2006年度森泰吉郎記念研究振興資金 研究者育成費(修士) 研究成果報告書

 

古細菌におけるDNARNAの違いを認識する酵素の解析

―バイオインフォマティクスと分子生物学的手法の融合,アミノ酸配列から高次の立体構造まで―

 

研究題目:「蛋白質の二次構造による新しい機能分類法の確立と検証」から焦点を絞り改訂

 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 先端生命科学専攻 北村さや香

<研究成果概要>

[背景・目的] 

2004Science誌でSongらによって立体構造が酷似していると報告された,超好熱性古細菌Pyrococcus furiosus由来のArgonaute(以後,Pf-Ago)蛋白質のPIWIドメイン部位と,Ribonuclease HIIRNase HII)は、DNARNAを認識する違った活性をもつ蛋白質であり、DNARNAに結合・認識する蛋白質の機能解析や新規の蛋白質機能分類を行うための糸口になると考える.Argonaute (Ago)蛋白質は,古細菌での機構はまだ明らかではないが,真核生物では生体の機能を制御する新しいシステムとして注目されているRNA干渉機構の一部として働く要素であり,物理的にはmRNAsiRNAで形成されるRNA二本鎖を認識して切断する.RNase HIIは,重要なDNA複製時のラギング鎖でのDNA/RNAの複合分子のRNA鎖側を切断する.P. furiosusRNase HII (Pf-RNase HII)は私の在籍する教室で佐藤氏らが初めて解析し,報告している.Pf-Ago蛋白質のPIWIドメイン部位とPf-RNase HIIは,アミノ酸相同性は約20%と低いが,蛋白質二次構造の相同性は約50%と高い値を示した.このDNA/RNAの認識の差異は,どこから来るのかをコンピューター解析等の情報学と生物学的な実験的手法を組み合わせて解析する.この解析から得られたアミノ酸配列や構造上の相違によるDNA/RNAとの結合性へ与える影響の知見を網羅的な機能未知蛋白質の機能予測へと応用することを目指す.

[結果・考察] 

Pf-Agoの遺伝子をクローニングし,シーケンシングによって変異の存在がないことを確認した.大腸菌の組換え体蛋白質としてPf-Ago遺伝子を発現させ,His-tagカラムを用いた液体クロマトグラフィー(FPLC)で精製した.さらに,これをSDS-PAGEによる蛋白質の電気泳動で,その移動度から分子量を調べ,目的の蛋白質であるかどうかも確かめた.この精製後の組換え体Pf-Ago蛋白質のDNARNAのプローブ(二本鎖DNA,二本鎖RNA,一本鎖DNA,一本鎖RNADNA / RNAの複合体分子,ステムループ形状のRNA)への結合性を,核酸などのプローブへの蛋白質の結合がバンドの移動で視覚的に分かるGel shift assayの手法を用いて解析した結果,二本鎖RNAへの結合性が強いという予想に反して,実際は一本鎖DNAへの結合性が最も強かった.これは,先行研究の古細菌Aquifex aeolicusAgo蛋白質での報告と一致しており,古細菌のAgo蛋白質は,クロマチン修復等のゲノムDNAレベルで働いているのではないかと示唆される.PIWIドメイン部位のみの組換え体蛋白質を用いて,同様に核酸結合性解析を行った結果,DNARNAへの結合は見られなかった.よって,PIWIドメイン部位のみでは,DNARNAへの結合性が低く,Agoの他のドメインPAZが結合性に効いているかもしれないと考えられる.Pf-RNase HIIを用いてGel shift assayをした結果,DNA/RNAの複合体分子でのみ結合活性ではなく切断活性が見られた.

[展望] 

今後,RNA干渉の機構に近い長いmRNA様の核酸プローブを使用するなどして検討し,結合性の酵素反応速度論も解析する.核酸結合性解析だけではなく,核酸切断活性の解析も行う.更に,Pf-AgoPf-RNase HIIのアミノ酸配列の違いを,他の生物種のAgo蛋白質やRNase HIIとの比較から詳細に洗い出し,そのアミノ酸に変異を加え,立体構造のホモロジーモデリングや分子力学のドッキングシミュレーションの手法により,DNA/RNAの結合部位や認識部位がどう変化するのかを調べ,実験でも点突然変異を加えた生化学的解析を行う.また,これらの蛋白質について遺伝子レベルでの遺伝子の機能進化解析も行い,進化的な考察も加える.

 

<主な活動実績>

1) Saito, N, Robert, M, Kitamura, S, Baran, R, Soga, T, Mori, H, Nishioka, T, Tomita, M. (2006) Metabolomics approach for enzyme discovery., J Proteome Res, 5(8): 1979-1987.

2) Sayaka Kitamura, Kosuke Fujishima, Asako Sato, Arun Krishnan, Masaru Tomita and Akio Kanai. Comparative Analysis of Amino Acid Residues and Structures Between RNase HII and Argonaute Proteins. GIW2006 (2006) Yokohama

3) 北村さや香DNARNAの違いを認識する核酸結合蛋白質のアミノ酸配列及び高次構造に関する解析.新しいRNA/RNPを見つける会2006 (2006) 東京お台場