2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金 報告書

     研究題目:

     「中国の製造メーカーにおける在庫過剰課題からみるRFIDの導入可能性

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科
薛 亮(セツ リョウ)



    1. 研究の概要

80年代の改革開放以降、それまで計画経済にて統一管理されていた物資配給網がたちまち解体した。同時に、各地域にて外国資本投資が盛んになり、地域間の物流量も急増した。現代物流のあり方について企業においても、研究機関においても十分に講じる暇もなく、ともかく膨大な物流運送市場に応じるべく、多くの企業が配送業者となった。中国の現代物流産配送業があたかも一夜にして形成されたようでもあった。しかし、その管理が混乱し、運輸中に生じた納期遅延と貨物損傷などのトラブルが多発している。広大な中国では地域間の物流問題が様々な問題を起こし、今は地域経済のみでなく、内陸と沿海地域や中国経済発展のボトルネックにまで深刻化してきた。その影響で特に地域間の流通が予期不可能な状況にあり、道路インフラの整備状況が加え、納期がますます長くなる一方である。そんな中でもっとも危機に陥るのは、多くのメーカーである。

 本研究の対象となる大連市は、中国沿海地域に位置し、特に多くの外資企業が進出している。近年、コストダウンの方針により多くの部品を海外から中国内陸地域に下請け企業を持つメーカーが続出している。このような企業にとって最も大きな課題は、在庫管理である。納期が遅れることがほぼ当たり前の状況にあり、生産ラインの停止を極力減らすためには、多くの企業が半年以上の在庫を抱え、生産計画の変更により10億以上の資材を抱えてしまった日系企業もある。このような現状に対して、本研究では中国のメーカーが取り巻く流通環境を解剖し、中国ならではの政策的・企業風土的な面から1)中国製造業を取り巻く流通環境、政策背景と法的制度の整備状況などから、2)製造企業の社内外における部品流通の現状問題点、3)大連市企業の在庫過剰が生じた要因分析、最後に4)モデルとなる大連市の企業事例から考察を試みた。

 

 キーワード:  大連市  物流業  製造業  在庫過剰  在庫管理システム


1 問題意識

 筆者は大学卒業後、中国大連市の日系企業に就職し、社内のネットワークと在庫管理システム・生産管理システムの仕事を5年間経験した。当時、生産用資材の調達プロセスとしては、生産計画をもとに、在庫管理システムが自動的に在庫品を累計し、不備が出た場合自動的に発注通知システムとなっていた。資材を発注してから、到着までおよそ1ヶ月と3ヶ月と予想されているが、遠隔地方の場合は、少なくとも5ヵ月前から発注し、5ヶ月の資材を常に確保しておかなければならなかった。道路状況はもとより、貨物運送中でのトラブルや納期遅延が多発していることから、これらを常に想定した上で、在庫管理システムと自動発注通知システムを常に手修正しなければならなかった。

このような物流による遅延問題や、これに対処するための企業側の過剰な在庫管理が今は中国多くの企業が抱えている大きな課題にまでなっている。

2           研究の目的

  上記の問題意識をもとに、本研究では以下2つを研究目的としている。

1)中国物流業の全体像の把握、大連製造業の在庫過剰の実態及び原因を明らかにする。

2)大連市製造業の在庫管理を実態面から考察した上で、より有効な在庫管理方法の考察と提示を試みる。

3           研究手法

 計画経済から一気に市場経済に転じた中国物流業をめぐって、政策的な背景などをマクロ的に解析する。全体像を把握した上で、中国大連市物流業が取り巻く現状と課題を分析し、大連市経済技術開発区(経済特区)に位置する製造業企業の在庫管理の調査を実施する。このようなマクロとミクロの両方からの考察により、1つのみではとらえられない要素を本研究にて析出し、より実態に即した在庫管理の仕方を提言できると考える。

当初の調査計画では、大連市と神奈川県のメーカーを調査し、比較分析しながら中国物流業の特徴をより鮮明に割り出そうと試みたが、日本側メーカーの調査では企業機密の関係上分析に十分な情報が得られなかった。したがって、結論的に本研究の調査結果分析は大連市メーカーにメインを置くこととなった。

 具体的な研究手法の構成を図1に示す。

 

 

4 研究対象の選定理由 

 研究対象として大連市を選んだ理由は以下の三つある。

    一つ目:「環渤海湾経済圏」と「北東アジア経済圏」の拠点

「環渤海湾経済圏」とは、渤海を囲む形で産業が集中する首都経済圏をいう。華南経済圏(中核は珠江デルタ経済圏)、長江デルタ経済圏と並ぶ3大経済圏の1つとして、直轄市の北京、天津のほか、遼東半島に位置する大連(遼寧省)、唐山、秦皇島(河北省)、煙台、威海(山東省)などの中核都市が立地する。

 「環渤海湾経済圏」地域では2市と3省の人口は2億人以上、GDP(国内総生産)は全国の4分の1、輸出額は5分の1を占める。地域投資状況から見ると、資本は徐々に中国北部地域に移転している傾向があり、潜在競争力から比較すると東北の老工業基地振興の戦略実施に伴い、環渤海地域がより明確な優位性と広大な発展空間を持つっていると言える。

 加えて、環渤海地域は中国の全世界への経済協力の参加と南北の協調発展促進にとって重要な位置を占めており、この地域の発展させることは必須条件となっている。これまで20数年の中国経済の高速発展に伴い、環渤海地域は今では、中国第3の大規模製造センターとなり、社会的にインフラが整備されつつある。 

                         出典:筆者作成

2 中国遼寧省大連市

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       二つ目:中国東北地方の物流中枢センター

 大連市は東北地方において最も開放が進んでいる港湾地域、北京より北にある遼寧省(省は日本の県に当たる)、吉林省、黒龍江省の3地域の物流中枢センターとなっている。改革開放後、大連市は国務院より 1984 年に「沿海開放都市」、 1985 年には省・自治区レベルと同様な都市権限を持つ「計画単列都市」として認可され、東北地方では、いち早く市場経済化に取組んだ。大連市は中国東北部で最大の工業生産値をもつ大工業都市であるとともに、最大の港湾・航空貨物運送基地でもある。港湾貨物取扱量( 2002 年)が全国で 7 位、国際定期便も 20 路線を有し、名実共に中国東北地方の玄関口とされている。

大連市に立地する外資企業は約8000社、そのうち日系企業は約2000社(2002年2月末データ)となっている。中国が最も早くから開放している「国家指定経済開発区14区」の一つである。2003 年末、大連市がさらに国務院は東北旧工業基地振興政策の一環として、「北東アジアの重要な国際海運センター」および造船基地、石油化工基地、装備製造基地、電子情報産業基地として発展させる方針が決まった。本研究が対象としている大連経済技術開発区は、大連市に立地する多企業集積工業団地として、平均して1平方キロに28社が密集し、在庫過剰課題を抱えた企業が3000社あると予想されている。

       三つ目:調査実施の可能性から 

 本研究の調査では、企業内の流通プロセスと生産ライン、倉庫の出入りも触れていることから、調査の実施可能性が限られてしまうことがある。これを克服するために、筆者の経歴上大連市に一定の土地勘があることから、調査に協力してもらえる点で大連市を選定した。

 

5       先行研究

先行研究では、「1970年代後期以来、改革・開放を進めている中国には、現在、急速な経済発展のテンポに対して遅れる物流部門の問題が、経済発展の新しいポトルネックになっている」と明示し、中国物流の現状と課題をマクロの視点から分析している[1]

      物流問題が中国経済発展のボトルネックになっている現状

「現在の中国経済には、国民経済全体の効率性向上の阻害要因となる物流部門の発展の遅れが見られる。すなわち、原材料から中間製品、そして最終製品などの物財の流通システムが未整備なことにより、企業の物財在庫が膨大化し、物流の停滞によって企業資金回転率が低下するなど、経済効率に影響が見られる。また物流情報システムなどの情報技術革新の進展が遅れることによって物流部門自体の近代化が阻害されている。このことは、市場経済にとって必要な経済情報の普及を妨げ、経済活動への適切な指標を提供できずに諸資源の配置は適性を欠き(盲目化)状況に陥る。これらの物流問題は、中国経済発展の新しいボトルネックの要因になる問題が依然として頑強に残っていることを意味し、改革・開放以来の中国経済改革全般にも関わるという点で重要な問題である」とされている。

      物流問題が中国経済発展のボトルネックになっている訳

香川敏幸と孫前進の研究では、中国物流問題が経済発展を阻害する要因として、

1)「物流の停滞と膨大化する企業在庫」

2)「低下する企業資本回転率」

3)中国経済成長の阻害要因となる高費用で低効率の物流」

4)「物流情報システムの不備と経済活動全体の更なる生産件上昇に対する困難さと資源配置の盲目化」をマクロ終済の視点から指摘している。

6       研究意義

 香川敏幸、孫前進の先行研究は、中国経済全般からのマクロ的な視点が強い。本研究は、地域間格差が次第に激しくなって行く中で、中国物流業への政策形成と現状というマクロの視点と、大連市製造業メーカーの在庫管理に注目したミクロな視点からも考察している。ここに本研究のオリジナリティがあると考える。具体的には、これまで遅れている中国物流業の現状と課題を明示し、経済発展地域の沿海地域の大連市にフォーカスを当てながら、大連地域の物流業の地域性や特徴を解析する。目指すことは、中国や大連メーカーが取り巻く物流現状に適合した「中国型在庫管理の仕方と、より有効な在庫管理情報システム」への提言である。

7 結論

 本研究では、中国物流業が取り巻く政策的・法的制度的背景から今日までの発展状況を分析した上で、中国大連市製造企業に絞った企業調査を行った。その結果、以下の知見が得られた。

 1、 中国物流業は、これまで計画経済体制の影響で改革開放政策まで実質的な発展がなかったため、現在では、中国内陸地域と沿海地域間の経済発展のボト   ルネックにまでなっている。中国社会全体の物流コストが日本と米国の2倍以上を維持しつづけているが、近年社会的インフラの整備などにより、徐々に   低減しはじめている。また、法的制度環境においては、法律関連法規とともに国家部門による行政関連指令も多数発行されているなど、中国独特な政策   環境にあるといえる。

 2、 大連市は地理的に恵まれる物流中枢センターと工業都市として、数多くの製造企業が立地しているが、その多くが在庫過剰の課題を抱えている。

 3、 大連市と神奈川県に所在する製造業企業の在庫過剰現状について調査したところ、大連市内企業では19日以上の生産分在庫量を過剰に持っていることがわかった。さらにこれを「内在要因」と「外部要因」による影響度の分析では、1)海外調達部品の通関手続きと、運輸状況による過剰在庫への影響度が大きく、2)社内では主資材の調達日数と在庫日数、部品場所管理、そして人手の台帳管理が在庫過剰の内部要因として認識されていることがわかった。一方では3)バーコードやRFIDのような在庫管理媒体への認知度も低く、倉庫管理者の記憶による管理があった。4)在庫管理システムの導入においては、自社の特性を十分に講じることなく、盲目的に利用した結果、巨大な過剰在庫を抱えてしまった企業と、システムの「高度的な機能が活用できない」や「在庫管理システム機能をよく把握できてない」などの原因で技術を十分に駆使できず、結局は人材の流出も回避できなかった企業がある。しかしながら、前向きなケースもあった。たとえば、バーコードやRFIDシステムについての認知度が低くでも、客先のリクエストにより積極的に導入する企業もある。在庫管理システムも、自社の特性に適合した機能を追加すると、在庫量が低減しつづける「大H社」も代表例となる。今後、中国大連市の地域特性を十分に配慮した在庫管理システムの構築により、より多くの企業にて過剰在庫が解決されると考える。また、バーコードやRFID技術への認知度が高くなれば、人の記憶管理に頼る部分も次第へと自動化する方向に向かっていくことだろう。

 



[1] 香川敏幸、孫前進 『中国経済発展の新しいボトルネック−中国物流問題の現状と課題−』KEIO SFC JOURNAL 2003年3月 Vo1.2 No.1 pp.192-210