2006年度森基金報告書

ビオトープ結合に基づく自然環境のリストレーションに関する研究

政策・メディア研究科 修士課程2年
徳江義宏

はじめに

 関東地方の里山景観を代表する谷戸は,近年,生物相保全や環境活動などの実践の場として,注目されている.しかし,谷戸のような都市域の自然環境は都市化による量的減少,耕作放棄による質的劣化という二つの大きな課題を抱えている.都市域において劣化した自然環境のリストレーションを実施していくことが環境共生型の都市の創成においては必要不可欠なものである.
 この研究では谷戸の生態系の重要な構造である谷底と谷壁のビオトープの組み合わせに着目した3つの分析を行い,その結果に基づいて具体的なリストレーションの指針を提示することを目的とした.はじめの分析では,ビオトープマップを用いて谷戸の谷底と谷壁のビオトープ結合の原構造とその変遷を時系列で把握し,次の分析では谷戸の耕作地と耕作放棄地において草本植物の生育状況とビオトープの組み合わせの対応関係の把握を行ったこと,最後の分析では指標動物としてクロマドボタル(Pyrocoelia fumosa)をとりあげ,ビオトープ結合との対応関係の考察を行った.これらの分析結果に基づき,神奈川県鎌倉市神戸川流域を事例地として,ビオトープ結合を用いた自然環境のリストレーションの指針を複数のケースにおいて提示した.

研究のながれ

分析の概要

谷底と谷壁のビオトープの組み合わせからの谷戸の分析

 鎌倉市神戸川流域を事例として谷底と谷壁のビオトープの組み合わせを定量的に把握した結果,谷底と谷壁のビオトープの組み合わせの原構造は谷底部の水田および畑地と谷壁部の樹林地の組み合わせが全体の6割程度に優占しており,谷壁部には2割程度の草地を含む組み合わせが存在していた.開発の地形改変により谷底部周縁の大半が消失し,都市系のビオトープや耕作放棄地を含む組み合わせタイプへと大幅に変化していることが明らかになった.

図1:1950年から2002年への組み合わせの変化

草本植物の生育立地からみた谷戸の谷底部周縁の環境の多様性

 耕作地と耕作放棄地のビオトープの組み合わせの違いが草本植物相に与える影響について把握した.谷底と谷底の境界部付近に着目すると,耕作時は比較的多様な立地の種組成で種数も高くなることが確認されたのに対し,耕作放棄後は種数は低下し,シダ植物などを中心とした樹林生の種が優占するようになった.これは谷底の土地利用の管理状況の違いが,光や土壌水分などの環境条件に変化を与え,植物の生育において全く異なる立地環境が境界付近に成立したためと考えられた.

指標動物(クロマドボタル)の生息状況からみた谷戸のビオトープ結合

 横浜市青葉区の寺家ふるさと村を事例地として,クロマドボタルの生態と谷戸内での生息の分布を把握した.また谷底と谷壁のビオトープの組み合わせと本種の分布の関係性についても考察した.調査の結果,本種は谷戸内においては樹林地内において広く分布するが,特にスギ・ヒノキ植林地や林縁部において局所的に分布する傾向が強かったこと,草丈の高いアズマネザサ藪などを選好していることなどは明らかになった.しかしビオトープの組み合わせとの関係性は明らかにはできなかった.

リストレーション指針の提示

3つの分析の結果を踏まえて谷戸のビオトープ結合を用いたリストレーション指針を神戸川流域を事例として緑地保全,小規模開発,大規模開発の3区分をとりあげて提示した.



図2:リストレーション指針の全体像

対外発表の成果など

(査読論文)
徳江義宏・大澤啓志・石川幹子(2005) 
谷戸の谷底部周縁における景観要素の組み合わせの変化に関する研究
環境情報科学論文集19 377-382p.

(口頭発表)
徳江義宏・大澤啓志・石川幹子(2006)
谷戸の谷底部周縁における草本植物の生育立地に関する研究
平成18年度日本造園学会関東支部大会事例・研究報告集第24号9-10p.


慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 徳江義宏
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