2006 年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究報告書

 

政策・メディア研究科

修士2 中島 美穂

 

        研究題目

HIV/AIDS政策における政府とNGOの連携〜カンボジアを事例として」

 

「メコン河流域における日本の開発援助の変容」という題目で助成を得たが、メコン河流域における開発は何十年も続けられているにもかかわらず、いまだ開発援助が実施されている非常に困難な地域で、焦点を明確にしないと研究にならないと示唆を受けた。メコン地域への援助を調べる中で、HIV/AIDS問題がドナーから被援助国への事業だけでなくタイを中心に南南協力が展開されていることがわかった。そして、メコン河流域圏はアジアにおいてHIV/AIDS問題が深刻な地域で、中でもメコン河流域圏の人の移動の中心−人が出て行きかつ入ってくる場所であるカンボジアは、HIV/AIDS感染率がアジアで最も高い。カンボジアのHIV/AIDS政策を調べてみると、1998年を境に感染率が減少していることがわかった。さらに200412月にカンボジアを訪問した際、エイズ対策への取り組みや政府との連携を説明してくれたことを思い出した。修士課程において、メコン河流域という大きな枠組みではなく、それを支える一国の政策に焦点をあて研究することで、将来的に地域という大きな枠組みに取り組むことが可能となるかと思い、研究テーマを変更した。

 

        研究概要

本研究は、HIV/AIDS問題について、カンボジアのHIV/AIDS政策を事例として、ステークホルダー間の関係に焦点をあて、政策ネットワークの視点からそのメカニズムを明らかにするものである。

 

HIV/AIDS問題は、国際機関や政府機関の援助だけでなく民間レベルでも多額の援助が存在し、国際的関心が高い。しかし、国連エイズ合同計画(UNAIDS)は「HIV/AIDS最新情報2006年末現在」において、世界中で3950万人がHIVに感染し、その中で2006年に新たに感染した人は430万人、AIDSによって亡くなった人は290万人だと推定しているように、その脅威は収まらない。こういった状況の中で、UNAIDSや世界エイズ・結核・マラリア対策基金、世界保健機構(WHO)などHIV/AIDS問題への支援を実施している国際機関や財団は、HIV/AIDS問題への取り組みには政府やNGOHIV/AIDSの感染者などステークホルダーが協力することが問題克服に重要だと指摘する。例えばUNAIDSは、「エイズは、知的で力強く、そして並外れた対応策を必要とする。うまく調整されていない努力や、部分的な解決策しか提供しない努力は、新規感染件数の有意な減少をもたらさない」という一方、どのようなメカニズムかは触れられていない。

本研究は、「うまく調整された努力」の事例としてカンボジアの取り組みを取り上げ、その調整メカニズムを明らかにすることである。カンボジアは、アジアで最もHIV/AIDS感染率の高い国で、12ドル以下で生活する人が80パーセント近くいるなど深刻な貧困問題を抱えた後発開発途上国である。1993年にHIV/AIDS感染者が発見されて以来、感染者率は上昇し続けたが1998年以降は減少し続けている。また、性産業従事者や軍人、警官、バイクタクシーのドライバーという感染の危険率の高い人々の性行為時のコンドーム使用率が90パーセント前後であるというように、成果がみられる。この成果には、海外からの援助だけでなく政府とNGOの連携もあると考え、NGOや国際機関、カンボジア政府でのインタビュー調査と文献調査を行った。

 

森泰吉郎記念研究振興基金によって、カンボジアでの調査のみならず東京都内で開催された多くのシンポジウムに参加し、幅広い情報を収集することができた。こういったシンポジウムで学んだこと、得た情報によって研究の焦点を絞り、かつ深めることができた。森泰吉郎記念研究振興基金を十二分に活用させていただいたことを感謝申し上げる。

 

        研究成果

カンボジアでの現地調査、国内でのシンポジウムでの情報収集、インタビュー調査を実施した。

 

<カンボジアでの現地調査>

調査期間

2006 11 22 日〜2006 12 2 日(12日間)

訪問先

WHOカンボジア、KHANA(クメールHIV/AIDSNGOアライアンス)、CPN+(カンボジアHIV/AIDS感染者ネットワーク)、コンポンチャン県CPN+PACT CambodiaOD(診療行政区)職員

・調査内容

20069月にカンボジアで実施したインタビュー調査から再度2点を中心にインタビューを実施し、またワークショップにオブザーバーとして参加しえたことで、WHOKHANAなど中央レベルと地方の感染者グループという実践レベルの両方にアクセスできた。インタビューでは、カンボジアの保健行政の顧問であるWHOで、@政府とNGOの関係や課題、さらにA政府とNGO、ドナーをメンバーとするHIV/AIDS政策形成グループのメンバー構成、会議のあり方、グループの維持についてうかがった。感染者グループであるCPN+では、プノンペン近郊のワークショップとコンポンチャン県のワークショップにオブザーバーとして参加することができた。招待者にはOD(診療行政区)という保健行政の末端の行政機関の職員が半数を占めており、感染者や人々に最も近い行政職員に話を聞くことができた。コンポンチャン県CPN+では、スタッフとともに事務所に宿泊し、食事を共にすることでHIV/AIDS問題だけでなく日々の生活のことなど幅広い話をうかがい、又観察できた。栄養バランスのよい食事と身体を清潔に保つなど、CPN+が発行している生活ガイドの実践について垣間見ることができた。例えば、男女関係なく、事務所でシャワーを浴びており、一日一回以上は髪を含め全身を洗うようである。

 

<日本でのインタビュー、シンポジウム>

 日本では、稲場雅紀氏と氏が主催したシンポジウムのパネリストのJICAでのインタビューに同行し、JICAHIV/AIDS対策への取り組みを学んだ。

参加したシンポジウムは下記のとおり。

l         国際シンポジウム 『日本のODAは世界の貧困を救えるか?』

l         DFID (英国,国際開発省) タンザニア所長を迎えてのアフリカ援助勉強会

l         カンボジア市民フォーラム第2回勉強会

l         国際シンポジウム「検証 パリ和平協定から15 年を振り返る―貧富の格差の縮小と民主的社会の実現に向けて―」NGO会合

l         国際シンポジウム「検証 パリ和平協定から15 年を振り返る―貧富の格差の縮小と民主的社会の実現に向けて―」全体会合

l         国際シンポジウム「HIV/エイズ新規予防・医療技術開発の重要性」

 

     研究の成果

森泰吉郎記念研究振興基金によって実施できた調査は、修士論文の根幹をなすもので、成果の概要は以下のとおりである。

 

1993年にHIV/AIDS感染者が発見されて以来、増加し続けた感染者率が、1998年以降低下するなど成果が見られるようになったのは、HIV/AIDS政策の実施を担うNational Centre for HIV/AIDS Dermatology and STDsが保健省に設立され、政策形成にNGOHIV/AIDS感染者グループが参加するTechnical Working Group(TWG)が設けられるようになった時期と一致する。

1993年にHIV/AIDS感染者が発見された年から1998年までにも、政府はHIV/AIDS対策国家計画が策定され、それ以降も政策は繰り返し策定。又、NGO90年代初頭にはHIV/AIDS問題への支援は国際NGOだけだったのが、徐々にローカルNGOが増え又感染者の互助組織のような感染者グループもでき活発であった。そして、HIV/AIDS問題への国際援助もあった。これらの活動は個別に存在していた。

 

⇒ 98年以降TWGによって資源の相互依存関係政府の法的資源、情報(収集)資源や組織(施設)資源、NGOの情報(伝播)資源、組織(人)資源、ドナーの財政的資源、TWGにおける政策形成によって担保される政治的資源という政策ネットワークを形成する5つの資源を補完しあう関係が構築された。

政府:政策の策定とそのマネージメント

NGO:政策の実施者

 

これは、カンボジアでのインタビューにおいて相互に、そしてドナーによっても認識されていることが確認できた。すなわち、政府とNGO、国際機関において「政府の役割は何か」と「NGOの役割はなにか」を質問し、その上で政府には「NGOが政府の役割をどう見ていると思うか」、NGOには「政府がNGOをどう思っているか」を問うた結果である。NCHADSではその代表にインタビューし、政府として増員し官僚がHIV/AIDS政策を実施していく可能性について問うたが、政府の役割は「政策の策定とマネージメント」で、実施はNGOに依存していると明言している。NGOHIV/AIDS政策に加わることで、組織資源()が確保され、政策の実施者が確保された。これは、政府にとって政策の実施者確保と同時に、NGOに「政策の実施を左右する資源」を付与したことを認めることなり、NGOへの依存は明らかである。他方、ローカルNGO、国際NGOにおいて、政策の実施者を自負しており、政府がNGOを無視して政策を策定しても実施に至らないと指摘しつつ、政府に対しカンボジア国におけるHIV/AIDS政策の策定HIV/AIDSに関する法の遵守など権威を認めている。政府との協力によって、法的資源や権威が確保されることとなり、地方の行政府やコミュニティでの信頼性が増すなど、政府に依存している。

このように、カンボジアにおいて、海外からの援助だけでなく政府とNGOの連携によってHIV/AIDS政策に成果がもたらされるようになったのである。