2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金報告書

需要即応型のバス運行モデルの構築と評価

大谷内 肇

慶應義塾大学 政策・メディア研究科

 

2002年に道路運送法が改正され,バス運行についても規制緩和が実施された.これにより新規事業者の参入がしやすくなり,既存事業者は大きな競争にさらされる結果となったしかし,その運行形態はほとんど変化しておらずダイヤ通りの運行となっており運行の自由度は従前のままである.そこで,都市部において需要に応じた新しいバス運行体系を提案し,バス運行の効率化と顧客満足度の向上を考えるのが当研究の目的である.

Modeling of bus operation in demand

Hajime Oyauchi

 (Graduate school of media and governance, Keio University)

In 2002 Road Trucking Law is revised, and the operation of the bus was deregulated. New companies enter easily, and existing company is exposed to the competition.  But the operation changes only a little. So, I propose a new bus operation in demand at the city part, that operation is made efficiency and Customer satisfaction is improved more.

キーワード:規制緩和,運行計画,ダイヤ,ツインライナー

Keywords: Deregulation, bus operation, diagram, twin-liner

 


1.はじめに

 2002年に道路運送法が改正され,バス・タクシーなどの乗合自動車について大幅な規制緩和が実施された.その内容は需給調整規制を撤廃した事と,適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えない範囲で運賃が自由に決められる上限運賃認可制を導入したことが柱となっている.[1]これは市場による自由競争により,利用者の利便を最大化する最適なバスサービスが供給されるという基本的な考え方を受けて,過当競争による事業者の共倒れを回避するための,事業免許に際して需給均衡がとれているかを審査基準とする参入規制が廃止されたものである.また,事業者間の競争により運賃を引き下げることで,結果として利用者が規制緩和の利益を享受するという考え方から,運賃規制も上限制となったものである.この大幅な規制緩和にともなってバス事業の新規参入や路線の大幅な統廃合や新規開設が活発化している現状である.[2]ただ,規制緩和になったからといって運行そのものに大きな変化が生じたわけではなく,特にダイヤ改正などは年周期で実行されているのが現状である.この文章では規制緩和の現状を把握した上で,これからの都市部におけるバス運行の新しい形を提案したい.

 

2.改正道路運送法の概要と規制緩和

 2.1道路運送法の概略

 道路運送法[3]19516月に初めて施行された法律であり,以来年月と共にその内容を変遷してきた.まずはその概要を説明する.

この法律はその目的で「道路運送事業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利用者の利益を保護するとともに,道路運送の総合的な発達を図り,もつて公共の福祉を増進することを目的とする」としているように乗合自動車事業であるバス・タクシーの総合的な発達をを図ることによって利便性を向上し,更に利用者保護もうたっている.2002年の道路運送法の改正では

         政府の需給調整の廃止

         新規参入の免許制から許可制への変更

         上限運賃認可制の導入

を骨子としており,これにより大幅な既成緩和が実施されている.以下にその説明をする.

 

 2.2 需給調整の廃止〜免許制から許可制に

  まずは政府の需給調整の廃止とそれに伴う免許制から許可制への変更について考えてみたい.乗合バスについては,路線毎の免許制による参入規制と,事業者毎の認可制となる運賃規制が実施され,また同時に地方の生活路線維持と鉄道路線廃止代替バスについては補助制度が実施されてきた.このうち参入規制には,以下の審査基準が存在し

1、事業の開始が輸送需要に対し適切である

2、事業の開始によって,当該路線に関わる供給輸送力が輸送需要量に対して不均衡にならない

3、事業の遂行上,適切な計画を有する

4、事業を自ら的確に遂行する能力を有する

5、事業の開始が公益上,必要であり適切なものである

といった点をクリアして始めて免許が与えられたため,新規事業者の参入が事実上困難になっていた.ところが1997328日に政府が「規制緩和推進計画の再改定について」を閣議決定したことを受けて,4月に運輸省(当時・現国土交通省)は運輸政策審議会に対して「交通運輸における需給調整規制廃止に向けて必要となる環境整備方策等について」審議するように詰問し,「需給調整規制の廃止につき,生活路線の維持方策の確立を前提に,所要の法改正を実施する」こととされた.これを受けて法制度の改正検討が開始され,20005月に道路運送法が改正されあわせて関連法令,省令も改正され20022月の施行にいたった次第である.この規制緩和に伴い,乗合バス事業及びタクシー事業に係る参入規制が免許制から許可制になった.

 

2.3 上限運賃制度の導入

更に道路運送法の改正では「上限運賃認可制」の導入がなされた.これは運賃をそれ以上高くしてはならないという上限額を認可する仕組みで,認可された上限額の範囲であれば事業者が30日前までに以下の項目を国土交通大臣に届出ることにより運賃が機動的に設定できるようになった.

         設定又は変更しようとする運賃
又は料金を適用する路線

         設定又は変更しようとする運賃
又は料金の種類及び額

         実施予定日

この結果,その地域で横並びであった運賃から各社が地域特性に応じた多種多様な運賃が設定できるようになり,運賃面からの各社の競争が一部でスタートしている.一部区間では平行する鉄道との競争の関係で大幅な値下げが実施されたケースもある.

 

 2.4道路運送法施行規則改正内容

ここで,道路運送法が改正されたのに伴い省令の道路運送法施行規則も改正されている.この中に具体的な規制緩和の内容が記されており,その内容について詳しくふれてみたい.

まず,バス事業を運営する際に国土交通省に申請し認可を受けていた事業計画に様々な事項が記載されていた.例を挙げると

         路線又は営業区域

         営業所ごとに配置する事業用自動車の数

         自動車車庫の位置及び収容能力

などになる.ところがこれ以外にこれまで記載しなければならなかった事項が一部届出制に変化した.具体的に言うと

@事前の届出事項(30日前に届出)
営業所ごとに配置する事業用自動車の数

A事後の届出事項(軽微な変更)
主たる事務所の名称及び位置 等

などの項目になる.これにより路線需要に応じて機動的にバスの車両配置を変更することが可能になった.また,事業計画記載事項の一部であった運行系統や運行回数が実施日30日前の届出制になったことで,運行計画に対する自由度が非常に高まった.このように許可制だった項目が届出制になったことによって,自由にダイヤ編成が可能になり,また新規参入・路線撤退などがしやすくなってきた.

一方で,路線の休止又は廃止に係る事業計画の変更をするときは,その6ヶ月前(旅客の利便を阻害しない場合にあっては30日前)までに路線,時期等を記載するとともに,当該路線の現況等を記載した書類等を添付した上で国土交通大臣に届出する事になった.この「旅客の利便を阻害しない場合」は

         休止又は廃止に係る路線において他の乗合バス事業者が現に同事業を経営し,又は経営することが見込まれる場合

         路線の休止又は廃止の後の生活交通の確保について,地域協議会(関係都道府県,関係市町村,地方運輸局等により構成される協議会)において既に協議が整っている場合

となる.このような制約事項を設けることにより,いわゆる過疎の生活路線で運営している事業者が一方的に撤退しないような歯止めもかけてはいる.

現在,法制度改正されてから主に都心部で新たな事業者がバス事業に参入してくるケースも多く見受けられるが,一方では過疎地の生活路線から地元との協議の上,地元で別にバスを運行するなどの条件が整った場所において現在の事業者が撤退しているケースが多く見られる.

 

3.バス運行計画について

3.1 運行計画の策定の現状

このように規制緩和を受けてバス路線網が大きく変化してきたのは事実であるが,その一方で実際にバスの運行計画を策定する関わる部分は大きな変化がまた見られないのも事実である.そこで,バスの運行計画の問題点を明らかにする為に,現在のバスの運行計画の策定について既存路線と新規路線をそれぞれ例にあげて説明したいと思う.まず既存路線については既に路線を走らせている為,現状ではダイヤを改正する場合は30日前までに届け出る必要がある.この部分についても規制緩和が行われた部分であり先ほども述べたが,これまで事業計画記載事項の一部であり許可制となっていた運行系統,運行回数が届け出事項である運行計画に記載すべき事項となり,実施日の30日前までに届出を行えばよくなった.通常以下の社内手続きがとられている.バス会社では定期的に乗車人員調査を行っているが,それ以外にも毎日のダイヤや路線ごとの収入をバスカードリーダーを含めた運賃箱データから把握し,統計処理をしている.また,それとは別にダイヤどおりの運行がなされているか運転手による調査を行ったり,あるいはGPSなどを使った位置情報システムが装備されている場合はそのデータを活用してダイヤと実際の運行時刻の差を調査する.これらのデータをもとに他社の路線が走っている場合はその動向をある程度仕入れた上で,運行本数と運行時刻を改めて算出する.この作業を全ての路線で実施したうえで,営業所毎にバスの台数と運転手人員等も考慮したうえで最善の運行本数・時刻に調整したうえで,新たなダイヤを引きなおし会社内での会議を経て国土交通省への届出書類が作成され,同時にバス停に張りなおす時刻表の手配やバステープの調達などが行われ,利用者に対して周知した上で実際にダイヤ改正が行われるといった手はずになっている.また,新規路線の開設には乗合バスの場合だと,初期の段階である程度地元住民の理解を得る必要性があり,まずはその交渉に追われた上で,地元自治会などからの支持を取り付けた上で社外社内で調整をした上で国土交通省に申請するという手続きになる.

 

3.2 ダイヤ編成の各種問題点

いずれにせよこのような調整は通常年単位のサイクルで行われるケースが多くそのためダイヤ改正が一年ごとになり,その間に会社の事業所の移転や情勢が変化した場合に即座に対応できないといった難点が存在する.ある程度大きな事業所や大学等の変化であれば事前に情報を把握した上で,影響を考慮してダイヤ計画時に織り込むことも可能であるが,急な変化においては,即座に対応しきれない部分もあるのも事実である.更に,日々の細かな変化や人間の流れといったミクロな動きには現状の「平日・土曜日・日曜日」のダイヤ構成では対応しきれない部分がある.特に日によって人員が集中する時間帯が違ってくる工場送迎路線や大学路線等も現状のダイヤ構成では日によっては積み残しが発生するケースが存在する.この場合では現状ではバス会社が臨時運行などによって積み残しに対してカバーするケースも見られるが,それが常態化してくると別の問題が発生してくる.2004年の12月に江ノ島電鉄が横浜市戸塚区内の戸塚駅から明治学院大学を結ぶ路線で時刻表の二倍のバスを運行していたということで,道路運送法違反で書類送検された.このケースでは運行計画では一日50本と規定していたところ,積み残しなどが日常的に発生した為に,追加便を運行していたがこれが常態化しそのため周辺住民から苦情が発生した為書類送検となった次第である(2004122日付け 朝日新聞より)

運行計画としてダイヤ本数を決めたらそれを逸脱せずにその通りに運行する義務があり違反した場合には是正命令が下る条文が現在の道路運送法の第十六条にある.ただし,突発的な需要増については臨時便を出すということで対応することができるが,今回のケースで需要増にこたえる形で臨時便運行を常態化させたため,運行計画に従っていないとの事で摘発された次第である.このケースの場合は摘発以前に周辺住民から苦情を受けて,規制緩和で運行計画が届出制となったこともあり,続行便となっていた部分を正規の運行計画に組み入れることによって一応の解決をみたが,フレキシブルに運行計画を定めていくことは現在の法制度では難しいと考えられる.

 

3.3 運行計画の新手法の提案

ここで,仮に運行計画の本数をある程度の範囲内で増減する形で,更に最低運行間隔を定めることによって日々の需要に対応した運行計画を定めていく方法を私は提案したい.現在情報技術の進歩により,運行ごとの乗車人員,金額,また所要時間をデータとして収集することが可能になってきている,これを週単位で集計して,次の週にはその実態に合わせてバスを流動的に運行させることによって積み残しが発生しないような効率的な運行をすることも可能になると考えられる.また,一,二台程度の予備車両を待機させておくことによって突発的な需要増にも対応できると考えられる.この場合の運行は臨時便として運行するが,その後は正規の運行に即座に組み入れていく形が取れると考えられる.このプランの実現の為には省令の運用レベルで解決できるかは疑問点が多いので今回この場での議論は控えるが,いずれにせよ利用実態に合わせてフレキシブルに変化していくことによって無駄な運行費用を削減できる可能性があり,ある程度待機人員を咲く必要性もあるが,大混雑のバスと空席が目立つバスを運行させるのではなく,程よく人員が乗車して移動できる環境を成立させることができ,結果的に顧客満足度が上がる可能性がある.

 

4. 運行モデルの構築

4.1 モデル路線の選定

運行モデルとして今回慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスとその最寄り駅の湘南台駅西口を走る路線を選定した.理由として,大学路線は曜日によってある程度の需要が変化することが考えられる.また大学キャンパスに向かう通学需要と周辺地域からの都心へ向かう逆向きの通勤・通学需要が発生しており,ほぼすべての時間帯で一定の利用が見込めることから選定した.湘南台駅〜慶応大学線の特徴を見て見ると一部慶応大学〜辻堂駅線にバスが出て行くことがあるが,基本的には湘南台駅〜慶応大学間でバスの単純往復が行われていること,慶応大学から車庫に向けて回送が実施されていることなどから単純化する意味においても最適かと考えられる.バス会社では車庫をでて単純往復する運行パターンと,あちこちの路線をまわって車庫に戻ってくるパターンがあるので,あちこちの路線をまわって車庫に戻ってくるパターンについてはモデルとしては単純化するのが難しいので現在では除外し,単純往復のパターンから考えていきたい.

 

4.2 モデル路線の現状

 湘南台駅西口〜慶応大学線は神奈川中央交通によって運行され,以下の4系統によって構成されている.所要時間は1015分である.

23系統 湘南台駅西口〜広谷〜慶応大学

24系統 湘南台駅西口〜笹久保〜慶応大学

25系統 湘南台駅西口〜(急行)〜慶応大学

26系統 慶応大学→(深夜)→湘南台駅西口

このうち湘23/24/26系統は通常の路線バス車両で,湘25系統のみツインライナー[4]と呼ばれる従来のバスより定員の多いノンステップ連節バスで運行されている.以下に湘南台駅西口から慶応大学までの現在の運行回数をあげておく.尚,深夜バスは大学から駅までの運行である為にこのデータの中には含まれていない.

湘南台→慶応大学

平日

土曜

日曜

23系統

72

48

19

23系統(急行)

5

5

 0

24系統

18

13

7

25系統

38

29

 0

 

4.3 路線の現状把握

 まず,この路線の現状を把握するために乗降人員調査を実施した.時間帯毎の乗降人数の差や混雑時間帯でのバス停での滞留状況を把握するのが最大の目的である.以下の日程でこの路線を担当する神奈川中央交通株式会社の協力を得ながら実施した.

日程:1010()1013()

時間:7:0020:00

湘南台駅西口停留所,ならびに慶応大学停留所に調査員を配置し,乗降人員をダイヤ毎にカウントした.まずは,系統毎の平均乗車人員を提示する.

 

 

大学行き乗車

駅行き乗車

23系統

30.5

33.4

24系統

10.5

12.3

25系統

35.8

37.9

 

24系統は遠回り路線であり,かつ大学の通学時間帯には運行されていないため,平均乗降人員が少なくなっている.また,一般バス使用の湘23系統よりも連節バス使用の湘25系統が乗降人数が多い結果となった.

 

単位:人

大学行き

駅行き

時間帯

乗車人員

一便平均

乗車人員

一便平均

7

604

46.5

180

25.7

8

871

58.1

90

7.5

9

478

43.5

45

6.4

10

484

44.0

72

12.0

11

272

34.0

59

9.8

12

360

36.0

54

9.0

13

109

18.2

129

21.5

14

163

23.3

126

21.0

15

115

19.2

542

60.2

16

102

10.2

808

73.5

17

106

10.6

320

45.7

18

104

11.6

670

60.9

19

71

7.9

402

50.3

 

次に,時間帯毎の乗車人員および一便あたりの平均乗降人員をあげる,この表から見ると大学行きは朝8時代が一番混雑し,駅行きは16時代が最混雑時間帯となっている.朝は併設されている中学・高校への通学流動の為,この時間帯が混雑する結果となり,夕方は中高生の帰宅時間帯と大学生の帰宅時間帯が重なるためである.ただ,最混雑時間帯での平均乗車人員が70名を超えている時間があるにもかかわらず,平均乗車人員が先に挙げた数値に帰着することは,やはり時間帯によって大きなばらつきがあることが伺える.また,一般バス使用の湘23系統の平均乗車人員と連節バス使用の湘25系統の平均乗車人員に5名程度の差しか見られないことや,最混雑時間帯では連節バスで100名を超える乗車人員があったことから考えると.連節バスの収容力が無駄となっている時間帯も見受けられる.朝ラッシュ時の大学からのバスは駅到着時点ではかなり混雑しているが,夕方時間帯は帰宅が分散する事もあり,駅からのバス乗車人員がさほど多くはないことからも夕方時間帯で反対方向での収容力が生かされていないことが伺える.

 

4.4  基本モデルの提示

 モデル構築の上で一番重要なのは,現在のダイヤよりもよりよりサービスが提供できるかどうかである.現状のダイヤの問題点が前章までで明らかになっているように,どうしても単純往復しているツインライナーがラッシュの反対方向で無駄が生じている現状である.この無駄をいかにしてなくした上で,乗客にとっても長時間待たずに乗車できるサービスが構築できないかどうかを提案したい.モデル構築にあたり,先に述べたように需要に応じてバスを走行させることを第一に考える.しかし,現在都市部におけるバス利用者はダイヤを重視する割合が高いため,すべてを需要による運行とした場合にバスが決まった時間帯にこないことによる不満が発生する可能性が高い.この為,15分から20分間隔で運行するバスを設定し,それ以外の時間はバス停に人がたまるごとに起点停留所を発車するバス運行モデルを構築する.先の需要だけで運行する方式を需要型とし,需要運行と定時運行を組み合わせたタイプを中間型とする.これに現行のダイヤどおりの運行を現行型とし,三種類のタイプの中でどのモデルが一番優れているかを評価する.

 

現行型

現行のダイヤどおりの運転

中間型

15分〜20分間隔でダイヤどおりに運転

それ以外の時間帯は乗客が待ち次第運転

需要型

一定以上のお客がたまったら運行

 

4.5 事業者側の評価指標

評価にあたっては事業者側・利用者側それぞれの目線からの評価を考える上で何を説明変数とするかを考えた際に,一番指標化しやすくわかりやすいのが事業者側にとっては一運行あたりによる収益だと考える.都市型のバスにおいては人件費・燃料費・減価償却費等を含めたトータルコストを考えた場合,1km当たり660円の運行コストが発生している.尚,この数値は通常の路線バスの場合であり,ツインライナーについてはこれよりも更に燃料費がかかっている.通常のバスは1リッターあたり,約3km4km走行する[16]が,ツインライナーは通常のバスの約2倍の重量があることから,単純に計算すれば二分の一の燃費になると考えられる.即ち,1リッターあたり1.5km2kmの走行となる.200610月現在の軽油の1リッターあたり100円なのでここから計算すると,50円から70円のコストが余計にかかっている.ここからツインライナーの運行コストは1kmあたり720円と推定する.湘南台駅西口〜慶応大学線の走行キロを4kmとするとこの区間を走行するバスの片道のコストは以下のとおりである.また,採算ラインの人数もあわせて記す.

 

         通常の路線バス使用の場合:2640(採算ラインは15名以上)

         ツインライナー使用の場合:2880(採算ラインは16名以上)

 

この区間の運賃が210円であることから,現況の現金乗車の場合で一便当たり平均13人以上の乗車があれば収支は黒字となる.しかし,実際は現金乗車の人間は少なく,割引率の高いバスカードか通学定期券の利用がほとんどである.バスカードは一番割り引き率の高い5000円のカードで850円のプレミアがつくことから考えると,一回乗車につき180円の収入となる.また,通学定期券の場合一ヶ月に18往復した場合の運賃で計算されているため,一ヶ月に学校が21日あるとすればこれも一回乗車につき180円の収入と考えられる.この為,実際の収入を一人一回乗車180円として計算すると,通常の路線バスの採算ラインは15名以上,ツインライナーの採算ラインは16名以上となる.因みに,先にあげたようにこの路線の収支は平日だけに限れば湘24系統を除き黒字になっており,湘24系統の本数が少ないことからも路線全体で見れば黒字となっている.しかし,これは大学・中高が学期中の場合の数値であり,長期休暇中は乗車人員が減り著しく採算が低下する事から,神奈中側の説明によると現在は赤字との事である.

 

4.6 利用者側の評価指標

 一方利用者側の指標を考えてみると非常に難しい.個人によってバスを待つことに対してどれだけのストレスがたまるのかは状況や体調などによっても変化し,さらには天候などによっても左右される要素がある.その中で,東京大学の平野孝之の「バス待ち抵抗緩和のためのバス停設備に関する研究」のバス待ち時間と待ち抵抗の関係によると,バスを待つことに抵抗を感じる人の割合が50%を超えるのは68分とのことである.今回,この考え方を採用することにして,7分以上待たされた場合に待ち抵抗を感じたということでポイントをつける.また,バス車内で座れたかどうかも抵抗に感じるとのことであり,ここから座れなかった場合についても抵抗を感じたということでポイントをつける.この二種類のポイントは別項目であると考えて,それぞれ数値を出す.この数値を利用者側の評価指標とし,この利用者側の指標が一番低くなり,かつ事業者側の収益が最大になるようなモデルが,先にあげた三つのタイプのうちどれになるのか比較してみる.

 

4.7 バスの出発の条件付け

 ここではバスの出発タイミングと制約条件を考える.まず通常型であるが,これは現行のダイヤ通りに発車させ,また一切の制約条件を考えないで指標を計算して,他の二つのモデルとの比較とする.次に中間型の場合は最低発車間隔を設けることとする.この最低発車間隔は15分間と定める.この最低発車間隔のバスにはツインライナーを用いる事とする.次にそれ以外の時間については普通のバスを使用し,バス停に座席定員の20名がならんだ時点でバスを配車し,2分後に発車するものとする.ただし,前のツインライナーが発車してから13分経過した場合は次のツインライナーまで発車を待つこととする.最後に需要型であるが,こちらもバス停に20名並んだ時点で配車して,2分後に発車するものとする.尚,ツインライナーについては往復で4両の制約条件を用いた上で1本使用すると一往復に最低40分かかるものとする.更に路線は駅と大学間の二地点間の往復とし,途中の停留所は全て通過するものとする.尚,今回のモデルでは途中のバス停での乗降は一切考えないものとする.また,乗客の人数は先の調査で把握した人数を参考に,通常ダイヤで運行された場合と同じように乗客が一様にバス停に到着するものとする.

 

4.8  シミュレーション結果

以上の条件で,シミュレーションを実施した.その結果を記す.

 

 

バス本数

一般バス

ツイン

運行コスト

待ち

不満度

立席

不満度

不満度合計

現行型

126

88

38

341760

191

1421

1612

中間型

113

61

52

310800

267

1532

1799

需要型

112

56

56

309120

279

1315

1594

 

初期条件でシミュレーションした結果,全て需要で運行させた場合において,一番不満度が低い結果となった.また,運行コストも下げられることがわかった.ツインライナーを今まで以上に活用することによって,確かにツインライナーとしての運行コストは上昇するものの,その分一般バスの運行本数を減らすことが可能になる.また,需要型にしたためにバス本数が減って待つための不満度が増えたが,その分立ったままバスに揺られるケースがそれ以上に減るためにトータルとしての不満度は減ることになる.ただ,このシミュレーションで生成された時刻表を確認して見ると,中間型のダイヤにおいて昼間の時間帯でツインライナーが出発する35分前に出発するバスが目立った.この場合,その前のバスに乗車しようとした乗客で並んで待たされる状況が発生する.しかも,バスが発車するのはツインライナーが出発する直前というのは,乗客の不満度を更に高める危険性がある.

 

4.9  中間型を改良したシミュレーション結果

ここで,シミュレーション条件を変更して,昼間の10時以降の時間帯では採算ラインの15名以上の乗客が並んだ時点でバスを停留所につけて,2分後に出発させる条件に変更した.以下がその結果である.

 

 

バス本数

一般バス

ツイン

運行コスト

待ち

不満度

立席

不満度

不満度合計

現行型

126

88

38

341760

191

1421

1612

中間型

113

61

52

310800

267

1532

1799

需要型

112

56

56

309120

279

1315

1594

改良中間

122

70

52

334560

177

1416

1593

 

出発条件を変えたことによってバスの本数は増える結果となった.しかし,現行タイプと比較すると運行コストは下がり,なおかつ,需要型とほぼ同じ不満度を得ることになった.この事から,最適解としては全てを需要で運行させる方がコストダウンと不満度を下げる結果となるが,中間型のダイヤもその次にお客様の不満度を下げる結果につながると考えられる.

 

4.10 現実社会に適用させた場合の問題点

 需要に応じて運行させることはバスがあればさほど難しい話ではない.混雑時の増発や渋滞時の増発は先にあげたようにどの事業者でも普通に実施されている.しかし,恒常的に実施するとなると先にも述べたように法制度で大きな問題が発生すると考えられる.バスは基本的に時刻表に「35分間隔で運行」とたとえ書かれていたとしても,営業所には全てのダイヤグラムが存在し,停留所出発予定時刻がどのダイヤにも厳然として存在する.その為,この仕組みを実際に日常的に運用するのは法制度の更なる改正が必要になると考えられる.また,実際に運用するにはそのバス停でどれだけの人間が並んでいるか把握する必要性がある.ターミナルの場合だと場所によってはバス会社の社員がいる可能性があるので,その人間が状況を把握してバスに指示を出す方法が考えられるが,人員が配置されていない場合は遠距離から並んでいる人数を把握し,尚且つ運転手に対して指示を送信する必要性がある.バス停に監視カメラやセンサーを設置して状況を把握して,営業所からバスに対して通信して運行指示を出す方法が考えられるが,導入コストも考慮する必要性がある.更に,一番やはり大きな問題は定時制が失われてしまうという点である.中間型の場合であれば15分〜20分間隔でバスが走行するため,本当に時間を気にして行動する人であれば,その時間にあわせてバス停に向かって乗車すればいい話であるが,完全に需要型にした場合に,早朝や夜間の時間帯でいつまでたってもバスが来ないという状況が発生する可能性が十分に考えられる.この場合は早朝・夜間の時間帯はやはりダイヤを設定して運行し,ラッシュ時や昼間の時間帯に関しては需要型の運行をするなどの,時間を区切っての現行型と需要型の並立方式がふさわしいと考えられる.

 

5. 終わりに・謝辞

 シミュレーションにより新しい運行モデルの優位性を証明するこの研究であるが,その実現には法制度の改正も必要になると考えられる研究である.前途はかなり厳しいものもあるが,根気強く関連法制度の調査・分析も含めてこれからも研究を続けていきたいと考えている.

 

今回の乗降人員調査実施にあたり,神奈川中央交通本社運輸部運転課,ならびに綾瀬営業所・茅ヶ崎営業所よりダイヤ情報ならびに,当日運行するバス情報の提供をいただきました.この場を借りて厚く御礼申し上げます.



[1] ふるさとバス白書検討委員会,『新・ふるさとバス白書-未来志向の暮らしの交通-, 技報堂出版,1998

[2] 寺田一薫,『バス産業の既成緩和』, 日本評論社,2002

[3] 法令データ提供システム(http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi)

[4] 神奈川中央交通ホームページ,2005

(http://www.kanachu.co.jp/twinliner/twinliner.html)