2006年度森基金 成果報告
政策・メディア研究科 修士課程2年 青木尚子
総合芸術である人形劇を一つの社会表象として捉え、人形劇に反映されている社会や時代をみる。
本研究では、これまであまり言及されることのなかった、
人形劇と思想の関係を論じることを試みている。
今日、中欧のチェコ共和国では人形劇が国を代表する文化となっており、
人々の生活に根付き、またアカデミックなものとして位置付けられている。
学部において、そのような状況の背景について調べてみた結果、チェコでは人形劇が、
思想と結びついていることがその要因ではないかという考えに到った。
単純に、人形劇が社会思潮を反映しているということのみを意味するのではない。
人形劇が具体的に社会に影響を与え、人形劇が新たな思潮を創造したとさえ思える。
これらの仮説を検討し、再度、チェコで人形劇が国民文化となった所以について論じる。
論じるにあたっては、チェコ人形劇の起源とされている18世紀から今日まで、
必ずといっていいほど登場する道化師(カシュパーレク)と悪魔、
その人形とキャラクターに着目した。
以下の通りフィールド・ワークを行った。
2005年3月 チェコ
・カシュパーレクの記念碑を撮影する
・劇団ALFAより2001年度初演『ファウスト』の脚本をもらう
・月刊人形劇専門雑誌『ロウトカ』第一号からカシュパーレクと悪魔に関する記事を探す
・1918年に出版された『ファウスト』を入手する
・1931年に出版された家庭用人形劇脚本『ファウスト』を入手する
2006年6月 チェコ
・職業人形劇団のための祭典、Skupova Plzeňに参加
・アマチュア人形劇団のための祭典、Loutkářšká Chrudimに参加
・1968年初演『ファウスト』の脚本を入手する
・国立博物館、人形劇博物館、民俗博物館にて、道化師と悪魔の人形を撮影する
2006年9月 フランス
・国際人形劇祭、Festival Mondial des théâtres de Marionnettesに参加
・見本市において最近の出版状況を把握する
フィールド・ワークによって入手した資料をもとに、修士論文を執筆した。
題目は以下の通り。
『チェコ人形劇の思想に関する試論―道化師と悪魔の表象をめぐって―』
チェコ人形劇の中で、道化師はいつも支持されている。 チェコ人形劇の道化師は、いつわりの表面的な外観に抵抗し、別の視点を我々に提供する。 このような世界観は、しばしば民衆文化の中で表現されており、 バフチンはそれを"グロテスク・リアリズム"となづけている。 しかしながら、チェコ人形劇を単に"民衆文化"であると考えるのは、まったくの誤謬である。 論文の結論において私は、チェコ人形における道化師が、 マサリクの抵抗主義思想とハヴリーチェクの近代的人間観を表していることを強調している。 チェコ人形劇は、"グロテスク"な世界観の中で、 いつわりの表面的な外観に抵抗し、別宇宙が存在するのだという思考を我々に提示している。
カシュパーレクという固有吊詞を持つ人形劇の道化師が、
チェコの表象・チェコの精神の体現となっているという点を言語化し、その理由を述べる事を試みた。
論文の要約をチェコ人形劇の研究者にみせたところ、
カシュパーレクがチェコ人の代表であるという考えは、常識的に理解されているとのことである。
しかし、常識と考えられているあまり言語化されることはなかったという。
外国人がその点に気付き言語化したことと、その背景にも目を向けたこととに意義がある。
本研究では、人形を操る人形遣いや演劇を上演するという点にまでは言及することができなかった。
この点を学び、もう一度論じることが今後の課題である。
今後はチェコの大学に進学し、研究を続ける予定である。
以上//