2006年度 森基金活動報告書 吉田泰朗 政策・メディア研究科修士課程2年 学籍番号:80425820 ログイン名:yasu1192 修士論文タイトル NAFTA批判の再考 ―メキシコ・プレペチャ地域のトウモロコシ生産から− 森基金申請提出タイトル ミチョアカン州“プレペチャ”の意識形成過程 −「老人の踊り」の分析から− 1.
報告概要 提出時に「民族論」というカテゴリーの研究内容で提出したが、研究が進行するに従って、テーマを「エスノグラフィを用いた政策評価」というカテゴリーに変更した。今日「半グローバリズム」という潮流の中で批判されるNAFTA(北米自由貿易協定)のメキシコへの効果を、トウモロコシに焦点をあて分析した。なお、その方法論として、メキシコのインディオ部族の一つである「プレペチャ」をケーススタディーとし、参与観察を試みた。 2.
活動内容・基金用途 a) 参与観察 2004年8月から2005年8月までの期間、第32回日墨研修生・学生等交流計画によって一年間、SFCを休学し、メキシコに留学した。その際に、メキシコシティから西方のミチョアカン州の農村部の調査に当たり、その中でも「最貧困地域」の一つとされるプレペチャ地域に足を運んだ。 参与観察の主要な場は、同州の標高2300〜2500mに位置するロス・レジェス区パマタクアロ・コミュニティである。実施機関は延べ3ヶ月であり、そこでの住民の生活模様に加え、プレペチャ語の学習、農業生産状況の調査、祭礼調査に当たった。 帰国後、修論執筆に向け、資料を得る必要があったため、基金を利用し、プレペチャ地域に再訪した。留学期間中の参与観察を引き継ぐ形で調査に当たり、2006年度最新の農業統計調査及び住民の生活模様の再確認と、最後に協力してくださった方々に謝礼をした。 b) 文献調査 本研究は、そもそもプレペチャ地域での参与観察に基づく民族意識の形成に焦点を当てた「民族論」のタイプのものであった。しかし研究の実現性とオリジナリティを考慮した結果、有益ではないと判断し、それまでの資料から、時事的なトピックをベリファイするタイプに変更した。取り扱う時事問題はメキシコでしばしばセンセーショナルな議論に陥りやすいNAFTA批判である。それを「トウモロコシ」をキーワードに考察した。 使用文献のタイプは主として以下の三つである。 i) メキシコのトウモロコシや農業事情を通じたNAFTA批判書 ii) 20世紀のメキシコの国家建設史書 iii) プレペチャ地域研究書 とりわけiiiに関しては、メキシコ現地でのみ購入可能であり、2006年9月に再訪し、収集に努めた。 3.
修論要旨・概要 トウモロコシを通じたNAFTA批判は、以下の流れで批判される。 a) トウモロコシ耕作には多くの零細農民が従事しており、市場競争下で大地主等によって彼らが土地を収奪されないよう国家が強力に土地の区画管理が必要である。 b) その零細農民はまだ経済的に自立しきれていないため、農民として成熟するよう、国家が強力に職業管理を施す必要がある。 上記の二点が、NAFTA批判論者が共有する前提であり、NAFTA締結以前の体制を言及している。とりわけ下層階級に属すとされる「インディオ」は、市場競争下においてもっとも「敗者」となることが懸念される対象であり、国家主導の開発が要求される。 こうした前提の有効性を調査することが、本研究の目的である。そして調査を通じて、プレペチャ地域の事例において、国家による管理体制はトウモロコシ生産には障害となることが明らかになった。 まずaに関して、プレペチャ地域のトウモロコシ農地は常に動くことが理由として挙げられる。通常7〜10年ほど使用した土地は、松あるいは何らかの樹木を植林する。これは土壌の養分を枯渇させないための手段である。そのため国家が中央集権的に区画管理すれば、このような畑の可動性が否定される。よって、この地における土地の譲渡・売買は国家の承認なしにも行われ、区画管理こそが土地収奪を防ぐ決め手とはならなかった。 次にbに関しては、上述した植林活動は、林業者の仕事になるが、これを「農民」とされる人々は兼業として行っている。これは畑の土質保全という観点からだけではなく、民芸品作成、樹脂採取、薪の供給源といったように多くの現金収入活動と絡む。特に冷害等で不作の場合は、トウモロコシ生産コミュニティの外部から食料を購入する必要があり、現金収入活動は不可欠であった。つまりは、もし国家によって農業生産のみに従事する「農民」としての職能管理を受ければ、こうした職業の横断性は認められず、また土質保全という観点からも障害となった。 4.
活動成果 上記二点をプレペチャ地域の事例から検証した結果、NAFTA批判の前提は、少なくともトウモロコシ生産維持や零細農民の保護にはあまり有効ではないことが明らかになった。そのほかにもインディオ地域は数多く存在するため、トウモロコシ生産様式が同様である場合、この事例検証の有効性はさらに強化されるであろうが、現段階ではそこまでの調査にはいたれなかった。 またこうした結果を踏まえて、ではどのような争点でもって議論すべきかという解決策を提示することにも及んでいない。だが、たとえば土質保全のような環境問題という視点はこのような議論においてはまだまだ希少であり、今後の課題としてよりよい議論をするうえでどのような争点が相応しいかを考察する必要がある。 5.
謝辞 修士論文執筆のために、新たな文献を購入する必要があり、森基金は貴重な渡航資金として有用であった。本プログラムに応募を勧めてくださった堀茂樹教授にこの場を借りて謝辞を述べたい。また、本研究を実施するにあたって、再度現地での調査に力を貸してくださったプレペチャの方々、およびパマタクアロ・コミュニティのサン・マルティン薬局の家族にも、お礼申し上げる。 6.
参考文献抜粋(今回の活動での購入) a) NAFTA批判書 Casares, Enrique R. Y Sobarzo, Horacio edit. (2004), Diez
años del TLCAN en México: una perspectiva analítica, Fondo de Cultura
Económica, Mexico – D.F. Schwentesius Rindermann, Rita/ Gómez Cruz, Manuel Ángel y
Williams, Gary W. edit.(1998), TLC y agricultura: ¿Funciona el
experimento?, Universidad Autónoma Chapingo他, Mexico – D.F. b) メキシコ史書 De la Peña, Guillermo y Vázquez León, Luis edit. (2002),
La antropología sociocultural en el México del milenio: búsquedas,
encuentros y transiciones, INI, CONACULTA, Fondo de Cultura Económica,
Mexico - D.F. c) プレペチャ地域研究書 Beals, Ralph Larson
(trans. Jacinto
Zavala, Agustín)(1992), Cherán: un pueblo de la Sierra Tarasca, El
Colegio de Michoacán, Mexico – Zamora (original: Greenwood Press,
Westport, Connecticut, 1945 in English) Carrasco, Pedro (1976), El catolicismo popular de los
tarascos, Secretaría de Educación Pública, Mexico – D.F. (original:
1957 in English) Durston, John W. (trans. De Hope, Antonieta S.) (1976), Organización social de los mercados campesinos en el centro de Michoacán, Instituto Nacional Indigenísta, Mexico – D.F. Foster, George M. (1948), Empire’s Children: the people of
Tzintzuntzan, Smithsonian Institute, USA - Washington
D.C. González y González, Luis (1968), Pueblo en vilo: Microhistoria de San
José de Gracia, El Colegio de Michoacán, Mexico –
Zamora Van Zantwijk, Rudolf (1974), Los Servidores de los Santos:
la identidad social y cultural de una comunidad tarasca en México,
Instituto Nacional Indigenista, Mexico – D.F. (original: 1965 in
Dutch) 等々、他 |