2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

 

建築協定運営のあり方が地域のソーシャル・キャピタル醸成に与える影響分析

横浜市を対象として―  

政策・メディア研究科 修士課程2年 川崎麻美子

学籍番号 80524533

はじめに

住環境の質的向上において、地域住民による共助の力が着目され、住民同士のつながりや連帯といったものが重要視されている。近年、それらを政策に盛り込むための一アプローチとしてソーシャル・キャピタル概念が着目されているが、ソーシャル・キャピタルがその名のとおりcapital(資本)として活用可能な資源であるならば、ソーシャル・キャピタル概念援用の試みは、住環境の質的向上において、きわめて重要な課題である。本研究では、この概念を援用し、市民活動である建築協定運営活動が地域に与える影響を定量的に分析した。

 

 

1.                 テキスト ボックス: 表 1 ソーシャル・キャピタル因子の抽出
設問	因子
得点	因子
1	相談ができる隣人の人数	0.70	ネットワーク
2	立ち話をする隣人の人数	0.62	
3	地域問題を話し合う隣人の人数	0.60	
4	暇を過ごす隣人の人数	0.58	
5	家族づきあいがある隣家数	0.53	
6	趣味活動をする隣人の人数	0.44	
7	地域のために協力する	0.69	規範
8	個人の役割は大切	0.66	
9	個人の束縛を仕方がない	0.56	
10	喜んで相談にのる	0.51	
11	問題解決活動に参加する	0.48	
12	隣人と積極的に付き合いたい	0.47	
13	隣人の名前を知っている	0.35	
14	地域の人達は信頼できる	0.72	信頼
15	生活マナーがよい	0.67	
16	地域に受け入れられている	0.61	
17	建築協定尊守	0.55	
18	災害時頼れる	0.50	
19	地域活動への参加が多い	0.64	連帯
20	問題を話し合う	0.63	
21	世話好きな人が多い	0.55	
22	子供への監視力	0.54	
23	近隣に相談できる人がいる		
*主因子法、バリマックス回転

ソーシャル・キャピタルの測定

 本研究では横浜市を対象とし、144の建築協定運営委員長を対象に、建築協定運営状況に関するアンケート、そして、その内協力可能であった15協定区域の住民1307人を対象に住民アンケートを実施した。

ソーシャル・キャピタル測定には、世銀のSOCAT[1]及びパットナム[2]、イギリスの調査[3]を参考とし、測定カテゴリーとして、「信頼、規範、強調、団結、互酬性、ネットワーク」を設定、計23の設問を設定した(表1)。既往研究では、ソーシャル・キャピタル代理変数とその他の観測変数間の間において議論されていることが多いが、本研究では、ソーシャル・キャピタルの蓄積量を議論するため、ソーシャル・キャピタルを計測可能な数量として抽出する必要があった。そこで、研究では、対象とするソーシャル・キャピタルを全て、直接は観測できない潜在的変数とみなし、因子分析によりソーシャル・キャピタルを潜在因子として抽出した。因子分析の結果、ソーシャル・キャピタルの構成要素として「信頼」、「規範」、「ネットワーク」、「連帯」の四つが抽出された。この各構成要素の因子得点を各要素の得点とし、その合計点をソーシャル・キャピタル得点として設定した。


 

2.ソーシャル・キャピタルと協定運営活動の関係

 得られたソーシャル・キャピタル得点と、ソーシャル・キャピタルに影響を与えると考えられる変数を、地域活動・住民属性・地域特性から設定し、数量化III類によりその影響力を確認した。その結果、ソーシャル・キャピタル合計点では、「建築協定に関する情報への接触」及び「知っている協定運営委員の人数」が、それぞれレンジ幅0.930.71となり地域活動の中でも高い影響力を持つことが確認された。また、ソーシャル・キャピタルの各構成要素別にみると、信頼を除くネットワーク、規範、連帯に影響を与えていることが分かった。

そこで、住民の協定運営への活動の有り方によるソーシャル・キャピタルの違いをみるため、住民の類型化を行った。住民の協定運営への関与のあり方計10項目をもとに、住民を因子分析したところ、「参加性」「運営性」「情報性」の三つが抽出された。これらの因子得点を基に、住民を類型化すると、住民は「無関与型」「参加型」「実動型」に分けられた(表2)。分散分析の結果、参加型と無関与、実動型と無関与の間に差があることが確認され、そのソーシャル・キャピタルの値をみると、実動型が最もソーシャル・キャピタルの値が高く、つぎに参加型、そして無関与が最も低いという結果となり(表3)、協定運営活動への関与の強さが、ソーシャル・キャピタルの高さにつながっていることが分かった。すなわち、ソーシャル・キャピタル醸成を目的としたとき、参加型住民及び、実動型住民を増やすことを目指した、協定運営方法が考えられる。

2 住民類型

 

無関与

参加型

実動型

割合(%

運営性

-0.42

1.13

0.56

68.8

参加性

-0.23

-0.16

1.86

21

情報性

-0.15

0.37

0.25

10

 

3 類型別ソーシャル・キャピタル値

 

ネット

ワーク

規範

信頼

連帯

SC

無関与

-0.19

-0.05

0.06

-0.05

-0.23

参加型

0.32

0.28

-0.03

0.01

0.59

実動型

0.55

0.23

0.16

0.16

1.11

 

 

3.参加型・実動型を増やす協定運営体制

次に、運営に係わる項目とソーシャル・キャピタル合計点及び各要素とのクロス集計を行い、5%水準で有意であるものについて、それぞれ住民の類型ごとの分布をみたところ、運営体制では、「発意者」「区画数」「規制項目数」「委員長任期」「委員任期」が、運営方法については、「問題の有無」「潜在的に問題となる土地への対策」「他地域との連携」「他活動への波及」が有意となった。

住民類型の分布との関係では、1.設立の経緯が、「反対運動」であると実動型が多い。2.設立の経緯が、「危機感の高まり」の場合、参加型・実動型合計が多い。3.発意者が、「自治会以外の地域組織」であると参加型・実動型合計が多い。4.発意者が、「自治会以外の地域住民」において実動型が多い。5.協定項目数が「多い」方が、参加型・実動型共に多い6.区画数の規模が「小さい」方が参加型・実動型共に多い(ただし大規模な場合(200以上)は、例外)7.委員の任期は、「長い(3年以上)」方が、参加型・実動型共に多い。8.委員長任期は、「46年」の場合において参加型・実動型共に多い(3年以下、7年以上であると少ない)という結果となった。

一方、運営方法については9.他活動への波及があると参加型・実動型共に多い10.他地域との連携をすると参加型・実動型共に多い11.潜在的に問題となる土地(穴抜け地、隣接地)に対する事前対応がある方が参加型・実動型共に多い12.協定区域内に問題(協定違反等)があると参加型・実動型共に多いという結果となった。

 

 

4.本研究のまとめ

今回の調査により、まず、ソーシャル・キャピタルが定量的に測定され、その構成要素としてネットワーク・規範・信頼・に加え「連体」が新たな要素として抽出された。また、ソーシャル・キャピタル醸成と建築協定運営活動との関係について、協定運営活動がソーシャル・キャピタルに強い影響を与えるということが確認されるとともに、住民の協定への関わりの程度によりソーシャル・キャピタルが異なるということがわかった。すなわち、ソーシャル・キャピタルに対して効果的な協定運営は、参加型・実動型をいかに増やすかということが重要であるといえる。さらに、そのために11項目の協定運営の要素が抽出された。

建築協定制度は、地区計画や行政によるその他の法的規制と異なり、住民主体で運営されるからこそ、ソーシャル・キャピタルを生み出すことにつながっている。高い合意によって、ソーシャル・キャピタルが醸成されたとしても、もし建築協定運営委員会が、建築確認審査を行うだけの審査機関として存在していれば、地域に対して何のソーシャル・キャピタルも醸成することはなく、ただ、住民が行政の代わりに住環境維持活動を行っているにすぎないものになってしまうであろう。今回の研究により、建築協定運営活動が、ネットワーク、信頼、規範、連帯という目に見えない地域の資産の蓄積を行っていることを明らかにできたことは、協定運営活動が住民主体であることの意義をあらためて、確認するものとなった。

 

参考文献

1.         阿部(2002)ローカルな法秩序-法と錯綜する共同性,勁草書房,

2.         河上(2005)「地域力」と「ソーシャル・キャピタル」の概念に関する計画論的一考察, 日本都市計画学会 都市計画論文集 No40-3

3.         神戸市(2004)復興の総括・検証、神戸市復興・活性化推進懇話会

4.         鈴木克彦他(1996)地域コミュニティを活用した防災住区の誘導手法に関する研究―その2・防災に対応した建築協定の活用についての居住者意識、日本建築学会学術講演梗概集

5.         内閣府国民生活局(2002)ソーシャル・キャピタル豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて

6.         宮川公男,大守隆(2005)ソーシャル・キャピタル−現代経済社会のガバナンスの基礎,東洋経済新報社

7.         諸富徹(2003 )思考のフロンティア-環境-,株式会社岩波書店

8.         山内直人・伊吹英子編,(2005)「日本のソーシャル・キャピタル」大阪大学大学院国際公共政策科NPO研究情報センター

9.         横浜市建築局「みんなでつくろうまちのルール〜住民発意の地区計画・建築協定」2006年入手

10.     ロバート・D・パットナム(2000) ,孤独なボーリング-米国コミュニティの崩壊と再生-柏書房

11.     Anirudh Krishna and Elizabeth Shrader,(1999)Social Capital Assessment Tool, The world bank

12.     Elinor Ostrom(1999)Social capital: a fad or a fundamental concept, Social Capital- A multifaceted Perspective, The World Bank

13.     Francis Fukuyama(1996)Trust: The Social Virtues and The Creation of Prosperity, Penguin Book

14.     James S.Coleman(1990)Foundations of Social Theory,Harvard University Press

15.     JICA(2002)ソーシャル・キャピタルと国際協力―持続する成果を目指してー, 「ソーシャル・キャピタルの形成と評価」研究会報告書, pp.2

16.     Norman Uphoff(2000)Understanding social capital : learning from the analysis and experience of participation, Social Capital- A multifaceted Perspective, The W, pp.228

17.     Rosalyn Harper(2002)The measurement of Social Capital in the United Kingdom,Office for National Statistics, http://www.oecd.org/

18.     The world bank(1998) The Initiative on Defining, Monitoring and Measuring Social Capital: Overview and Program Description, Social Capital Initiative Working Paper No.1



[1] World Bank,Social Capital Assessment Tool

[2] ロバート・D・パットナム(2000) ,孤独なボーリング-米国コミュニティの崩壊と再生-柏書房株式会社pp357

[3] Rosalyn Harper(2002)The measurement of Social Capital in the United Kingdom,Office for National Statistics http://www.oecd.org/dataoecd/22/52/2382339.pdf