2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金

研究成果報告書

 

[潜在的他出者仮説の検証による人口移動分析]

 

政策・メディア研究科修士課程1年 丸山洋平

 

1.      研究概要

 

伊藤達也が1984年に提唱した、1970年代の人口移動転換を説明する人口移動理論である「潜在的他出者仮説」は、人口転換が人口移動を変化させる要因となったことを指摘している点で意義深く、多くの人口学者が依拠するものである。しかし、この仮説の検証には都道府県単位の詳細かつ膨大なデータが必要であるため、現在に至るまで十分に検証されてはこなかった。本研究は、潜在的他出者仮説が非大都市圏の地域的差異について言及していない点に着目し、COEがこれまでに蓄積してきた人口データを使用し、必要に応じてさらに詳細なデータを用いて同仮説の検証を試みる。都道府県レベルの分析から地域的差異を把握し、経済的要因が人口移動に与える影響との関係性を考慮することで、地域的差異が人口移動に与える影響を総合的に分析し、明らかにすることを目的とする。

 

 

2.      今年度の成果

 

潜在的他出者仮説を検証するに当たり、親世代と子世代の世代間バランスに注目した人口移動分析を行った。ある地域の子世代人口のボリュームを、当該地域の親世代人口で相対化した指標である世代間バランス係数1)Generation Balance Index、以下GBI)を作成した。また、出生順位別第1子数に注目して後継者の理論値を算出した。分析は都道府県単位で行い、コーホート別都道府県人口のGBIを総数GBI、後継者理論値のGBIを後継者理論値GBIとし、両者を比較することで、後継者理論値を超えた流出について、その地域差異とコーホート間差異を明らかにし、人口移動についての知見を得た。

 

 

1.      用語の説明と算出方法

 

1.1      潜在的他出者仮説

  1970年代の人口移動転換について人口学的視点から分析した有力な理論がある。伊藤(19842)が提唱した「潜在的他出者仮説」である。この理論では、日本の家族制度に着目し、同じ年齢の人でもその属性によって移動確率が異なると考えている。非大都市圏の子どもを3つの属性に分けている。

  属性1:「後継ぎ」

   進学・就職によって転出したとしても一時的

属性2:「後継ぎ」の配偶者

   結婚による移動 経済変動の影響小

属性3:それ以外の「潜在的他出者」

   余剰労働力で他地域への転出が求められる(主に県外)

   経済変動に伴う雇用機会や労働需要等の影響大

 

潜在的他出者数は成人時のきょうだい数によって規定されている。1960年代の潜在的他出者数の急増が移動率を上昇させ、1970年代以降の潜在的他出者数の減少が移動率の低下をもたらしたといえる(表1)。

1:平均きょうだい数と潜在的他出者数との関係の推移

 
 

 

 


 

 

 

 

 

 

1950年代前半の人口転換の終了(多産少死から少産少死)によるきょうだい数の減少によって潜在的他出者の割合が低下し、流出ポテンシャルが縮小したことが1970年代の人口移動転換の原因であるとしている。この仮説は人口転換が人口移動を変化させる要因となったことを指摘している点で意義深い。

 

1.2      世代間バランス係数:GBI

 本研究の大きなテーマである潜在的他出者仮説を検証するにあたって、ある地域の母世代人口と子世代人口の関係に注目することで人口構造を分析する。その目的は、既往研究ではあまり触れられていない「母親の移動」考慮するモデルを構築することで、より実状を反映した潜在的他出者仮説の検証を行うということと、母世代と子世代のバランスから47都道府県の地域的差異を把握し、類型化することである。

 母世代人口と子世代人口とのバランスを示す指標として世代間バランス係数(Generation Balance Index、以下「GBI」という)がある。本研究においてGBIは<子世代人口の実数/母世代人口から推計される子世代人口の理論値>である。GBIは実際の出生行動に基づいた母世代人口と子世代人口のバランスを、子世代理論値を媒介として表すものであり、親子関係の視点から人口構造を分析することを可能とするものである。

 GBIの算出は47都道府県の1940年代前半コーホート以降のコーホートを対象とする。GBI算出の具体的な手順は以下の通りである。説明の都合上1950年代前半コーホートを取り上げているが、他のコーホートについても同様の手順である。

 

@)人口動態統計の「母の年齢別にみた出生数」を用いて、1951~55年生まれの人口を母世代の年齢別(5歳階級)に集計する。母世代に該当するのは各年で15~49歳の女性人口とする。1951~55年の簡易生命表を用いて、1955年での母世代の年齢別0~4歳人口を算出する。

A)1955年以降の完全生命表を用いて世代生命表を作成し、19550~4歳人口に生存率を乗ずる3)ことで2000年までの5年ごとに生存数を算出する。

B)A)で得た各時点での生存数を、対応する母世代人口で除することで「年齢別年次別全国母子比」を算出する。

ここまでが全国レベルでの人口データを扱っており、以降は都道府県レベルでの人口データとなる。

 

C)5年ごとの都道府県別年齢別母世代人口に「年齢別年次別全国母子比」を乗じ、都道府県別母の年齢別子世代人口理論値を算出する。それらの和が「都道府県別子世代人口理論値」となる。

D)国勢調査から得られる都道府県別子世代人口実績値を「都道府県別子世代人口理論値」で除した値をGBIとする。

 

上記の手順に従い、GBIを都道府県別に計算した。GBI1である時は全国レベルと同じ母世代人口と子世代人口のバランスであることを示し、1未満であれば子世代人口が少ない状態で、1以上であれば多い状態であることを示している。

 

1.3      後継者理論値GBI

 既往研究における潜在的他出者仮説の検証は、コーホート別平均きょうだい数を用いて潜在的他出者率を算出し、実際の移動率と比較するものであったが、1つのきょうだいが1つのコーホートで生まれ終わるとは限らないため、コーホート別平均きょうだい数から求める流出ポテンシャルとコーホート別純移動率を単純には比較できないという問題があり、

精度を欠いていた。 

平均きょうだい数に拠らない潜在的他出者仮説の検証方法として、出生順位別出生数における第1子数に注目した。後継者がある地域に残るということは、後継者の数だけ世帯が再生産されるということである。あるコーホートにおける再生産世帯数を、そのコーホートに生まれた第1子数(総数)と考え、出生時の出産順位で移動属性を振り分けるというアプローチである。この第1子数(総数)を後継者理論値とする。今回は男子のみの分析となっている。

この分析方法において、20~24歳時の男子数は「後継者理論値+潜在的他出者」で構成されていると考え、ある地域のあるコーホートで再生産される世帯数が変化しないと仮定する。この考えに基づき、既に算出しているGBIを使い後継者GBIを作成する。

後継者GBI 後継者理論値20~24歳時の理論人口

と定義した。20~24歳時の理論人口を利用した理由は、潜在的他出者仮説の移動属性が成人時に決定するということと、子世代が20~24歳の時に母世代は35歳以上であり、母世代の移動が沈静化しているため、GBIの変化を子世代人口の移動と捉えやすいと考えたためである。後継者GBIGBI(混同を避けるため、以降総数GBIと表記)との差をコーホート別年次別に計算し、世帯再生産に必要な子世代人口が確保されているか、確保されていなければどの程度かを調べる。分析したのは男子の1950年代前半コーホートから1970年代前半までの5コーホートである。

 

 

4.. 分析方法

 

 総数GBIと後継者理論値GBIを比較し、後継者理論値を超える流出がどの程度起こっているかを分析する。具体例として福井県男性1950年代後半コーホートを挙げる。

 後継者理論値25831

 20~24歳時理論人口:29045

 後継者GBI 25831÷29045 0.8893414……

総数GBIの変化と後継者GBIとをグラフ化すると図1のようになる。図中の矢印が示している、総数GBI−後継者GBIの値をGISで表示する。

1:福井県1950年代後半コーホートGBI

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5.分析結果

 

 

 

5. 分析結果

 

5.1 1950年代前半コーホート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5.2 1950年代後半コーホート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5.3 1960年代前半コーホート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5.4 1960年代後半コーホート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


5.5 1970年代前半コーホート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


注)1960年代前半コーホート以降の3コーホートは、それぞれ35~39歳、30~34歳、25~29歳を凡例の値を変えて2種類載せている。

 

 

5.6 結果の考察

 1950年代前半コーホートでは、ほぼ全ての都道府県で世帯再生産に必要な子世代人口が確保されており、潜在的他出者仮説が成立しているといえる。それに対し1950年代後半以降のコーホートでは、総数GBIが後継者GBIを大きく下回る県が散見されるようになり、世帯再生産に必要な子世代人口が確保されているかいないかで、地域的差異があるということがはっきりと分かる結果となった。

 特に値が小さいのは、地域ブロックでいえば東北・四国・山陰・九州であり、都道府県レベルでは秋田、和歌山、島根、山口、高知となった。地域ブロックよりも都道府県レベルでの特徴が大きく表れているといえる。それは、1960年代前半コーホート以降で凡例を変えたものでも明らかである。鳥取と島根で大きく違いがあるなど、従来の地域ブロックによる分析では把握できない地域的差異を見つけることができた。しかし、後述するが、本分析には問題点があり、この結果を潜在的他出者仮説の検証に用いられない部分が多々ある。この分析方法自体を見直し、精緻化する必要があるため、今回の結果に関しては特に考察はしていない。問題が解消し次第、様々な指標との相関関係について調べる予定である。

 

5.7 本分析の問題点

今回の分析の問題点は大きく分けて3つある。1つ目は、出産順位別出生数のデータが1950年以降でしか得られない点である。潜在的他出者仮説が主対象とする1940年代のコーホートについて分析することができず、1950年代以降のコーホートと比較することができない。これについては解決策が今のところ見つかっていない。

 2つ目は、ある世帯で子世代が全滅する可能性が考慮されていない点である。第1子数=再生産される世帯数と考えているが、それは少なくとも1人の子どもが世帯に存在していれば成立するものであり、子どもが全滅してしまった世帯は再生産される世帯数から除外されなければならない。今回の分析では、その点を考慮していないため、結果的に養子によって補完されている。しかし、近現代社会では養子縁組が頻繁に行われているとは言えないため、子どもが全滅する世帯を除外するプロセスをモデルに組み込む必要がある。この問題点による分析結果への影響は小さいとは思うが、精緻化する上で必要と考えている。

 3つ目は、後継者GBIがある1時点で固定されている点である。今回の分析で後継者GBIを計算するにあたって、分子となる第1子数は出生時、分母となる理論人口は20~24歳時と、変化しないものになっている。第1子数は出生時でしか実数が得られないためであるが、20~24歳時の理論人口を採用したことへの理論的な裏づけはない。この分析方法では結果的に、「あるコーホートで第1子を生んだ世帯は、出生地から移動しない」「女性は35歳以降県間移動をしない」と仮定していることになる。しかし、これらは現実的ではない。そもそも総数GBIが子世代人口と母世代人口の両方を変数とする指標であるため、両方を別の時点で固定してしまっている現在の後継者GBIは、潜在的他出者仮説を検証するために用いる指標としては不適である。後継者GBIの算出方法についてはもっと考えを練る必要がある。当面の予定としては、出産順位に拠らず子世代の随伴移動による移動率は同じと考えてモデル化することを目指す。

 

 

6.今後の予定

 

 後継者GBIを用いた潜在的他出者仮説の検証をメインに研究をする。6月の日本人口学会の研究発表と論文投稿に間に合うよう、理論構築と執筆活動を進める。経済的要因が人口移動に与える影響について最終的には考察したいが、まずは人口データによる分析を徹底したい。

 人口移動は様々な背景があるが、自分がそれらを知っているとは言いがたい状況である。自分の研究がただの算数になってしまわないためにも、「なぜその計算になるのか」「この関係式はどのような状況を意味しているのか」など、人口移動をもたらすライフサイクルをはじめとして、人口学全般についての知識をつける必要がある。当面は文献の精読を考えている。春季に「Demography(H.Preston)」の精読をする予定である。

 

 



1)藤井多希子・大江守之(2005)「世代間バランスからみた東京大都市圏の人口構造分析」日本建築学会計画系論文集No.593 p123130

2)伊藤達也(1984)、「年齢構造の変化と家族制度からみた戦後の人口移動の推移」、『人口問

題研究』、第172号、pp.24-36

3)母の出産時年齢に拠らず、子世代の死亡率は一定として計算する。