2006年度 森泰吉郎記念研究振興基金「研究育成費」研究成果報告書
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科
修士課程2年 後藤 舞
研究課題名 「EU政策決定過程における地方政府の参与に関する研究」
研究概要
本研究は、マルチレベル・ガバナンスの視点から、地方政府によるEU政策決定過程への参与ならびにその限界を明らかにすることを目的とする。具体的には、バイエルン州(ドイツ)を事例に、地方政府による公式並びに非公式の活動に関し分析を進めていく。EU域内にマルチレベル・ガバナンスが存在するとする一つの論拠として、地方政府によるEU政策決定ならびに実行過程への参与が挙げられる。その現状把握ならびに限界を検証することはEUの政体を研究する上で極めて重要である。しかしながら、先行研究では地方政府によるEU政策実行過程にのみ焦点をあてる傾向にあり、政策決定過程にはあまり触れられていないため、マルチレベル・ガバナンス研究の所作としては不十分である。本研究は、先行研究では見落とされがちな、地方政府によるEU政策決定過程への参与を捉えることにより、既存の研究に新たな示唆を与えることができる。
1.問題の所在と研究目的
欧州統合が進展し、地方分権と超国家機関への権限委譲が進んだことにより、EU域内にマルチレベル・ガバナンスが形成されたとの議論が盛んになされている。マルチレベル・ガバナンスの特徴として、垂直的には超国家レベル、中央政府レベル、地方自治体レベルの3つの政治領域、水平的には政府、民間非営利、民間営利の行為主体が、程度の差こそあれ様々な政策決定・実行過程へ参与することが可能になったことが挙げられる。マルチレベル・ガバナンスを論じる研究者は、中央政府が依然として政策の重要な主体だと認識しつつも、EUの政策決定・実行過程は中央政府による独占から上述したような多様な主体による協働に移行したとしている。この多様な主体の中でも特に地方政府の役割が重要視されている。
地方政府によるEU政策への参与は、政策決定過程と実行過程という二つのフェーズがある。申請者は卒業論文において、政策実行過程であるEU地域政策枠組み内での地域協力に関する研究を行なった。また申請者はパリ政治学院での研修にて、EU政策決定過程における地域委員会の限界ならびにその代表性の矛盾を研究し、高い評価を得た。地域委員会の機能不全は図らずも、地方政府による政策決定過程への参与の有効性に疑問を抱くきっかけとなった。本研究の問題意識はここに存在する。
本研究の目的は、政策決定過程における地方政府の参与に焦点を当て、その現状把握と限界を検証することである。具体的には、バイエルン州(ドイツ)を事例に、地方政府による公式並びに非公式の活動に関し分析を進めていく。その際、地方政府によるEU政策決定過程への参与は以下の表に表される5つに分類できる。本研究では、バイエルン州政府がこの5つのチャネルをどのように活用し、またそれらがどの程度有効であるのかについて検証していくものとする。
表 1 EU政策決定過程における地方政府の参与の分類
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直接参与 |
間接参与(中央政府経由) |
間接参与(他の機関経由) 例)欧州委員会、欧州議会 |
公式 |
・地域委員会 |
・第203条(閣僚理事会への代表権) ・コレペールへの参与 |
・専門委員会ならびに作業部会への出席 |
非公式 |
――――― |
・中央政府ならびにブリュッセル常駐代表との連携 |
・ロビー活動、ネットワーク形成、ブリュッセル事務所の設立 |
筆者作成
2. 地方政府によるEU政策形成への参加の経緯
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1987年 州首相会議(ミュンヘン)にて「欧州共同体における連邦制:一般原則」(10のミュンヘン・テーゼ)の採択
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1988年 EU地域政策改革(パートナーシップ原則の導入)
Ø
地域・地方自治体諮問協議会の設置
·
・1990年 州首相会議の作業グループによる地域の関与のあり方に関する2つのモデルの提示 ①地域理事会 ②地域院
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1992年 マーストリヒト条約
Ø
補完性の原理
Ø
地域委員会の設置
Ø
閣僚理事会への代表権
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2000年 ワロン・イニシアティブによって「立憲的地域の常駐作業グループ」が発足。
Ø 11月、バルセロナにおいて「立憲的地域の会議」を主催。
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2001年5月 「7大立憲的地域」(フランドル、ワロン、ノルトライン・ウェストファーレン、バイエルン、カタローニア、スコットランド、ザルツブルク)による「政治宣言」をEU議長国ベルギー首相に送付。
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・2001年11月 第2回「立憲的地域の会議」
Ø
政治宣言への支持を表明
Ø
REGLEGの立ち上げ
·
2001年12月 ラーケン宣言に「立法権力を有する地域」とい明記。
3. 地域委員会(the Committee of the regions)の限界
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諮問機関
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地域の代表性の問題
·
外部機関による干渉
·
委員の二重地位
EU政策形成過程における地域委員会の限界が顕在化するにつれて、立法権限を有する地方政府は独自にネットワーク化し、積極的にロビー活動を行なうようになった。
4. ヨーロッパ地方制度の類型
a. 連邦国家(ドイツ、ベルギー、オーストリア)
各国の州は、連邦を構成する邦として、国家的特性を持つ。いずれの場合も、憲法によって基礎付けられ、公選議会を有し、立法権、税・財政高権など高度の権限を持つ。
b. 地域化された単一国家(ポルトガル、スペイン、フランス、イタリア)
各国の州は憲法によって基礎付けられ、自治権を持つ。いずれの場合も、公選議会があり、独自の立法権を有するが、税・財政高権には一定の制限がある。連邦制国家との違いとしては、中央意思決定への州参加が十分に制度化されていないことなどが挙げられる。
c. 分権的単一国家(スウェーデン、オランダ、デンマーク)
制度的に均質でないところがあり、伝統的に市町村自治が強くこれを地方制度の中核としてきた国、または中央集権制をとってきた国だが、行政の近代化・効率化などの目的で国と市町村の間に独立性を持った行政単位として州や県を設けている国などが該当する。州又は県は、公選議会はもっているが、税・財政権限は限定されていることが多い。
d. 集権的単一国家(イギリス、ルクセンブルク、アイルランド、ギリシア、フィンランド)
明確に自治権を有するのは市町村のみ。国家と市町村の間に何らかの行政単位が存在する場合でも、中央からの厳しい監督下におかれ、独自の権限をほとんど持たない。また、財政面では、中央への依存度が高い。
5. バイエルン州によるEU政策形成への参画
筆者作成
3. EU政策形成における地方政府間ネットワーク
Paul Bara参照、筆者改変
http://www.cybergeography.org/atlas/baran_nets_large.gif
4. 今後の課題
本研究では、欧州における地方制度の類型化及び地方委員会の限界を明らかにした。今後の課題としては、地方政府によるネットワーク化に焦点を当て研究を進める必要がある。現在、欧州ではEU政策形成過程における地域委員会の限界が顕在化するにつれて、立法権限を有する地方政府は独自にネットワーク化し、積極的にロビー活動を行なうようになった。その中で注目されるのが、立憲的地域ネットワーク(REGLEG)である。今後はEU政策形成におけるREGLEGの可能性を研究していく。またREGLEG設立の中心メンバーであるバイエルン州を考察することで、同地域がどのように戦略を変遷してきたのかについて考察する。
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