2006 Mori Grant Research Report

走方向転換制御における反動動作の重要性

The Significance on Countermovement in Cut-Maneuver Control

Kenichiro IMAMURA

Sports Science & Cognitive Ergonomics Program, Graduate School of Media and Governance, Keio Univ.
contact: imkn0926@sfc.keio.ac.jp

要旨

   フットサルやサッカー,バスケットボールなどの対人競技であるボールゲームスポーツにおいては,プレーヤーがゲーム中ボールに触れる時間はわずか1〜2%しかなく,ボール無しの動きの占める時間帯が長いことが確認されている.従って,ボールを保持していない局面で,いかに良いポジション,良い姿勢,良いタイミングで移動を担うフットワークを行えるかということが重要になる.フットワークは前後左右様々な向きへのステップ及び走方向転換で成り立っており,特に走方向転換は,新たな動作の引き金となる動作であり,相手の先手を取り有利な状況を生み出すために重要な動作と考えられる.
   本研究では,移動運動の根幹を成す走方向転換を素早く行うために,どのような運動制御が行われ,何が主要なスキル要因なのかを検証した.計測には,三次元座標計測が可能なモーションキャプチャシステムを用いて,身体重心,身体特徴点に関する運動学的パラメータ(位置,速度,加速度…etc)を動作特徴量として,動作特徴量に関するタイミング,安定性,再現性,運動連鎖などの動作要因を算出し,走方向転換の制御に必要となるスキル要因の検証を行った.
   その結果,切返し動作における上肢の振込動作と下肢の伸縮動作が重要であることが明らかになった.そのための身体の使い方,つまり運動制御方法としては,切返し前の軸足接地時に軸側上肢の初期位置を重心より高い位置に保ち,転換方向と逆の方向への振り込みを反動動作として行うことと,軸足の接地時間を長くすることが重要であることが示唆された.本研究で得た知見を以下のようにまとめた.

      1. 安定性,再現性,運動連鎖などの動作要因考察より,反動動作が素早い走方向転換を実現するために重要な運動制御であることを示した.
      2. 上肢,下肢ともに目標とする方向への振込動作及び伸展動作をその前の運動と連動させて円滑に行うための反動動作が重要であることを明らかにした.


計測実験

   本実験では,Motion Analysis社製MAC3D Systemを用いて方向転換動作の3次元計測を行った.また,計測中の画像計測のためにDVカメラ(Sony社製 DCR-VX2000)をキャプチャシステムと同期した.




図1  三次元計測環境


走方向転換の定義

   図2は走方向転換の開始と完了までの5ステップ分を示したグラフである.各ステップの詳細を観察すると,1歩目から2歩目の動作区間であるPhase1は重心の速度方向を変化させる前の移動方向変更を行う準備段階であることがわかる.Phase1の役割は,より大きな移動速度を保ち,良い姿勢で2歩目の接地及び方向転換を行うために身体の回転を始動するということにある. また,Phase4の役割は4歩の接地足で身体が加速され,その結果として,重心速度が大きくなったことが確認できるフェーズであるが,4歩目の接地以降はPhase4では重力以外の外力は存在せず,移動が予測可能な局面と考えられる.また,Phase1とPhase4は方向転換動作中の切返し局面の前後の動作と考えられる.本章以降では走方向転換の主要動作フェーズであるPhase2, 3を含む切返し動作(図2に示す2〜4歩接地の局面)に対象を絞ってその運動機構について分析していく.




図2  走方向転換と切返し動作


走方向転換の特性

   走方向転換のスキル検証実験に適した試技条件として,動作時間によりスキル評価が可能な試技を選ぶ.動作時間が走方向転換のスキル能力を反映したものであれば,動作時間の長短で熟練者候補及び,非熟練者候補に分けることができ,分けたグループ間で他のスキル要素の比較検証や,素早さのパフォーマンス要因検討へと議論を展開することが可能になる.
   実験結果より,移動速度と転換角度が大きいほうが動作の難度が高く,スキルの差が動作時間に現れやすいということが解った.また,転換方向及び利き足の側性のスキルへの影響は小さいため,本研究では転換方向は得意な転換方向のみを対象とした.
   従って,身体動作解析対象の試技は以下のように定義する.

「左右得意な方向へ転換角度90°,135°,180°の方向転換動作を全力疾走で行う」


また,この条件の下では,どのような被験者でも動作時間の低下を生じると考えられるが,スキル能力の高い者は,難度が上がった方向転換動作(速度増,角度大)での動作時間の低下率を抑えることに成功しており,そこに熟練者と非熟練者の差が明確に現れると考えられる.


走方向転換のメカニズム

重心軌道の観察

   身体運動の詳細を検証する前段階として,運動の全体像を把握するために身体重心の変動について調べた.各被験者の転換角度90°,135°,180°に関する試技10〜12試技分の身体重心軌跡の平均値及び標準偏差を算出した.ここでは例として,図3〜5に熟練者a及び非熟練者dの転換角度180°における比較を示す.また,動作フェーズを揃えるために,基準位置及び基準時刻として軸足接地時の重心位置及び時刻を採用した.
   身体重心軌跡を上方から観察すると熟練者は重心移動方向が切換わる場合には,非常に小さな回転半径で方向転換を行っているのに対して,非熟練者は大きな回転半径で方向転換を行っており,軌跡のばらつきが大きいことが確認できる.



図3  身体重心移動軌跡【平面図】




図4  初期位置に対する身体重心距離の変動(水平成分)




図5  初期位置に対する身体重心距離の変動(鉛直成分)


   図4に示す重心距離変動の水平成分に着目すると,支持足接地までの水平距離変動値及び速度変化については熟練者,非熟練者間で大きな違いは見られないが支持足接地後から加速足接地までの方向転換期において,熟練者の方が素早く方向転換が行えていることが確認できる.水平方向の重心変動としては,支持足接地以降で相違が見られることが確認された.
   図5に示す重心距離変動の鉛直成分に着目すると,軸足接地時から支持足接地時までの間で非熟練者は重心高が身長の3%程度の低下であるのに対し,熟練者は7%程度の低下が確認できる.
   以上より,熟練者はより早いタイミングで重心高を低下させることで,切返し動作を素早く行っているということが確認された.

エネルギー連鎖

   切返し動作時の身体部位間の協調過程を把握することを目的として,重心に対する相対的なエネルギー変動である内的エネルギーの運動連鎖に着目した.運動連鎖過程をエネルギー次元で把握することで,並進速度及び回転速度の変動を加味した運動の流れを把握することを目的とした.本節では一例として,熟練者aと非熟練者cの転換角度180°でのエネルギー変動に関する考察を行った.下図6,7は頭部,体幹部,左右大腿部,左右下腿部のエネルギー変動の全体を示す.図中灰色の縦線は,「軸足」,「支持足」,「加速足」の接地タイミングを表している.



図6  内的エネルギーの時系列変化 ( 熟練者aの180°試技 )




図7  内的エネルギーの時系列変化 ( 非熟練者cの180°試技 )


- 下肢のエネルギー変動 -

   支持脚の重要性を大腿部におけるエネルギー変動から考える.両被験者ともに,支持足接地前後に最大ピーク値を取っており,その値は内部エネルギーの連鎖におけるピーク値と捉えることができる.疾走時の脚の力学的エネルギーの50%程度(榎本,1999)が大腿部で発生することから,支持脚大腿部エネルギーピーク値の大きさは,素早さとの関連性があることが予測できる.熟練者が他の身体部位とうまく連動することでエネルギーの授受が円滑に行われているのに対して,非熟練者は運動連鎖がうまく行われておらず,最大値が小さいことが確認できる.切返し動作においては,大腿部のエネルギーを大きくすることを1つの目的とした運動制御が行われている可能性が考えられる.




図8  支持脚大腿部のエネルギー変動( 熟練者aの180°試技 )




図9  支持脚大腿部のエネルギー変動( 非熟練者cの180°試技 )


- 上肢のエネルギー変動 -

   動作観察より,非熟練者と比較して熟練者は上肢の運動に規則的なパターンが存在しているように見受けられた.これまで考察してきた部位の内的エネルギーの時系列変化グラフに左右の前腕によるエネルギー変動を加えたものを図10,11に示した.両者ともに体幹及び下肢の内的エネルギーがほぼ0になっている時間帯にエネルギーのピーク値を取っていることが解った.しかし,非熟練者が支持側前腕のエネルギー値のみが大きくなっているのに対して,熟練者は支持側前腕のエネルギー変動に続くように軸側前腕のエネルギー値も増大していることが確認できた. いずれにしても,身体の並進が停止している切返し局面で上肢の運動が影響している可能性が示唆された.




図10  前腕部のエネルギー変動( 熟練者aの180°試技 )




図11  前腕部のエネルギー変動( 非熟練者cの180°試技 )


- エネルギー連鎖に関する考察 -

   内的エネルギーの連鎖に着目することで以下の知見を得た.

1. 熟練者は身体部位間のエネルギー連鎖がスムースに行われていることがエネルギー波形の包絡線として表現される.
2. 頭部及び体幹のエネルギー連鎖より,切返し後の加速フェーズにおいて熟練者は頭部と体幹が連動して身体の前傾により始動していることから
   体幹の制御がうまく行われていることがわかる.
3. 軸足接地〜支持足接地における支持脚大腿部のエネルギーピーク値がSpeed値と関連があり,支持足接地〜加速足接地における支持脚大腿部の
   エネルギーピーク値がQuickness値に貢献していると予想される.
4. 足部エネルギーは大腿部及び下腿部のエネルギーの流入する端点である.
5. 前腕のエネルギーピーク値は熟練者,非熟練者ともに切返し局面に存在する.熟練者は支持側の前腕と軸側の前腕が連動していることがわかる.


走方向転換の運動制御

   本章では,重心と身体四肢及び頭部の端点で構築した簡単なリンクモデルを定義し,上肢及び下肢に関する運動制御方法に関する検証を行った.

簡易リンクモデル

    走方向転換では,切返し動作の局面が,スキルを検証する際に着目すべきポイントであることを述べてきた.また,動作制御としては,身体重心方向への伸縮動作が重要であり,具体的には,上肢の連動及び下肢の巧みな操作が求められることを検証してきた.従って本節以降では,伸縮動作,上肢,下肢の挙動に着目したリンクモデルを用いることで,焦点を絞った解析を行っていく.そのために,身体重心から左右手関節,左右足関節へのベクトルを用いた簡易のリンクモデルを図12のように定義した.




図12  簡易リンクモデル



   ―運動制御に関する結果・考察は割愛させて頂きます―



運動制御に関するまとめ

   得られた知見及び結論を以下にまとめる.

1) 動作時間短縮は支持足接地時間の短縮によりもたらされる.支持足接地時間短縮は両足接地時間を長くして切返し動作を行うことで達成され,
   その結果,動作時間の短縮へと繋がる.
2) 下肢の伸縮動作が切返し動作を巧みに行うために重要であることが解った.また下肢の伸縮動作を制御するためには,軸脚の伸縮を制御する必要がある.
   動作時間の短縮に両足接地時間が長いことは,制御に伸縮動作を用いていることの有用性の裏付けとなる知見である.
3) 左右上肢の振込動作が切返し動作を巧みに行うために重要であることが解った.上肢の振込動作を制御するためには,軸脚接地時の軸側の上肢の位置が
   重心高よりも高い位置にある必要がある.その位置から振り下ろすことで振込動作のための反動動作となり,上肢の挙動を円滑に行うことができる.
4) 周波数解析を基に,上肢の円滑性指数を定義した.その結果,熟練者aの円滑指数は上肢の左右順に0.77,0.47,熟練者bは0.52,0.50,非熟練者cは0.38,
   0.34,非熟練者dは0.35,0.17となり,熟練者の方が上肢の円滑性が高いことが明らかになった.
5) 上肢の振込動作と下肢の伸縮動作を達成するためには,反動動作を用いることで身体各部位の連動を円滑に行うことが重要であると考えられる.


総括

   本研究では,ボールゲームにおける走方向転換の重要性に着目し,環境の影響を受けないクローズドな状況下での走方向転換に着目した.まず,走方向転換のメカニズムに関する運動学的解析より,切返し局面での身体の使い方にスキル差が生じていることを確かめた.そして,切返し動作においては,上肢の振込動作と下肢の伸縮動作が重要であることが明らかになった.そのための身体の使い方,つまり運動制御方法としては,切返し前の軸足接地時に軸側上肢の初期位置を重心より高い位置に保ち,転換方向と逆の方向への振り込みを反動動作として行うこと,軸足の接地時間を長くすることが重要であることが示唆された.上肢,下肢ともに目標とする方向への振込動作及び伸展動作をその前の運動と連動させて円滑に行うための反動動作が重要な役割を担っていると考えられる.


   本研究の総括として,運動制御における軸側の上肢及び下肢の重要性を示した概念モデルを図13に示す.




図13  走方向転換制御機構の概念モデル


展望

   本研究では,走方向転換のメカニズムを運動学的見地より検証し,素早い走方向転換を実現するための運動制御方法を提案した.しかし,提案した制御方法の整合性を評価するためには,多くの試技データに対して検証を行う必要がある.また,軸側の上肢及び下肢で行われるべき制御を熟練者及び非熟練者の比較に基づいて抽出したが,「行われるべき制御」は必ずしも「意識して行うべき制御」とは言えないという主観と客観の問題を含むため,トレーニング方法,身体操作方法の提案を目指す場合は注意する必要がある.
   本研究での分析対象は,90°,135°,180°の場合に共通する議論のみを扱ったが,転換角度の違いが運動制御に及ぼす影響等についても検証する必要が考えられる.対象領域の拡大という話では,転換角度以外にも,実験状況及び分析対象の拡大という点が考えられる.
   実験状況の拡大というのは,本研究では,環境の変化が一切無いクローズド状況下のスキルを扱ったが,より実践に近い状況に近づけての実験が必要ということである.それに伴い2つ目に挙げた分析対象の拡大ということが必要になる.対象とする被験者数の増加(走方向転換を行う相手を考慮)や,環境が変動することに伴う認知スキルの考慮という問題が生じる.認知スキルの情報としては,視覚及び聴覚の情報を加味する必要があるだろう.
   今述べた実験環境を工夫するという問題点以外にも,データの扱い方という問題がある.多くのスポーツ科学研究で為されてきた方法と同様に,本研究でも熟練者と非熟練者の比較という方法によりデータから必要な情報を取得してきた.しかし,「研究」のような理論に客観性,汎用性をもたせることを目的とした行為において,データを主観的に扱うことへの疑問が沸いてきた.先入観は良い方向にも悪い方向にも作用する.同一のデータを解析したら,誰でも同一の知見を得ることが可能であるという事が研究においては必要であろう.従って,今後の研究においては,計測データの汎用的な扱い方を身に付けることで優れた知見の発掘を目指していく.
   今後は,実験環境の工夫及び拡張,分析対象の拡張,そして,計測データの客観的な取り扱いに基づく指標の提案及び走方向転換のスキルモデル構築ということをテーマに実験,解析を行っていく必要がある.