切返し動作時の身体部位間の協調過程を把握することを目的として,重心に対する相対的なエネルギー変動である内的エネルギーの運動連鎖に着目した.運動連鎖過程をエネルギー次元で把握することで,並進速度及び回転速度の変動を加味した運動の流れを把握することを目的とした.本節では一例として,熟練者aと非熟練者cの転換角度180°でのエネルギー変動に関する考察を行った.下図6,7は頭部,体幹部,左右大腿部,左右下腿部のエネルギー変動の全体を示す.図中灰色の縦線は,「軸足」,「支持足」,「加速足」の接地タイミングを表している.
図6 内的エネルギーの時系列変化 ( 熟練者aの180°試技 )
図7 内的エネルギーの時系列変化 ( 非熟練者cの180°試技 )
- 下肢のエネルギー変動 -
支持脚の重要性を大腿部におけるエネルギー変動から考える.両被験者ともに,支持足接地前後に最大ピーク値を取っており,その値は内部エネルギーの連鎖におけるピーク値と捉えることができる.疾走時の脚の力学的エネルギーの50%程度(榎本,1999)が大腿部で発生することから,支持脚大腿部エネルギーピーク値の大きさは,素早さとの関連性があることが予測できる.熟練者が他の身体部位とうまく連動することでエネルギーの授受が円滑に行われているのに対して,非熟練者は運動連鎖がうまく行われておらず,最大値が小さいことが確認できる.切返し動作においては,大腿部のエネルギーを大きくすることを1つの目的とした運動制御が行われている可能性が考えられる.
図8 支持脚大腿部のエネルギー変動( 熟練者aの180°試技 )
図9 支持脚大腿部のエネルギー変動( 非熟練者cの180°試技 )
- 上肢のエネルギー変動 -
動作観察より,非熟練者と比較して熟練者は上肢の運動に規則的なパターンが存在しているように見受けられた.これまで考察してきた部位の内的エネルギーの時系列変化グラフに左右の前腕によるエネルギー変動を加えたものを図10,11に示した.両者ともに体幹及び下肢の内的エネルギーがほぼ0になっている時間帯にエネルギーのピーク値を取っていることが解った.しかし,非熟練者が支持側前腕のエネルギー値のみが大きくなっているのに対して,熟練者は支持側前腕のエネルギー変動に続くように軸側前腕のエネルギー値も増大していることが確認できた.
いずれにしても,身体の並進が停止している切返し局面で上肢の運動が影響している可能性が示唆された.
図10 前腕部のエネルギー変動( 熟練者aの180°試技 )
図11 前腕部のエネルギー変動( 非熟練者cの180°試技 )
- エネルギー連鎖に関する考察 -
内的エネルギーの連鎖に着目することで以下の知見を得た.
1. 熟練者は身体部位間のエネルギー連鎖がスムースに行われていることがエネルギー波形の包絡線として表現される.
2. 頭部及び体幹のエネルギー連鎖より,切返し後の加速フェーズにおいて熟練者は頭部と体幹が連動して身体の前傾により始動していることから
体幹の制御がうまく行われていることがわかる.
3. 軸足接地〜支持足接地における支持脚大腿部のエネルギーピーク値がSpeed値と関連があり,支持足接地〜加速足接地における支持脚大腿部の
エネルギーピーク値がQuickness値に貢献していると予想される.
4. 足部エネルギーは大腿部及び下腿部のエネルギーの流入する端点である.
5. 前腕のエネルギーピーク値は熟練者,非熟練者ともに切返し局面に存在する.熟練者は支持側の前腕と軸側の前腕が連動していることがわかる.