2006年度森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

「古民家(忘却遺産)の移築・転用を介した日本在来木造工法の再評価とBNeco構法の開発」

 

政策・メディア研究科 修士課程1年

菊田大典

kiku@sfc.keio.ac.jp

 

■研究課題

 現在、地域資源であるはずの古民家・古材が積極的な活用が行われておらず、忘却された遺産として古民家は放置されたままの状況であるものが多い。本研究では、古民家・古材のサスティナブルな運用のために、日本の伝統的木造工法を再評価し、Brand-New-ecology構法の開発を目的とする。Brand-New-ecology構法は、次の移築・古材の転用を想定した、古民家のリロケーション・リデザインのための構法である。

 

■研究の背景

 日本全国の空き家率は住宅総数において約13%である。空き家の総数のうち、木造の空き家は約54%にあたり、アパートなどの共同住宅をのぞくと約90%にものぼる。(平成10年度 住宅・土地統計調査)つまり空き家の大半は木造であるいうことができる。空き家は、平成16年度の建設リサイクル法の改正により解体後の廃棄が難しくなり、特に過疎化の激しい農村部では放置されたままの古民家が少なくない。また、それにともなって古民家や古材を地域資源として捉え直そうという動きも強まっている。古材は、傷、腐敗、汚れなどのマイナス面もあるが、乾燥が十分に進んでいるし、今では入手困難な良材、銘木が存在し資源として十分な価値をもっている。現在の状況でも古材バンクなどの存在により古材のリサイクルが行われてはいるものの、継続的な運用ではなく、一時的に使用して廃棄するだけで本当に材をリサイクルしたとはいえない状況が見受けられる。

 

■研究の目的と意義

1、実際の古民家の実測調査や解体実験を通して、木造建築の伝統的な技術の現代社会における有効性の再評価を行う。

2、忘却された遺産である古民家・古材を地域資源として有効に活用する可能性を検討する。

3、建材の廃棄などによる環境問題を抱える現代において、環境負荷を軽減する新たなサスティナブル建築の構築をめざす。

4、研究機関、地元自治体、市民団体との共同作業により放棄された遺産の新しい保存方法の構築をおこう。

 

 

■活動報告

本年度は、大きく分けて以下の2項目に従って研究を進めた。

 

1、                  古民家(近世住宅)の伝統的な工法、生産等に関する調査

 古民家における伝統的木造建築の技術や生産に関する知見を広げるために、近世の木造住宅や近代以降の住宅生産形態を残す長崎県対馬市に行き、全島悉皆調査、古民家(近世住宅)の実測、大工へのヒアリング調査を行った。

 長崎県対馬市では、古民家が多く存在している。また、現在も伝統的な様式や工法を使用して住宅を建てる事が多く、材料の調達においては、住宅を建てる際に材を購入するのではなく、同じ村や隣村などからの木材の寄付による材の調達の方法を残している。伝統的な構法は、規格化されていない材をひとつの建築物にしていく構法といえる。つまりこうした生産の形態は、ロジスティックスと構法がうまく結びついていることがわかった。また孤島である対馬では、海を利用して移築をした民家の事例を見る事ができた。

 実測調査や地元大工へのヒアリング調査では、対馬の古民家の構法の特徴を調査し、島根の古民家の比較を行う事が出来た。気候や調達できる材の違いなどか構法的な違いを考察することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 


長崎県対馬市木坂N

150

 

 

 

 

 

 

 

 


木坂N邸軸組模型

2、                  リロケーションに関する調査とスタディ

首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉等)への移築を想定して、A)移築する建築物の選定と調査、B)移築後の機能、C) 古民家利用者のターゲットに関する調査D)実際の移築先の選定、E)リデザインの方法やBNeco構法の考察、を行った。

(古民家供給の対象地としては、以前から調査等が進んでいる島根県大田市周縁を選定している。大田市は、優良な伝統的木造建築を育んできた一方、過疎化が進み、空き家の多く存在する場所である。)

 

A)移築する建築物の選定と調査

 首都圏への移築を想定したため、一般に都市近郊においては、1件の地方民家のスケールは過大である。島根の例で言えば、1件の古民家の延床面積で基本となるのは、平屋建てで約50坪の面積を誇る。中には、100坪近くの大きな規模の物件も多々存在する。そこで古民家に付随する「蔵」を狭小敷地に移築することを一つのケーススタディとして検証した。そこで、近世における土蔵の軸組や工法、特性などの調査を行い、移築後の機能やリデザインの参考とした。

近世の蔵の調査

以前島根県で行った簡単な実測により、図面と軸組模型を制作した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


B)移築後の機能

 蔵を首都圏に移築した際に、どのような利用があるのかスタディを行った。今回は、「住宅」として案を深めていった。

 

C)古民家利用者のターゲットに関する調査

 我が国の高度成長や地域を支えてきた、「団塊の世代」が主に20072009年にかけて退職を向える。

 東京都内の団塊の世代は、63万人、その前後の世代を合わせた50歳代(2004年時)は、172万人である。退職後の団塊の世代をどう活用するのか、15歳以上の就労人口の減少が予測される現在、東京都のみならず我が国経済にとって、大きな課題と言える。

 また我が国の住宅事情に関して言えば、家族の形態や都市への住まい方が多様化し、核家族に一つ家を持つという形は崩れつつあり、「セカンドハウス」や「終の住処」などの需要も高まりつつある。住まい方の多様化の一方で、人口減少や高齢化が進み、空き家の問題が深刻となっている。

 このような背景により、今回は「団塊の世代」をターゲットとして、調査をした。

参考:・「団塊の世代の活用についての報告書」2004年3月 東京都産業労働局

   ・資料:求められる「終の住処」平成9・10・11年度「都市・住宅に関する市民意識調査」

 

D)移築先の選定

 首都圏への移築は、東京(皇居中心)から30km〜40km圏内(大体東京まで40〜50分)の「水と緑」が徒歩10分に或る場所を選定の条件とした。50代や60代の世代にとって、仕事環境による都市生活の必要性と地方回帰への憧れという2点の矛盾するジレンマがある。都市生活において水と緑を感じる場所で故郷の古民家に住むということを考え、敷地を選定した。神奈川県逗子市、東京都調布市、千葉県八千代市、千葉県流山市などを具体的な敷地の地価や法規等、現地の情報を調べた。

 

E)リデザインの方法やBNeco構法の考察

蔵をリデザインするときに、古いものと新しいものとの「対比」というキーワードによって、デザインのパターンをスタディした。

地方(島根)の古民家や蔵を首都圏に移築し、団塊の世代が住まう「終の住処」もしくは「セカンドハウス」といった住宅としての利用を考えている。自分たちの地元の民家や古材を利用した住宅に住み、50歳代や60歳代は首都圏で生活をし、70歳代に民家と一緒に地元へと帰郷することまでを一連の流れとして考察した。これを「RE-MOVE」と呼ぶこととした。

古材を利用した「Brand-New-ecology構法」によって、首都圏にはない新しいエコの住宅をスタディした。プロジェクトが進むにあたってBrand-New-ecology構法は「有機工法」というさらに具体的な名称へ変化していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


■研究の成果

1、                  伝統的木造建築の工法やロジスティックスの再評価

2、                  蔵の再利用可能性の拡大

3、                  RE-MOVE」という移築のシステムの構築

4、                  「有機工法」による環境負荷の低いサスティナブル建築の考察

5、                  慶應義塾大学三宅研究室、建築設計事務所、地元自治体、市民団体、企業の連携による古民家の「移築」「再生」におけるネットワークの構築

 

■今後の課題

1、                  蔵以外の古民家の再生の考察

2、                  他の世代等のターゲットでの考察

3、                  「住宅」以外の機能の考察

4、                  「有機工法」の技術開発

5、                  移築にかかる費用の把握

6、                  実際の移築による検証

 

■今後の発表予定

日本建築学会2007年度大会「学術講演梗概集」での発表

 

■研究費の使途

調査等の旅費や宿泊費、レンタカー料金

実測のための機器の購入(メジャーポール)

模型制作のための機器の購入(卓上丸鋸カッター)

模型材料費

インクなどの消耗品

資料