展戦略の特徴を明らかにすることを目的とする。

 

問題の所在                                    

1990年代半ば以降、中国においても環境NGOは活動を活発化させており、政策提案、環境被害者の法律支援、環境保護と経済発展の両立をめざす生態建設など、様々な分野で活動を行うようになっている。また、従来の環境NGOは沿海都市を中心に発展してきたが、近年では雲南省、四川省、貴州省などの農村部でも設立されており、より多様な利益を代弁する役割も担ってきている。

こうした中国の環境NGOにみられる新たな動きの要因として、多くの先行研究では環境NGOを取り巻く状況のなかの促進要因が注目されてきた[1]。しかし、環境NGOがどのような発展戦略を通じて、自身の活動を活発化させているのかという、環境NGOの主体性の分析視点が欠けていた。環境NGOを取り巻く状況のなかでは、促進要因ばかりでなく、阻害要因も同時に存在する。したがって、環境NGOが主体的意思によって促進要因を利用し、阻害要因を排除しながら、活動を存続、発展させているのかを明らかにすることが必要である。この視点こそ、中国における環境NGOの活動活発化の要因を分析する際に重要なものであると筆者は考える。

 

用語説明                                     

環境NGO

本論文が用いる「環境NGO」は、民間によって設立され、組織性を持ち、利益分配を第一目的としない環境保護団体を指す。また、政府が設立したNGOは、「GONGO」として環境NGOと区別する。

 

「公益型」と「共益型」

 従来の研究では、中国の環境NGOを分類する手法として、法的身分や活動事業を指標として用いてきた[2]。しかし、これらの指標は、環境NGOの戦略を明らかにする上で、適当であるとはいえない。

環境NGOがどのように自己を存続、発展させようとしているのか、その戦略を分析する際には、環境NGOが、どのような活動を通して支持者を獲得しているのかに着目することが重要となる。環境NGOの支持者は、環境NGOの活動による受益者と密接に関係している。しかし、環境NGOが設定している受益者の範囲は、その設立時のミッションによって設定されており、各環境NGOによって異なる。そこで、本論文では環境NGOの戦略を分析するにあたり、環境NGOがどの範囲の受益者を設定しているのかによって、大きく「公益型」と「共益型」の2つに分類する。

こうした分類は、先行研究でも提案されている。たとえば、李焱はNGOの活動を「受益者/活動対象者」という視点から、「公益活動」と「共益活動」に分類している[3]。また島田恒もNGOの「重要」な分類指標として、「公益法人」、「共益法人」を指摘している[4]。李の分類によれば、一方で「公益型」とは活動による受益者を特定せずに「広く社会一般の利益のために行う活動」であり、他方で「共益型」は受益者を特定し、「メンバーの利益を図るための活動」である[5]。こうした分類はアメリカのNGO研究においてもみることができ、メイソン(David E. Mason)はほぼ同様な概念を“Instrumental Organizations”と “Expressive Organizations”として分類している[6]

本論文では「公益型」環境NGOを、「ミッションにおいて自身の活動による受益者を設定せず、広く社会一般の利益のために活動する環境NGO」、「共益型」環境NGOを、「ミッションにおいて活動による受益者を特定し、メンバーの利益を図るために活動する環境NGO」と定義する。この定義によって、中国における環境NGOは大別に二つに分けられる(表1参照)。共通点について、「公益型」環境NGOは主に中心的都市に存在するのにたいして、「共益型」環境NGOの多くは周辺的、生態脆弱的地域、農村部に存在する。

          表1 中国における環境NGOの分類

公益型

共益型

自然の友

阿拉善SEE

地球村

草海農民協会

緑家縁

貴州古勝村農民生態産業発展協会

中国政法大学公害被害者法律支援センター

シャングリラ民間自然保護協会

緑網 

淮河衛士

熱愛家園

緑色高原

北京天下渓教育研究所

三江源生態環境保護協会

緑色の友

赤峰砂漠化研究所

緑色北京

緑色康巴協会

天恒持続可能な発展研究所

渾善達克砂地治理協会

出所:「中国環境NGO在線名録」http://www.greengo.cn/中国環境問題研究会編『中国環境ハンドブック 2005――2006年版蒼蒼社、2004 、第334367頁)により、筆者作成。

                                              

研究の手順                                   

本論文では、中国の環境NGOを「公益型」と「共益型」の二つに分類したうえで、一次資料に加え、筆者自身による「自然の友(自然之友)」と「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」でのボランティア活動の経験やフィールドワークでのインタビュー調査を通じて、中国の環境NGOの発展戦略の特徴を明らかにする。

筆者は2005年夏に北京で、一ヶ月のフィールドワークを行い、その際に、北京にある環境NGOの「自然の友」、「地球村」、「緑家園」、「阿拉善SEE」、「中国政法大学公害被害者法律支援センター」、GONGOである「中国環境文化促進会」、海外NGOWWF中国」でインタビュー調査を行った。また、一年間にわたる「自然の友」の会員としてのボランティア活動を通じて、中国における環境NGOの活動を経験した。そして、2006年春には農村である貴州古勝村で、一週間かけて地元の環境NGOである「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」にたしてインタビューなどの現地調査を行い、その際に貴州古勝村の環境NGOに関する貴重な一次資料を入手することができた。こうした一次資料やインタビュー調査の結果が、本論文を作成するうえで重要な分析対象となっている。

 

二つの事例

「自然の友」と「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」という二つの事例を取り上げる理由は以下の通りである。

「自然の友」は中国国内の都市部において早い時期に設立された環境NGOであり(1994年に設立した)、環境教育を主な目標としていたが、ミッションとして具体的な受益者を設定してはいなかった。その後、多方面の支持基盤を獲得し、現在では国内最大の環境NGOにまで発展した。こうしたことから、「自然の友」は「公益型」環境NGOがその戦略のもとで発展した事例といえる。

「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」は、古勝村の森林保護実現のために農民の生活を向上させることを目的として、「自然の友」など環境NGOの支援をうけて発足した小規模プロジェクトであった。それが後に農民主体のNGOとして発展し、「阿拉善SEE・生態奨」を受賞するなど、社会的な評価を受けるまでに至った。「公益型」の「自然の友」に対して、「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」はそもそも古勝村の森林保護と農民の生活向上をミッションとして設立されたのである。したがって、協会は「共益型」環境NGOがその戦略のもとで発展した事例といえる。

 

二つの視点

本論文は環境NGOの発展戦略を分析する上で以下の二つの視点を提供したい。

第一に、従来の研究では、中国の環境NGOの活動活発化の要因として、取り巻く客観的諸条件が環境NGOの活動空間を開くという図式が強調されてきた。しかし、環境NGOはそれを取り巻く客観的諸条件の影響を一方的に受けるだけとはいえない。本論文では、中国の環境NGOとそれを取り巻く外部状況が双方向的に影響を与えている点についても着目する。

第二に、環境NGOと政府の関係は環境NGOの戦略を研究する際に重要な視点ではあるが、本論文は環境NGOと政府の関係だけではなく、より広範に環境NGO、大衆と専門家との間の動きにも関心を払うつもりである。なぜなら、環境NGOにとって必要な資源と支持は必ずしも政府が提供してくれるわけではなく、むしろ、環境NGOはその活動を通じて、社会的支持基盤を獲得していかなければならないからである。

 

各章の概要                                   

第一章

第一章では、中国におけるさまざまな環境問題を概観した上で、その特徴および環境問題が現在も悪化しつつある要因について検証する。中国において、人口と環境・自然の関係を調和すべき公共政策は、情報閉鎖と民衆参加の欠如のゆえに失敗したケースがおおいため、環境問題の悪化に歯止めをかけることができなかった。他方、環境被害者と社会的弱者はますます同一化していく傾向にあり、環境問題は社会の不平等とつながるようになった。本章では環境問題に対する政策を有効に立案し、施行するためには民衆参加が不可欠であると指摘する。

第二章

第二章では、中国における環境NGOの活動の現状を全体的に考察したうえで、環境NGO

活動の促進要因と阻害要因を整理する。本章では、三つの促進要因を指摘する。@中国政府は政府による環境問題の改善に限界を覚え、新たな政策手法を試み始めたことである、A中国国民は悪化しつつある環境問題に対する不満を増大させ、環境への意識を高めていることである、B国際交流の拡大に伴い、海外の経験を参考にすることである。つぎに阻害要因として、@中国におけるNGOに関する法規が依然として厳しいことである、A資金不足の問題であるという二つの点を指摘する。こうした複雑の環境の中で、どのように発展戦略を通じて、支持基盤を安定・拡大させ、ミッションを実現するのは環境NGOにとって存続あるいは発展のもっとも重要な命題であるといえる。

第三章

第三章では、「公益型」の事例として「自然の友」の発展戦略を明らかにする。発展戦略としては、第一に、事業分野について、「自然の友」は自身の能力と組織を取り巻く客観的諸条件を判断し、活動の重点は環境教育に置いていたが、2003年以降、取り巻く状況のなかの大きな転換契機を利用し、環境教育を継続している一方で、政府への提案やアドボカシーといった事業も大規模で行うようになり、より多く支持者を得るようになっている。たとえば2003年に開始された怒江ダム建設に反対する運動を通じて、「自然の友」の支持基盤は拡大した。国家環境保護総局は生態保護の立場からダム建設に反対していたが、政権の内部で発言が弱かった。「自然の友」の活動は国家環境保護総局の支持者になる一方で、国家環境保護総局も「自然の友」の支持者になった。また、このキャンペーンをめぐるメディア報道を通じ、「自然の友」が同様に環境保護へ関心を持つ民衆から認知され、その支持層はさらに拡大した。さらに、「自然の友」は全国レベルの環境NGO、地方レベルの環境NGOを動員するにとどまらず、海外の環境NGOも動員したことから、自らの影響力は国境を越えるようになった。第二に、組織の形態について、「自然の友」は従来の会長のカリスマ依存の組織からしだいにフラットで、オープンという特徴をもつ非官

僚的な組織へと変化してきた[7]。第三に、行為の合法性について、「自然の友」は政府の資源やネットワークおよび政府によって提供される環境を生かし、自らの行為を合法化させるという戦略を常に試みている。「自然の友」は中国青少年発展基金会(政府が設立した教育NGO)と協力し、中国青少年発展基金会の地方政府ネットワークを動員できるようになり、地方レベルの環境教育活動を順調に進んでいる。

                                                    

第四章

第四章では「共益型」の事例として「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」の発展戦略を明らかにする。「貴州省古勝村農民生態産業発展協会」は、早稲田大学の学者、環境NGO「自然の友」、「緑網」、「草海農民協会」が連携し、200310月に発足した「古勝村生態建設プロジェクト」に基づいて発展した環境NGOである。20057月に、畢節地区民政局に社会団体として登録し、NGOの法人格を取得した。協会の発展戦略は、以下の通りである。

第一に、農民参加の工夫である。協会はインフラの整備や農民の生活改善を環境保護活動参加の物質的な誘因として、農民の自主性を尊重することを精神的な誘因として、農民たちの森林保護に対する意欲を引き出した。第二に、資源依存の多様化させるため、協会は果樹の栽培、無汚染農産物の加工といった自前資源を積極的に生かすコミュニティ・ビジネスという経営戦略を展開している。第三に、協会がプロジェクトを展開して以来、活動の状況を常に鎮政府に報告し、地道な活動を行い、成果をあげたことを通じて、政府と農民の関係を調整し、鎮政府から信頼されるという政府への接近アプローチを用いた。第四に、公平かつ透明なシステムの構築するため、住民投票によって協会委員会の選挙制度、15組の代表による意思決定制度、財務公開の制度も整えるようになった。

 

終章

中国における環境NGOの発展戦略の最大の特徴は既存の法律および政府が提供する環境を活用し、自らの活動を合法化させることである。「公益型」であれ、「共益型」であれ、活動の合法性を示すことは自らを存続させるための前提である。政府の一部と利害を一致させ、また、法律を自らの活動を正当化させるものとして利用するのは環境NGOが常に用いる戦略である。さらに、中国における環境NGOは取り巻く状況のなかの阻害要因に制約することではなく、主体的意思によって活動を行い、状況を自己の有利な方向へと変化させている。以上のように、「公益型」環境NGOと「共益型」環境NGOの発展戦略には共通の特徴がみられる。しかし受益者の設定範囲が違うため、支持基盤を安定・拡大させる戦略においては、若干相違点がみられる。

第一に、資源の獲得について、「公益型」環境NGOは受益者が不特定という特徴があるために受益者が常に変動し、受益者に対する利益も特定的ではなく広範にわたるため、活動の拡大に伴う理念の普及とそれによる賛同支持者を獲得するという戦略を実践している。これに対して、「共益型」環境NGOは受益者を特定しているという特徴があるため、共通理念の宣伝以外に具体的な受益者の利益を誘因として、受益者から支持を得る戦略を運用している。

第二に、組織について、「公益型」環境NGOはより多くの支持者を得るため、発信・受信しやすく、組織内部と組織外部と交流しやすい「オープン」という特徴をもつ組織形態を作らなければならない。「共益型」環境NGOは「オープン」よりも、組織内部の意思決定過程、資金運用という面の「透明性」の方が重視する。なぜなら、特定の受益者を支持者として定着させる必要があり、その活動が受益者の利益を代表していることを組織外に示す必要があり、透明性をもつ組織を作らなければならない。

中国における環境NGOの発展戦略を分析する際に、中国社会の新たな動きが見られるようになった。環境NGOは主体意思によって、発展戦略を通じて活動活発していることは中国社会において大きな意義をもつ。環境NGOの活動を通じて、環境問題改善といった公共問題を政府に一任させるのではなく、民衆自らも問題改善に向けて活動できるという認識をもつようになる。それは中国における従来の「政府主導」の社会の変容の可能性を検討する際に一つ有力な根拠になると考えられる。



[1]例えば、「中国的環境NGO:在参与中成長」中国社会科学環境与発展研究中心『中国環境与発展評論』(文献出版社、2004年)。

[2] たとえば、王名、李妍、岡室美恵子『中国のNPO』(第一書林、2002年)、90頁。

[3] 王名、李妍焱、岡室美恵子、前掲書、28頁。

[4]  島田恒『非営利組織研究』(文眞堂、2003年)、46頁。

[5]  王名、李妍焱、岡室美恵子、前掲書、28頁。「公益」と「共益」の定義については島田も同様に位置づけており、前者を「広く開かれた組織としてオープンな公共奉仕を目指すもの」、後者を「限られた会員のための組織としてクローズドな会員奉仕を目指すもの」としている。(島田恒、前掲書、46頁。)

[6] David E. Mason Voluntary Nonprofit Enterprise Management (Plenum Press New York and London 1984) pp.37-39.

[7] 官僚制とは、機械にたとえられるようなシステムである。その特徴は、指示と応諾の一元化や公式主義、文書主義などの特徴がある。それにたいして、非官僚制とは、組織が機械的ではないことを強調するモデルを指す。たとえば、フラット組織、ネットワーク組織、マトリックス組織などである。田尾雅夫『実践NGOマネジメント――経営管理のための理念と技法――』(ミネルヴァ書房、2004年)、57頁。